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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第十話 撤退

 赤い伝令旗を掲げ、俺が百二十五騎を率いて丘を出発したとき、敵も動いた。


 右の丘のときと同じく五千ほどが猛然と左の丘に突撃してくる。


「イカれてる……」

「まったくです。私には弓や魔法に喜んで突撃しているように見えます」


 横で馬を走らせるエドガーがそう答えるが、俺と話はかみ合っていない。

 俺がイカれてると言ったのは、敵側の使徒の話だ。


 狂戦士を生み出せる神威だとして、それを五千に使い、さらに五千に使った。

 合計一万の兵を狂戦士に変えた。


 たしかに狂戦士を生み出さなければ戦局は圧倒的にマグドリアに不利だった。

 けれど、狂戦士となった兵士の末路は悲惨だ。


 獣のように戦い、敵を殺し、そして自分も重傷を負っている。

 右の丘を攻めた兵士で無事な者はいないだろう。


「右の丘を落とした時点で、流れは向こうに行っただろうに……わざわざ五千を犠牲にして左の丘を落とす必要があるのか……」


 使徒は総じて優秀な将軍だ。

 その使徒の采配ならば、なにかしらの意図があるのかもしれないが。


 俺には受け入れられない采配だ。


「まるで兵士が玩具じゃないか……!」


 自分の意志で突撃するならわかる。

 誰かを守るために、何かを守るために。

 名誉や誇り、武功のために。


 けれど、彼らは恐れを知らない狂戦士とされ、突撃をさせられている。


「イラつくな……急ぐぞ!!」


 呟き、馬の腹を蹴る。

 守備に重点を置いている左の丘はそう簡単に落ちないだろうが、すぐに撤退準備をしなければ、本陣の撤退に間に合わず孤立してしまう。


「間に合え!!」






●●●






 伝令旗のおかげで止められることもなく、俺たちは丘を駆け上がることができた。

 だが、丘の逆側では狂戦士の軍団が、俺たちに匹敵する速度で駆けあがっているはずだ。


 そのせいか、丘の裏側には見張り以外の兵はほとんど見当たらない。


「ついた!」


 丘の頂上についた俺は、マイセンを探す。

 ここは貴族の連合軍だが、最も影響力があるのはマイセンだ。


 マイセンに伝えさえすれば問題ないだろう。


 丘の頂上に大きく掲げられた赤地に白いユニコーンの軍旗。

 アルシオン軍を示す軍旗だ。


 その軍旗の傍にはマイセンはいない。


「敵に迫られてるのか?」


 いくらなんでも早すぎる。

 まだもう少し時間がかかるはずだ。


 俺は馬を走らせ、丘の端へと向かう。

 敵に迫られているならば、マイセンはそこで指揮を執るはずだからだ。


「若! あれを!」

「あれは……!」


 丘の端には大勢の兵士たちが集まっていた。

 その兵士の先には、二人の狂戦士。


 少数が防御網をすり抜けてきたのだ。


「ちっ! あれを片づけなきゃ撤退どころじゃないぞ!」

「わ、若! 戦ってるのはアリシアお嬢様ですよ!」


 エドガーが狂戦士を見つけたとき以上に、驚いた声をあげる。

 それは確かに驚きだった。


 見れば、確かにアリシアが戦っている。

 横には戦場なのにドレス姿の女。

 特徴的な縦ロールは忘れもしない。フェルト・オーウェルだ。


 そんな二人が並んで魔法を撃って、狂戦士と戦っている。

 どういう状況だ。これは。


「なにが前線で戦うつもりはないだ! がっつり出てるじゃないか!」


 俺は馬を走らせて、そちらに向かう。

 アリシアは優秀な魔導師だし、おそらく動きからしてフェルトも同等の魔導師だろう。


 けれど、相手は疲れも、恐れも、痛みも知らない狂戦士だ。

 距離を取って戦う魔導師とは相性が悪い。

 威力のある魔法が当たれば止められるだろうが、ちょっと接近されすぎだ。


 あの間合いは魔導師の間合いじゃない。


「何していますの!? 右ですわ! 右!」

「わかってるわよ! そっちこそ何回外してるのよ!?」


 アリシアたちの攻撃はことごとく避けられ、さらに間合いを詰められていく。そんなときですら、離れた場所にいる俺たちにも聞こえる声で喧嘩しているのだから、大したものだ。


 しかし、間に合わないな。これは。

 どう考えても、俺が間に入るよりも、狂戦士が間合いを詰めるほうが速い。


 仕方ない。


強化ブースト……駆けろ。どの駿馬よりも速く!」


 俺は乗っている馬に強化をかける。


 言葉に応えるかのように、馬は足を高くあげて、大きくいななく。


 これで大陸最高の駿馬の完成だ。

 馬は俺よりも丈夫なせいか、長時間の強化でも問題なく受け入れる。


 反動で終わったあとは多少、気だるげだけど、それで済むあたりがすごい。


 そのため、自分にかけるより抵抗なく強化を掛けられる。

 ま、あの狂戦士を相手にする以上、自分への強化も必須だけど。


 駆けだした馬は、後続のエドガーたちを置き去りにして、グングンと加速する。


 その速度は馬の範疇を超えており、百キロくらいは出ているかもしれない。


 狂戦士の姿がどんどん近づく。

 腰の剣を抜き放ち、俺は身を低くする。


 狂戦士も俺の存在に気付いたのか、アリシアたちから俺へと標的を変える。


 交差は一瞬。

 狂戦士が突き出した剣を、馬は華麗に横に飛んで躱す。


 その一瞬を逃さず、俺は狂戦士の首を刎ねた。


 いくら痛みを感じないとはいえ、人間である以上、死は免れない。


 人生で人を殺したのは二度目だ。

 一度目は領民を殺した山賊。

 あのときは無我夢中だったけど、今は明らかに殺そうとして殺した。


 けれど、頭は思った以上に冷静だ。


 一度経験したことだから、慣れたのかもしれない。


「人殺しに慣れるなんて、絶対にごめんだと思ったんだけどな……」


 微かに感傷に浸り、すぐに首を振る。

 ここは戦場だ。迷えば死ぬ。


 見れば、もう一人の狂戦士も兵士たちが数にモノを言わせて鎮圧したらしい。

 あとはマイセンに伝えるだけか。


「ユウヤ!? どうしてここへ!?」

「伝令だ。侯爵は?」

「お爺様? お爺様はたぶん天幕の中よ。腕を怪我してしまった」

「怪我!? くそっ! 案内しろ」


 馬と自分への強化を解除して、俺はアリシアの手を掴んで、その場を離れる。


 マイセンが怪我をしたとなれば、撤退が遅れる可能性がある。


 あの王子のことだ。伝令の帰りなんて待たず、本陣の撤退準備ができればすぐに撤退するだろう。


「あ、ちょっと! 案内するから離して! 痛い!」

「あ、悪い」

「悪いじゃないわよ! もう……」


 痛そうに手首をさすって、アリシアは俺をにらむ。

 しかし、すぐに切り替えて、マイセンがいる天幕まで案内してくれた。


「怪我は酷いのか?」

「いいえ。さっきの兵士が投げた槍が掠っただけよ。本人も大丈夫と言ってるわ」

「なら指揮は問題ないな」


 そう言って、俺は天幕にズカズカと入り込む。

 俺が入ってきたことにマイセンは驚いた表情を浮かべるが、俺の顔つきを見て、自分の顔も引き締める。


「伝令に参りました。本陣は撤退します。合図とともにここも撤退せよとのことです」

「撤退か……この状況での撤退。たやすくはいかんぞ」

「それでも撤退せねば全滅です。合図である狼煙があがるまで時間がありません。撤退の準備を」

「……了解した。お前は本陣に戻れ」

「そういうわけにはいきません。お手伝いいたします」


 俺の言葉にマイセンが鋭い視線を向けてくる。


「お前はリカルドの唯一の息子だ。危険に身を投じる必要はない」

「アリシアも唯一の後継者ですが、ここにいます。二人を残して、自分だけ撤退するわけには参りません」

「……わかった。アリシアを連れて下がれ」

「アリシアがそのような命令を聞くとお思いですか?」


 俺がそう返すと、マイセンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、小さくため息を吐く。


「わかった、わかった。無茶はするな? いいな?」

「御意」


 そう言って俺は立ち上がって天幕の外に出た。


 下から聞こえてくる戦闘は徐々に大きくなっている。

 敵が近いのだ。






●●●






「持ちこたえよ!!」


 後方からマイセンの檄が飛ぶ。


 撤退は開始された。

 先に負傷兵が下がらされ、今は丘からの撤退中だ。


 下り坂に加えて、猛然と突っ込んでくる狂戦士を相手にしなければいけない。


 正直、突破されるのは時間の問題だ。


「くそっ!」


 下り坂では馬は当てにならない。

 馬から降りて狂戦士と対峙してみると、こいつらの異常さが改めてわかる。


 剣を合わせれば吹き飛ばされるし、走り始めると止まらないし、なにより攻撃を受けても止まらないため、こちらの攻撃が有効打にならない。


 確実に息の根を止めるしか手がない。


 すでに二人を殺しているけれど、その二人に俺の周りにいた兵士の多くをやられた。


 クロスフォード子爵領から連れてきた二十五人はマイセンの近くに置いているから、まだやられていないだろうが、初老の将軍から借りた百人の兵士たちの半数はもうやられている。


「若!」

「エドガー!? どうした!? 侯爵になにかあったのか!?」

「いえ、もう丘も終わります! 馬にお乗りください!」


 言われて初めて、俺は下り坂が終わろうとしていることに気付く。

 後方の部隊では、多くの者が馬に乗っている。


 周りの状況も把握できないくらい追い詰められていたか。

 けど、丘さえ抜ければなんとかなる。


「わかった。お前は戻れ」

「そうは参りません。共に戦います」

「じゃあ、だれが残りの兵を統率する?」

「では若も下がってください!」

「下がれるならとっくの昔に下がってる! 俺が下がったらここは崩れる!」


 指揮官の多くがここまで来るのにやられた。

 兵はまだ残っているが、統率する者がいなければ狂戦士には対抗できない。


 俺はエドガーの連れてきた馬に乗ると、前方を見据える。


 敵の数も減っている。

 すでに二千以下だろう。

 勢いも弱まっている。


 このままいけば、追撃はかけられない。

 今が正念場だ。


「お前は傭兵だった。撤退戦も経験したことがあるだろ?」

「それはありますが……」

「侯爵とアリシアをすぐに退かせろ。侯爵が無事なら、西部の貴族は侯爵の下に集まる。そうなれば、クロスフォード子爵領も守れる。いいか、侯爵とアリシアを必ず逃がすんだ。必ずだ」

「ですが……私はリカルド様に若を頼むと!」

「俺は平気だ! いいから行け! 追撃を仕掛けてくるのは、こいつらだけじゃない! 敵の本隊も動く! 後ろが退かなければ俺も退けない!」


 その言葉が決定打となったのか、エドガーは、ご武運をと言い残して馬を走らせた。


 そんな俺とエドガーのやり取りを見ていた壮年の兵士が笑う。


「まだ若いのに死ぬ気ですか? 若君」

「死ぬ気はない。だが、死ぬ気でやらないとこの状況は突破できない」


 集団の足音が丘の向こうから聞こえてくる。


 敵の本隊が動き出した。

 こちらの後続は狂戦士の相手で精いっぱいだ。


 このままいけば、敵の本隊に横腹を突かれることになる。

 そうなれば撤退どころじゃない。


「どうして俺が初陣のときに出てきやがった……」


 敵の使徒への恨み言を呟きつつ、俺は突っ込んできた狂戦士の剣を弾く。


 腕に鈍いしびれが走る。

 俺自身は強化をかけているからこの程度で済んでいるが、普通なら腕を持って行かれかねない。


 剣を弾かれたことで、狂戦士に隙が生じた。兵士たちがその隙に、狂戦士を数人がかりで貫く。


 周囲から滅多刺しにされて、狂戦士は口から血を吐き出しながらも、一人の兵士を道連れにして絶命した。


「問題はこいつらに時間をかけられないってことだな……敵の本隊の足も止めないと……」


 考えることが多すぎる。

 後手後手に回ってる証拠だ。


 本当に嫌なタイミングで本隊を動かすものだ。


 ここを動けば、狂戦士に突破され、動かなければ敵の本隊が侯爵たちに届く。


 だれかが流れを変える必要がある。

 だれかが……。


「だれか、なんとかしろよ……」


 呟きにはだれも答えない。

 この状況をどうにかする方法なんて、だれも思いつかない。


 兵士たちは目の前の狂戦士たちを抑えるだけで精いっぱいなのだ。


 そのとき、俺は気付く。

 俺たちがやや右側に流れていることに。


 そして、それを狂戦士たちは追ってきている。


 侯爵や有力な貴族を狙うならば、俺たちを無視して真っすぐ行った方が効率がいい。


 それでも俺たちを追ってきたということは。


「目の前の敵を追っているのか……!」


 本当に獣だ。

 だけど、それならどうにかなるかもしれない。


 だが、今、考え付いた手は自殺に近い。


 十中八九生き残れない。

 だけど、このまま動かなくても生き残れない。


「セラ……父上……母上……」


 首にかけた宝石を握りしめ、家族のことを思う。

 生き残りたければ、命をかけるしかない。


 座して死を待つわけにはいかないんだ。

 帰りを待っている人たちがいるのだから。


「背伸びをすると、碌なことにならないって前世で学んだってのに……」


 馬から周囲を見渡しつつ、俺は心を決めた。

 やるしかないのだ。


 ならばやってやろう、と。

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