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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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閑話 一月前のアークレイム


 一月ほど前。


 アークレイム帝都・シュタイン。


 鉄の都と謳われるアークレイムの首都。

 その都に一軒の宿屋があった。


 いたって普通の宿屋である。

 外から見ただけでは。


 そこは密会に使われることの多い、裏の世界では名の知れた宿屋だった。


 音が漏れないように個室は厳重に区切りられている。


 その一室に二人の人間がいた。

 一人は男、もう一人は女だ。


「ほらよ。約束のもんだぜ、姫さん」


 そう言って、男が巻物を放り投げる。

 巻物の向かう先には椅子に座る女性。


 長い金髪に紫の瞳。

 年は二十代前半ほど。


 優しげな風貌で、微笑みを浮かべれば男性の目を釘付けにすることは間違いない美女だ。


 女性は丁寧に巻物をキャッチすると、まず男に礼を言う。

 それから巻物の中を確認し、上品な笑みを浮かべた。


 使い古された長いローブを身にまとっているが、服装では育ちの良さは隠しようがない。


 男が言った通り、女性は姫だ。

 このアークレイム帝国の第三王女。


 ユーリア・トゥルンバルト。

 それが女性の名前だった。


「感謝いたします。おかげでレグルスとの友好を取り戻せそうですわ」

「まだそんなこと言ってんのかよ。レグルスはもうマグドリアとアークレイムを相手取る気だぜ?」

「どちらの国にも争いを望まない人たちがいますわ。レヴィン陛下もおそらく、心底、戦いたいわけではないはずです」


 落ち着いた口調で告げながら、ユーリアは男に笑みを向ける。

 男は肩を竦めて、ユーリアの言葉を流す。


「あなたもわたくしもそうでしょう?」

「俺はどっちでもいいさ。儲かりさえすればな」

「〝不殺の盗賊〟さんは照れ屋ですわね」

「そんなイケてない呼び方はやめろ。俺は〝怪盗〟だ」


 怪盗と言い張る男の名前は、クルド。


 レグルスではロベルトという男に変装しており、城から先ほどの巻物を盗み取った男だ。

 

 アークレイムを中心に、私腹を肥やす貴族たちから財宝を盗むことで知られる義賊である。

 そのクルドと第三王女であるユーリアが繋がっている。


 そのことが知れれば、アークレイム帝国において、ユーリアは立場を失う。

 しかし、それでもユーリアはクルドと会うことをやめる気はなかった。


 その力は本物であり、殺人を嫌うという点でもユーリアとは非常に気の合う男だからだ。

 

「しかし、なんでまたそれを取り返したんだ? 自分で送ったんだろ?」


 クルドは疑問に思っていたことを口に出した。


 白紙の巻物の送り主はユーリアであった。

 それは絶縁を意味するものだ。


 レグルス王のレヴィンと、ユーリアは幼き頃は婚約者だった。

 二人は長い間、対立関係にあったアークレイムとレグルスの友好の懸け橋となることを期待されていた。


 しかし、魔族征伐に反対するレヴィンの父である前王に業を煮やしたアークレイムは、レグルスと反目し合うようになる。

 その頃になって、二人の婚約は解消され、ユーリアはクルドに白紙の巻物を送ったのだ。


 だが。


「正確にはわたくしが送ったものではありませんわ。これは父が送ったもの。名前はわたくしが書きましたが、別の書状と聞いていました」

「なるほど。だから取り返したわけか。けどな、姫さん。王の生誕祭への襲撃にアークレイムもかなり関わってる。それに気づかないレグルス王じゃないぜ? 攻撃しながら手を組もうなんて、聞く耳持ってもらえないと思うけどな」

「わたくし個人の意思を示すのが大切なのです。わたくしは争いを望んでいない。それが証明できれば十分です。わたくしのこの行動で、レヴィン王はわたくしが穏健派ということを信じてくださりますから」

「まぁ、どうせ依頼のついでだったし、俺は構わないんだけどな。しかし、流言にこの俺を使うなんて、アークレイムの使徒様もやってくれるよ。断ったら殺すなんて言うし。しかも、薔薇姫を誘い出すって目的は失敗したしな。これ、俺が怒られるのか?」


 クルドは任務を依頼した使徒の顔を思い浮かべながら、げんなりとした表情を見せた。

 そんなクルドにユーリアは苦笑を浮かべる。


「大丈夫だと思いますわ。あなたのおかげで、アルシオンの銀十字は外に誘い出されたわけですし」

「結局、戻ってきたけどな。なんなんだよ、あいつ。めちゃめちゃ強かったぞ? しかも、妹がまた生意気なことこの上ない。あんな兄弟がアルシオンにいるんじゃ、レグルスは当分、強気で来るぞ? 勝機があるとレグルス王が踏んでいれば、和平の前に侵略されるのがオチだ」

「それはないでしょう。アークレイムもマグドリアもそう簡単には落ちませんわ。それはレグルスが一番、よくわかっています。時間はまだあります。戦争を止められないならば、早期に終結させるために動きます。苦しむのはいつも民なのですから……」


 ユーリアは悲しげに視線を伏せる。

 クルドはやれやれと首を振って、ため息を吐く。


「ご立派なことで。じゃあ、俺は行くぜ。また依頼があれば言ってくれ。お代はいつも通り、情報で頼むぜ」

「では、一つ軍事機密を教えますわ。海軍に動きがあります。あなたを脅した使徒様も関わっているようですわ。何をする気かまではわかりませんが」

「そりゃあいい。海軍に関係している奴らは今、忙しいってわけだな。狙い目だ」


 ユーリアの情報を訊くと、クルドはニヤリと笑って、姿を消す。

 いつもながら、どうやって消えているのだろうと、不思議に思いつつ、ユーリアは立ち上がる。


 白紙の巻物を取り返したことで、レヴィンにユーリアの意思は伝わっただろう。

 しかし、それだけで戦争が止められるわけではない。


 穏健派であるユーリアの支持者はそれなりにいるが、それでも戦争を止めるほどではない。

 戦争を止められるだけの確かな力を得ねば、レヴィンはユーリアを相手にはしない。


 勝てるときに勝たねば、あとでツケを払うことを知っているからだ。


「とはいえ、まずはマグドリア。テオドール・エーゼンバッハがどのような動きを見せるか。そしてアルシオンとアークレイムがどう動くか……」


 マグドリアとレグルスの戦争にアルシオンが参戦すれば、その隙をついて、アークレイムは動き出す。もしくはアークレイムが参戦し、アルシオンが動き出す。

 どちらにせよ、アークレイムが動けばラディウスが動く。


 マグドリアやアルシオンと隣接する小国たちも黙ってはいないだろう。


「まさに戦乱。なるべく早く止めなければいけませんわね。アルシオンの貴族とも接触すると致しましょうか」


 善は急げとばかりに、ユーリアは椅子から立ち上がる。

 そして思い出したかのように、手に握っていた巻物に視線をやった。


「破くなり、燃やすべきなのでしょうけど……」


 ユーリアがこの巻物を持っていることは絶対に秘密にしなければいけない。

 それならば、処分するのが一番である。


 しかし、この巻物はアークレイムの公文書。

 アークレイム帝国が発した文書ということだ。

 皇帝の印があり、それは効力を失ってはいない。


 しかも白紙。

 もしかしたら、切り札になるかもしれない。


 そう考えて、ユーリアはその巻物をローブのポケットへとしまった。


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