第十六話 方針
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大きな地図が机の上に広げられた会議室。
そこでレイナの策を聞いた三人の将軍+セドリックたちは、一様に渋い表情を浮かべた。
三人の将軍の内、二人は初老、一人は壮年の男性で、全員が将軍と呼ばれるだけの貫禄を備えている。
その貫禄を裏付けるのは確かな戦歴だ。
そんな彼らが渋い表情を浮かべるのは、やっぱりレイナの策が賭けに出過ぎているからだろう。
「……失敗したときのリスクが高すぎると私は思います」
セドリックは副官の責任感からか、憮然とするレイナの前で発言する。
そんなセドリックの言葉に、レイナはピクリと反応した。
「……じゃあ、代案があるのか?」
「正攻法で攻めるべきかと」
「正攻法で落ちるのか?」
間髪入れずに言葉を返されて、セドリックは言葉に詰まった。
まぁこうなるよな。
正攻法じゃ落ちないと判断したからこそ、レイナは奇策に打って出ることを選んでいる。
けれど、ほかの者からすれば失敗のリスクがチラつく。
正攻法、つまり要塞を囲んで普通に兵糧攻めするほうがリスクは小さい。
なにせ、無理なら撤退すればいいのだから。
もちろん、それでは得られる物はないが、とりあえず押し上げた国境は維持できる。
この侵攻軍の最終目標はナルヴァ要塞だが、そこに至るまでに落とした城や砦は結構な数に上る。
それを守りたいからこそ、安全策が全員の頭をよぎるのだ。
失えば侵攻が無に帰し、さらに国境も危うくなる。
リスクを冒すべきではないというのが、将軍たちとセドリックの考えだということだ。
「レイナ様は正攻法ではナルヴァ要塞が落ちないとお考えのようですが、その根拠はなんですかな?」
壮年の将軍がレイナに質問する。
名は確かハンネス・ライマン。
短く整えた茶色の髪と、たっぷりとした髭。
そして巌のような体を持つ男だ。
使徒が目立つため、あまり国外には名が知られていないが、レグルスではそれなりに名の知れた将軍だそうだ。
まだ使徒として駆け出しだった頃のエルトとレイナのサポートもしていたらしく、その縁で今回の侵攻軍にも選ばれている。
レイナの横にいる俺に対して、訝しげな視線と不愉快そうなオーラを向けてくる残りの二人とは違い、一定の敬意を持って接してくる。
俺がユウヤ・クロスフォードとは知らずにそういう態度を取るのだから、相当な人格者なのは間違いない。
「ライマン。じゃあ聞くが、たかが七万で落ちるのか?」
「私には五分五分に思えます」
「あたしからすれば、落ちる可能性は限りなくゼロだ。二つの城を攻略するのに何日かかる? 敵は必死に時間を稼ぎに来るぞ。三日か? 四日か? 集結している時間を入れれば、総攻撃をかけるまでに一週間以上はかかる。その間に敵の戦力は五万を超える。そうなりゃ、数の優位は消え去る。その上、堅牢なナルヴァ要塞だ。付け入る隙はない」
「確かにその通りでしょう。ですが、少数の精鋭を送り込むならば、七万対五万のときでも良いのでは? 夜に潜入し、門を制圧、解放。そして七万を持って侵攻。これではいけませんか?」
「あたしだって、できるならそれが一番良い。けどな、敵だって馬鹿じゃない。あたしたちが目の前で構えてれば警戒される。しかも五万もいれば警備網も厚い。門の制圧は夜襲でも不可能だ」
レイナの言葉を受けて、ライマンはふむ、と考え込む。
レイナの推測はおそらく正しい。
人が増えれば視線も増える。
今回の作戦を行うなら、敵が警戒しておらず、なおかつ数も少ない状態が望ましい。
だからこそ、騎士団単体で進軍というあり得ない状況で行うことをレイナは提案しているのだ。
これに他の兵士が混じれば、進軍が乱れる。
精鋭の騎士団であるからこそ、レイナの指揮に迷わず対応できる。彼らはそのために組織され、訓練されているからだ。
一万対三万になる点が不安ではあるが、騎士団の質、レイナの存在、そして奇襲であることを考えれば、それほど不利というわけでもないだろう。
ただし、失敗すればまずいということには変わりはないが。
「失敗のリスクはどれほどとお考えで?」
「……騎士団だけなら五分五分だな」
「騎士団だけなら?」
ライマンは不思議そうに問い返す。
騎士団だけで行うのが、今回の作戦だからだ。
レイナは俺に視線を向けてから、机に広がる地図の中心。ナルヴァ要塞を指さす。
「今回の作戦で鍵を握るのは、あたしの神威で送り込む精鋭部隊の質だ。これは連携もそうだが、個人の質もかなり問われる」
「ええ。ですから騎士団から精鋭を選ぶのでは?」
「それだと五分五分だから、こいつに助っ人を頼む」
レイナはそう言って、俺の肩に手を置く。
これで俺の参戦は確実になった。
負けたら、勝手に参戦したことを咎められるだろうな。王や貴族たちに。
あー、嫌だ嫌だ。
どうしてこんな面倒なことに巻き込まれているんだか。
まぁ、五分五分の成功率を少しでも上げないと、アルシオンに帰るどころじゃないから、仕方ないんだけど。
「先ほどから気になっていましたが、彼は? 新たな副官ではないのですか?」
「こいつの名はユウヤ・クロスフォード。王都の話は聞いてるな? 獣人を相手に無双した、アルシオンの銀十字だ」
俺の名を聞いたライマンは、ほかの二人が目を見開く中、感心したように何度か頷く。
そして俺に対して向き直ると、小さく頭を下げた。
「王都には妻と子がいた。他国の者でありながら、よくぞ戦ってくれた。感謝を」
「民を守ったのはロードハイム公爵です。俺はそのロードハイム公爵を守っただけですので、礼ならばロードハイム公爵に」
「エルトリーシャ様らしい。では、改めてエルトリーシャ様に礼を言おう。だが、貴殿への礼を取り下げる気はない。アルシオンの若き英雄に会えて光栄だ。今回はアルシオン王の密命で来たのか?」
武人らしい人だ。
俺とは倍以上も年齢に差があるというのに、躊躇なく頭を下げた。
なかなかできることではないだろう。
これが上官であるレイナならわかるが、俺はあくまで他国の貴族。それもそこまで爵位が高いわけじゃない。
レグルスの将軍が頭を下げるような相手じゃない。
ライマンの評価を一段階上げつつ、俺は正直に自分の事情を説明する。
「偶発的な事故が重なって、マグドリアに来てしまいまして。今はオースティン公爵に保護されている身です。ですので、王からは今回のことは何の命令も受けていません」
「それで助太刀とは恐れ入る。私ならできない決断だ。レイナ様の横で動じないから、名のある者だと思っていたが、アルシオンの銀十字は噂以上に英雄だな」
そう言ってライマンは笑みを浮かべる。
なるほど、最初からの評価の高さはそれか。
確かに使徒の横にいれば、普通なら緊張する。
けど、俺はもう慣れた。
今更、使徒相手に緊張はできない。
「こいつの素性が明らかになったところで、話を戻すぞ。ユウヤを加えた精鋭部隊、指揮はセドリックに取らせる。この部隊を即編制して、あたしの神威による降下訓練を行う。その間に軍を分けて二つの城を攻め、敵の油断を誘う。機を見て、あたしと騎士団が出撃。敵を奇襲し、ナルヴァ要塞を奪取する。これがおおまかな作戦だ」
「レイナ様。もしも……降下訓練の成果が芳しくなかった場合はどうされますか?」
セドリックが恐る恐る聞いた。
自分も入っているから、どうしても聞かずにはいられなかったんだろう。
それに対して、レイナはひどくあっさりと言い切る。
「決行だ。あたしは本番に強い」
「……」
「……」
「……」
俺、セドリック、ライマンが何とも言えない表情で黙りこむ。
このどこから来るのかわからない自信は、使徒に共通しているんだろうか。
少なくとも、俺には滅多に湧いてこない自信なんだが、レイナやエルトは常時湧いてきているらしい。
レイナは眉を潜めて俺を見てくる。
「あたしが失敗すると思ってるのか?」
「さぁ、それはなんとも。とりあえず訓練をしましょう。それからです」
「あたしを疑うとは良い度胸だな。もしも、一発で上手くいったらどうする?」
こちらをからかうような表情でレイナが言ってきた。
どうすると言われても、俺がレイナに差し出せる物なんてない。
だから肩を竦めて、俺は返事をした。
「分の悪い賭けはしない主義なので。その賭けには乗れません」
「おっ! それはあたしのことを信頼してるってことか? そうだろ! そうなんだろう!」
何が嬉しいのかレイナは笑顔で俺を小突いてくる。
これが何気に痛い。
ひとしきり俺を小突き終えると、満足したのか、レイナが全員を見渡す。
「作戦説明は以上だ。これ以上の良案がある者は?」
ここに至って、反論する者は誰もいない。
代案もないし、もうレイナはやる気満々だ。
どうせ止めるだけ無駄なんだから、サポートに回るほうが効率的と言えるだろう。
「よーし! じゃあ行動開始だ! 数日後にはナルヴァ要塞にレグルスの旗を掲げる! いいな! ぬかるなよ!」
「はっ!」
全員がレイナの号令に対して頭を下げる。
こうしてレグルス軍の方針は定まった。