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 桜が咲いていた。


「お、なかなかいい感じになってきたぞ。こりゃあもしかして才能あるんじゃねえのか?」


 薄い桃色の花びらが舞い散る公園。季節の変わり目、その一瞬に見られる光景を、矢沢はキャンバスの中に閉じ込めようと躍起になっていた。


 技巧も手技も何もなく、思ったままに乗せられた絵の具。色とりどりの色彩が踊る白い紙を見下ろし、矢沢は悦に言ったように笑った。


 桃色の背景に水色が欲しい。そう思った彼は、パレットの上に青と白の絵の具を広げる。水を含ませた筆で乱雑に混ぜて、桃色の横に置いてみた。同時に、彼の眉間に皺がよる。


「こりゃあ、ダメだ」


 桃色に水色がかかってしまって、紙の上で二色が滲んでしまった。慌ててガーゼで拭き取ると、そこだけ絵の具が剥がれて穴あきになってしまう。


 ついでに、全体を見れば遠近感も何かおかしい。矢沢は自分の絵心に苦笑していた。その時、ふいに視線を感じて振り向く。そこに立っていたのは、睦月啓介だった。


「おう、元気か?」


 唖然とした顔で自分を見つめていた啓介は、矢沢に声をかけられてようやく口を開く。


「おっさん……。何やってんの?」


 髪は相変わらず金色だったが、纏う雰囲気はどこか大人びて見える。最後に会った時は、いろいろと傷心した様子だったが、明るい日差しの下で歩いているその姿には、暗い影が付きまとっているようには見えなかった。


「何って、写生だよ、写生。退職したらヒマでな。趣味に高じることにしたんだ。なかなか上手いだろう」


 胸を張って下手くそな絵を見せ付けると、啓介は無言で視線を落とした。


「今週末には高尾山のハイキングに誘われてんだ。盆栽もいいぞと勧められててな。ああ、そう言えば、何とか言う作家の新作はなかなかいい。機会があったら読んでみろ」


 言いながら、矢沢は再びキャンバスに向き直る。茶色一色の地面に、緑色の絵の具で草を生やしてみた。微妙な出来だった。


「あんたが今、元気なのは……」


 言いかけて、彼は口をつぐむ。矢沢はただ笑い声をあげた。


「残り少ない人生、ベッドの中で過ごしてたまるかってんだ。しっかり遊ばせてもらうぜ。それより啓介、お前、大学はどうだ」


 問いかけると、彼は苦い顔をした。


「落ちた」


 短い返答を聞き、矢沢は爆笑する。まともに高校に行かなかった彼が、医学部にストレートで入れるほど世の中は甘くなかったらしい。


「今、予備校の帰り」


 人の不幸を笑い飛ばした矢沢に少々不快そうな顔を見せながらも、啓介はテキストが詰まったカバンを見せてきた。笑いを収めた矢沢は、頷いてみせる。


「いいんじゃねえか。生きている限り、次があるからよ」

ここまで読んでくださった方に、心より御礼申し上げます。


・ブードゥーホスピタル(第60回 江戸川乱歩賞二次通過)

・ナイトメア・パーティー(第9回 小説現代長編新人賞 一次通過) 

・こぶじゃくし

・水槽の中の潔癖症


その他も、どうぞよろしくお願いします。

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