表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
105/147

第七話 女は色気







 一夜明けて、硬いベッドの上で起きた俺は、まずは体をほぐすことから始めた。

 ただ、手枷があるため上手く体がほぐれない。


 しばらくすると、隣から物音が聞こえてきた。


「起きたか。気分は?」

「……最高よ。爽快だわ……」

「そりゃあ良かった」


 寝起きの声でアリシアが答える。

 その口調は眠そうで、微かな苛立ちが含まれていた。


 どう考えても最高でも爽快でもないだろうが、突っ込めば苛立ちのはけ口にされかねないため、それ以上は何も聞かない。


 アリシアは昔から朝が苦手だ。

 といっても起きれないわけじゃない。


 ただ機嫌が悪くなるだけだ。

 素が出ると言ってもいいだろう。


 いつもお嬢様らしくあろうと心掛けているため、ギャップに色々と衝撃を受ける。


 アリシアを嫁にとしつこい貴族たちも、朝のアリシアを見れば諦めるだろう、というのは我が父、リカルドの言葉だ。


「この部隊の部隊長は俺たちの話を聞きに来ると思うか?」

「……微妙なところね。普通なら聞きに来ないわ」

「普通じゃないなら聞きに来るのか?」

「そうね。良くも悪くも変わってる人なら聞きに来るんじゃないかしら?」


 できれば良い方で変わってる人がいいなぁ。


 そんな淡い期待を抱いていると、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。


「さて、どうなるかな?」

「あんまり短絡的な言動は控えてね?」

「相手の言動によるかな」


 相手の出方次第じゃ、力技で脱走だ。

 強化を使えば、牢屋くらいどうにかなる……はず。


 まぁ、そうなると砦にいる数千が敵になり、マグドリアでの逃避行が始まるわけだが。


「はぁ……頼むわよ? 下手なことをすれば、生きて帰れないわ」

「だから相手次第さ」


 アリシアに答えたところで、足音の主が姿を現す。


 地下牢に現れたのは三人だった。

 二人は衛兵。

 肝心なのは最後の一人。


 着ているのは鎧ではなく、一目で上等だとわかる服。

 デザイン的に貴族だろうな。


 レグルスは質実剛健の雰囲気があり、軍での出世に貴族かどうかというのは、あまり配慮されない。

 しかし、例外もいるようだ。


 上等な服を台無しにしているだらしない腹に、隙だらけな立ち振る舞い。

 年齢は二十代後半から三十代くらいだろうか。


 典型的な駄目貴族の姿がそこにはあった。

 あくまで姿だが。


 実は剣の使い手とか、戦略に秀でるとか。

 もしくは人格的に。


「まったく……平民が貴族を語るとは。これは重罪だぞ?」


 優れてはいないらしい……。


 おいおい、大丈夫かよ。レグルス軍。

 こんなのに三千人も任せて。


 大体、貴族を騙ることが重罪って。

 じゃあ、貴族を牢屋に閉じ込めるのは罪じゃないのか?


 いや、そもそも俺たちの話をカケラも信じてないのか。


「そういうあんたは貴族なのか?」

「見てわからんか? これだから平民は……。よかろう、教えてやる。私はレグルス王国の男爵、ベイリー・ゴードンだ。この部隊の指揮を任されておる」


 不自然なほど高圧的な名乗りに、思わず頬が引きつる。

 なにがイラっとくるかといえば、男爵で威張っているという点だろう。


 よくもまぁ、その地位でそこまで偉そうにできるもんだ。


「それはご丁寧に。ではゴードン男爵。こちらも自己紹介を。俺はユウヤ・クロスフォード伯爵公子。隣はアリシア・ブライトフェルン侯爵公女。ここにいるのは訳があります。まずは牢屋から出してもらえませんか?」

「部下から報告は聞いている。アルシオンの銀十字とブライトフェルン侯爵の御令嬢と名乗っていると、な。もう少しマシな嘘はつけんのか? ここはマグドリアだぞ?」

「嘘ではなく、事実なもので。このような言い方は申し訳ないが、外交問題になる前に、オースティン公爵にご連絡いただきたい。一報をいれるだけでいいですから」

「貴様のような平民の虚言を、使徒様の耳に入れるわけにはいかんな」 


 取り付く島もない。

 こちらが貴族だと全く信じてもらえてないし、話を聞く気すらない。


 こいつ、一体、何のために来たんだ?

 わざわざ地下牢に来たことに疑問を抱いたが、すぐにその理由はわかった。


「まぁ、お前はよいのだ。さて、女。報告通り、整った顔をしておるではないか」


 俺から視線を外したゴードンは、下卑た笑みを浮かべて、隣の牢にいるアリシアへと視線を向けた。


 なるほど、なるほど。

 そういうことか。実にわかりやすい。


 俺の苛立ちのボルテージは一段階上がる。

 しかし、とうのアリシアのほうは俺より冷静らしい。


「ありがとうございますわ、男爵」


 多分、いつも通り、貴族らしい笑みを浮かべたのだろう。

 アリシアが微笑めば、大抵のヤツは気分が良くなる。


 実際、ゴードンは機嫌が良さそうに笑っている。


「いやいや、本当のことだ。どうだ? お前次第で無罪にしてやっても構わんぞ?」

「まぁ……寛大ですね」

「そう、私は寛大なのだ。どうだ? 無理なことは言わん。今晩、酒を注いでくれればいい」


 それだけで済むわけがない。

 心の中にしまっておかなきゃいけない欲望が、顔と声に出ている。


 最悪だ。

 よりにもよって、レグルス軍の中でも少ないだろうハズレをひいてしまった。


 こんな奴が部隊長なら、その側近にも期待できない。

 そもそも、こういう奴は約束を守らない。

 アリシアを気に入ったなら、手放すことはないだろう。


 こうなったら、牢を破るしかないか。

 そう覚悟を決めたとき、意外すぎる言葉が隣から飛んできた。


「本当ですか? お酒を注げばいいんですか?」


 一体、どこから声を出しているのか。

 いつもとは全然違う、媚びた声だ。


 正直、耳を疑う。

 今、隣でアリシアがどんな表情を浮かべているのか、見たいような、見たくないような……。


 いや、見ない方がいい。見れば女という生物を信用できなくなってしまう


「そうだ、そうだ。酒を隣で注いでくれれば、貴族を騙った罪は不問にしてやろう」

「ありがとうございます!」


 感激しましたと言わんばかりの声が上がり、衛兵が牢屋に近づく。

 どうやら、さっそくアリシアを出すようだ。


 まぁ、アリシアは魔導士だ。いざとなれば自分でどうにかできるだろう。

 それに本人はあんまり見せたがらないが、剣や徒手空拳だって中々のものだ。


 兵士の一人や二人、すぐに気絶させられるだろう。

 問題は武装した兵士に囲まれたときくらいだな。


 ここの兵士たちが使徒直属の騎士たちなら話は別だが、こいつらがレイナ直属の騎士とは思えない。


 さて、俺はどうするべきか。

 アリシアがご機嫌を取っている間は、何もせずにいるべきか。


 これからのことに頭を働かせていると。


 自らアリシアの手枷を外したゴードンが、アリシアの肩に手を回す。

 その瞬間、アリシアの仮面が僅かに外れるが、すぐにお嬢様スマイルで誤魔化す。


 だが、ゴードンは一つ過ちを犯してしまう。

 それは。


「ふむ、思った以上に体つきは貧相だな」


 聞いた瞬間、アリシアの表情が固まる。

 ゴードンに他意はないだろう。

 これから侍らせる女の身体的特徴に関して、素直な感想を述べただけだ。


 けれど、それはアリシアには禁句だ。

 容姿、能力ともに秀でるアリシアでもどうにもならない点。


 体という一点は、いくらアリシアでもどうにもならないのだ。


 確かにアリシアは胸が小さい。

 貧乳と言っていいだろう。


 腰は細いし、足も細い。

 スレンダーという言葉がピッタリだが、女性らしい体つきとは言い難い。


 ゴードンが言いたいことはよくわかる。

 だが、言ってはいけない言葉だった。


「まぁ、お前ほど顔が整ってれば問題はないか」

「誰の……胸が小さいですって?」


 そう言うと、アリシアはゆっくりとゴードンに向かって、手の平を向けた。

 その一連の動作の間に、俺はゆっくりと深いため息を吐き、ゴードンたちから少しでも距離を取るために、牢屋の端に向かった。


 俺が牢屋の端に辿り着いた瞬間、ゴードンの顎が跳ね上がっり、牢屋の鉄格子に思いっきりぶつかってきた。

 アリシアの掌底が入ったのだ。


 呆気に取られる衛兵の一人に、アリシアは膝蹴りをお見舞いした。

 そのまま衛兵は前のめりに崩れるが、完全に倒れる前に、アリシアの手刀が首に入る。


「うわぁ……」


 痛そうだったので、思わず口からそんな言葉が漏れた。

 もう一人の衛兵も同じ思いだったのか、顔を引きつらせて立ち尽くしている。


 しかし、次は自分の番だと気付き、剣を抜く。

 そんな衛兵に向かって、アリシアは右手を向けて警告する。


「動くと火傷するわよ?」


 忠告のあと、間髪入れずにアリシアは魔法を放った。


火弾ブレット


 本来、詠唱の必要な魔法だが、ある程度の使い手になれば詠唱を破棄することができる。

 もちろん、威力や射程は詠唱したときよりも落ちるが。


「ひっ!?」


 炎の弾丸がアリシアの手から放たれ、衛兵の剣に当たった。

 あまりの衝撃で衛兵は剣を落として、尻餅をつく。


「ま、魔法だと……!?」

「ええ、私は魔導士よ。驚いたかしら?」


 気絶まで至っていなかったのか、顎を押さえながらゴードンが驚愕の声を上げる。

 ただの平民では魔法を使えない。

 魔法を使うには才能と、魔導士による稽古が必要だ。


 そして魔法が使えるならば、どの国でも歓迎される。

 貴族のお抱えやら軍の魔導士部隊に入るやら。

 就職先には困らないのだ。


 だから、魔法が使えるということは特殊なことなのだ。

 だったら、初めから魔法を使えるところを見せればいいじゃないか、と思うかもしれないが。


 ここはマグドリアなのだ。


「どうかしら? これで」

「敵襲だ! マグドリアの魔導士だぞ!!」


 怒りで我を忘れていたのだろう。

 アリシアは茫然としている。


「はぁ……結局、こうなるのか……」

「な、なによ!? 私が悪いって言いたいの!?」

「そうは言ってないだろ。いいから早く牢を開けてくれ。グズグズしてると」


 そう言ったときには時すでに遅し。

 大勢の人間の足音が聞こえてきていた。


「流石はレグルス軍。対応が早いな……」


 使徒と直属の騎士たちばかりが目立つが、レグルス軍は騎士ではない兵士たちも優秀だ。

 その優秀さは、味方のときは頼もしかったが、敵に回れば厄介極まりない。


 さて……。


 どうしよう。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ