第十話 お節介な親戚
「なぜ殺したんですか!?」
部屋の惨状を見て、セドリックが俺を問い詰めてくる。
言いたいことはわかる。
罠を仕掛けて、完全に出し抜いた。
俺なら殺さずに捕らえることも可能だった。
だが。
「抵抗すれば殺すって言っておいたはずだぞ?」
ゴードンがアリシアを狙う可能性があったため、俺はアリシアの部屋を移動させることをセドリックに提案し、ゴードンに対して罠を張った。
そのときに抵抗すれば殺すと明言しておいたのだ。
もちろん、この展開を予想して、だ。
「ですが、あなたなら生かして捕らえることもできたはずです!」
「だから一人は証人として生かした。そいつがゴードンの悪事を全部喋るだろうさ」
「そういう問題ではないのです! あなたがレグルスの男爵を殺したことに問題があるんです! たとえ向こうに非があれど、殺すかどうかはレグルスの領分です!」
「そうだな。じゃあ、使徒レイナにそう言え。多分、ゴードンのことに目を瞑る代わりに、俺たちにも目を瞑れって言ってくるだろうよ。これで万事解決だ」
手入れの終えた剣を鞘にしまい、俺はセドリックに投げ渡す。
それを受け取り、セドリックは微妙な表情を浮かべる。
「何もかも計算どおりですか?」
「まさか。アリシアならいざ知らず、俺はそこまで頭は回らないさ」
「そうですか……。そう言うのであれば、そう言うことにしておきましょう。ですが、本隊に到着するまで、あなたの行動を制限させていただきます。よろしいですか?」
「好きにしろ」
セドリックにそう返して、俺は部屋を後にする。
セドリックの対応に不満はない。
日本でも犯罪者を殺せば、そいつも犯罪者だ。
しかも俺の場合、生かして捕らえられる状況で殺してる。
これによって、レグルスがアルシオンに無礼を働いたという図式が、双方が双方に無礼を働いたというモノに変わった。
どっちも悪いというわけだ。
判断はレイナに一任されるはずだ。
ゴードンの行動は軍法によって裁かれるべきモノであり、最高位の指揮官がレイナだからだ。
まぁ、さっきセドリックに言ったように、どちらも目を瞑る結果になるだろう。
ただ、問題があるとすれば、レイナが俺たちを丁寧に送り届ける義務が生じなくなる。
貸し借りがなくなれば、何を要求されるかわかったもんじゃない。
「また面倒なことになったもんだ……」
呟きながら、俺は自分にあてがわれた指揮官の部屋に向かう。
そこにはアリシアがいるはずだ。
「アリシア。入ってもいいか?」
もう夜だ。
女の部屋を訊ねるのもどうかと思うが、結果を報告する必要もある。
それに未遂とはいえ、男に狙われたのだ。
怖がっている可能性も十分にある。
恐怖を紛らわせてやれたらという思いもあった。
「いいわよ」
寝ているかと思ったが、返事はすぐに返ってきた。
扉を開けると指揮官の部屋の椅子にアリシアは座っていた。
指揮官の部屋の横は寝室になっているから、そこで寝ているかと思ったのだけど。
月明りが微かに部屋に入りこみ、椅子に座るアリシアを照らす。
その姿は幻想的で、一瞬だが目を奪われる。
「……寝ないのか?」
「あんな男が使ったベッドなんて使えないわよ。まだ土のほうがマシね」
「そうかい。じゃあ、別の部屋を用意してもらうか」
「意外に最初に用意された部屋は気に入ってたんだけど、どんな感じかしら?」
「赤いインクが散らばってるな」
「そう」
俺の言葉にアリシアは素っ気ない言葉で応じる。
まぁ、俺のズボンには血が飛び散っているし、血の匂いも相当しているだろうから、言わなくても察していたんだろう。
「ねぇ……ユウヤ」
「なんだ?」
「ごめんなさい……私がもっと上手く立ち回ってたら、あなたの手を血で汚すことはなかった」
「必要ないさ。怪我もさせずに捕らえることだって可能だった。殺したのは……俺が殺したかったからだ」
アリシアは微かに驚いたように目を見開き、すぐに苦笑する。
何が可笑しいのかわからず、俺はアリシアに問いかけた。
「どうした?」
「いえ……嘘をつくのが下手だと思っただけよ」
「嘘?」
「ええ、嘘よ。あなたは自分の為に動くことはほとんどない。いつも誰かのために動く。自分が殺したいと思っても、あなたは自分に対する自制心で堪えられる。そうでなかったなら、別の要因があったからよ。生かしておけば、私に危害が及ぶかもしれないから殺したんでしょ? あ、異論は認めないわよ?」
否定しようとしたが、機先を制される。
アリシアはニコリと笑うと椅子から立ち上がった。
そのまま俺の正面に立って、俺の顔を覗き込む。
「戦場で人を殺せば英雄ともてはやされるけど、そうでないところで人を殺せば犯罪者なのよ? 知っていて?」
「知ってるさ。うんざりするほどな」
「それならいいわ。区別がついているなら、あなたはまだ殺人鬼ではないから」
「俺が殺人鬼に見えたか?」
「少し、ね。服に飛び散った血も気にせず、部屋に入ってきたときゾッとしたわ。けど、大丈夫そうね。あなたは変わってない。自分の手が届く範囲で頑張っているだけなのね」
アリシアは笑みを浮かべて、ゆっくりと額を俺の胸につける。
俺の視線からだと、アリシアの後頭部しか見えないが、笑っているように見える。
「あんまり近づくと血がつくぞ?」
「気にしないわ。それを嫌がったら、あなたの行動まで否定することになるもの。この血は私を守ってくれた証」
「俺は俺のやりたいようにやっただけだぞ?」
「まだそういうこと言うの? 素直に私のためにやったって認めたら? 私のせいにしたほうが楽よ?」
「自分が殺した責任をだれかに押し付けるほど落ちぶれちゃいない」
「そう。なら、いいわ。けど、そんなんじゃいつか押しつぶされるわよ?」
「平気さ」
「頑固ね」
アリシアが顔をあげて、俺を見上げてくる。
青い瞳が俺を映してる。
その瞳に映る俺は、ひどく顔色が悪い。
どうやらアリシアの言うように、俺は無理をしているらしい。
悪人とはいえ、殺さずに済んだ相手を殺すということに結構参っていたらしい。
情けない。
弱みを見せれば、アリシアに心配をかけるとわかってたはずなのに。
「まぁいいわ。しょうがないから、私が隣で支えてあげる。私のサポートがないとユウヤは危なっかしいもの」
「必要ないぞ」
「あら? そんなこと言うとあとで後悔するわよ?」
「そうか。じゃあ、是非後悔をさせてもらおうか」
俺はアリシアを引き剥がし、扉まで押していく。
もう夜も遅い。
「部屋はセドリックに用意してもらえ。お前が使わないなら、俺がこの部屋を使う」
「そうするわ。なんなら添い寝してあげましょうか?」
「いらん!」
部屋から出て行こうとするアリシアに向かって、俺は適当に机にある紙を丸めて投げつける。
アリシアは茶目っ気たっぷりに舌を出しながら、部屋から出て行った。
まったく。
俺が慰められてどうする。
俺はアリシアが怖がってるかと思って来たというのに。
「お節介な親戚だな……」
奇特といってもいい。
自分から人を殺した責任を背負いにいくなんて。
他人のせいにしたほうが楽だろうに。
困った奴だ。
ああいう風に言われると、人殺しの罪悪感から逃れたくなってしまう。
悪魔の誘惑に近いものだと言える。
「あいつの場合は悪魔は悪魔でも小悪魔か」
人をからかって遊び、男を手の平で転がすのがアリシアだ。
けれど、決して度が過ぎることはない。
いつも他人を見ているからこその技と言える。
生来的に気を遣う性格なんだろう。
まぁ、おかげで我儘を言ってもいい相手には、とことん我儘だが。
「……寝るか」
俺は服を脱ぎ、隣の寝室に向かう。
そこには大きなサイズのベッドがあった。
これならアリシアと二人でも寝れただろう。
「……惜しいことしたかなぁ」
添い寝をしてほしいと頼めば、アリシアはしてくれたような気がする。
そう思うと、逃した魚の大きさに勿体無さを感じてくる。
「はぁ~……」
ベッドに寝っ転がりながら盛大にため息を吐いて、俺はゆっくりと目を閉じた。