表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
117/147

第十五話 愚策




 城に戻るとアリシアが俺のことを待っていた。


「すぐに部屋に来い、だそうよ」

「置いていったのに、勝手な人だな」


 頭を掻きつつ、俺は足を進めた。

 わざわざアリシアを待機させていた以上、用があるのは事実なんだろう。


 あの様子からすれば何か策でも考え付いたんだろう。

 兵士と騎士の不満について話していたはずだけど、どうしてそれが策に繋がるのか意味不明だが。


「なにがあったの?」

「古株の料理長に会ってたのさ。レイナ様が軍内の不満について相談してたんだけど、なにかを思いついたみたいでな。いきなり城に戻った」

「凄い勢いで飛んできたと思ったら、地図を出せってすごかったのよ?」

「やっぱり策を考えついたのか。無謀な策じゃないといいんだけどな」


 レイナの風の神威はエルトの光壁とは違う。

 応用も効くし、攻撃にも有効だが、防御という点ではエルトの光壁に譲る。

 つまり、エルトほど強引な策は使えないということだ。


 頼むから突撃とか言わないでくれよ。

 不落の要塞に突撃するのはごめんだ。

 いや、俺が参加するとは決まっていないけれども。


 そんなことをしている間にレイナの部屋に辿り着く。

 ノックをすると、入れ、という言葉だけが返ってきた。


「失礼し」

「遅いぞ!」


 入った瞬間、叱られた。

 置いていったのは向こうなのに。


 なんだろう。理不尽さに涙が出そうだ。

 風で飛ぶ人間にどうやって追いつけというんだ。


「早く来いよ! マグドリアの指揮官役な」


 急かされて行くと、机の上にはデカい地図が置かれていて、その上に無数の駒が置かれていた。


「これは?」

「現在の配置だ。ナルヴァ要塞には三万の兵が駐屯していて、国内から続々と兵が集まっている」


 三万。

 その数は多いが、少ない。


 数としての三万は多いが、防衛の要所を守るには少ないという意味だ。

 平時なら三万でも十分だろうが、近場の城を落とされている状況で三万しかいないとは、どういうことだ。


「レグルスの王都でいざこざがあった後、あたしは軍を率いてマグドリアに侵攻した。それに対して、マグドリアは国境であたしを食い止めるために、戦力を集中した。結果的にあたしがそれを撃破したから、マグドリアの国境付近にはあたしたちを止めれるだけの戦力がもう残されてねぇんだ。国内から頼みの綱のナルヴァに集結してるが、いかんせん距離があって間に合ってない。これが現状だ」

「なるほど。とはいえ、三万が駐屯してるってことは」

「ああ、三万もいれば援軍が来るまで持ちこたえられるって判断だな。舐められたもんだぜ」


 レイナが机をバンバンと叩いて怒りをあらわにする。

 別に怒るのは構わないが、机を叩いたせいで地図上の駒が動いてしまった。

 まったく。


 駒を元の位置に戻しつつ、状況は把握できた。

 ようはシミュレーションをしたいわけか。


「言っておきますけど、軍の用兵は並みですよ?」

「平気だ。ナルヴァには名のある将軍はいねぇ。国境で全員捕虜にして殺してるからな」

「お見事。レグルス王もビックリでしょう」

「そうか? いやぁ、照るなぁ。ヘヘへっ」


 褒めてないんだけどなぁ。

 捕虜にして生かしておけば、その後の使い道はいくらでもある。

 レグルス王ならいくらでもマグドリアから譲歩を引き出せただろう。


 まぁ、生かしておけば逃げられる可能性もあるし、殺しておくのはベターか。

 その後の戦でも、レグルス軍への恐怖を駆り立てられるというメリットもあるし。


「では、お相手しましょう」

「よし! 覚悟しろよ! 一手の間に全ての駒を動かしていいぞ。ただし、移動範囲は一日で行けるところまでだ。それが終われば交代だ」


 ルールの説明を終えると、レイナは俺に先手を譲った。

 まぁ、この城を落としたこと直後だし、マグドリアの対応が先だから当然だ。


 まず地図上を確認する。

 

 ナルヴァとこの城との距離は強行軍で一日くらいか。

 普通に行軍すれば一日半はかかるだろう。


 ナルヴァ要塞との間には侵攻を遮る城はないが、左右に一つずつ城がある。

 この城から出陣される危険性もあるから、まずはこの二つの城を落とすはず。


 そうなると、全軍で攻撃してくるのは最低でも一週間後。いや、もっと長いかもしれない。

 だから俺は後方の軍の集結を急ぐ。


 駒一つ一つが何万なのかわからないけど、一万を下回ることはないだろう。

 それが五つ。

 最終的にナルヴァには七、八万が集まることになる。

 おそらく国境以外のすべての戦力を動員してるはずだ。


 その中で最も近いのは二日もあればナルヴァに合流できる距離にいる。

 ただ、ナルヴァ後方の城に入っているため、急いで動かす必要はないだろう。

 後方の軍が集結し始めたときに動かすとしよう。


 この軍を動かすと、万が一の場合に対応できないからな。


「では、こうします」


 後方の駒を動かして自分の手を終える。

 それに対して、レイナは軍を三つに分けた。


 城に留まる軍と、左右にある二つの城を攻略する軍だ。

 敵を前に軍を分けるのは上等な策とは言えないが、ナルヴァ要塞から打って出れば全滅は必至。


 これは見逃す以外に手はない。

 それに二つの城が攻略されている間はナルヴァ要塞が攻め込まれる心配はない。


 ドンと構えて援軍を待てばいい。

 というか、それ以外に手はない。


「あたしは以上だ。ちなみにこの城にはあたしと騎士団が残る」

「わかりました」


 騎士団が正面にいるとなると、尚更身動きが取れないな。

 下手に左右の城へ戦力を動かしたり、左右の城から戦力をナルヴァ要塞に移動させたりすれば、騎士団に攻撃される恐れがある。


 結局、この局面でも打てる手はない。

 つまり見殺しだ。


 だが、マグドリアが勝ちに行くならば、ここで時間を稼いでおくしかない。

 この二つの城がどれだけ時間を稼げるか次第で、この後の戦況は大きく変わる。


 つまり鍵を握るのは二つの城の戦況。

 一日でも長く耐えてくれれば、それだけその後が楽になるわけだ。


「こちらは以上です」


 ナルヴァ要塞から戦力は動かさず、後方の戦力を集結させるように動かして、俺の手は終わる。

 そんな俺を見て、レイナがニヤリと笑った。


 どうやら、レイナの予想通りの動きをしてしまったらしい。

 だが、ここから奇策が果たしてあるんだろうか。


 マグドリアに打つ手がないように、レグルスも地道に城を落とすしかない。

 この局面は双方、正攻法以外にあり得ない。


 二つの城がどれくらいで落ちるか。

 戦力の集中が間に合うのか。

 これはそういう戦いだ。


 しかし、レイナはここで驚きの一手を打ってきた。


「あたしはここで、騎士団を前進させる」


 それは稀に見る愚策だった。

 待機させていた騎士団が直進してきたのだ。


 数は一万。

 ナルヴァ要塞に籠るのは三万。

 これが逆ならまだわかる。

 しかし、数に劣るのはレグルス側だ。


 城攻めの鉄則からも外れている。せめて三倍の兵力が欲しいところだ。

 マグドリアの使徒、レクトルですらクロック砦を攻めたときは、二万の兵力で攻めた。しかも、狼牙族という切り札付きで。


 軍を強化する点であれば、レクトルの狂化のほうがレイナの暴風よりも優れている。

 そんなレイナが一万で三万を攻撃するなど無謀だ。しかも難攻不落と言われるナルヴァ要塞だぞ。


 下策も下策。

 ナルヴァ要塞を落とせるわけがないし、無駄に戦力を消耗するだけだ。

 下手したら援軍に包囲されて、レイナが討たれる。


 そうなったら最悪だ。

 指揮官を失った侵攻軍は敗走し、手薄となった国境は突破されるだろう。


 この悪手によって、何もかもを失いかねない。

 それだけヤバい一手だ。


「本気ですか?」

「本気だ」

「では、あなたに対する評価を変えなくちゃいけませんね。エルトのことを脳筋呼ばわりしてますが、エルトはこんな愚策を提案したりしません」

「挑発が上手いな、ユウヤ。エルトリーシャを持ち出すなんて」

「それだけあり得ないということです。わからないわけないですよね? これをどうするつもりですか?」


 愚策であることはレイナも百も承知だろう。

 この愚策を良策へと変える何かがあるはずだ。


 問題はそれが何か、ということだ。

 そして、それに俺が組み込まれているのかどうか。


「せっかちな奴だな。しょうがねぇ、教えてやるよ。まず、少数の精鋭部隊をナルヴァ要塞に放つ」

「少数による潜入ですか?」

「そうだ。そんでもって、そいつらに門を開けさせる。そこからあたしの騎士団が突入。ナルヴァ要塞を頂く。以上が作戦だ」

「潜入できることが前提です。どうするんです? まさかマグドリア兵に紛れるわけにもいかないでしょうし」


 敵兵に紛れるのは常套手段だが、そんなのは向こうも警戒してるはずだ。

 敗残兵を装っても、厳しいチェックを受けるに決まってる。


 運よく潜入できたとしても、監視されることは間違いない。

 要塞は広いし、少数で門を制圧し、開け放つのは至難の業だ。


「あたしの神威で送り込む。今日みたいに浮かしてな」

「……」


 俺は思わず天を仰ぐ。

 この人は自分の神威にモノを言わせて、疑似的な空挺作戦を行う気らしい。

 前代未聞だし、そもそもそれが可能なのかすらわからない。


「少数とは言っても、門を開けるなら二十人、いや三十人は必要です。それだけの人数を敵にばれないような高さから、怪我をしないように降ろせますか? それと見張りもいるでしょうから、決行は夜にすべきでしょう」

「それくらいなら余裕だ。夜だと安全な着地っていうのが難しいけどな」

「ちなみに試したことは?」

「ない」


 はっきりと断言するレイナに俺は大きくため息を吐いた。

 どうして、やったこともないことを自信たっぷりに余裕と言えるんだ。


「人はないけど、兵器なら結構やったことあるぜ。だから平気だ」

「人と物を一緒にしないでください……。可能性が感じる作戦ではありますけど、博打に出過ぎている気もします」

「しょうがねぇだろ。正攻法じゃナルヴァは落ちねぇんだから。考えた結果、これが一番勝機がある。あたしがやるって言うんだから、やるぞ!」


 駄々っ子のようにレイナは自分の作戦を推してくる。

 そんなこと言われても困る。


 この作戦が失敗すれば、俺たちも巻き込まれる。

 アルシオンに帰るどころか、レグルスに行くことすら難しいかもしれない。


「まずはセドリックと将軍たちの意見を聞くべきでしょう。その上で実験し、可能なら実行でしょうかね。奇襲ですから上層部で情報を留めておけば漏れることもないでしょう」

「そんな時間あるかよ! 今すぐ行動開始だ!」

「駄目です。どうせ少数の精鋭部隊に俺をいれる気なんでしょ? ぶっつけ本番なんて御免です。俺は実験しないなら協力しませんから」

「ぐっ……な、なんだよ! 偉そうに! ユウヤなんかいなくてもあたしの騎士たちだけで十分だ!」


 負け惜しみをレイナが口にする。

 後ろからアリシアのため息が聞こえてきた。

 どうやら、アリシアも俺と同じような気分らしい。


「ではご勝手に」

「わっ! 馬鹿、待てよ! 悪かった! 調子に乗った! 謝るから機嫌を直せ! な?」


 踵を返すと、レイナが慌てた様子で俺の前に先回りして、部屋から出て行かないように押しとどめる。

 俺はレイナを一瞥したあと、アリシアに視線を向ける。


「どう思う?」

「敵拠点への侵入なんて危険すぎよ。あくまで私たちは部外者。そこまで協力する義理はないと思うわ」

「同感だな」

「けど……ユウヤが参戦することで作戦の成功率が飛躍的に上がるなら、参戦してもいいと思うわ。もちろん、作戦の成功率を最大限上げる努力をレグルス側がするなら、だけど」

「する! わかった! 実験するから、参加してくれ! 一人でも腕の立つ奴が必要なんだ!」


 レイナが腰にしがみ付きながらそう言ってくる。

 なんだか悪い事をしているみたいで、心が痛むな。


「だそうよ? どうするの? ユウヤ」

「……これが終われば、すぐにアリシアと俺をアルシオンに帰すというなら、協力しましょう」

「えー、そしたらあたしがつまんないじゃんか……」

「じゃあ、ご自分の騎士たちだけでやってください」

「わっ! 待て! わかった! わかったよ……そんなにここにいるのが嫌なのかよ……」


 最後は沈んだ様子でレイナが折れた。

 ここが戦場ではないなら、レイナの相手もやぶさかではないが、ここは戦場しかも最前線だ。


 あんまり長居していい場所じゃない。

 それにアルシオンには待たせている人たちもいる。


 できるだけ早く帰らなくちゃいけない。


「では、将軍たちを集めましょう。彼らの賛同が得られないと実行は不可能ですから」


 簡単には賛同を得られないと思うけど。

 成功すれば得るモノも多いが、失敗したときに失うモノも多いからだ。


 さて、将軍たちはどう出るかな。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ