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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第六話 牢屋の中で




「ばか、バカ、馬鹿」


 隣の牢屋から聞こえてくる怨嗟の声に、俺は思わず耳を閉じたくなった。

 しかし、手枷を嵌められているため、それは叶わない。


「ここがどこだかはっきりしない段階で、よくも嘘がつけたわね。あの場は怪しまれても本当のことを言う以外に手はなかったでしょうに。これで私たちが本当のことを言っても、向こうは取り合わないわよ?」


 アリシアの言葉が痛い。

 俺も突然の状況にテンパっていたのだろう。


 たしかに冷静に考えれば、嘘をつくだけの情報を俺は持っていなかった。

 浅はかな嘘はすぐにバレる。


 そんなことにも気づかないなんて。


 しかし、だ。


「それは悪いと思ってる。けど、お前は何も言えなかっただろ? あのまま黙ってたら斬られてたかもしれないんだ。それを回避できただけ御の字だろ!」

「その結果が牢屋行きなのに、よくも胸を張れたものね!」

「殺されるよりはマシだろ!?」


 壁を挟んで俺とアリシアは言い合いを続ける。

 だが、ふとアリシアが疲れた声で呟く。


「やめましょ……」

「そうだな……」


 アルシオンから飛ばされて、マグドリアでレグルスに捕まる。

 わけのわからない状況で、同行者と言い争いをしても始まらない。


 ここはポジティブに考えよう。

 見ようによっては宿と食事を確保したといえる。


 身分が保証されれば出ることもできるだろうし、外をうろついているよりも安全だ。

 なにせ、ここはマグドリア。

 アルシオンにとって、最悪の敵国だ。


「とにかく出る方法を探そう。場合によっては俺が暴れて脱出するから」

「本当に力技ね。よくそれで修羅場を切り抜けられたわね?」

「運がいいんだ。今回もどうにかなるさ」


 楽観的な俺の言葉に、アリシアは深いため息を返してきた。


 しかし、悲観するほど、状況は悪くない。

 とにかくマグドリアの脅威からは遠ざかったし、俺はアリシアの名前を口にした。

 他国の者はブライトフェルン侯爵のことを知っていても、その娘の名前までは知らない。


 指揮官クラスの人間や貴族なら名前くらいは知っているだろうが、そうでなければ、知り得ない名というわけだ。


 そんなアリシアの名を出した俺たちは非常に奇妙な者として映るだろう。

 興味を持って、指揮官クラスの人間が様子を見に来る可能性もある。


 もちろん、兵士が報告をサボるなりすればオジャンだし、マグドリアの偵察と思われれば、会うことも叶わないだろう。


 だが、俺の嘘はあまりにも下手だった。

 どうせ嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつくはず。


 そう思う奴がいてもおかしくない。


 それに入れられた牢屋は比較的綺麗な場所だった。

 薄暗いが、不潔な場所ではない。


 おそらく捕虜の中でも上位の者をいれる牢屋に入れられた。

 それは向こうも完全に敵と断定しているわけではない証拠だ。


「しかし・……まさかアリシアと一緒にレグルスに捕まるとはな。人生、予想外なことばかりだな」

「そうね。どうせ一緒に捕まるなら、ユウヤじゃなくてセラが良かったわ。セラなら口だけでどうにかしてくれそうだもの」

「違いない。あの子は優秀だからな。そもそも捕まらないだろうさ」


 出来のいい妹に出来の悪い兄。

 あまりよろしい構図ではないな。


 しかし、セラの頭の回転の速さは我が父も舌を巻くほどだ。

 そんなセラと比べられたら、誰だって出来が悪くなってしまう。


 けれど。


「口だけでどうにかできそうっていうなら、アリシアもできそうじゃないか?」

「ユウヤ。前から思ってたけれど、あなたって鈍感よね」


 鈍感?

 俺が?


 そんなまさか。

 明らかに人より鋭いぞ。


「自覚はないぞ」

「でしょうね。じゃあ、聞くけど、私の良く回る口が兵士たちの前じゃ沈黙したのはなぜ?」


 確かにアリシアは口が良く回る。

 ああいえば、こう言うし、たまにイラつく。


 だが、兵士たちには何も言わなかった。

 いや、言えなかった。


 なぜか。


「それは……怖かったからか?」

「お馬鹿。マグドリアの狂戦士に比べたら、怖くもなんともなかったわよ」


 そういや、フェルトと一緒に戦ってたな。

 となると別の要因。


 だけど、思いつかない。


「さっぱりわからん」

「やっぱり鈍いわね。私はあなたとは違うの。あんなわけのわからない空間に放り込まれて、平然とはしてられないのよ」

「あー、なるほど」


 転移の際の後遺症がまだ残ってるのか。転移酔いと言えばいいのだろうか。

 まぁ確かにすぐには良くならないだろうな。


 俺も二回目だからどうにかなったけど、一回目のときは苦労した。


「正直、今でも頭が痛いわ。ずっとノイズが走ってるみたいな感覚よ。あなたと喋るくらいなら平気だけど、兵士相手に話術を駆使する余裕はないの」

「それはしょうがないな。悪い、気付かなかった」


 いつもの調子が出てないと思ったら、そういうことだったか。

 というか、気付けない俺もどうかしてたな。


 普通なら動くことだって不快で仕方ないはずだ。

 それだけ、あの転移は体に変調をきたす。


 だが。


「しかし、マグドリアに通じる転移門。これって戦略的にかなり優位じゃないのか? あれが自由に使えるようになったら、アルシオンだけでもマグドリアを落とせるぞ」

「この、あんぽんたん。向こうからも来れるかもしれないでしょ。そうなったら、ブライトフェルンは火の海よ。それにあれを利用し始めたら、大陸のパワーバランスが崩れるわ。どの国も本格的に遺跡発掘に力を注ぐわ。考えるだけでゾッとするわよ」

「駄目なのか?」


 既に一つ発見しているアルシオンは、マグドリアにかなり優位を取れる。

 遺跡を発掘させる隙すら与えずに、滅ぼすことも可能だろう。


「駄目に決まってるでしょ。敵はマグドリアだけじゃないのよ? 魔法に関しては大国の中じゃアークレイムが一番進んでいるわ。遺跡を発掘、調査されて、転移魔法で任意の場所に行けるようにでもなったら、世界は終わりよ。どの国も使徒を王都に送り込みあって、壊滅でしょうね。待ってるのは秩序の崩壊した世界よ」

「お前……恐ろしいこと考えるな」

「予想よ! 私の妄想みたいに言わないで! まぁ、技術的にかなり難しいけれど、一度使えば、遺跡の発掘合戦と争奪戦が起きるわ。それだけで大陸中が戦火に包まれてもおかしくないの。だから、私たちも詳しいことは説明できない。お爺様やリカルドのおじ様もそう判断して、大々的に私たちを探すことはしないはずよ」

「おいおい、待て待て。じゃあ、どうやって説明するんだ? 俺たちがここにいるっていう事実を」


 まさかわざわざ歩いてきたとは言えないだろうし。


 先ほど、兵士に言われたように、ここはアルシオンとは真逆の場所だ。

 アルシオンの関係者がいること自体、おかしい。


 いや、いてはいけないのだ。

 そこまでマグドリアやレグルスの警備網は甘くない。


「危険性を認識できる人じゃなきゃ駄目ね。それこそ、使徒レイナくらいじゃなきゃ、そもそも信じてくれないでしょうし、危険性も認識してくれないわ」

「あの人、危険性を認識してくれるかなぁ……かなり好戦的に見えたけど。利用してマグドリア滅ぼそうぜって言いそうな気が……」

「あら? 知らないの? 使徒レイナは堅実な戦いを好むそうよ。使徒エルトリーシャが矛なら、彼女は盾。防御を重要視し、自軍の損害を極力減らす戦い方をすると聞くわ」

「マジかよ……あの人の神威は風だぞ? エルトと同等の使徒ならいくらでも攻撃手段があるだろうに」


 何かを浮かして投げつけるだけでも、相当な被害が出る。

 野戦だろうと攻城戦だろうと、威力は絶大だ。


 そんな神威を持っている人が防御よりの戦い方をするとは信じられない。

 なにせ、その神威の持ち主は初対面で俺を足蹴にした人だ。


 エルトとのやり取りを見ていても、大人しさとは程遠い人だった。


「でも、実際そうなのよ。彼女の堅実的な戦い方は、自軍に犠牲を出さないかわりにマグドリア侵攻を遅らせているって言われるくらいだもの。人柄は置いておいて、戦い方に関しては臆病と言ってもいいと思うわ」

「そう言えば、エルトも似たようなことを言ってたな……。しかし、使徒が臆病?」


 そんな馬鹿なと俺は心の中で呟く。

 レグルスの使徒が臆病なはずがない。


 そもそも臆病と評される戦いぶりなら、マグドリア戦線から外されているはずだ。

 実際、数年前まではマグドリア戦線はレイナとエルトの二人で支えられていた。


 そしてレイナが残され、エルトは自領でアルシオンに備えるようになった。

 つまり、レイナが選ばれたともとらえることができる。


 風評はどうであれ、彼女は他の使徒に見劣りする人物ではないということは間違いないだろう。


 そう結論づけていると、アリシアが話を戻す。


「まぁ、あの遺跡は見る限り、実験施設ってところでしょうし、数百年前の魔法全盛期ですら実験段階の魔法を、今の魔法技術で再現するのは難しいどころの話じゃないわ。ただ、不用意な発言は控えるべきよ。再現はできなくても、再利用なら可能かもしれないし、稼働状態の遺跡がまだあるかもしれないし」

「了解。じゃあ、俺たちはどうやって来たってことにするんだ?」

「当分は秘密にしておくしかないわね。正体を明かしても、来た手段までは言わないことよ。軍事機密とでも言っておきましょ。その方が指揮官の興味を引くかもしれないわ」

「わかった。明日からはそれで行こう」


 話す内容がなくなると、途端に俺もアリシアも静かになった。

 なにせやることもないし、会話も壁を挟んでのものだ。


 幸い、牢屋の前には警備の者もいないから気兼ねなくしゃべれるが、互いに黙ると本当に静かだ。


「はぁ~……」

「どうした? 深いため息なんて吐いて」

「そりゃあ、ため息も出るわよ。手っ取り早くお金を稼ごうとしたのに……。あの遺跡は封鎖でしょうし、遺跡発掘はもうできないわ。これまでの投資も無駄だし、また一からやり直しだわ」

「お前……案外余裕だな……」


 こんな時でも金の心配ができるアリシアに、妙な感心を覚えつつ、俺は牢屋に用意されているベッドで寝る支度を始めた。





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