第三話 予期せぬ事態
報告を聞いて、俺とアリシアは十五人ほどを連れて、左側のルートに向かった。
俺が通っていた中央のルートはうんざりするほどの糸があったというのに、こっちのルートはほとんどない。
「こっちが正解だったみたいね」
いくぶんか弾んだ声でアリシアが告げる。
しかし、油断は禁物だ。
そもそも、この遺跡が何のための施設だったのかはまだ解明されていない。
内部に安全に行けるルートがあるとは限らない。
つまり、この道だって大きな罠ということもあり得るわけだ。
「気をつけろよ。安全だと思わせておいて、ってこともありえるぞ」
「わかってるわよ。けど、安全な道という可能性だってあるわ。砦でも城でも内部へ入る安全な道はあるものよ。そうじゃないと、持ち主が入るときに困るもの」
そのとおりだ。
だから、この道が正しい。
そう俺だって思いたい。
思いたいが、この施設は魔法が最盛期だった頃に作られた摩訶不思議な建物だ。
そもそも、俺が強化を使って苦戦するようなガーディアンが配置されているだけでおかしい。
あんな物は聞いたことがない。
罠があるということは、侵入されたくないということだ。
あれだけのガーディアンを使ってまで、侵入者を防ぐのはなぜか?
簡単だ。
奥に何かがあるからだ。
絶対に見られたくないものか、絶対に奪われたくないものか。
なんにせよ、ヤバい物である可能性は高い。
そしてアリシアはそれを理解した上で、この遺跡の探索を決行している。
我が親戚ながら困ったものだ。
だが、気持ちはわからんでもない。
魔法が最盛期の時代の魔道具は高く売れる。
今では作り出せない物だからだ。
「危ない物じゃなきゃいんだけどなぁ」
誰にも聞こえないように小さくつぶやく。
魔族相手に作られた武器とかだったら最悪だ。
未だに反魔族の意識は根強い。
魔族に効果的な武器なんて出てきたら、遺跡を国規模で探すところだって出てくるかもしれない。
そうなれば魔族との友好なんて夢のまた夢だ。
「ここね」
アリシアが一つの扉の前で止まった。
そこは通路の行き止まり。
何の変哲もない扉だ。
しかし、何が仕掛けてあるかわからない。
「今日は確認だけで終わろう。詳しい調査は明日にしよう」
「長引けば長引くほどユウヤの挙式に近づくわよ?」
この女……。
人の弱みに付け込みやがって。
くそっ。
仕方ない。
俺はため息を吐きながら、ブルースピネルを抜き放つ。
それに合わせて、周りも武器を構える。
この遺跡の性質は既に把握してある。
すべてのトラップはガーディアンを呼び起こすスイッチだ。
扉を開けたら、大量のガーディアンが出現するなんて可能性もあり得る。
「いい? 行くわよ」
アリシアが慎重にドアノブに手をかける。
普通ならここで何かが起きてもおかしくないが、変化は見られない。
ドアノブがゆっくりと回り、アリシアがそっと扉を開く。
中は暗く、何も見えない。
五秒。
十秒。
いくら待ってもガーディアンは現れない。
「中に入りましょう」
「まぁそれしか手はないか」
調査を進めるには、足を進めるしかない。
仕方ない。
少々、危険だが、いざとなれば全力の強化で切り抜けるだけだ。
そう決意して、俺はアリシアを後ろに下がらせて先頭を切って、部屋の中に入る。
部屋の中は暗く、視界が慣れるまでに時間が掛かった。
しばらく見渡していると、中央に何かがあることに気付く。
目を凝らすと、それが円形の台座のような物だということはわかった。
「なにかしら?」
「下がってろ。危ないぞ?」
「平気よ。この部屋は特別みたいだもの」
ガーディアンは出ないという意味なのだろうけど、それは平気ということにはつながらない。
なにせここは何でもありの魔法遺跡。
どんなトラップが出てくるか、完全には予測できない。
傾向としてガーディアンが多く出てくるが、それだけとは限らない。
特にこういう特殊な部屋ともなれば、違うトラップが仕掛けられていたとしても。
そう考えたとき、突如として部屋に明かりがともった。
まるで照明でもつけたかのような明るさだ。
暗闇からいきなり明るくなったため、目をやられる。
なんとか目が慣れたとき、俺の視界には無数の文字が飛び込んできた。
「これは……?」
「魔法言語ね。大規模な魔法の術式に使われている言葉よ。壁だけじゃなくて、床や天井にまでびっしり。どんな大魔法を使う気だったのかしら?」
「ここは魔法の実験室だったってことか?」
「どうかしらね。実験室にしては小さすぎる気も……!?」
最初に異変に気付いたのは、魔法にもっとも詳しいアリシアだった。
その目は部屋の中央にある台座に集中しており、やがてゆっくりと俺に視線を向けてきた。
「ど、どうした……?」
「ユウヤ……質問なんだけど……魔力を発する物を持ってたりする?」
「魔道具か? 持ってないけど……」
いや、持ってる。
手に握っている。
俺は頬を引きつらせながら、自分の右手にある青い魔剣に視線を向ける。
その視線を追ったアリシアは、自分の顔を両手で覆った。
「最悪だわ! あなたの魔剣に反応して、台座が起動してる! この部屋全体に施された術式にスイッチが入ったのよ!」
「マジか!?」
言うが早いか、俺はブルースピネルを勢いよく部屋の外へ滑らせるように投げる。
エルトから譲り受けた大切な魔剣だが、刃こぼれしない魔剣だし、放り投げるくらいなら問題はないはずだ。
「そんなことしても無駄よ! もうスイッチが入ってるんだから! 全員、部屋から出て!!」
アリシアの言葉を受けて、部屋の中にいた十五名が一気に部屋の外へ走る。
その後を追って、俺とアリシアも出口に向かうが、部屋の奥にいた分、外に出るのが遅れた。
そして、その遅れが致命的だった。
部屋全体が光を発し、俺とアリシアを飲み込む。
咄嗟にアリシアに手を伸ばし、抱えた俺は、奇妙な感覚を味わった。
乗り物酔いの上位互換といったところか。
これと似たような感覚を俺は知っている。
シルヴィアの神威で移動したときと似ている。
それがいつまでも続く。
アリシアは早々に参ってしまったのか、さきほどから反応がない。
俺も意識を保つのが難しくなり、やがては気を失ってしまう。
そして。
俺とアリシアは気が付くと森林の中にいた。