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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第十四話 副官見習い



 レイナの私物を運び終えた俺に待っていたのは、妙に上機嫌なレイナの肩もみだった。

 なぜ、いきなりそんなことを言い出したのか疑問だったが、今の俺は副官見習い。

 レイナの要望に応えるのが仕事だ。


 だから、無心で肩を揉んだ。


 その後、アリシアが来たため肩もみは終わり、お茶出しの仕事に移る。

 アリシアが言うように、副官見習いというよりは執事だ。

 まぁ、クリスがやっていたことと大差はないから、副官というのは執事も兼ねているんだろう。


「どうぞ、紅茶とお茶菓子です」

「おう、サンキュー。しかし、エルトリーシャの悔しがる顔が目に浮かぶぜ。あいつ、今頃、お気に入りのお前を取られて悔しがってるぜ」


 レイナはまるで見てきたかのように意地悪な表情を浮かべた。

 ここからエルトに連絡を取るなんて、ほぼ無理なはずだけど。


「どうですかね。そもそもここにいることも知らないんじゃないですか?」

「しっかりと知らせを出しといたから、伝わってるはずだぜ。二人の領地にもすぐ伝わるはずだ。そのうち迎えが来るから、それまでは引き続きあたしの手伝いだな」


 レイナは快活な笑みを見せる。

 そのうちと言いつつ、一カ月は来ないことは目に見えている。


 それがマグドリアとアルシオンとの現実的な距離だからだ。

 侵攻が早々に終わらないかぎり、俺たちが解放されることはないだろう。


「おっ! なかなか美味いな! アルシオンに帰らず、このままここに居てもいいんだぜ? あんたなら本当に副官を任せてやるぜ?」


 紅茶を飲んだレイナが感心したようにつぶやく。

 だが、その言葉は正直嬉しくない。


「ありがたい申し出ですけど、遠慮しておきます。使徒の副官なんて苦労しかなさそうですし」


 軽く嘆息しながら俺は答えた。

 正直、見習い一日目で疲れた。


 これが後一カ月も続くと思うと気が滅入る。

 それでも戦場よりはマシだけど。


「違いないな。あたしたちは自己中の権化みたいなもんだし」


 そう言いながら、レイナは機嫌良さそうに紅茶を飲む。

 まぁ、自覚がないよりは自覚があったほうがいいだろう。

 どちらがマシかという話の場合だが。


 できれば、もう少し自重してほしいな。レイナにもエルトにも。


「さて、じゃあそろそろ副官らしいことをしてもらうとするか」

「ようやく仕事ですね。これがレイナ様に目を通して頂きたい書類です」


 アリシアは持ってきていた紙の束をレイナの前に置く。

 結構な量があるその紙の束を見て、レイナは顔をしかめる。


「いつもより多いぞ?」

「これでも少なくしたんです。あなたの旗下には七万の兵がいるんですよ?」

「人が集まれば不満や問題も増えるってことか」

「そうです。ここにあるのは一部ですけど、深刻なものですからしっかりと対応を」

「あー、わかったわかった」


 アリシアの言葉を遮り、レイナは椅子から立ち上がる。

 そして後ろにある大きな窓に向かう。


「クロスフォード」


 呼ばれたためそちらに向かうと、レイナが窓を開け放つ。

 下にはマグドリア侵攻軍の天幕が無数に広がっていた。


 今、俺たちがいる城はそこまで大きくない。

 せいぜい、城に入れるのは二万ほど。

 残りの五万は外で野営をしているのだ。


「総勢七万。あたしはこれを束ねなくちゃいけない」

「そうですね。そのためにも兵士や騎士の不満は解決すべきでしょう」

「その通り。だけどな、上からじゃわからないことも多いんだ」

「いや、まぁそうでしょうけど……」

「紙に書かれた文字なんかじゃ下の奴らの気持ちなんかわからない。だから、あたしも下に行こうと思う」


 なんだか不穏なことを口にしたレイナは、俺の襟首をつかむ。

 非常に嫌な予感しかしない。


「ちょっ!?」

「じゃあ、ブライトフェルン。現地調査に行ってくる。セドリックにも伝えておいてくれ!」

「ま、待ってください!? まさか!?」


 アリシアが声を上げるが、そのまさかだ。

 このイカレた使徒は、城の最上階から飛び降りる気らしい。


 まるで猫のような軽業で窓に登ると、レイナは俺を引っ張って飛び降りる。

 抵抗しようとするが、体が宙に浮いてできない。


 風によって浮かされているのだ。


「うわぁぁぁぁ!!!!????」

「情けないぞ? このくらいの高さで」


 空中で叫び声をあげる俺に対して、レイナはとても落ち着いていた。

 この程度の高さからの飛び降りは日常茶飯事なのかもしれない。

 だが、俺は初体験だ。


 大きくないというのは、軍の収容能力の話だ。

 城自体の大きさはかなりある。

 多分、最上階から下まで数十メートル。


 普通ならペシャンコだ。


「レグルスの王城から飛び降りたんだろ? だったら、これくらい平気だろ?」

「あのときは必死で!」


 もう地面が近い。

 悠長に話をしているレイナに神威を使う素振りは見えない。


 ここまで来たら強化での減速なんて望めない。

 死ぬか、レイナに助けてもらうか。

 この二択しかありえない。


「よっと」


 もう駄目だと目を瞑ったが、なかなか地面がやってこない。

 恐る恐る目を開くと、地面から三十センチ程度のところで俺は止まっていた。


 いや浮いていたというべきか。

 レイナはもう地面に足をつけて、気持ちよさそうに伸びをしている。


 周囲にいた騎士たちも一瞬騒然としたものの、レイナの姿を認めると笑みを浮かべて仕事に戻った。


「……慣れてるんですね。いろいろと」

「もちろん。あたしの騎士だからな。さぁ、いつまでもそんなところにいないで、こっちに来い。視察だ視察」


 レイナが神威の効果を切ったのか、俺は三十センチほどから落下する。

 なんとか着地すると、レイナの後を追う。


 まったく心配ないだろうが、俺はレイナの護衛代わりでもある。

 

 指揮官の暗殺というのは、もっとも効果的な戦術の一つだ。

 使徒の暗殺なんて、手練れの暗殺者が何人いてもきつい仕事だが、護衛に囲まれていないならば成功率は上がる。


 今を好機と見て、暗殺者が来るかもしれないということだ。

 だからこそ、俺が目を光らせねば。




●●●




「エバンナ! なんか作ってくれ!」


 俺の決意を返してほしい。


 レイナは視察と言いつつ、真っ先に調理場へと向かったのだ。

 慣れているのか、調理場を取り仕切っていた初老の女性は笑みを浮かべて、ちょっと待ってな、と言う。


「……これが視察ですか?」

「兵士が何を食べてるのか知らなくちゃだろ? 何事も食事からだからな」

「ご自分が食べたいだけでは?」


 適当な椅子に座って、女性を待っているレイナに思わずそんな言葉を言ってしまう。

 彼女はエルトではない。

 俺を友人として見ているわけではないのだから、あまり出過ぎたことを言うべきではないのだけど、つい口からこぼれてしまった。


 レイナが眉を潜めるが、怒りが俺に向かうことはなかった。

 その前に助け船が来たからだ。


「おや? 新入りかい? レイナ様はいつも相談があるときにここへ来るのさ」


 初老の女性が皿にパイのような物を乗せてやってきた。

 ほのかに甘い香りが漂うそれを、女性はレイナに差し出す。


「そうだぜ。ここはあたしの相談所なんだ。覚えとけ」

「ここが相談所……?」

「こうやって食べ物をねだりに来るのはレイナ様だけじゃなくてねぇ。そのたびに私が話を聞いてるのさ」

「なるほど。顔が広いというわけですね」


 兵士や騎士にも顔が利くならば、確かに今回の相談役にはピッタリだ。

 なにせ、その兵士や騎士たちから不満が出ているのだから。


「まぁ、レイナ様の場合は副官たちからの避難所っていう意味合いのほうが強いかねぇ」

「副官たち?」

「知らないのかい? よく脱走するもんだから、レイナ様には三人も副官がいるのさ。今回はセドリック様しか来てないがね」

「増やしたところで無駄だって気付かねぇのさ。あいつらは」


 笑顔でパイを食べながらレイナが呟く。

 どうやらレイナの騎士団では副官が一番大変らしい。

 まぁ、俺も今は副官見習いだから他人事じゃないけど。


「で? 新入りは副官かね?」

「見習いだけどな。正式に副官にするかは検討中ってところ」

「そうかい。私はエバンナ。レイナ様んところの料理長さね。こうやって行軍の際も調理場を任されてる。困ったことがあったら、私んところに来な。話くらいなら聞いてやるよ?」

「……ユウヤです。よろしくお願いします。エバンナさん」


 一瞬、偽名を使うべきかと思ったが、すぐに自分の名を名乗る。

 珍しい名だけど、名前だけを聞いて俺をアルシオンの銀十字と結びつけはしないだろう。


 これで青いマントを羽織っていたら一発だろうけど。

 

「それで? 副官見習いを連れて、一体何の相談だい?」

「そうだ、忘れてた」


 パイに夢中だったレイナだったが、ようやく目的を思い出したらしい。

 まったく、勘弁してくれよ。


「兵士や騎士から不満が出てるらしい。まぁ見当はつくんだけどな。どうせ、騎士と兵士で扱いが違うことへの不満だと思う」

「そうだねぇ。兵士の子らは騎士への文句をよく言うね。城を落としたのは俺たちなのに、見ていた騎士が城で羽を伸ばしてるってね」


 エバンナの言葉にレイナはばつが悪そうな顔をする。

 この城を落とすとき、確かにレイナは自分の騎士団を温存した。


 もちろん、ナルヴァ要塞での決戦に備えてのことだが、それが不満の原因とは。


「騎士と兵士は違う。騎士はあたしの親衛隊だ。あたしは誰になんと言われようと、騎士たちを尊重するし、重宝する。それに不満を漏らすならレグルスに帰ればいいんだ」

「言いたいことはわかるけどねぇ。兵士も人間さ。そして騎士も。レイナ様が騎士たちを大事に思う気持ちはわかるけど、騎士たちからすれば活躍の場を奪われているように思えるときもある。騎士たちの不満はそういうところさね」


 兵士たちに、温存されて良いご身分だな、という目で見られている騎士たちにもプライドがある。

 どこかで活躍の場を、と思っているんだろうな。


 今回のレグルス軍は使徒の騎士と将軍旗下の兵士たちとの連合軍だ。

 一個の軍団として独立している騎士と、そうではない兵士たち。

 そう簡単に混ざり合うものじゃないか。


「あいつらにはとっておきの見せ場を取っておいてるんだ……わかんない奴らだな」

「レイナ様に良い所を見せたいのさ。まぁ、人間だもの。不満くらい出るもんだよ」

「エバンナも不満があるのか?」


 レイナはパイを平らげたあとに、エバンナが差し出した水を飲みながら訊ねる。

 それに対して、エバンナはもちろんと頷いた。


「とりあえず、一番の不満は食料が腐ることかね。なんとかしてほしいよ、まったく」

「それはあたしにはどうすることもできねぇよ……」

「だから口には出さないのさ。どうにもできないこともあるからね。けど、兵士や騎士たちはどうにかできると思ってるから口に出す。レイナ様に期待してるのさ。状況の改善を」

「そう言われても……あー、なんで連合軍なんだよ! 面倒だな!」


 レイナが髪をかき乱して叫ぶ。

 そんなレイナを見て、エバンナが笑う。


「それをどうにかするのが指揮官の腕の見せ所じゃないのかい? まぁ、本当に面倒なら切り離してしまうのも手かもしれないねぇ」

「切り離す?」

「騎士団は騎士団で運用し、ほかの軍団はほかの軍団で運用すると?」

「察しがいいね。元々、国境守備はそうやって役割分担をしてたんだ。無理をして一緒に行動することはないと思うがね。素人意見だけど」


 確かに素人意見だ。

 わざわざ連合軍にしたのは、騎士団だけでは数が足りないからだ。

 精鋭の一万だけじゃナルヴァ要塞は落とせない。


 だから六万もの軍団がレイナの指揮下に入っている。

 戦場での役割分担くらいなら可能だけど、別々に進軍したりすれば本末転倒だ。


 しかし。


「そうか。そういう考え方もあるな……」


 レイナは今のエバンナの言葉から何かを掴んだらしい。

 一体、何を掴んだっていうんだ?


 どう考えても素人意見。

 少しでも戦を知っている者からすれば、下策中の下策だ。


 わざわざ各個撃破されに行くようなものだ。

 ここは敵地。

 分散すればそれだけリスクは高まる。


「ありがとな! エバンナ! 礼は今度する!」


 レイナはそう言って、風の神威で飛んでいってしまう。

 さすがにそれについて行くこともできず、俺は茫然と見送るしかなかった。


「相変わらず忙しない子だねぇ。せめて、エルトリーシャ様みたいに誰かの養子になってれば、もうちょっと落ち着いた子になったのかもしれないんだけどねぇ」

「どうですかね……」


 エルトも落ち着きがあるとは言えないし、育った環境よりも本人たちの性格の問題な気がする。

 まぁ、それはさておき。


「ご迷惑をおかけしました。俺はこれで」

「大変だろうけど、支えてやって。親の愛情も知らず、子供のときから戦ってる子だ。あの子にとって、オースティンの騎士団が家族であり、全て。だからときどき危うく見えるんだよ、私は」


 そんなエバンナの口調はとても優しげだった。

 まるで自分の娘や孫のことを話すかのような口ぶりだ。


 子供の頃から知っているということは、エバンナにとってレイナは我が子に近いのかもしれない。

 そんなエバンナが危ういというんだ。十分に気を付けるべきか。


「わかりました。善処します」


 レイナに何かあれば俺もアリシアも危ないしな。

 

 そんなことを自分に言い聞かせつつ、俺は小さくため息を吐いた。

 なんだか、また深入りしている気がする。


 こういうときは決まって、貧乏くじを引く。

 わかっているのに変われないのは、俺が馬鹿だからなのか、それともそれが俺の本質だからなのか。


 いや、考えるだけ無駄か。

 どうであれ、もう関わってしまっている。今更、関わらないなんて選択肢もない。


 とりあえず、レイナを探すか。

 おそらく城に向かったと判断し、俺は足を城へと向けた。


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