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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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閑話 レイナの挑発



 ユウヤたちを迎え入れた次の日。

 早朝から攻撃を仕掛け、レイナは包囲していた城を落とした。


 その城の城主が使っていた部屋にレイナはいた。

 ほかにはユウヤとアリシアも。


「ブライトフェルン。セドリックと一緒に書類整理してきてくれ。あたしが必要じゃない書類は、セドリックと一緒に処理してくれよ。あれなら全部処理してくれても構わないぜ」

「……はい」


 レイナのいい加減な発言に、頬を引きつらせながらもアリシアは返事をして部屋を出た。

 残されたユウヤはユウヤで、自分が何を命じられるのか、少々緊張した様子だった。


「なぁ、クロスフォード。あんたは力持ちだろ?」

「人並みだと思いますが」

「謙遜するな。そんなあんたにお願いがあるんだ。あたしの天幕から私物を持ってきてくれ」


 この城を占領したのは、つい先ほど。

 よって、この部屋にはレイナの私物は全くない。


 ゆえに運び込むのは理解できた。

 できたのだが。


「ここは最上階ですよ?」

「そうだな」


 天幕は城の外にある。

 行って帰ってくるだけで、相当時間を使う。


 しかも荷物運びである。


「……副官見習いでは?」

「副官見習いだからやらせるんだろ? まずは雑用。基本だぞ」


 快活な笑みを浮かべて、レイナはドアに視線を向ける。

 早く行け、という意味だ。

 それを正確に把握したユウヤは、駆け足で部屋から出て行った。


 そんなユウヤに満足しつつ、レイナは椅子に座り、黒い手鏡を取り出した。

 もちろん、化粧直しではない。


 その黒い手鏡は、各使徒の本拠地に置かれている漆黒の姿見スぺクルムの子機といえる物だった。

 この子機である手鏡を通じて、本拠地の姿見に接続し、他の使徒や王に連絡が取れるのだ。


 そしてレイナはすでに王への連絡を済ませていた。

 ナルヴァ要塞まであと少しということ、軍の状態、マグドリアの様子。

 そして予想外の来客のことも。


「さて、エルトリーシャをからかってやるか」


 レイナは笑いながら手鏡を構えて、まずは自分の本拠地にある漆黒の姿見に接続する。

 そしてそこからエルトの城にある漆黒の姿見へと繋ぐ。


「おい、エルトリーシャを呼んで来い」

「お、オースティン公爵! かしこまりました!」


 漆黒の姿見の前で待機していた騎士は、レイナの姿が映し出されたのを見ると、慌てた様子で礼を取り、エルトを呼びに向かう。


 驚いた理由はレイナからエルトに連絡を取ることは滅多にないからだ。

 レイナとしてもユウヤが自分の下にいなければ、エルトに連絡を取るなどする気はなかった。


 しかし、ユウヤはエルトのお気に入り。

 それが自分の下にいると知れば、エルトがどんな反応を示すか。


 今から楽しみで、思わず笑みがこぼれるレイナであった。

 しかし、すぐにそれは不機嫌なモノに変わる。


 エルトが姿を現したからだ。

 不機嫌な理由はその恰好だった。


 湯浴みか水浴びでもしていたのか、髪は濡れて服は肌に張り付いている。

 そのせいで、体のメリハリが強調されてしまっている。


 レイナはそれを見て、自分の体に視線を落とす。

 そもそもエルトとは身長も体格も違うため、体の一部を比べることに意味はないのだが、レイナは〝いつものように〟エルトと自分を比較して敗北感を味わう羽目になった。


 年は自分のほうが一つ上なのに、発育は向こうのほうが上。

 容姿を褒められたことはあれど、体つきを褒められたことは一度もない。


 対してエルトの評判は良く耳にする。自分にはない評判ばかりを、だ。

 それが、レイナがエルトのことを毛嫌いする理由の一つだった。


「エルトリーシャ、てめぇには礼儀ってものがないのか?」

「待たせたら文句を言う癖に礼儀を語るな。わざわざ湯浴みの途中で来たのは、私の優しさだぞ?」


 いつもの言い合い。

 挨拶から入るというのが、あり得ないのが二人の仲だった。


 互いにしばし睨み合う。

 今回に限っていえば、先に折れたのはエルトだった。


「……要件はユウヤのことか?」

「珍しく察しがいいじゃねぇか。脳筋女」


 自分が優位であることを認識し、レイナは薄く笑いながらエルトを挑発する。

 だが、その挑発にエルトは乗らない。


「ユウヤは無事なのか?」


 真剣で茶化すことを許さない、真っすぐな目で問いかけられ、レイナは目を細める。

 エルトがまるで、自分のことのようにユウヤを心配しているのがわかったからだ。


 お気に入り。

 レイナは、ユウヤはエルトにとって、その立ち位置だと思っていた。


 気に入っているのは事実だった。

 ただ、心配の仕方がそれでは済まない。


 家族かそれに類する者への心配に近かったからだ。


「必死だな? そんなに心配か? もしかして惚れてるのか?」

「いいから教えろ」

「なんだ、図星か?」


 大した反応を見せないエルトを見て、レイナはわかってしまう。

 心を押し殺したときのエルトの反応だったからだ。


 なんだかんだで腐れ縁な二人は、友人並みに互いのことを知っていた。

 共に肩を並べて戦ったこともあった。


 ゆえにわかった。

 エルトがユウヤに惹かれていることに。


 だからといって、応援してやろうという感じにならないのがレイナとエルトの関係であった。


「じゃあ、教えてやるよ。無事にあたしの本隊に合流したぞ。今はあたしの傍に置いてる」

「本当かっ……!?」


 悔しがるエルトを想像していたレイナは、心底安心したような顔を浮かべるエルトを見て、意表を突かれた。


 何度も目を瞬かせ、レイナはエルトを見つめる。

 よかった、と胸を撫でおろすエルトの姿は、レイナが見たことのないものだった。


 少なくとも、エルトリーシャ・ロードハイムという少女はレイナの前で弱みを見せたりしなかった。


 そのことに戸惑いつつも、レイナは状況を整理する。

 このままだと、自分が吉報をエルトに届けただけになってしまう。


 それは面白くない、というのがレイナの感想だった。

 だから、レイナは余計なことを言うことにした。


「喜ぶのは勝手だが、しばらくあたしの副官させるから。一カ月くらいな」

「……なに?」


 底冷えのする声を発するエルトを見て、レイナは少しだけ汗をかく。

 さっきとは別人だからだ。


「副官? お前の?」

「あ、ああ、そうだ! こっちも人手不足でな。護送する人員も惜しいんだ。だから、アルシオンからの迎えが来るまではあたしの副官をやらせる。働かず者食うべからずだからな」

「だったら、別の仕事をやらせればいいだろ! なんで、お前の副官なんだ!?」


 副官というのは、使徒に最も近しい役職だ。

 公私に渡って使徒を補佐する関係上、騎士団の中で使徒がもっとも頼りとする人間が務める。


 それに任命するということは、一カ月の間、レイナの傍にはずっとユウヤがいることを意味していた。


「あたしも〝気に入った〟からだ」


 それが最も効果的な挑発になると知って、レイナは告げた。

 それに対して、エルトは夜叉のような表情を浮かべる。


 明確な挑戦状と受け取ったのだ。

 エルトは顔を伏せたまま言葉を発する。


「ふっふっふ・……レイナ。お前とはいつか決着をつけないといけないと思っていたんだ……」

「そりゃあ奇遇だな。あたしもだ」

「そうか。じゃあ、マグドリアの大地で散る覚悟を決めておけ」

「わかった。じゃあ、待っててやるから早く来いよ? どれくらい掛かるか知らんけどな」

 

 それが決め手だった。

 エルトが顔をあげて、悔しげに顔を歪めながらレイナに宣言する。


「すぐに行ってやるから待ってろ!!」

「おう、早く来い。あれなら今すぐでもいいぞ?」


 笑いながらレイナは通信を切った。

 それからしばらく、エルトは何も映らなくなった漆黒の姿見を睨んだ。

 

 だが、時間の無駄だと気付き、すぐに行動を開始した。


「クリス!」

「はい」

「王に書状を送る。アルシオンへ行くとな」

「アルシオンにですか?」


 傍に控えていたクリスは不思議そうに首を傾げる。

 今の流れで、どうしてアルシオンなのかがわからなかったからだ。


「クロスフォードとブライトフェルンに、二人が無事であることを知らせねばならないだろ」

「それこそ書状で良いのでは?」

「私が私の口で知らせたい」

「……そういうことでしたら、準備しましょう。ですが、お忍びですよ? 護衛も連れていけて数十人ほどです」

「構わん。あと、騎士長を呼び戻せ。留守を任せる」

「かしこまりました」


 指示を出し終えると、エルトは不敵な笑みを浮かべていた。

 それを見て、微かに嫌な予感を覚えつつ、クリスは指示に従って、すべての準備を整えるのだった。


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