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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第十三話 使徒の提案



 レイナの天幕に招かれた俺とアリシアは、そこに用意されていた光景に唖然とした。


「悪いな。急だったからちょっとしか用意出来なかったぜ」


 そう言って、レイナはマントやつけていた鎧を放り投げながら笑う。


 天幕の中央には大きな机が用意されており、その一杯に料理が用意されていた。

 肉、魚、野菜にパン。どれも出来たばかりなのか湯気が立ち、食欲をそそる匂いを天幕中に振りまいている。

 酒も何種類も用意されており、どれも名前の聞いたことがある上物だ。


 これでちょっと?

 どういう感覚だよ。


「ねぇ、ユウヤ。ここって戦場よね? 貴族の館じゃないわよね?」

「ああ。ここは戦場だ。とてもそうは思えないけどな」


 アリシアもビックリな歓迎ぶりだ。

 俺たちをそこまでもてなす理由は何だ?


「なぁ、クロスフォード。酌する女が欲しかったか?」

「結構です」

「やっぱりか。横に侍らしてるし、いらないかと思って用意しなかったんだ」

「侍ら……!? オースティン公爵! 私はアリシア・ブライトフェルン! ユウヤの女ではありません!」

「ん? そうなのか? じゃあ、やっぱり酌する奴が必要だな」

「結構です……」


 再度、同じ言葉で断る。

 すると、天幕にさらに人が現れた。


「レイナ様。セドリック、参りました」

「ああ、よく来た。悪かったな、監査なんてつまんねぇこと頼んで」

「いえ、それが私の仕事ですから」


 やってきたセドリックは慣れた仕草で、レイナが放り投げたマントや鎧を集めて、本来の場所に戻していく。

 副官というよりは執事みたいな感じだな。


「よし、全員揃ったな。座ってくれ」


 レイナに促されて俺たちは席につく。

 上座にレイナが座り、俺とアリシアが隣り合って座る。

 セドリックはレイナの傍に控えている。


「さて、食べる前に聞かせてもらおうか。どうやって来た?」


 レイナの単刀直入な質問に面食らいつつも、俺は正直に自分とアリシアに起こったことを話した。


「古代の魔法遺跡で転移魔法に巻き込まれた、か。まぁ、あり得ない話ではないな。しかし、あんたはいつも何かに巻き込まれてるな?」


 笑いながらレイナが俺に言ってくる。

 気にしていることを指摘する人だ。

 まったく。


「自覚はしていますよ。この件はご内密にお願いします」

「わかってる。あっちこっちで遺跡の発掘されても面倒だからな。王と相談した上で、多分極秘裏に調査することになると思うぜ。さぁ、お堅い話はこの辺で終わりだ。適当に食ってくれ。味は保証するぜ」

「では、いただきます」


 早く食えというレイナに押されて、俺は近場にあるパンや料理を口に運ぶ。

 どれも美味しい。

 戦場でこれだけのものが食える日が来るとは。


 しかし、ここはレグルスにとって他国だ。

 食料は有限。

 わざわざ俺たちに料理を振舞う理由はなんだ。

 それが気になって、なかなか食が進まない。


「美味くないか?」

「いえ、美味しいですよ。ただ、どうして歓迎されているのかわからなくて」

「なに言ってるんだ? 自分の部下が世話になったんだ。もてなすだろ、普通」

「レイナ様。公子はゴードンのことを言っているのかと」


 セドリックの言葉を聞いて、レイナは顔を顰める。

 拙いな、機嫌を損ねたか。


 そう思ったのだが。


「不愉快な奴のことを思い出させるな、セドリック」

「ですが、問題です。クロスフォード公子はゴードンを殺しました。捕らえられるにも関わらず、です」


 事務的な口調でセドリックが告げる。

 それに対して、レイナはさらに顔を顰める。


「で? 何が言いたいんだ?」

「この一件には落としどころが必要です。どうされますか?」

「そんなもん決まってるだろ。すべて許す。なんなら、あたしの指示で殺したってことにしてもいいぞ。悪かったな、手間を取らせて」


 最後の言葉は俺に向けられていた。

 どうやら、レイナにとって俺がゴードンを殺したことは大したことではないらしい。


「そういうわけにはいきません。ゴードンはクロスフォード公子とアリシア公女を牢に入れて、侮辱したのです。これは外交問題に発展します」

「だったら、なかったことにしろ。それでいいか? クロスフォード」


 レイナの問いかけに対して、俺はアリシアを見る。

 アリシアはレイナのさっぱりした態度に呆れた様子だったが、小さく頷いた。


「お好きなように」

「よし。じゃあ、ゴードンは命令違反のため処刑ってことにしておけ」

「よろしいのですか? 貴族を処刑したとなれば、また陛下に何か言われますよ?」

「平気だ、平気。どうせ叩けば埃はいくらでも出てくるだろう。それを理由にするさ。元々、気に食わなくて左遷したわけだしな。死んでくれるなら気分がいい」

「はぁ……では、クロスフォード公子、アリシア公女。お二人は牢に入れられることもなく、ゴードンと関わりも持たなかった。それで通しますので、ご了承ください」

「頼む。悪いな」

「いえ、いつものことですから……では、私はこれにて」


 ズーンと沈んで肩を落としたセドリックは、トボトボとした足取りで天幕を出て行く。

 目撃者がいないならまだしも、目撃者は多い。

 それらの口止めやら書類の作成やら面倒なことはいくらでもある。


 ただでさえ使徒の副官として仕事が多いだろうに、申し訳ないことをしたな。

 まぁ、俺がゴードンを殺してなかったら、アルシオン側への弁明なんかを考える羽目になっただろうし、どっちにしろセドリックは苦労する運命だったわけだが。


「いやぁ、悪いな。さぁ、食べてくれ」

「レイナ様。少しよろしいですか?」


 話題がひと段落したところで、アリシアが切り出す。

 おそらく帰還の話だろう。


「なんだ? ブライトフェルン」

「私とユウヤをアルシオンまで送り届ける手筈を整えてほしいのです」

「ふーん、まぁアルシオンの貴族様に死なれれば、レグルスには面白くない展開になる。アルシオンと揉めてる暇はないからな」


 レイナは頬杖をついて、アリシアの話を聞く。

 ただし、あまり面白くなさそうだ。

 真面目な話が好きじゃないんだろう。


 しかし、しばらく考えたあと、ニヤリと笑みを浮かべる。

 例えるなら、悪戯を思いついた子供のような笑みだろうか。


「しかし、だ。あたしはあんたらの問題をもみ消した。もちろん、こっちにも非はあったが、今は貸し借りなしの状態だ。それはわかるな」

「ええ、もちろん。お礼はしっかりとさせていただきます」

「あたしにお礼ができるのか? 侯爵の孫娘が?」

「私には無理でしょう。ですけれど、ユウヤ・クロスフォードに貸しを作るというのは、レイナ様にとっても悪いことではないかと」


 おっと。ここで俺か。

 っていうか、そうなると俺だけ損をしている気が。

 いや、そんなことを考えるのはよそう。


 レイナは神妙に考えたあと、一つ頷き、


「悪くない話だが、断る」

「……はい?」

「あんたたちは勝手にマグドリアに来たんだ。保護はするが、わざわざ人員を使って送り届けるのはちょっとな。今はどこも人手不足だし」

「お、お待ちください! アルシオンから迎えが来るとしたら一体、どれだけの日数掛かるか!」

「そりゃあ掛かるだろうな。連絡はしてやるし、レグルスのほうにもしっかりと伝えておいてやる。それでも一カ月くらいはここにいるしかないな」


 レイナはニヤッと笑って、視線を俺のほうに向けてくる。

 うわぁ、嫌な予感がするなぁ。


「さて、相談なんだが、食料もタダじゃない。無駄飯食らいを置いておく余裕は我が軍にはないんだよ」


 よく言うよ。

 贅沢な料理をパッと出せるってことは、それだけ潤沢な食料を保有しているってことだ。

 俺とアリシアが増えたところで、大した負担にはならないだろうに。


「何が言いたいんです?」

「なぁ、ユウヤ・クロスフォード。当分はあたしの下で働け。もちろん、ブライトフェルンもな。そうするなら、あんたらの食事やら身の安全なんかはしっかりと保証しよう」

「……意図が見えません。俺たちを手元に置くメリットはなんです? 俺たちに何かあれば、あなたも面倒事に巻き込まれますよ?」


 俺とアリシアは爆弾だ。

 何かあればアルシオンとの関係が悪化する。

 さっさと手放すに限るはずだが。


「理由は二つ。一つはあたしの暇つぶしだ。気軽に話せる奴が少なくてな。その点、あんたなら使徒の扱いに慣れてるだろ? 二つ目はエルトリーシャへの嫌がらせだ。あたしのところにあんたがいると知れば、あいつは良い思いはしないだろうからな」


 口の端をあげて、レイナは満足気に笑う。

 悔しがるエルトでも想像したんだろうか。


 正直、いい迷惑だ。


「ねぇ、ユウヤ。ユウヤだけ残って、私だけ帰るっていうのは駄目かしら?」

「駄目だろうな。それをすると、手が足りなくて送り届けられないっていう言い訳が使えない。言う通りにするしかないだろな。実際、俺たちを護送するとなれば、人員を割く羽目になる。敵国に侵攻中の軍にそこまでさせるのは気が引けるし」

「働くの? この人の下で? こき使われるわよ?」


 アリシアがげんなりした表情で呟く。

 まぁ間違いないわな。


 けれど、選択の余地はない。

 外交問題にするとか言って騒げば、面倒くさがって帰してくれそうな気もする。


 だが、ここはマグドリア。俺たちにとっては最悪な国だ。

 レイナの保護がなれば生きてはいけまい。

 そしてここではレイナが最高権力者だ。


 するとは思えないが、機嫌を損ねれば闇の中で葬られる可能性すらある。

 実際問題、俺たちがここにいることを知っているのは、限られた者だけだ。

 レイナがその気になれば、俺たちの痕跡を消すくらいわけないだろ。


「働くのが嫌なら適当に寛いでろ。俺が働けば向こうも文句も言わないさ」

「そんなことできるわけないでしょ。わかったわよ。働きましょう」

「結論は出たかー?」


 レイナが笑顔で果物を口に入れる。

 随分とご機嫌なことで。


 やっぱりこの人はエルトに近しい気がする。

 喧嘩するのは同族嫌悪なんだろう。


「お話をお受けします」

「よし! 決まりだ! やっぱり止めたとか言うのはなしだぞ!」

「わかってますよ。で? 何をすれば? 敵将を討ってこいとかってのは勘弁してほしいんですが?」

「そんなことを言わねぇよ。ブライトフェルンは書類仕事を手伝ってくれ。量が多くて困ってたんだ。クロスフォードは……」


 レイナが今日一番の笑顔を作る。

 とっても嫌な予感しかしない。


「あたしの副官見習いだ」


 こうして俺は使徒の副官見習いに任命された。



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