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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第十二話 風が吹く



 輸送隊を囲むマグドリア兵をしっかりと視認したとき、俺たちの後ろから巨大な火球が宙に打ち上げられた。


 長距離に対応した炎魔法、焔砲キャノンだ。

 準備に時間はかかるが、長距離から巨大な火球を放てる。


 確かに長距離から一発と言っていたが、まさかそれを使用するとは。


 火球は俺たちを追い越し、輸送隊を包囲しているマグドリア兵の一角に着弾する。

 

 運の悪い数名が直撃を受けて、業火に身を焼かれる。

 その火は勢いを緩めず、近くのマグドリア兵へと向かっていく。


「なんだ!?」

「火だ! 早く消せ!」

「違う! 魔法だ!」


 突然のことにマグドリア兵が動転する。

 輸送隊にしか注意を払ってなかったんだろう。


 馬鹿な奴らだ。

 敵の本隊近くなら伏兵に気を付けるべきだろうに。


「セドリック。援護は任せた」

「お願いですから、怪我をしないでくださいね。怒られるのは私なんですから」

「努力しよう」


 セドリックが弓を構えて、援護の態勢に移る。

 それを確認してから、馬を前に出して真っ先に突撃していく。


 火に気を取られているマグドリア兵の首をすれ違い様に斬り、輸送隊とマグドリア兵の間に割って入る。


「本隊まで駆けろ!」


 さすがは使徒直属の騎士団に属する者たちというべきか。

 俺の一言で速やかに撤退を開始し始めた。


 アリシアの魔法で崩れた包囲の穴を抜け、数台の馬車と護衛たちが本隊へと向かう。


「逃がすな!」

「そういうわけにはいかないな」


 輸送隊を襲おうとした兵士の前に立ちはだかり、剣を合わせる。

 こいつが指揮官なのか、中々に腕が立つ。


 一太刀で仕留められる相手ではない。


 けれど、ここは戦場だ。

 相手は俺だけではない。


 横から飛んできた矢が男の首に突き刺さる。

 目を見開き、男は矢が飛んできた方向へ視線を向けるが、それも隙だ。


 男がセドリックの姿を捉えたと同時に、俺の剣が男の首を飛ばした。


「良い腕だな」

「弓の腕で私の右に出る者は、レグルスにはいないと自負しています」


 強国レグルスで最高の腕を自負するとは。

 大した自信だ。


 しかし、その腕はそれに見合うものであることも事実だ。


 俺と共に突撃した兵士たちは七騎。

 セドリックだけが遠巻きで援護をしている。


 そしてセドリックの援護があればこそ、俺たちは少ない数で互角に戦えた。

 乱戦の中でも的確に相手の急所を射抜く技術は、神業と言える。


 しかし、それでも寡兵は寡兵。

 敵が落ち着けば数で押しつぶされる。


「撤退!」


 敵が落ち着きを取り戻す前に、撤退の指示を出して、俺たちも本隊のほうへ向かう。

 足止めは十分だろう。


 荷物を運んでいる馬車は鈍重だが、これだけ距離が離れていれば追いつかれることもないはずだ。


 ある程度、本隊に近づけば敵も追撃をやめる。

 そこまで逃げ切れば勝ちだ。


「急げ!」


 敵の隙間を縫い、八騎が本隊に向けて走り始める。

 それを見て、敵も何人かが追ってくる。


「しつこい奴らだ」

「輸送隊を叩かないと城が落ちますからね。必死なんですよ」

「今更、輸送隊を一つ叩いたところで何も変わらないだろ?」

「それは向こうに言ってください」


 追ってくる一騎に矢を放ち、転倒させながらセドリックがうんざりした表情を見せた。

 もう本隊は近い。

 しかし、敵は諦めない。


 決死隊のつもりなんだろうか。

 万が一にも輸送隊に追いついたとしても、自分たちは逃げられないぞ。


「……撤退を許可されてないのか?」

「かもしれませんね。もしくは撤退する場所がないのか。周辺の城や砦はだいたい落としましたからね」


 悲惨な話だ。

 自分の国でありながら、撤退する場所がないとは。


 けれど、同情はできない。

 そうやって他国に侵略してきたのはマグドリアのほうだ。


 だが、もしも撤退を考慮していないならまずい。

 このまま本隊に突っ込んできかねないぞ。


 そんなことを考えていると、独特の風切り音を耳に入る。

 矢だ。


「ちっ!」


 飛んできた矢を剣で払う。

 数が多くないから、よく見て払えば対処できる。


 だが、それは兵士には難しかったらしい。

 俺のやや後ろを走っていた兵士の馬に矢が当たり、兵士が振り落とされる。


 スローモーションのように時が流れる。

 咄嗟に手を伸ばすが、届くわけがない。


 ゴロゴロと兵士は転がり、地面に倒れる。

 生きてはいるようだが、敵が迫っている。


「ちっ!」


 舌打ちと共に、馬を反転させる。

 俺の行動にセドリックが驚きの声をあげた。


「公子!?」

「先に行ってろ!」


 俺の知らないところで知らない奴が死ぬ分にはなんとも思わないが、俺が巻き込んだ兵士が俺の目の前で死ぬのは看過できない。


 幸い、敵の最前列は二人。

 その後に大勢続いているが、間が空いている。

 二人をどうにかして、兵士を回収。

 そのまま強化で離脱だな。


 プランを決めて、実行に移す。

 倒れた兵士の下に到着したのは、俺も敵もほぼ同時。


 敵は二人同時に俺のほうへ突っ込んでくる。

 左右からの同時攻撃。


 それに対して、俺は空中に逃げることで回避する。


強化ブースト


 強化した身体能力を生かして、そのまま空中で一回転。

 俺の回転斬りを食らい、二人の兵士の首が半ばまで切断された。


 そのまま着地すると、馬を引き留めて倒れている兵士を担ぐ。


「公子……お逃げを」

「今更遅いな」


 兵士を馬に乗せて、俺も急いで馬に乗る。

 後続の奴らが一斉に弓を構えたからだ。


 俺一人なら払い落とせないこともないが、後ろに兵士を乗せているから守る範囲が広すぎる。

 射程距離まで近づかれたら拙い。


強化ブースト……駆けろ、どの駿馬よりも速く」


 馬に強化を掛けて逃げ切りを図る。

 だが、馬の動きが鈍い。


 元々、強靭な馬というわけではないというのと、兵士と俺を乗せているからだ。

 それでも普通の馬並みに走っているが、それでは危うい。


 そう感じたとき、複数の風切り音が後ろから発せられた。

 振り向けば、放物線を描いて矢が飛んでくる。


 俺一人なら馬に避けさせるという手もあるが、今は重量過多状態だ。

 とてもそんなことはさせらない。


 つまり、撃ち落とすしかないということだ。


「しょうがないか……!」


 二倍を使えばいけるか?

 そう検討したとき。


 風が吹いた。

 そして矢が空中で停止する。


「これは……?」

「あたしの部下が世話になったみたいだな。ユウヤ・クロスフォード」


 声はやや上から聞こえてきた。

 そこには小柄な少女が浮いていた。

 肩あたりの金髪を後ろで結っているため、まるで小さな尻尾のように風で揺れている。


 服装は前回あったときとはうって変わって、軽装の白い鎧の上に鮮やかな緑色のマントを羽織っている。

 戦仕様ということか。


 惹きつけられる金色の瞳は、真っすぐ俺に向いていた。


 少女の名はレイナ・オースティン。

 マグドリア侵攻軍の総司令官にして。


 暴風の神威を持つレグルスの使徒だ。


「し、使徒だ……!」

「レイナ・オースティン!?」

「暴風の妖精ミストラル・フェー……!!」


 マグドリアの兵士たちは馬を止めて、死神でも見たかのような表情を浮かべる。

 しかし、すぐに立ち直る。


「使徒が一人で出てきたぞ! 討ち取れ!」


 元々、命がけだったせいだろう。

 彼らは恐れを克服していた。


 いや、動くことで忘れようとしたのかもしれない。

 

 二十騎ほどの騎兵が槍や剣を持って、突撃してくる。

 それに対して、レイナは冷たい視線を向けて。


「矢を返すぜ。大馬鹿野郎ども」


 手を軽く返すだけで、空中で止まっていた矢が反転。

 そして飛んできたときとは比べ物にならない速度で、真っすぐマグドリア兵に向かう。


 一人に対して一本ずつ。

 正確に矢が頭部を貫き、バタバタとマグドリア兵は馬から落ちていく。


「よぉ、アルシオンの銀十字。元気か?」


 凄惨な殺戮を行った後とは思えない快活で爽やかな笑みを浮かべながら、レイナが俺の近くに着地する。

 俺は礼を取ろうとするが、レイナが手で制す。

 馬に乗っていた兵士にも同様だった。


「堅苦しいのは嫌いだ。あたしの部下を守ってくれたことに感謝するぜ」

「こちらこそ、助かりました」

「謙遜するなよ。あたしが手を出さなくても、あれくらい何とかできただろ? 王都で大暴れしたあんたならな」

「どうでしょうか。撃ち落とす気ではいましたけどね」

「はは、大したもんだな。さて、立ち話もなんだ。あたしの天幕に来い。いろいろと話があるみたいだからな」


 また宙に浮きながらレイナは笑う。


 エルトもディアナも困った性格の持ち主だったけれど、この人も大概かもしれないな。

 そんなことを考えながら、俺は本隊のほうへ馬を走らせた。

 

 

 

 



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