第二話 古代魔法遺跡
古代遺跡。
それは今は失われた魔法の技術で作られた遺跡だ。
魔法の最盛期は今より五百年ほど前だという。
その頃、魔法は全盛を迎え、多くの魔法王国が誕生した。
しかし、それから二百年ほどして、魔族との戦いが起きると魔法は衰退を始めた。
優秀な魔導師たちが戦場で死んでいったのだ。
貴重な魔導師が死に、彼らの研究を引き継ぐ者もいない。
だから衰退した。
しかし、遺産は残っている。
それが古代遺跡であり、古代遺跡にある魔道具の数々だ。
「ったく……これもみんな魔族用のトラップなんだろうなぁ」
呟きながら、俺は慎重に遺跡の中を進む。
魔族との戦いには幾人もの使徒が投入されて、それこそ地形が変わるほどの戦いが行われたという。
そのため、数百年前の遺跡が地中から発見されることは珍しくはない。
だが、その中には当然、侵入者を阻むトラップが張り巡らされている。
そんな中を俺はいつもの青いマントではなく、地味な灰色のマント姿で進んでいた。
「おっと……」
床に張られた糸を見つけて、その場で停止する。
この遺跡には無数のトラップが仕掛けられているが、槍が出たり、矢が放たれたりするトラップはほとんどない。
あるのは遺跡を守るガーディアンと呼ばれる魔導人形を起動させるトラップばかりだ。
しかし、このガーディアンが厄介なことこの上ない。
硬いし、デカい。
しかも一度に二体も三体も出てくる。
糸に引っかかったら最後、小さなフロアで袋叩きにされかねない。
まぁ、一度引っかかったときは、数十人がかりで機能停止まで追い込んだが。
アリシアがその残骸を喜んで引き取ったときは、何とも言えない気持ちになった。
「まいったなぁ……」
俺はランプを掲げて呟く。
この遺跡はいくつものルートに分かれた迷路のような構図になっている。
ブライトフェルン家の兵士たちや、雇われた探索隊と共に、いくつかのルートを手分けして進んでいるのだが、俺のルートはここまでのようだ。
理由は敷き詰められた糸の数だ。
とても跨いで行ける量じゃない。
壁でも走らなきゃ無理だ。
他のルートがないなら、強化で無理して突破する手もあるが、安全な道があるならそっちを選びたい。
「今日はここまでか」
呟き、俺は荷物を担ぎなおして、来た道を戻る。
できれば安全な道を他の奴らが見つけていてくれるといいが、望みは薄いだろう。
なにせ、俺がここについてからすでに一週間が経っている。
それなのに安全なルートは見つかっていない。
これは本格的に安全なルートはないことを考慮したほうがいいかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は慎重な足取りで足を進めた。
●●●
遺跡から出ると、冷たいが澄み切った空気が肺に入ってくる。
時刻は朝の七時くらいか。
時間にして、およそ二時間くらいは潜ってたかな。
遺跡がある場所はブライトフェルン侯爵領にある村、ミールだ。
百人程度の村だが、今は侯爵家からその倍以上の人間が訪れている。
遺跡は土砂崩れが起きた際に入り口だけが露出しており、あとは全部山の中。
ほかに入り口がないか、探っているが、構造的に入り口は一つだろう。
入り口から少し離れたところにある大きな天幕に戻ると、中には大勢の人がいた。
彼らはブライトフェルンに雇われた探索隊のメンバーや遺跡調査のためにきた研究者だ。
その中央。
いろいろと指示だしで忙しくしているアリシアを見つけて、報告に向かう。
「アリシア」
「やめて。嬉しい報告以外は聞きたくないわ」
あーあー、と声を上げながら耳を塞ぐアリシアを見て、俺はため息を吐いた。
どうやらだいぶ参っているらしい。
けれど、それもこれも自分のせいだ。
この探索はアリシアが主導している。
当然、報告はアリシアに集中するし、指示を仰ぎに来る者たちもアリシアに集中する。
持ち前の優秀さでなんとかこなしているが、心労は相当なのだろう。
とはいえ、優しくしてやる気はないが。
「中央のルートは駄目だった。残るは左側のルートだけだな」
アリシアの目の前に広げられている地図に視線を落とす。
それは遺跡内の地図だ。
もちろん、書きかけだが。
遺跡内はいくつものルートに分かれており、トラップが張り巡らされている。
正解の道には難解なトラップがなく、それを手分けして探っているというわけだ。
中央に残っていた最後のルートには突破が難しい道があった。つまり外れだ。
これで左側に残っている最後のルートも駄目なら、トラップはほぼすべてのルートにあるということになる。
もちろん、隠し通路の可能性もあるが、それを探すということは振り出しに戻るということだ。
そしてそれは、この一週間の探索が無意味になるということでもある。
この探索はブライトフェルンが主導している。
当然、お金もブライトフェルンが出している。
あんまり時間をかけると、お金を稼ぐどころではなくなるというわけだ。
「こんなはずじゃなかったのに……」
「世の中そんなもんさ。まぁガーディアンの残骸でもそれなりに収穫じゃないか?」
トラップで現れるガーディアンは対魔族用の強力な魔導兵器だ。
これに使われている素材は今では中々手に入らない貴重な物だ。残骸とはいえ、売り飛ばせばそれなりの値段になる。
プラスとは言わなくても、マイナスにはならないはずだ。
けれど。
「嫌よ。そんなことしたら負けたようなものじゃない」
「お前は一体、何と戦ってるんだ?」
「フェルト・オーウェルに決まってるでしょ! あの女、財政の厳しい家に融資を持ち掛けたのよ!? 屈辱以外の何物でもないわ!」
意外な話だ。
新興貴族であるオーウェル侯爵家は、成り上がり者としてあまり良く思われてはいない。
特にブライトフェルンのような歴史のある家からは。
ゆえに二つの家はライバル心むき出しで、これまで張り合ってきた。ことあるごとに。
それはフェルトとアリシアも例外ではない。
しかし、マグドリアの侵攻を受けて、二つの家は協調路線を歩み始めた。
一致団結せねば国の存亡にかかわる時代だと認識したからだ。
とはいえ、融資とは驚いた。
兵力を維持するにはお金が必要。
それは当たり前のことで、当然、お金が減れば維持できる兵力も減っていく。
協調路線を歩むと決めた以上、ブライトフェルンに衰えられると困ると思ったのだろうか?
「好意には甘えたほうがいいと思うけどな。悪い話でもないだろ?」
「へぇ~、じゃあユウヤはブライトフェルンのためにお婿さんに行ってくれるのね?」
……。
は?
一体、どうしてそんな話に!?
「何言ってるんだ……?」
「向こうの条件はあなたとの婚姻よ。正確には見合いのセッティングを依頼してきたのだけど」
「おいおい!? ふざけるなよ! ブライトフェルンへの融資で、どうして俺が婚姻しなくちゃいけないんだ!?」
「クロスフォード伯爵家がブライトフェルンの縁戚だからよ。最近の活躍で伯爵になったとはいえ、まだまだ家の力は弱小貴族。領内の維持にも四苦八苦する家じゃ、ブライトフェルンからのお見合いの話は断れないし、見合いの席につけば、もっと断れないわ。二つの侯爵家の面子を潰すことになるもの」
「俺って一応、英雄扱いされてると思うんだが?」
「知らなかったの? 英雄というのはいつも政治に巻き込まれるのよ?」
残酷な真実をアリシアが俺に突きつけてくる。
おのれ、オーウェル家め。間接的に俺の人生設計を邪魔しに来るとは。
恐ろしい家だ。というか、それを企画したであろうフェルトが恐ろしい。
「わかった? この遺跡の探索はあなたの為でもあるのよ? 成果が出ないなら、残念だけれどユウヤにはオーウェル侯爵家に行ってもらうしか」
「そんな未来があってたまるか!」
抗議の声を上げる。
当然の権利だ。
この年で結婚?
しかも好きでもない相手と?
ありえない。しかも俺はクロスフォード家の跡取りだ。
家を守る責務がある。
「じゃあ精一杯がんばりなさい」
ニコニコと笑いながらアリシアが言う。
その笑顔が妙に腹立つが、今はアリシアと喧嘩をしている場合ではない。
一刻も早く安全なルートを見つけねば。
そう思ったとき。
天からの奇跡が俺に舞い降りた。
「お嬢様! 安全なルートを見つけました!!」
意気揚々と入ってきたブライトフェルンの兵士を見て、俺は思わずグッジョブと叫んだのだった。