第四話 飛んだ先は?
「っ!?」
目が覚めたら、森林の中。
腕の中ではまだアリシアが気を失っている。
先ほどまで遺跡の中だったのに、外に出ている。
そして先ほどの奇妙な感覚。
「転移か……!」
転移トラップ。
もしくは転移魔法の実験室。
どちらにしろ、とんでもないものを引き当てた。
引き当ててしまった。
魔法で神威を再現するのは、これまでも行われてきた。
いやな話だが、セラもその実験の被験者だ。
一つの魔法を極限まで強化すれば、神威に近づけるのではないか、なんて馬鹿げた発想の下、探知魔法のみを限界まで強化させられている。
セラの場合は人だが、装置を使って神威に近い魔法を発動させるとは。
さすがは魔法遺跡というべきか。
ここがどこだかわからないが、場所によってはあの遺跡は国と国とのパワーバランスを崩しかねない。
しかも日が沈んでいる。
先ほどまでは朝だったのに、もう夕方のようだ。
転移に時間が掛かるのはシルヴィアも同様だったし、下手すれば俺たちは数時間ではなく、数日間を飛び越えた可能性すらある。
「いや、そんなことは後でいいか」
今、大事なのは状況確認。
遺跡の影響なんて二の次だ。
ブライトフェルンやクロスフォードの領地にある森林なら見覚えがあるはずだが、ここは見覚えがない。
少なくとも、俺の知っている場所ではない。
下を見れば、遺跡にあったのと同じ台座がある。
周囲には遺跡の残骸っぽいのもあるし、似たような遺跡の跡地といったところか。
「やっぱりトラップってよりは魔法が偶然、発動しただけか」
それなら危険は少なくなる。
外敵を排除するためのトラップなら、ここには危険が一杯のはずだからだ。
ただの転移魔法の発動ならそこまで危険はないはず。
そう考えたとき、俺は近づいてくる音に気付く。
聞き慣れた音だ。
軍靴が大地を踏みしめると音と、鎧と鎧がぶつかり合う音だ。
「ちっ!」
舌打ちをしながら、俺は未だに起きないアリシアを抱えて、ゆっくりと木の陰に隠れる。
まさか他国に飛ばされたということはないだろうが、兵士には荒くれ者が多い。
アリシアも俺も今は身分を証明できる物を持っていない。
事情を説明しても、助けてくれるとは限らない。
特に俺は急激に名を挙げている貴族だ。
多くの貴族が排除したいと思っている。
加えてアリシアはブライトフェルンの跡取り娘。
ここで事故を装って亡き者にすることができれば、ブライトフェルンは跡取りを失う。
女性である分、殺される以外の選択肢も十分あり得る。
「厄介なことになったな……」
呟きながら、歩いてくる者たちを窺う。
できれば良心的な貴族の兵士であってくれ。
そう思いながら見た彼らの胸には、とある紋章が描かれていた。
統一された紋章が描かれている鎧を身に着けているということは、領主である貴族ではなく、国に仕える騎士ということだ。
問題なのはそこではない。
描かれていた紋章だ。
描かれていたのは、黒い狼。
各国ともに国旗、軍旗には象徴となる獣を使っている。
その中で狼を使っているのは。
「マグドリア……!?」
なんてこった!
想定以上に最悪だ。
最悪の中の最悪といってもいい。
ここがマグドリアなら俺とアリシアは見つかったら、殺されるだけじゃすまないぞ。
「おい、本当に光ったのか?」
「ああ、本当だ。確かに光ったんだ。絶対、何かがあると思うんだけどなぁ」
「見間違いじゃないのか? そろそろ戻らないと隊長にどやされるぞ」
マグドリアの騎士たちはそう言いながら、周囲を調べ始める。
まずい。
詳しく調べられた足跡を見つけられる。
アリシアを担いでいた分、俺の足音は間違いなく残っている。
しかも今の俺は手ぶらだ。
あの時、とっさにブルースピネルを投げたから、武器を持っていない。
アリシアが起きれば、魔法でどうにかできるが、あの転移からそうそうに復帰できるとは思えない。
まずい。
本格的にまずい。
強化を使って、なんとか二人を撃退できるか?
兵士ならまだしも騎士だぞ。
無手でどうにかなるだろうか。
剣を奪えれば問題ないが。
いや、剣を奪っている間に仲間を呼ばれかねない。
二人だけのわけがない。
こんなところにいるということは、哨戒か何かなんだろう。
そこまで考えたとき、騎士が何かに気付いた。
「おい……」
「なんだ?」
「気付かないのか?」
「だからなんだよ?」
一人が驚愕の表情を見せながら、俺とアリシアが隠れている方向を見つめている。
いや、正確にはその上を見つめている。
「あ、あれは……煙!?」
「おいおい……あっちは俺たちの砦の方向だぞ!」
「まさかレグルスの連中が攻めてきたのか!?」
「冗談だろ!? 国境付近の砦で食い止めてるんじゃ!」
「とにかく急ごう! 国境の砦が突破されたなら、あの女が攻めてきたんだ!」
「暴風……レイナ・オースティン!!」
聞き覚えのある名前を聞いたことで、俺は二つのことを確信した。
一つはここが戦場、しかも最前線に限りなく近いということ。
そしてもう一つは。
また使徒に関わらなければいけないという、絶望的な事実だった。
しかし、使徒と関わることを嫌っている場合ではない。
なにせ、ここは間違いなくマグドリア国内。
そこからアルシオンに独力で戻るのは無理がある。
武器もなく、金もない。
ならば伝手を使うしかない。
幸い、レイナとは面識がある。
彼女なら俺の身分を保証してくれるはずだ。
そうなればアルシオンに帰る方法でいくらでもある。
今はアリシアもいるんだ。
手段を選んでいる場合じゃない。
俺はチラリと騎士たちを見る。
騎士たちは慌てた様子でここから離れていく。
身近な危機は去ったが、安心はできない。
さて、どうするか。
煙が出ているということは、砦が攻められているということだろう。
攻城戦中にいきなり現れて、レイナに会わせろと言っても会わせてはくれないだろうな。
そうなるとタイミングが大切だ。
まずは敵ではないことを示さないと。
しかし、どうするべきか。
「うーん……」
俺が頭を悩ませていると、アリシアが微かに目を開けた。
だが、視線が安定しない。
仕方ないか。
あんな転移を経験したら、誰だってそうなる。
静かな場所でまだ寝せていたいが、残念ながらそうもいかない。
「おはよう。お寝坊さん。記憶ははっきりしてるか?」
「おはよう……微妙……どうして外にいるの?」
「俺も完全に理解したわけじゃないんだが、どうやらマグドリアに飛ばされたらしい」
それを聞いたアリシアは、何度か頭を振ったり、叩いたりしている。
「ごめんなさい。聞き間違いしたみたい。もう一回言ってくれる?」
「何度でも言ってやる。マグドリアに飛ばされたみたいだ。ここはレグルスとの国境近くってところかな」
「……まだ寝ぼけてるのね。私、もう一度寝るわ。次に起こすときは屋敷でお願い」
「おい、現実逃避をするな。寝たらここに放置するからな」
「……ユウヤ。私、思うんだけど。最近、女性の扱いが適当じゃないかしら?」
「その女性にひどい目に遭わされてるからじゃないか。いいから移動するぞ。できればレグルス軍に接触したい。最悪捕まっても、マグドリアよりはマシだろし、上手くすればオースティン公爵に会えるかもしれない」
使徒の軍なら軍紀もしっかりしているだろうし、もしかしたら客人として扱ってくれるかもしれない。
「ユウヤ。今、あなたが考えてることを当ててあげましょうか? もしかしたら、客人として扱ってくれるかも、って思ってるでしょ? ここが前線なら絶対にありえないわ。マグドリアの間者として投獄されるのがオチよ。賭けてもいいわ」
「お前なぁ……少しは楽観視できないのか?」
「無理よ。現実的に考えて、この状況でアルシオンの貴族を名乗っても信じてもらえないわ。たとえ、あなたが使徒と面識があっても、会えないんじゃどうしようもないわ」
そう言いながら、アリシアは自信満々な表情を浮かべていた。
どうやら作戦があるらしい。
なんだかんだ言って、頭の回る奴だし、ここは任せてみるか。
最悪、暴れて引っ張る出すか。
そんな物騒なことを考えつつ、俺とアリシアは燃えている砦へと向かった。