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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第十話 お節介な親戚


「なぜ殺したんですか!?」


 部屋の惨状を見て、セドリックが俺を問い詰めてくる。


 言いたいことはわかる。

 罠を仕掛けて、完全に出し抜いた。


 俺なら殺さずに捕らえることも可能だった。

 だが。


「抵抗すれば殺すって言っておいたはずだぞ?」


 ゴードンがアリシアを狙う可能性があったため、俺はアリシアの部屋を移動させることをセドリックに提案し、ゴードンに対して罠を張った。


 そのときに抵抗すれば殺すと明言しておいたのだ。

 もちろん、この展開を予想して、だ。


「ですが、あなたなら生かして捕らえることもできたはずです!」

「だから一人は証人として生かした。そいつがゴードンの悪事を全部喋るだろうさ」

「そういう問題ではないのです! あなたがレグルスの男爵を殺したことに問題があるんです! たとえ向こうに非があれど、殺すかどうかはレグルスの領分です!」

「そうだな。じゃあ、使徒レイナにそう言え。多分、ゴードンのことに目を瞑る代わりに、俺たちにも目を瞑れって言ってくるだろうよ。これで万事解決だ」


 手入れの終えた剣を鞘にしまい、俺はセドリックに投げ渡す。

 それを受け取り、セドリックは微妙な表情を浮かべる。


「何もかも計算どおりですか?」

「まさか。アリシアならいざ知らず、俺はそこまで頭は回らないさ」

「そうですか……。そう言うのであれば、そう言うことにしておきましょう。ですが、本隊に到着するまで、あなたの行動を制限させていただきます。よろしいですか?」

「好きにしろ」


 セドリックにそう返して、俺は部屋を後にする。


 セドリックの対応に不満はない。

 日本でも犯罪者を殺せば、そいつも犯罪者だ。


 しかも俺の場合、生かして捕らえられる状況で殺してる。

 これによって、レグルスがアルシオンに無礼を働いたという図式が、双方が双方に無礼を働いたというモノに変わった。


 どっちも悪いというわけだ。

 判断はレイナに一任されるはずだ。


 ゴードンの行動は軍法によって裁かれるべきモノであり、最高位の指揮官がレイナだからだ。

 まぁ、さっきセドリックに言ったように、どちらも目を瞑る結果になるだろう。


 ただ、問題があるとすれば、レイナが俺たちを丁寧に送り届ける義務が生じなくなる。

 貸し借りがなくなれば、何を要求されるかわかったもんじゃない。


「また面倒なことになったもんだ……」


 呟きながら、俺は自分にあてがわれた指揮官の部屋に向かう。

 そこにはアリシアがいるはずだ。


「アリシア。入ってもいいか?」


 もう夜だ。

 女の部屋を訊ねるのもどうかと思うが、結果を報告する必要もある。


 それに未遂とはいえ、男に狙われたのだ。

 怖がっている可能性も十分にある。


 恐怖を紛らわせてやれたらという思いもあった。


「いいわよ」


 寝ているかと思ったが、返事はすぐに返ってきた。


 扉を開けると指揮官の部屋の椅子にアリシアは座っていた。

 指揮官の部屋の横は寝室になっているから、そこで寝ているかと思ったのだけど。


 月明りが微かに部屋に入りこみ、椅子に座るアリシアを照らす。

 その姿は幻想的で、一瞬だが目を奪われる。


「……寝ないのか?」

「あんな男が使ったベッドなんて使えないわよ。まだ土のほうがマシね」

「そうかい。じゃあ、別の部屋を用意してもらうか」

「意外に最初に用意された部屋は気に入ってたんだけど、どんな感じかしら?」

「赤いインクが散らばってるな」

「そう」


 俺の言葉にアリシアは素っ気ない言葉で応じる。

 まぁ、俺のズボンには血が飛び散っているし、血の匂いも相当しているだろうから、言わなくても察していたんだろう。


「ねぇ……ユウヤ」

「なんだ?」

「ごめんなさい……私がもっと上手く立ち回ってたら、あなたの手を血で汚すことはなかった」

「必要ないさ。怪我もさせずに捕らえることだって可能だった。殺したのは……俺が殺したかったからだ」


 アリシアは微かに驚いたように目を見開き、すぐに苦笑する。

 何が可笑しいのかわからず、俺はアリシアに問いかけた。


「どうした?」

「いえ……嘘をつくのが下手だと思っただけよ」

「嘘?」

「ええ、嘘よ。あなたは自分の為に動くことはほとんどない。いつも誰かのために動く。自分が殺したいと思っても、あなたは自分に対する自制心で堪えられる。そうでなかったなら、別の要因があったからよ。生かしておけば、私に危害が及ぶかもしれないから殺したんでしょ? あ、異論は認めないわよ?」


 否定しようとしたが、機先を制される。

 アリシアはニコリと笑うと椅子から立ち上がった。


 そのまま俺の正面に立って、俺の顔を覗き込む。


「戦場で人を殺せば英雄ともてはやされるけど、そうでないところで人を殺せば犯罪者なのよ? 知っていて?」

「知ってるさ。うんざりするほどな」

「それならいいわ。区別がついているなら、あなたはまだ殺人鬼ではないから」

「俺が殺人鬼に見えたか?」

「少し、ね。服に飛び散った血も気にせず、部屋に入ってきたときゾッとしたわ。けど、大丈夫そうね。あなたは変わってない。自分の手が届く範囲で頑張っているだけなのね」


 アリシアは笑みを浮かべて、ゆっくりと額を俺の胸につける。

 俺の視線からだと、アリシアの後頭部しか見えないが、笑っているように見える。


「あんまり近づくと血がつくぞ?」

「気にしないわ。それを嫌がったら、あなたの行動まで否定することになるもの。この血は私を守ってくれた証」

「俺は俺のやりたいようにやっただけだぞ?」

「まだそういうこと言うの? 素直に私のためにやったって認めたら? 私のせいにしたほうが楽よ?」

「自分が殺した責任をだれかに押し付けるほど落ちぶれちゃいない」

「そう。なら、いいわ。けど、そんなんじゃいつか押しつぶされるわよ?」

「平気さ」

「頑固ね」


 アリシアが顔をあげて、俺を見上げてくる。

 青い瞳が俺を映してる。


 その瞳に映る俺は、ひどく顔色が悪い。

 どうやらアリシアの言うように、俺は無理をしているらしい。


 悪人とはいえ、殺さずに済んだ相手を殺すということに結構参っていたらしい。

 情けない。

 

 弱みを見せれば、アリシアに心配をかけるとわかってたはずなのに。


「まぁいいわ。しょうがないから、私が隣で支えてあげる。私のサポートがないとユウヤは危なっかしいもの」

「必要ないぞ」

「あら? そんなこと言うとあとで後悔するわよ?」

「そうか。じゃあ、是非後悔をさせてもらおうか」


 俺はアリシアを引き剥がし、扉まで押していく。

 もう夜も遅い。


「部屋はセドリックに用意してもらえ。お前が使わないなら、俺がこの部屋を使う」

「そうするわ。なんなら添い寝してあげましょうか?」

「いらん!」


 部屋から出て行こうとするアリシアに向かって、俺は適当に机にある紙を丸めて投げつける。

 アリシアは茶目っ気たっぷりに舌を出しながら、部屋から出て行った。


 まったく。

 俺が慰められてどうする。

 俺はアリシアが怖がってるかと思って来たというのに。


「お節介な親戚だな……」


 奇特といってもいい。

 自分から人を殺した責任を背負いにいくなんて。


 他人のせいにしたほうが楽だろうに。


 困った奴だ。

 ああいう風に言われると、人殺しの罪悪感から逃れたくなってしまう。


 悪魔の誘惑に近いものだと言える。


「あいつの場合は悪魔は悪魔でも小悪魔か」


 人をからかって遊び、男を手の平で転がすのがアリシアだ。

 けれど、決して度が過ぎることはない。

 いつも他人を見ているからこその技と言える。


 生来的に気を遣う性格なんだろう。

 まぁ、おかげで我儘を言ってもいい相手には、とことん我儘だが。


「……寝るか」


 俺は服を脱ぎ、隣の寝室に向かう。

 そこには大きなサイズのベッドがあった。


 これならアリシアと二人でも寝れただろう。


「……惜しいことしたかなぁ」


 添い寝をしてほしいと頼めば、アリシアはしてくれたような気がする。

 そう思うと、逃した魚の大きさに勿体無さを感じてくる。


「はぁ~……」


 ベッドに寝っ転がりながら盛大にため息を吐いて、俺はゆっくりと目を閉じた。




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