表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
109/147

閑話 愚行の代償


 夜。


 静寂が砦を支配していた。

 そんな砦で密かに動く影があった。


 ゴードンと、ゴードンの側近を務めていた三人の取り巻きだ。


 セドリックにより物置小屋で謹慎を命じられていた彼らだが、上手く見張りを取り込み、酒を飲ませて、小屋から出ることに成功していたのだ。


「おのれぇ、セドリックめ。使徒の副官だからといって、儂を物置小屋に押し込めるとは! 許せん!」

「そのとおりです、ゴードン様。しかし、マグドリア侵攻軍は使徒の傘下にあり、使徒の副官は使徒の代理です。あやつの言葉はそのまま使徒の言葉になります」

「忌々しい! この怒りをどうしてくれようか!」


 怒りを覚えながらも、ゴードンは冷静に状況を分析していた。

 同盟国の重鎮の娘、そして英雄を牢屋に監禁し、あまつさえ娘には手を出そうとした。


 こういう場合、上にいるものがどういう手段を取るか、ゴードンは痛いほどよくわかっていた。

 尻尾切りである。


 自身がよく使う手であり、何もかも実行したものの責任にしてしまうのだ。

 実際、全ての責任はゴードンにあるわけで、言い逃れができる状況ではない。


 よくて軍での地位を剥奪。

 悪ければ爵位や命まで失いかねない。


 貴族であることに強い拘りを持ってきたゴードンにとって、自分が平民になるということは耐えられないことだった。


 だからこそ、砦を脱出して知人の下に身を寄せようと考えていたのだが、そこで破滅的な考えが頭をよぎる。


「どうせ逃げるにしても、人質がいたほうがよくはないか?」

「確かに。追手も人質がいれば手を出せません!」


 妙案とばかりに取り巻きの一人が賛同する。

 そこでゴードンは悪辣な笑みを浮かべて、一人の少女のことを話に出した。


「あのアリシアという娘。あやつを人質にするぞ。魔導士といえど、人の子。寝ているところを襲えば恐れるに足りん。それに人質としてもピッタリだしな」


 人質として終わらせる気など、まったくと言っていいほど感じさせない下卑な笑みを浮かべて、ゴードンは取り巻きたちを率いて、砦の上階にいるアリシアの部屋へ向かった。


 既に見張りの者からアリシアの部屋は聞いていた。

 アルシオンの銀十字、ユウヤ・クロスフォードもゴードンには舐めた小僧に映ったが、それ以上にアリシアへの恨みと執心が勝った。


 自分を叩きのめした、あの気位の高い娘をどうしてくれようか。

 そんな妄想を思い浮かべて、ゴードンはほくそ笑む。


 ゴードンの中には捕らえられないという発想はなかった。

 そもそも魔導士は非力だ。


 体を鍛えるよりも魔法を磨くことを優先するからだ。

 とはいえ、アリシアはそんな魔導士としては例外的に体術も会得していた。

 しかし女の柔腕。


 男が四人がかりで取り押さえれば、拘束は容易いはず。

 万が一、誰かに見つかっても人質としてアリシアを確保すれば、誰も迂闊には動けない。


「とにかく口を封じるのだ。魔法を使われたら厄介だ」


 そう取り巻きたちに指示を出し、自身も白い布を手に持つ。

 口に詰めれば口枷代わりになる。


 あの生意気な娘はどんな表情をするだろうか。

 こちらを睨んでくるだろうか。

 それとも怯えるだろうか。


 どちらにしても気分の良い光景になることは間違いない。


 道中もずっと傍に置いておこう。

 女であることを後悔させ、従順になるまで嬲ってやる。


 今後のプランを決めたゴードンは、アリシアの部屋の前で立ち止まり、そっと音を立てないようにドアノブに手を掛ける。


 音が鳴らないことを祈りながら、ゆっくりとドアノブを回したあと、慎重に扉を開ける。


 小さな音すら立たないことに内心、歓喜しながら神に感謝する。

 この行動が神の意に反することならば、神の邪魔が入るはず。


 そうでないならば、神も許したということだろう、とゴードンは自分に都合のいいように状況を解釈して、部屋の中に入る。


 そこは砦にある数少ない来賓用の客室であり、部屋の豪華さでいえば指揮官の部屋よりも豪華だ。

 部屋の中央には天蓋つきのベッドがあり、そのベッドは盛り上がっている。


 護身のために下げている剣が音を立てないようにしながら、ゴードンと取り巻きたちはベッドの近くまで迫る。


 四人でベッドを囲むと、ゴードンは手で合図を送り、まず取り巻きの三人が襲い掛かる。

 ベッドが軋み、布団が乱れる。


 ゴードンは正確に頭があるだろう位置を確認し、白い手ぬぐいで口を縛りにかかった。

 だが、すぐに異変に気付く。


 ゴードンが触れたものは冷たかった。

 人の体温ではありえない冷たさだ。


 そしてゴードンは足音を耳にする。

 必死になって白い布で縛りにいったものは、布団を帯で巻いた偽物だった。


 ゆっくりと近づく足音にゴードンはまず恐れを抱いた。

 罠であることに気付いたからだ。


 一体、誰が?

 決まっている。


 セドリックか、ユウヤ・クロスフォードだ。

 だが、ゴードンには確信があった。


 ユウヤだという確信だ。

 脳裏によみがえるのは、牢に入っていたユウヤが発した言葉。


 アリシアに傷一つつけてみろ、必ず殺す。

 そうユウヤは言った。


 傷はつけていない。

 だが、傷つけようとした。


 あの時の冷たい眼を思い出し、ゴードンは体中を震わせる。


「本当にやってくるとは。驚きの愚かさだな」


 軽い口調が薄暗い部屋に響く。

 振り返れば、そこには剣を携えたユウヤがいた。


 しかし、ユウヤ一人だった。

 その瞬間、ゴードンは恐怖を怒りへと変えた。


「掛かれ! 始末しろ!」


 相手が武功により、英雄とまで呼ばれる者だということを忘れて、ゴードンは剣を抜く。

 取り巻きたちはゴードンの指示に従って、剣を抜いてユウヤに襲い掛かる。

 だが、ゴードンに媚びることしかしてこなかった者たちでは、ユウヤの相手にはならなかった。


 一人目は振りかぶった腕を斬られ、叫ぶ間もなく首を刎ねられた。

 二人目は体当たりするように突きを出したが、すれ違いざまに首を刎ねられた。

 三人目は恐怖に駆られて、その場を動けずにいた。


「今すぐ剣を捨てれば許してやる」


 ユウヤの言葉に最後の取り巻きは、ゴードンを見た。


「何をしている! 儂のために戦え!」

「こ、降参です! 許してください! すべてゴードン男爵の指示なんです!」


 両膝をつき、取り巻きはユウヤに許しを請う。

 そんな取り巻きを一瞥したあと、ユウヤはゴードンへと視線を向けた。


「お前はどうする?」

「おのれぇ……小僧が! 儂を誰だと心得る!」

「夜這いに失敗した愚か者かな」


 馬鹿にしたように鼻で笑いながら、ユウヤは無造作にゴードンへと近づいていく。

 ゴードンはいったんは身構えるも、すぐに自分の力量ではどうにもならないと思い直し、ユウヤから距離を取る。


「く、来るな! 来るな!」


 剣を振り回し、後ずさっていくがすぐに背中が壁に当たる。

 そのままゴードンはずるずると腰を下ろし、地面に尻餅をついた。


 ユウヤを見上げる形になったゴードンは、ユウヤが冷たい眼を自分に向けていることに気付く。

 何の価値も見出していない眼だった。


 その眼を見て、ゴードンは命乞いをすることを決意した。


「ゆ、許してくれ……儂が悪かった。つ、ついお前の連れの美しさにやられてしまったのだ……お前もわかるだろ?」

「ああ、アリシアは魅力的だな。だが、あいつは俺にとっては時には姉であり、時には妹のような存在だ。そんなあいつに邪な思いを抱く奴を……俺が許すと思うか?」

「ま、待ってくれ! すまん! この通りだ!」


 ゴードンはプライドをかなぐり捨てて、地に這いつくばって頭を下げた。

 これは一刻の屈辱だと、自分に言い聞かせながら。


「謝って済む問題か?」

「か、金なら用意しよう! 望むならいくらでも! それとも宝石がいいか? それとも美女か? なんでも言ってくれ! なんでも用意しよう!」

「本当か?」

「本当だ! 嘘は言わん!」


 ゴードンはユウヤが食いついたことに驚きつつも、顔をあげる。

 そこには何やら思案しているユウヤがいた。


 考えているならば、交渉の余地はある。

 微かな期待に縋るようにゴードンは訊ねる。


「なにが欲しいんだ?」

「使徒エルトリーシャが欲しい」

「……な、なに……?」

「どんなものでも用意するんだろ? 使徒エルトリーシャを用意してくれ。なんなら金を払ってもいいぞ?」


 無理難題というレベルの話ではなかった。

 到底実現不可能な要求。


 ユウヤは薄い笑みを浮かべながら、それなら許してやる、と告げる。


 ゴードンはそこで察する。

 ユウヤが自分を許す気も、見逃す気もないことを。


 ゴードンは一瞬項垂れる。

 そんなゴードンを見て、ユウヤはやる気を無くしたように背を向けた。


「ふん、斬る価値もない。一生、牢屋で過ごしてろ」

「み、見逃してくれるのか?」

「殺さないだけだ」


 背を向けながらユウヤが答える。

 そんなユウヤを見ながら、ゴードンはゆっくりと手放した剣に手を伸ばす。


「そうか、ありがとう! ありがとう!」

「礼を言うな。気色悪い」

「そうか……それはすまなかったな!」


 謝罪と共にゴードンは剣を突き出す。

 その剣はユウヤを背中から突き殺すはずだった。


 だが、剣は半ばで折れた。

 ユウヤが振り返り様に斬ったのだ。


「なっ……!?」

「どうして俺が無理難題を吹っ掛けたり、背を向けたかわかるか?」

「……ま、待って」

「お前から仕掛けさせるためさ。無抵抗の奴を殺すのはさすがに気が引けるからな」


 そう言って、ユウヤはゴードンの腹部を突き刺す。

 ゴードンはあまりの痛みに涙を流し、苦悶の声を漏らす。


「うわぁぁ! 儂が、儂が刺されてる!?」

「そうだ。俺は自分がいくら馬鹿にされようが、狙われようが一向にかまわないが、俺の周りに害を与える奴だけは許さないし、見逃さない。残念だったな」


 薄れゆく意識の中で、ゴードンはユウヤの表情を見た。

 無表情ではあるが、その奥には深い怒りがあった。

 しかし、自分のことが一番大切であったゴードンには理解できない感情であった。


 ゆえに、ゴードンはユウヤに恐怖した。


「……あ、悪……魔……め」

「俺からすれば、あんたのほうがよっぽど悪魔だよ。ゴードン男爵」


 そう言うと、ユウヤは剣を引き抜き、倒れるゴードンの首を斬り飛ばす。

 血が飛び散り、ベッドとユウヤのズボンを汚す。


 その頃になって、ようやく部屋の外から足音が聞こえてきた。

 部屋を移動させたアリシアか、護衛を頼んでいたセドリックだろうとあたりをつけながあ、ユウヤはこの事態の収拾について考えていた。


 いくらアリシアが狙われたとはいえ、殺したのはやりすぎだった。

 どのような人物であれ、レグルス軍の指揮官である。

 それを同盟国の貴族が殺したというのは問題だ。


「まいったなぁ……やっぱり生かして捕らえるべきだったかなぁ」


 一人呟きながら、ユウヤは深く反省する。

 だが、生かしておけば後々の憂いになることは間違いない。


 多少問題になっても、殺すのがベターだった。


「まぁ、これで互いに弱みを握ったわけだし、良しとするか」


 痛み分けということで、今回の一件を解決できるだろうと思い直し、ユウヤは最後の生き残りである取り巻きに近づく。


「ゴードンのしたことをしっかりと証言しろ。そのために生かしたんだからな」

「な、なんでも話します! ですから命だけは!」


 何度も頭を下げる取り巻きを見て、ユウヤはため息を吐きつつ、剣についた血を拭い始めるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ