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ヒトの形をした死肉の中で、彼らはひたむきに生きていた。
産み落とされた卵のその柔らかな殻を破ってこの世に生まれでたその瞬間から、彼らはその貪食なまでの本能のままに、目の前の肉に食らい付いていた。食い、ひたすら食い荒らしているうちに、彼らが群がる血肉はやがて温度を失くしていった。
乾いていく皮膚に鉤状の顎を突き立てれば、すぐに黄色く濁った脂肪の層が見え始める。あらゆる生命活動を止めた肉塊は、彼らがどれほど顎を食い込ませても、出血する気配は無い。代わりに、破れた皮膚の内側から、ドロドロに溶けた脂肪がラードのように流れ出して、ゆっくりとシミを広げていった。歓喜したように、彼らは柔らかな内臓を求めて腐肉の奥へ奥へと身を進めていった。
餌の周辺は、彼らの兄弟姉妹で溢れかえっている。無我夢中に食事するあまり、勢いあまって兄弟の体に顎を突き立ててしまう。餌と間違えられた兄弟は、苦痛のあまり身をよじらせる。そこへ、別の兄弟が顎を振りかざした。気が付けば、先ほどまで共に饗宴に参加していたはずの同胞は、別の兄弟の胃袋に納まっている。
同胞を餌食にした背徳の感情など、底の見えない食欲のみで動いている彼らが持ち合わせていようはずもない。つい先ほど食らったもののことさえ忘れた彼らは、腕も足もないその体をよじらせて、一心に肉を溶かす酵素を分泌し続けた。
皮膚の内側にある内臓は、すでに原型を留めないほどに融解していた。胃やすい臓など、消化酵素をもともと多く含んでいる部位では、内臓に穴さえ穿たれている。自家融解と腐敗にともなう凄まじい悪臭に引かれて、彼らの同胞たちが次々に羽音を轟かせながら現れた。
新たに現れた捕食者が戸惑うように肉の周囲を旋回する。彼らは気に留めることなく、泡状になった肉の内側にその身を埋めていった。重力に引かれたその先には、どす黒い血液がプールのように溜まっている。すでに同胞たちは、血の池に身を浸し感極まったように腐った血を飲み下していた。
かつてこの肉の塊がひとつの生命体として活動していたころ、その腸内に留まっていたバクテリアは、死に伴い暴走を始め、やがて自らの体を分解し始める。同時に発生する腐敗ガスにより、死肉はゆっくりと時間をかけて、二倍近い大きさに膨らんでいく。
胸腔の容積は二リットルを超えることはない。ガスの圧力に耐え切れずに、鼻や口から勢いよく内容物が体外へと飛び出した。筋弛緩によって、直腸付近に滞留していた汚物はすでに体外へと排出されている。
ガスの圧力は、溶けた肉だけでなく、腹の奥深くにあった汚物をも押し出していく。あらゆる人体の穴から飛び出た液体と、そして僅かな固形は、万物が目を背けてしまうほど醜悪で、おぞましい。
しかし、彼らにとっては、最高のフレグランスであり、ディナーだ。彼らの同胞が、感極まったように死肉が嘔吐し、排泄した汚物へと群がっていく。噎せ返るような凄まじい悪臭を放つ汚物の中から気門を出し、自ら溶かした腐肉や排泄物を次から次へと飲み下していく。
黄色いテープの向こうは、まさしくハエの幼虫の世界だった。