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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第五話 嘘は計画的に




 砦の近くまで来たとき、もう戦闘は終了していた。

 レグルス軍の精強さや、ほぼ奇襲だったということも要因の一つだが、最大の理由は戦力差だ。


 俺とアリシアは小さな茂みにしゃがみこんで隠れながら、これからのことを話しあっていた。


「小さい砦ね」

「だな。防衛用の砦じゃないのは間違いない」


 近くに来てみると、燃えていた砦は小規模なもので、攻めていたレグルス軍も小規模だった。

 レグルス軍はおよそ三千といったところか。


 マグドリア軍は早々に撤退したらしく、本格的な戦闘には発展しなかったらしい。


「奇襲と火矢攻めで敗北を悟ったのね。見事な引き際だわ」

「褒めてる場合か。この規模ならどう考えても本隊じゃないぞ? オースティン公爵がいなけりゃ、俺の身分は保証されない。当然、お前の身分も」

「面倒ね。貴族らしい服装してれば信じてもらえたかもしれないのに」


 あいにく、俺とアリシアは遺跡に潜るために動きやすい恰好に、灰色のマントだ。

 どう見ても貴族には見えない。


 さて、どうしたものか。


「で? どうするんだ?」

「どうするもこうするもないわよ。本隊だったら、貴族出身の人間もいるはずだから、レグルスの貴族の名前を出そうと思ってたんだけど、これじゃあ無理ね」

「そうだな。せめて指揮官クラスに会えれば違うんだろうけど」


 三千人の部隊。

 しかもおそらく先遣隊。


 そうであるならば、指揮官はレイナの信頼も厚い者のはずだ。


 それなら俺たちの話も真面目に聞いてくれるかもしれない。

 とはいえ、三千人をまとめる指揮官だ。


 普通に行って、会わせてくれるわけがない。

 追い返されるか、捕まるかの二択だ。


「いっそう、捕まるか? そこで色々といえば指揮官が出てくるんじゃないか?」

「馬鹿なの? 出てこなかったらどうするつもり?」


 アリシアが冷たい目を俺に向けてくる。

 その視線が心に刺さる。


 我ながら名案だと思ったのだけど、アリシア的には気に食わなかったらしい。


 たしかに捕まってそのままレグルスに送還されたらたまったもんじゃない。


 ん?

 それはそれでいいんじゃないか?


「レグルスに送還されたら安全は保障されるし、エルトの名前を出せば会いに来てくれると思うぞ?」

「たかが前線で捕らえた不審者二人をレグルスに連れていってくれると思うの? ずっとこの砦の地下牢あたりに閉じ込められるに決まってるでしょ。下手したら、地下牢に捕まったまま放置ね。マグドリアに砦を奪い返されたら、私たちは間違いなく終わり」


 アリシアが語る未来に背筋に寒さが走る。

 怖いことを考える奴だ。


 まったく、我が親戚ながら恐ろしい女だ。


「じゃあどうするんだ?」

「ねぇ、ユウヤ。それって私の台詞じゃないかしら? あなたは戦で名を轟かせているアルシオンの銀十字。こういう状況はあなたが得意とするところでしょ?」

「なに言ってるんだ。俺の得意な戦術は突撃だぞ? こういう頭脳労働は俺の仕事じゃない」

「この脳筋! よくそんなんで生き残れたわね!?」

「人には適材適所ってのがあるんだよ! お前こそ、いつもの悪知恵はどうした? 得意だろ? いつもみたいに性格の悪いことを思いつけよ」

「ユウヤ……そんなに私を怒らせたいの?」

「それはこっちの台詞だ」


 俺とアリシアは互いに笑みを浮かべながらも、頬を引きつらせて向き合う。


 やがてアリシアが我慢の限界に来たのか、小石を俺に投げつけてきた。

 それをキャッチして、投げ返す。


 それがアリシアに額にヒットした。


「痛っ!?」

「ふん、正当防衛だ」

「やったわねぇ……」


 額を押さえながらアリシアが肩を震わせる。

 どうやら怒りが最高点に到達したらしい。


 まったく、冷静さを欠いている。

 俺に実力行使で勝てるわけないというのに。


 アリシアは手短なところにあった木の棒を俺に投げつける。

 それを俺はさきほど同じようにキャッチする。


 しかし、間をおかずに今度は小石が飛んでくる。


 咄嗟に木の棒で叩き起こす。


「このっ!」

「はっ! どうした? 少しは頭を使ったらどうだ? そのままだとお前も脳筋だぞ?」


 くるくると木の棒を回しながらアリシアを挑発する。

 すると、アリシアが青筋を立てながら、右手の手の平を俺に向けてきた。


「上等よ! 私の魔法とユウヤの剣術、どっちが優れてるか今ここで証明してやるわ!」


 そう小声ながらも宣言したアリシアだが、まさかこの状況で俺に魔法を使うわけにもいかず、固まった。


 俺は俺で、魔法を撃たれると対抗手段がないため、ナイフを突きつけられた人質よろしく、固まった。


 双方固まったまま、とりあえず頭を冷やす。


「不毛ね、この争い」

「そうだな。冷静になろう」


 俺たちは互いに状況を思い出し、矛を収めた。

 そして視線を砦の方向へ。


 すると、砦のほうからレグルス兵の部隊が歩いてきた。

 哨戒任務というところか。


 まぁ、当たり前か。

 ここはさきほどまで戦場。

 しかも敵の砦だった場所だ。


 しかし、拙いな。

 俺たちが隠れている茂みはそこまで万能じゃない。


 つまり、近づかれるとすぐにバレる。


 俺とアリシアは顔を見合わせる。


「どうするの?」

「どうするかなぁ。見つかったら、間違いなく投獄だろうし」


 敵の砦の近くで、怪しさしかない二人組。

 俺なら間違いなく逃がしはしない。


 たとえ、同盟国の貴族だと名乗られても、一時的に拘束はする。


 アリシアも同じ考えのようで、苦い表情を浮かべている。


 そうこうしている内に、レグルス兵の一人が俺たちを見つけて、近づいてきた。


「女の子・……だけじゃないか。君たち、こんなところで何してるのかな?」


 茂みに隠れる俺とアリシアを覗き込むようにして、若いレグルス兵が訊ねてきた。

 親しみのある笑みを浮かべているが、手は腰の剣にかかっており、周りの兵士も臨戦態勢だ。


 下手なこと言えば、殺されてもおかしくはない。

 どれだけ統制のとれた軍でも、戦闘後に兵士が殺気立つのだけは避けられるのだから。


 何をしているのか?

 村の人間を装っても、怪しさはぬぐえない。


 敵国の軍隊を見たがる奴がどこにいる。

 俺なら絶対に村から出ない。


 旅人と言っても恰好が軽装すぎる。

 それにどこに行く気かと尋ねられたら終わる。

 ここらへんの地図は頭には入ってない。


 正直に答えたら、もっと怪しい。


 アルシオンの貴族ですが、トラブルに巻き込まれてマグドリアにいます。


 こんな話、誰が信じるというのか。

 笑い話にもならないだろう。

 

 横を見れば、アリシアも上手い返しが思いつかないのか、視線を上下左右に泳がせていた。


 あー、もう無理だ。


 答えに困っているだけで怪しい。


「もう一度、聞くけど、ここで何をしていたのかな? 見たところ旅人には見えないし、この辺の村の人でもないよね? とはいっても、マグドリア軍の兵士にも見えないし。君たちは……何者なのかな?」

「それは……」

「答えによっては拘束しなくちゃいけないから、正直に答えてくれるかな?」

「……」


 正直に答えても信じてはもらえない。

 それは間違いない。


 確信できる。

 では、どうする。


 話を作るしかない。

 嘘の中に本当を混ぜれば信憑性も増す。


「実は……ここに居られるお嬢様は、アルシオンの大貴族、ブライトフェルン侯爵の跡取り娘、アリシア・ブライトフェルン様なのです!」

「ちょっ!?」

「ブライトフェルン侯爵!? アルシオンの重鎮じゃないか!」

「はい、実はお嬢様は戦の見学がしたいということで、ここにお忍びで来たのです。ですが、不慣れな地ゆえ、供回りの多くとはぐれてしまい、今に至るわけです」


 これなら二人だけの理由も説明がつくはずだ。

 完全に信じるまでいかなくても、本当かもしれないと思ってくれればこっちのもの。


 確認のために指揮官クラスが出てくれば、俺たちに逆転の可能性が。


「で? 言いたいことはそれだけかな? ここはマグドリアの海沿いだよ? アルシオンとは正反対だ。お忍びで来るには無理があるんじゃないかな? レグルスかマグドリアを突っ切る必要があるからね」

「……はい?」

「馬鹿ユウヤ……」


 やらかしたー!


 マグドリアはマグドリアでも海沿いだったとは!?

 確かにアルシオンの貴族がお忍びだなんて無理がある。


 いや、というか無理だ。


 なんてこった!

 そんな遠くまで転移させられていたなんて!


「じゃあ、申し訳ないけど一緒に来てもらえるかな。あ、手は拘束させてもらうね」


 そう言ってレグルスの騎士はてきぱきと俺とアリシアを拘束したのだった。

 







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