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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第九話 処罰の行方


 牢屋を出た俺とアリシアは、砦の指揮官の部屋に案内された。

 そこは元々はゴードンの部屋だったが、今は追い出されている。


 部屋にいるのはアリシアとセドリックと俺だけだ。


「まず日にちを確認したい。今は何日だ?」

「今日は十月十五日です。公子」

「十五日……」


 俺とアリシアが遺跡の発掘を開始したのは十月の二日。それから一週間の間、発掘を進めたから飛ばされたのは十月の九日。

 そして飛ばされたのは昨日。

 つまり五日間も飛ばされたというわけだ。


 いや、マグドリアの端まで行こうと思ったら、通常の移動手段じゃ五日じゃ絶対に不可能だ。

 そういう点では、この転移は素晴らしいのだけど、場所がマグドリアでは価値がない。


「それはそれとして、公子と公女はどうやってこちらへ?」

「それは……」


 呟きながらアリシアを見る。

 すると、微かにアリシアが首を横に振る。


 セドリックは使徒の副官だが、あくまで副官だ。

 俺たちが来た手段を伝えるのは、レイナが一番最初というのが望ましい。


 アリシアはそういう意図を持って、首を横に振ったのだろう。


「軍事機密だ。まずは使徒レイナに報告したい」

「かしこまりました。しかし、ここは地図を見て頂ければわかると思いますが、マグドリアの端です。この砦もそこまで重要拠点というわけではありません。お二人が興味を持つような場所とは思えませんが?」


 探るようにセドリックが言ってくる。

 たしかに机に広げられた地図を見れば、ここはマグドリアの海岸部付近の砦だ。

 アルシオンからは最も離れた場所にある地域。

 俺たちが来るような場所じゃない。


 だが、来てしまっている以上、しょうがない。


「それも機密だ。聞きたければ使徒レイナに話したあとに、もう一度聞いてくれ」

「……失礼を。では、ほかにご質問は?」

「戦況を教えてくれ。ここに部隊を派遣しているということは、海岸沿いに攻め込んでいるのか?」


 レグルスとマグドリアの中央部で争い続けていた。

 それが今になって海岸線に舞台を移すとは、腑に落ちない。


「はい。使徒レイナは比較的、城の少ないマグドリアの海岸沿いを攻めて、侵攻の足掛かりにしようとしているのです」

「弱いところを攻めているってわけね。どうして今までしなかったのかしら?」


 アリシアの疑問は最もだ。

 しかし、それには理由がある。


「しなかったんじゃない。できなかったんだ」

「できなかった?」

「ああ。マグドリアの使徒であるテオドールは鉄壁の防衛線を引いていた。だから海岸線を攻め進もうにも隙がなかったんだ。けれど、もう一人の使徒であるレクトルを助けるために、いくつかの城をレグルスに明け渡すことになった。そのおかげで鉄壁の防衛線が崩れて、今回の行動に出ることができたんだ」

「流石はアルシオンの銀十字。その通りです」


 レグルスをずっと悩ませていた防衛線が崩れた。

 レグルスにとっては今は絶好の好機。


 しかし、そうなると疑問がある。


「セドリック。聞きたいんだが、この部隊はなぜこの砦を攻めた? 戦略的に価値があるとは思えないんだが?」


 地図には本隊の侵攻ルートも記されている。

 本隊は海岸線ルートを進みつつも、徐々に中央へと向かっている。


 しかし、この砦は本隊とは逆方向。

 海岸に近く、しかも本隊を脅かす位置というわけでもない。


 あえて落とすほどの砦もないように思える。


「使徒レイナの命令です。私も意図は測りかねますが、万が一の可能性も排除したかったのではないかと」

「万が一……?」


 こんな小さな砦がレグルス軍の本隊を脅かす可能性とは、どんなものだろうか。

 それにセドリックの様子も気になる。


 こいつ、今、僅かな間だが視線を逸らした。

 まるで何かを考えるかのように。


 キナ臭いな。

 だが、わざわざ触れても仕方ないか。


「わかった。ここから本隊まではどれくらい掛かる?」

「馬を使って二日ほどです」


 今はそろそろ昼という時刻だ。

 アリシアのことを考えると、一日はここで休んでいきたい。


 今日は休んで、明日の朝一番に出るか。


「よし、明日の朝一番に出発したい。それで構わないか?」

「私は大丈夫よ」

「わかりました。準備をしましょう。アリシア公女にも部屋を用意させます」

「ええ、そうして。あの男が使ってた部屋なんて、御免だわ」


 嫌そうに顔を顰めながら、アリシアは部屋を見渡す。

 使ったといっても、砦を落としたのが昨日の出来事だから、満足に使ってはいないだろう。


 それでも生理的に受け付けないといったところか。


「ゴードンのことは申し訳ありません。ですが、現場指揮官の暴走であり、我が主の意思ではないことはご理解いただきたいのです」


 アリシアの機嫌が悪いことを察して、セドリックは素早く謝罪してくる。

 まぁ、俺たちに大事にされればセドリックの主であるレイナの名誉に傷がつく。


 それだけは何としても避けたいところだろう。


「わかっている。大事にする気はない」


 セドリックは俺の言葉を聞いて、安心したように息を吐く。

 しかし。


「勝手に約束しないで。私は指揮官の処遇次第よ」


 ムスッとした表情を浮かべて、アリシアが口をはさむ。

 そんなアリシアに俺は肩を竦める。


「どうしろと?」

「処刑ね」

「無茶言うなよ……」

「それか爵位の剥奪と軍からの追放」

「軍として処分は可能だと思いますが、爵位の剥奪までは……」


 そりゃあそうだろ。

 爵位は王の領分だ。

 いくら使徒とはいえ、それはどうしようもない。


「あんな男が貴族を名乗ってるなんて、我慢できないわ。こっちの話を聞く気はないし、あまつさえ、私に下品な目を向けてくるし!」

「わかった、わかった。怒りはもっともだが、それよりも優先することがあるだろ? まずは無事であることを家族に伝えるほうが大切だ。そのためにも使徒レイナの協力がいる。向こうの機嫌を損ねることはするべきじゃない」

「冷静なのね。ええ、そうでしょうね。ユウヤが言ってることは正しいわ。感情的なのは私。けれど、あの男は許しておけない」

「適切な罰を与えます。ですので、怒りを鎮めてはいただけないでしょうか……?」


 セドリックがそういってアリシアに頭を下げた。

 だが、アリシアがその行動に眉をつり上げた。


「まるで自分は関係ないかのような言い方ね? あなたは使徒の命令で部隊の〝監査〟に来たと言ったわ。この部隊は使徒の副官による監査が必要な部隊だったということよね? そんな部隊を良く本隊から切り離したものね? 普通なら監視下に置くと思うのだけど……邪魔で仕方なかったのかしら?」


 目ざとい奴だな。

 そういうところは本当に感心する。


 アリシアの言葉で先ほどの疑問は解ける。

 この部隊はおそらく厄介払いをされた部隊だ。


 戦力的に価値のない砦を落としてこいと命令することで、ゴードンや問題のある兵士なんかを本隊から遠ざけたんだろう。


 俺の推測が正しいことは、セドリックの表情が証明している。

 一気に顔色が悪くなったセドリックは、すぐに膝をついて謝罪を口にする。


「申し訳ありません!」

「現場指揮官の暴走であることは間違いないとしても、その指揮官を厄介払いしたのは使徒レイナ。何も関係ありません、なんて態度は癇に障るわ」

「……」

「ゴードン男爵への処罰は保留ね。使徒レイナに直接頼むわ」

「お前が頼むと向こうを怒らせそうだから、俺が頼む」


 セドリックの様子をみかねて、俺は口を挟む。

 アリシアが般若のような顔で睨んでくるが、それを肩を竦めて受け流す。


「少し休め。そしたらもうちょっと冷静になるから。今の俺たちは自分の身分を証明する物を持っていない。つまり後ろ盾のない状態だ。使徒レイナがその気になれば、消されるのは俺たちだって忘れるなよ」

「レグルスの三使徒の一人がそんなことするとは思えないけど」

「使徒を甘く見るな。基本的に自分勝手な生物だぞ。あいつらは」


 そう言って俺はアリシアの背を押して、部屋の扉のほうへ向かわせる。

 とにかく話はいったん終わりだ。


 熱くなっているアリシアも部屋で休めば、少しは落ち着くだろう。


「じゃあ、アリシアを部屋まで頼む」

「かしこまりました」

「一応、護衛もつけておいてくれ」

「万全を期します」


 セドリックの答えに満足しつつ、俺は部屋の扉を開けた。


「じゃあ、部屋で頭を冷やして来い」

「なによ、偉そうに。言っておくけど、怒らないユウヤのほうがどうかしてるのよ?」

「俺は貴族のプライドとかないからな」


 アリシアにそう言って、俺は部屋の外へ送り出す。

 セドリックに案内されるアリシアを見送り、俺はようやく深く息を吐いた。


「さて……俺も休みたいところだけど……」


 休めない事情がある。

 一つ気がかりがあり、それを解消しないことには休めない。


 まぁ、解消した場合、事態はさらにややこしいことになるだろうけど。


 




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