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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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閑話 ロードハイムの事情


「ユウヤが行方不明?」

「ええ、おそらく転移魔法陣でどこかに飛ばされたのでは、と。一緒にブライトフェルンの令嬢も飛ばされたそうです」


 ユウヤたちが魔法遺跡で行方不明になったという知らせがエルトの下に届いたのは、ユウヤたちが消えてから三日後のことだった。


 執務室でそのことを聞いたエルトは目を丸くする。


「行方不明になるのが好きな奴だな、あいつは」

「別に好きで行方不明になってるわけじゃないと思いますがね」


 エルトに報告したレイドが言葉を返す。

 そんなレイドの様子を見て、エルトが微かに目を細める。


「なんだ? 文句があるのか?」

「文句はありませんよ。ただ、反応が薄いなと思っただけです」


 レイドはこの知らせを受けたとき、エルトが捜索すると言い出すと思っていた。

 しかし、エルトは目を丸くするだけで、何も対策を指示しなかった。

 それが意外だったのだ。


「ユウヤの事で一々反応していたら身が持たないからな。どうせあいつのことだ。どこかでしぶとく生きているさ」

「随分と信頼していらっしゃるようで」

「信頼じゃない。理解だ。私はあいつをよく知ってる。転移先がどこにせよ、どうにかするさ」

「しかし、生きているにしても助けが必要なんじゃないですか?」


 レイドもユウヤが死んだとは思っていなかった。

 クロスフォードから送られてきた知らせの中には、リカルドの見解も入っており、転移魔法陣で飛ばされたというのもリカルドの推測だった。


 古代魔法遺跡ならそういうこともあり得ると、レイドもそれには納得していた。

 そしてエルトも。


 問題なのは飛ばされた先でユウヤがどうしているか、ということだ。

 アルシオン国内ならどうにかなる。

 レグルス国内でも。


 しかし、アークレイムやマグドリアだったならば。


「助けと言われても、私にできることがあるか? レグルスに飛ばされたなら、あいつはこちらに向かうはずだ。アルシオンならば手出しはできない。敵国なら尚更だ。アークレイムはディアナが、マグドリアはレイナが担当だからな」

「珍しく常識的ですね。ほかの使徒様方を尊重するなんて」

「失礼な奴だな。私はいつでも常識的だ」


 レイドはエルトの言葉に眉を潜める。

 その言葉にだけは同意できなかったからだ。


「では、捜索隊は出さないということでよろしいですか?」

「当然だ。そこまで余裕もないしな。ああ、一応領内の騎士にはユウヤを見かければ保護するように伝えておけ」

「了解しました。伝令を送っておきます」


 レイドはそれだけ言うと踵を返す。


 一応、念を押したが、エルトは迷う様子すら見せなかった。

 そのことを意外に思いつつ、余計なことを言う前に部屋を後にする。


 残されたエルトはレイドが部屋から出て行ったのを見て、机に置かれた報告書を手に取る。

 そこに書かれているのはリカルドがまとめた、ユウヤ失踪に関する情報だった。


「……相変わらず馬鹿な奴だ。自分の領地で大人しくしていれば、こんなことに巻き込まれることはないだろうに」


 いつも穏やかな生活がしたい、面倒事は嫌いと言っておきながら、なんだかんだで問題の中心にいる。

 本人は否定するだろうが、トラブルに愛されているとしか思えなかった。


 エルトは小さくため息を吐き、報告書を机に置く。


「困っているんだろうな……」


 エルトは呟き、首をすぐに振る。

 考えたところでどうしようもない。


 エルトには領地を動けない理由があった。

 狼牙族だ。


 王都での騒動の後、魔族の使徒であるシルヴィアとエルトは会談の場を設け、狼牙族の処遇を決めた。


 決まったことは二つ。

 狼牙族をラディウスに連れて行くということと、レグルスにいるかぎり、狼牙族の安全を保障するということだった。


 ラディウスに連れて行くにはアルシオンの協力が必要なため、今は準備期間であるが、狼牙族の安全は現在、進行中だ。

 狼牙族に何かあれば、ラディウスはレグルスの敵に回る。


 それを避けるために、エルトは全力で狼牙族を守る必要があった。

 ゆえにエルトは領地を離れない。

 離れられない。


 留守にすれば、敵に付け入る隙を与える。

 一度は里に隠密たちの侵入すら許した。


 自分の誇りと名誉にかけて、二度目をやらせるわけにいかなかった。

 しかし。


「自由に動けないというのは不便だな……」


 呟き、エルトは椅子の背もたれに体重をかけて、天井を仰ぐ。


 ユウヤを助けたいという気持ちはあるが、動けない。

 それが今のエルトの状況だった。


 どうにもならない状況に苛立ちを覚えていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。


「入れ」

「失礼します。エルトリーシャ様。お食事をお持ちしました」


 入ってきたのはクリスだった。

 ワゴンを押して、てきぱきと支度を整える。


 エルトは自分が朝から何も食べてないことに気付き、苦笑する。


「すまないな。クリス」

「これが僕の役目ですから。お気になさらずに」


 執務机の上は綺麗に片づけられ、鮮やかな料理が並べられる。

 エルトはスプーンとフォークを受け取ると、その料理を食べ始める。


 仕事をしていたため気付かなかったが、意外なほどにお腹が空いていたらしく、エルトは用意された食事をすぐに平らげた。


 クリスが淹れた食後の紅茶を飲みながら、ホッと息をつく。

 そして意味もなく天井を見る。


「何か悩み事ですか?」

「いや、何もないぞ?」

「エルトリーシャ様は悩みがあるときはいつも上を向きます」


 自分でも気づかない癖を指摘されて、エルトは顔を顰める。

 しかし、すぐに観念する。


「ああ、そうだ。そうだとも。悩んでいる……とてもな」

「ユウヤ・クロスフォードのことですか?」

「……ああ」

「現状、彼がどこにいるのか見当もつきません。どこにいるか分からない以上、できることはないかと」

「そんなことはわかってる……けれど、何かしてやりたい。あいつは友人だし……命も領地も救われた借りがある」


 エルトは沈んだ表情のまま呟く。

 そんなエルトを見て、クリスはため息を吐いた。


「本当に彼は悩みの種ですね。エルトリーシャ様を悩ませるなんて、今度会ったら説教をしましょう」

「私は真面目に話しているんだが?」

「もちろん、僕も真面目です。説教をするために、彼に生きてここに来てもらわなければいけませんし、対策を練りましょう」

「対策?」


 クリスは頷くと、ポケットから一枚の紙を取り出す。

 そこには騎士団の配置が描かれていた。


「現在の騎士団の配置です。もしも、エルトリーシャ様が望むならですが、ヘムズ平原の騎士団を呼び戻せば、領内の警備に穴を作らずに出陣することが可能です」

「クリス……」

「アルシオンもヘムズ平原の防御を固めていますし、使徒レイナ様がマグドリアに攻勢を掛けている今、ヘムズ平原の騎士団を呼び戻しても問題はないでしょう。ただ、どこにいるか分からない以上、出陣はできません。まずは他の使徒様と連絡を取ってみてはいかがでしょうか?」

「……お前は良い副官だな」

「お褒めに預かり光栄です」


 クリスが頭を下げるのを見て、エルトはカップに入っていた紅茶を飲み干してから椅子を立つ。

 そしてクリスを伴い、部屋から出た。


 城の地下にある姿見へ向かうためだ。


「ディアナはともかくとして、レイナはもしもユウヤを見つけたら、素直に保護するだろうか?」

「どうでしょうか。ユウヤ・クロスフォードはアルシオンの英雄です。保護しなければ外交問題ですから、保護はすると思いますが」

「あいつのことだ。私との縁を切れとか言いそうじゃないか?」

「言うかもしれませんね。ですが、ユウヤ・クロスフォードが頷くとは思えません」

「命が掛かっていてもか?」

「命掛けであなたのために城から飛び降りる人ですよ? 信用できませんか?」


 クリスの返しにエルトは意表を突かれた表情を浮かべたあと、微かに照れたような笑みを浮かべ、そうだな、と呟くのだった。


 そんなエルトの反応を見て、クリスは一抹の不安を抱く。

 レイナ・オースティンとユウヤ・クロスフォードが親しくなっていたら、エルトはどうするのだろう、と。


 一瞬、恐ろしい未来を想像してしまい、クリスはそれを払うように首を横に振る。

 使徒は稀有な存在。

 そう簡単に親しくなれたら苦労はしないと自分に言い聞かせ、クリスは恐ろしい未来から目を逸らすことにした。

 

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