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聖域少女  作者: もこポイ
Phase1
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Phase1-4《My Preciousness》

「センパァイ?」


「なんだ、緋華」


 そこは本来ならば、魔導軍のトレーニング施設が建っていた場所であった。しかし今は瓦礫の一つすら無く、支部の一画がのっぺらぼうな荒野と化していた。


「わざわざ建物吹っ飛ばしたりして、どうしたんですかぁ?」


 そんな地に、桜路と緋華は立っていた。そしてその後ろには、二人に連れ出されたキティも。キャンセラーなどの拘束具は何も身につけておらず、怪我も無い。


「舞台を作ってやったんだよ。奴を壊すのに相応しい舞台をな」


「……センパァイ、何をそんなにこだわってるんですかぁ」


 二人とも、催眠にはかかっていた。しかし、桜路だけは少し違っていたのだ。


「オレ達は命令に従って、奴と、奴の大切なものを全部壊すんだよ。こだわりなんざ無ぇ」


 桜路は明らかに他の催眠された隊員と異なっていた。純粋に焔を狙うのではなく、特別な感情が入り混じり、特殊な行動に結び付いている。それを緋華も感じていた。催眠の命令を実行する時以外の思考は普段と変わらないため、桜路の様子がおかしいことが緋華も少しだけ不安だった。


「さて、そろそろ呼んでやるか。なぁ、聖域サンよ」


 いつ殺されても不思議ではない状況にあって、キティはやはり微塵の恐れも抱いていなかった。逃げようともせず、ただじっと、その澄み渡る碧い瞳で桜路を見つめている。


「奴を信じてるって目だな。大切に思っていても、どうしようもないことがある。奴の目の前でお前サンを壊し、それを理解させてやる」


 言い放ち、桜路は手に魔源を導いた。そしてそれを、花火のように上空へ打ち上げた。


「さあ来い、ヴォルテックス!」




 にわかに空高く昇った黒い稲妻は、焔たちの目にしっかり映っていた。その魔導は、魔導軍の隊員でない焔も見たことがある。


「黒い雷……、金条桜路、あいつの魔導だ。俺はあれにやられた」


 自然と拳が固まる。焔を誘っていると察するに容易であった。あの黒雷の上がったところにキティはいる。


「キティは俺が、俺達が助ける」


 言って舞斬と目を合わせると、彼女も力強くうなずいた。


「紫村のオッサン、他のところを頼む」


「本当やったら魔導軍の問題は魔導軍の隊員がなんとかするとこなんやけど、僕は君が気に入ったわ。好きにするとええ。こっちは任せとけ」


「すまねぇ、ありがとな」


 焔と舞斬、そしてオルタナも一緒に、稲光の見えた方向に走り出そうとすると、


「私もご一緒します」


 ディミが穏やかな表情で横に並んだ。


「道中、他の隊員に襲撃される可能性が高いでしょう。その場合の相手は私が引き受けます」


「ありがとう、ディミさん!」


 改め、四人は紫村を残し、魔導軍の居住区を駆け抜けていくのだった。


 しばらく走ると居住区が終わり、事務所などが見えはじめた。第一部隊『灼天』の事務区画である。ここはただ通り過ぎるだけだったがその時、前方に一人の隊員が現れ、腰に備わった武器に手をかけた。


「……!? 皆さん、全速力で行って下さい!」


 ディミは隊長補佐である。誰が相手だろうとそうそう負けることはない。焔と舞斬は言われた通り、現れた隊員には目もくれず一気に走り抜けた。だがオルタナだけは、ディミと一緒に脚を止めた。


「おい、オルタナ!」


「先に行け、後で追いつく」


 焔は何か言おうと口を開いたが、微笑むオルタナを見、もはや後ろを振り返ることはしなかった。


「一緒に行かなくて良かったのですか?」


「声の調子で分かるさ。お前一人では勝てない相手だとな」


「……あなたは相変わらずです、オルタナ」


 短く会話を終え、二人は目の前の敵に視線を移す。その者は落ち着いたたたずまいで、黙して目を閉じていた。さらさらとした黒髪を首の辺りで結い、腰の武器は日本刀。比較的若く見える男だが、何者をも寄せつけがたい雰囲気を醸している。


「『凛天』の隊長補佐、ディミ=ヌ=エンデ。その横は、マサムネの魔導師か」


 ゆっくりと腰の日本刀を抜きながら、確認するように呟く男。


「本物の殺意……。貴殿まで操られてしまうとは、残念です。魔導軍最強の部隊『灼天』隊長、伊弉諾火群(ほむら)殿」


 その男、伊弉諾の鋭利な殺気だけで二人は息が詰まりそうになった。完全に抜き終えた刀の切っ先を二人に向け、伊弉諾は静謐な声を発する。


それがしはただ一つの使命を果たすのみ。御主おぬしらを斬るという使命をな」




 事務所の一つを曲がったところで、焔と舞斬は目を疑った。建物の群はもはや見る影も無く、海上の小都市という呼び名はとても使えない平野がそこから広がっていた。


「なんだこりゃ。桜路がやったのか?」


「自分の所属する組織をこんな……」


 視界を遮るものがなくなり、水平線がはっきりと見える。その空と海とが白く交わる線上に、ぽつりとたたずむ影。歩を進めるほどに、その姿が大きくなる。互いの顔が分かるまで近づく間、焔は桜路をにらみ続けた。


「やっと来たな、ヴォルテックス」


「キティはどこだ」


「ちゃんと分かってるじゃねぇか。後ろを見な」


 慎重に背後へ目をやると、いつの間にか緋華が立っていた。その横にはキティも。特に何かされた様子は無く、無事でいてくれたことにはひとまず安心する。


「キティを返してもらうぜ。ついでにテメェもぶっ倒してやる」


 その言葉を聞くと、桜路は呆れたふうに首を横に振った。


「言ったろ。そういう戯れ言は――」


 桜路は言い終える前に宙を舞った。最初は何が起こったのか理解できなかったが、頬にジンジンと痛みが押し寄せると、自分が殴り飛ばされたということに気付いた。着地して焔を見ると、彼は指の骨を鳴らし、燃える闘志を桜路にぶつけた。


「今のは初めて会った時のお返しだ。来いよ、金条桜路。戯れ言かどうか、教えてやらぁ!」


 気概良く吠える焔の後ろは舞斬がしっかりと守っていた。それを眺めながら、緋華はパチンと指を鳴らす。すると地面から植物の蔓が生えてきて、キティをからめとった。しかし、捕えた以外に何も傷つける様子は無い。


「センパイはヴォルテックスに用があるんですぅ。なので、あなたは私がお相手しますねぇ」


「……? あなたも焔、ヴォルテックスを殺すつもりなんじゃないの?」


 催眠の内容を知っている舞斬は、焔もキティも殺そうとはしない緋華に疑問を抱いたのだ。


「そうですよぉ。でも、大切なものを壊すことも命令ですからぁ。もしかして、何が大切なのか、分かってないんですかぁ?」


 クスクスと笑い声をもらす緋華。彼女が何を言いたいのか分からないまま、舞斬は刀を抜き、仕事モードに入る。


「私は咲空舞斬。戦う前に、名を聞かせてもらう」


「真面目さんですねぇ。私は第三部隊『轟天』隊員、あおぎり緋華ですぅ」


「隊長補佐ではないのか……。なんであれ、キティちゃんには手出し禁止だ」




「うっし、あらかた片付いたかなっ!」


 全身黒焦げの隊員が山のように倒れている中心で、百花が得意げにガッツポーズをする。


「金条先輩、死んでないッスよね、そいつら」


 若干声を震わせながら万里が尋ねる。見る者が違えば惨状かと思ってしまうだろう。


「だいじょぶだいじょぶっ! 見た目はアレだけど、ちゃんと生きてるってっ!」


「さすが『サンダーボルト』。やっぱ怖ぇってか……」


 そんな二人と一緒に残ったマサムネ幹部は、一仕事終えたふうに煙草を出して一服していた。


「ふぅ。……雲行きが怪しいな。こりゃあ一雨来そうだぜ」


 沖にかかるどす黒い雲をじっと見つめ、面倒くさそうに呟く。吐き出した煙は、空へ昇らず強まってきた潮風に運ばれ、暗雲と重なって消えていった。




 最初に始まった激闘、それはオルタナ、ディミの二人組対、最強の隊長、伊弉諾火群である。


「燃えよ、灼刀しゃくとう煉獄れんごく


 伊弉諾の持つ刀がめらめらと炎上し始める。同時にディミも魔導機械の剣を構え、オルタナもまた武器を取り出す。


 それは長さがボールペン程度の筒だったが、オルタナが魔源を流し込むと瞬時に伸びて身長を超える長さまでになった。さらに、片方の先端の側面から魔源が噴き出し、形状を変えていく。最終的にそれは、魔源の刃を備えた鎌となったのだ。


「ほう、みな、刃を扱うか。面白い」


 伊弉諾は燃え盛る刀を両手で持って掲げ、一気に振り下ろした。


一閃火いっせんか


 刹那、生きるための本能としか言いようの無い反応速度でオルタナとディミは動いていた。直後、魔導師として間違いなく高次元にいる二人でさえ言葉を失う。縦一直線の壮絶な大火炎の刃が地を走り、進行上に存在するあらゆる物体を両断したのだ。


「隊長とはやはり化け物だな。ただの魔導がこれか」


 熱による断絶は、焦げ跡すら残さず物を二分していた。こんなものを食らおうものなら、一撃であの世へ旅立てる。見事に真っ二つとなった事務所を横目に、オルタナは鎌を握る手に力を込める。


「一太刀目で倒れなかった者は久方ぶりだ。ますます面白い」


「『一撃必殺バーンアウト』の名の通りですね」


 ディミも一際気合いが入っているのか、より一層の力が声にこもっていた。剣を引き、堂々と正面から斬り込む構えである。


「それでは、参ります」


 剣を閃かせ、素早い連続斬りを放つディミ。対して伊弉諾はそれを難無く受け流し、さらにはディミが剣を振り下ろした直後の僅かな隙をついた斬撃を打ち込んだ。バックステップで下がるディミの脇腹を伊弉諾の煉獄が薄く斬り裂く。


 追撃が来る前に、オルタナの鎌が背後から伊弉諾に襲いかかる。魔源の刃が空を斬りながら振るわれると、伊弉諾は体を反転させつつ刀を振り上げ、鎌を弾き上げた。そこでオルタナは、


「『水=雷』合魔、水妖の金切り声(アクロクライア)


 鎌での攻撃を防がれると想定し、既に魔源を集中していた。電気エネルギーを宿した水流が伊弉諾の足元から噴出する。しかし、


大輪火たいりんか


 伊弉諾の掌からほとばしる壮絶な炎、それは大輪の花が開くように周囲へ爆散し、水流もろともオルタナを飲み込んで吹き飛ばした。もろに食らったかと思いきや、ギリギリのところでディミが飛び込んでマジア・マタルを振るっていたため、威力は若干落ちていた。しかしそれでも、大きなダメージを二人は負ってしまう。炎が治まると、二人は膝をついていた。


「まともに魔導でぶつかっても勝ち目はありません。伊弉諾隊長は『火=影』の使い手です」


「なるほど、どうりで威力が高いわけだ」


 『影』魔導は単体で使えば暗闇空間を生じたり重力操作を可能にする属性だが、合魔に用いると、もう一方の属性を強化するという働きを持つ。その原理はまだ解明されていない。もちろん、元々の『影』属性の効果も合魔できる。


 伊弉諾は常に『火=影』の合魔を用いて攻撃してくるようだった。彼の周りに数個の小さな火の球が出現し、ゆらゆらと宙に浮かぶ。


落葉火らくようか


 火球はオルタナとディミ目掛けて一斉に飛んだ。オルタナはその軌道をにらみ続け、紙一重でそれをかわす。ディミはマジア・マタルを振るい、火をかき消していく。が、一度避けた火球は孤を描いて戻ってきた。さらに伊弉諾は連続して落葉火を発動し、いつの間にか二人は大量の火の中に閉じ込められていた。そして次の瞬間、全ての火球が二人の足元に着弾し、凄まじい烈火を生み出し爆発した。


 しかし、二人はその中から脱出していた。オルタナのリーンフォース、『瀑』魔導で火炎の一部に穴を空け、からがら抜け出したのだ。そしてすかさずディミが伊弉諾の背後を取って剣をかざす。


「ぬるいな、若造」


 ディミの剣は届かない。それより速く伊弉諾の刀が彼女の腹に突き刺さったからだ。伊弉諾は完全に二人の動きを見切り、逆手に持ち替えた刀で背後に突き出したのだ。


「このまま煉獄の炎で焼き尽くそう」


「ディミ!」


 すぐにオルタナは助けに入った。伊弉諾に接近し、鎌を振るおうとすると、


「友の危機に際し、その目、曇ったか」


「オ、オルタナ! 近づいてはいけない!」


 遅かった。再び伊弉諾の手から解放される大輪の業火。急ぎ助けようと近づいたオルタナに避ける時間も防ぐ時間も無い。凄烈な炎が容赦無く彼を飲み込み、吹き飛ばす。


 炎が治まったそこには、焼き尽くされたオルタナが倒れ伏していた。わずかに指が動いている。まだかすかに息はあった。


「オ、オルタナ……」


「大輪火を二度受けてなお生きているとは、我が号も廃れたか。時代は移り行くものだな。だが……」


 掲げられた伊弉諾の手に三度生まれる灼熱が、オルタナに向けられる。


「御主らはまだ、その時代ではないようだ」


「させません!」


 急に叫んだディミに伊弉諾が気を取られた瞬間、彼女は刺さっていた刀を無理矢理引き抜き、距離を取った。そして、


魔牙真解アルマ・リベルタ!」


 途端、地面から可視の魔源が噴き出し、ディミの体に入り込んでいった。彼女の肉体が次第に形を変えていく。腕は手を失う代わりに巨大な羽根を生やし、脚には鋭い鉤爪を備える。身体自体もどんどん巨大化し、服を破いてもなお大きくなる。あらわになった全身にも柔らかな羽毛が生え、顔も変形し、遂に彼女は完全な巨鳥の姿となった。腹部の刺し傷は肉で塞がれ、出血も止まっている。


「アルマ・リベルタ……。これもまた、久方ぶりに見た。決死というわけか」


 人間と魔人の最も大きな違い、それがアルマ・リベルタである。魔人はその種族ごとの特有の力『魔牙アルマ』を持っており、それと魔源を繋ぐことによって体構造を大きく変化させられる。ディミはエンデ族のアルマと魔源を繋ぎ、ファミューガのような姿を得ることができる。ただし、この状態の魔人は本能的な行動しかできなくなる。


 また、強大な力を使えるようになる代わりに、人間界におけるアルマ・リベルタには大きなリスクも伴う。リーンフォース以上の多量の魔源を導き続けることになるため、あっという間に体力を奪われるのだ。


 ディミの翼が揺れた瞬間、伊弉諾は強烈な衝撃を受けた。目にも留まらぬ速さで飛んだ彼女の翼に打ち付けられたのだ。吹っ飛ぶ伊弉諾だが、空中で体勢を立て直して着地する。


 続けてディミが力いっぱい翼をはためかせると、轟々たる暴風が伊弉諾に向かって吹いた。『傷』魔導との合魔らしく、風の通る場所はずたずたに切り裂かれていく。


「一閃火」


 振り下ろされる刃から、縦一閃の炎が走る。一閃火は伊弉諾の力の中でも特に威力が高く、斬れないものはほとんど無い。だからこそ彼も驚いた。一閃火と風がぶつかると、なんと逆に炎が引き裂かれたのだから。


「何っ!?」


 そのまま烈風は伊弉諾を巻き込み、炸裂した。身を幾重にも裂かれ、そこでようやく彼は片方の膝をつき、僅かに息を荒げた。


「『風=傷』ではなく、『減=傷』か……。見てくれに騙されるとはな」


 『風』魔導に見えたのは、翼によって起こった本物の風だった。実際に放たれた魔導は『減=傷』の合魔。しかし、『減』魔導とは言え一閃火を打ち破るほどの魔導力は、アルマ・リベルタ無しには有り得ないだろう。


 伊弉諾はゆっくりと立ち上がり、刀を両手でしっかりと握った。すると、彼の周りに青白い靄のようなものが渦巻き始めた。そう、可視化した魔源である。


「力の差、見せつけてやらねばならんようだな」


 次の瞬間、全ての魔源が一気に凄まじい炎に変わり、それがさらに伊弉諾の刃に凝縮されていく。


「『炎』魔導、浄罪炎じょうざいえん


 ディミがけたたましく鳴き声を発し、突進に入るその前に、リーンフォースによる小さな火が振るわれた刀から地に向けて撃ち出される。赤々と燃える火は地面を走り、ディミの真下まで到達した。そして直後、矮小な火だったものは一瞬にして紅蓮の火柱となってディミを飲み込んだ。超絶たる大火炎は天を真っ赤に染め上げ、ディミの巨体ですら秒とかからず焼き尽くすほどの熱量を空の彼方へ送る。


 燃え尽きたディミは音を立てて墜落し、魔獣の目を閉じた。アルマ・リベルタの身体は魔獣の如く丈夫であり、彼女も辛うじて生きていた。しかし、アルマ・リベルタは彼女の体力を奪い続ける。このままでは放っておくだけで死に至るだろう。解除するには、別の魔人の力が必要である。


「オルタナとやらが倒れた時点で、アルマ・リベルタは最期の手段。もはや生きる道は無い」


「それはどうかな」


 伊弉諾は後ろから聞こえた声に振り返った。そこには、焼けたはずの体を回復させたオルタナが立っていた。


「魔導軍に来ることが決定した時点で、ディミとの共闘は推測していた。俺が倒れた時、ディミがアルマ・リベルタを使うだろうということもな」


「推測、か……。それもまた面白い。が、傷はどうした。『治』魔導を持っていたのか」


「ディミがアルマ・リベルタを使うなら、俺が解除しなければならない。その俺が倒れているわけにはいかない」


 と言いながらオルタナは燃えてボロボロになった服を剥ぎ取った。裸になった上半身、その胸の辺りにシールのようなものが張ってある。


「生命活動の低下を感知し、一度だけ自動的に『治』魔導を発動する魔導機械だ。推測だけでなく、それに応じた対応をしなければ何の意味も無いだろう」


 オルタナは喋りながら伊弉諾の横を通り過ぎ、ディミの前まで歩いた。そして手を彼女の額にかざし、


魔牙真封アルマ・ドルミタ


 オルタナが唱えた瞬間、ディミの全身から青白い魔源が泡のように立ち昇り、すぐに消えていった。魔獣の体もまた消えていき、ディミ本来の姿に戻る。すると彼女は手をつき、ぐっと体を起こした。


「……オルタナ、また助けていただきました」


 弱々しく苦笑するディミに、オルタナはそっと手を伸ばす。


「いい。それより、まずは奴を倒す。それが先決だ」


 言って彼はどこからか取り出した上着をディミに着せ、二人で立ち上がり伊弉諾に対峙した。


「大した思考能力だ。しかしその努力も、御主らの命を寸刻延ばしたに過ぎぬということまでは推測できていないようだが」


 再び刀をかかげ、一閃火を放つ伊弉諾。弱り切ってろくに動けないディミを抱え、オルタナは素早く飛びのいた。駆け抜ける火炎が地面を豆腐のように斬り裂いていく。その時、オルタナは脇のディミに話しかけていた。


「隊長とは言え、リーンフォースを使う前後には隙ができる。そこを狙う」


「しかしそれは伊弉諾隊長も分かっているはず。再びリーンフォースを使うでしょうか」


「俺達個人のリーンフォースでは、奴の一閃火に消されて終わりだ。だから、二人でやる」


「それはまさか……」


「大丈夫、今の俺達ならできるさ。信じろ」


「分かりました。しかし、問題は私達がリーンフォースを使う時間があるかです」


 猛烈な伊弉諾の攻撃を凌ぎつつ、魔源の集中に時間のかかるリーンフォースを使うのは至難の技である。が、オルタナには既にその解決策も浮かんでいるようだった。


「まあ、また推測だがな」


 オルタナは手短に動きを伝えるや、ディミと反対方向へ駆けた。すると伊弉諾は、


「小細工の相談か。落葉火」


 無数の細かい炎の塊が、オルタナ目掛けて放たれる。


「やはり、俺を狙ってきたな」


 それは予測の範囲内。落葉火は一度見ている。避けても戻ってくる攻撃である。そのために、オルタナはいつの間にかディミのマジア・マタルを手に持っていた。そう、オルタナを狙うことも、落葉火を使うことも、全て推測していたのだ。


 推測とは当てずっぽうではなく、様々な情報に基づいたものである。伊弉諾がこの戦いにおいてオルタナを優先的に狙っていたこと、相手をピンポイントで攻撃する時に落葉火を使うこと、それらの情報から練られる戦略は、確実性は無くとも立派に機能する。


 飛来する火の球を次々と斬り裂きながら、オルタナは『水』魔導を発動。伊弉諾の周りに水蒸気を作り出し、視界を奪う。


「こんなものが通用するとは思っていまい。何を考えている……?」


 オルタナの狙いを掴めない伊弉諾だったが、まずは周りの霧を取り除くために『影』魔導を周囲に放った。下向きの重力を増大させ、水蒸気を地面に落とす。視界が晴れた時、目の前にいたはずのオルタナの姿は無かった。すぐにディミのほうへ伊弉諾が目をやると、オルタナは彼女の横に並び、リーンフォースのために魔源を集中していた。


「行くぞディミ」


 ディミもまたリーンフォースの準備は整っていた。二人は同時に魔導を発動する。


「リーンフォース、『瀑』魔導!」

「リーンフォース、『飃』魔導!」


 二人の導いた魔源は絡み合い、一つの強大な魔導となる。


「『瀑=飃』昇華合魔!!」


 リーンフォースした属性同士の結合魔導、それが昇華合魔である。多人数による合魔は行う者同士の呼吸を合わせることが難しい技術だが、この時の二人は完璧と言ってよいレベルの昇華合魔を完成させていた。


 荒れ狂う激流の嵐が伊弉諾に牙を向く。さすがの彼も、ただの魔導ではそれに対抗できなかった。


「リーンフォース、浄罪炎!」


 絶大なる炎の力を凝縮した小さな火の玉を撃ち出す伊弉諾。それは激流とぶつかった瞬間、アルマ・リベルタ状態のディミでさえ一撃で沈黙させた業火と化した。圧倒的な火炎は二人の昇華合魔ですら粉砕し、爆発した。


 直後、オルタナの刃が伊弉諾の背後から振り下ろされる。しかし、


「やはり、ぬるい」


 それはあっさり見抜かれ、伊弉諾のかざした刀に受け止められた。が、オルタナのさらなる後ろに、ディミの着る上着がちらりと見えた。


「浄罪炎」


 それすらも伊弉諾には通用せず、オルタナの背後に立ち昇る火柱。消し炭となった上着が風に乗って散った時、伊弉諾はようやく気付いた。オルタナの背後にあったものが、上着『だけ』だったということに。


 次の瞬間、伊弉諾の背は大きく斬り裂かれた。最初から誰の背後も取っていない、魔導の衝突を避けながらも正面から切り込んだディミの剣に。


「くっ……」


 伊弉諾は膝をつき、そのまま倒れ込んだ。魔導軍の隊長を倒したのである。二人も伊弉諾の強烈な攻撃を何度も食らい、フラフラであった。


「伊弉諾殿と戦って、今こうして生きていることが信じられません。オルタナのおかげです」


「それはお互いにな」


 この時、二人は完全に油断していた。倒れるはずのない最強の敵が倒れ、安堵してしまっていた。伊弉諾がまだ意識を失っていないと気付いていなかったのだ。


「だからぬるいと言っている」


「なっ!?」


 今度こそ終わりだった。起き上がった伊弉諾の手からこぼれる赤い光。炎が解放される、その寸前、


「水芸・禁固のかたち


 伊弉諾の足元から一気に水が噴き出し、彼を丸ごと飲み込んだ。その手の炎は水に溶けるように消え去り、続いて伊弉諾の意識も次第に失われていった。


 突然のことに唖然とする二人。そこへ、声をかける者がいた。


「危なー、間に合ったわ」


 二人に近づき、ふぅとため息をついたのは、紫村である。


「二人とも、隊長相手にようやったな。君らがここまで弱らせてくれんかったら、僕の水なんか簡単に引っぺがされとった。さて、僕は医療部隊呼んでくるから、そこで待っとけ」


 言うことだけ言い、紫村はからからと笑いながら歩いていった。


「……やはり、隊長には敵いませんね」


「全くだ」


「あの、ところでオルタナ……」


「なんだ?」


「戦闘時は気にせず居られたのですが、その、私にも羞恥心はある故……」


 アルマ・リベルタで服を失い、上着も囮に使ったため、ディミは全裸であった。胸を手で隠しながら赤面する彼女を見、オルタナはなるほどと顔を背けた。そして、またしてもどこから取り出したのか、なんと女性物の下着を差し出した。


「アルマ・リベルタも想定していたのだから不思議ではないだろう。上着は伊弉諾の制服を借りておけ。血だらけだがな」


「……有り難く頂きますが、あなたがそれらを用意する様は想像し難いことです」


 苦笑いを浮かべながらディミは下着を受け取るのだった。




「いやぁ強かったねこのオジ様。さすがのうらんちゃんも疲れたよ」


 同時刻、轟天の隊長、東西戦角との戦闘もまた終了していた。気絶した東西の横に、マサムネ幹部の二人はぐったりと座り込んでいる。


「隊長なんだから当然だね。この程度の傷で済んだのは幸いだね」


 周囲の施設はほぼ壊滅しており、彼らの戦いの凄まじさを物語っている。


「てめぇらにしちゃ手間取ったな」


 そんな瓦礫の山を鬱陶しそうに進んでくるのは、もう一人のマサムネ幹部である。


「やあかがり、そっちも終わったんだね」


「とっくにな。そっちのほうが面白い相手だったみてぇじゃねぇか。ミスったぜ」


「はは、こっちはこっちで大変だったがね」


 後からやってきた百花と万里に東西を任せ、幹部三人は次の区画へ移動しようとした。その時、沖合のほうの雲がピカッと光を放ち、続いてゴロゴロと空を裂く音が飛んできた。


「わぉ、雷だぁ。こっち来るかな?」


「そのようだね」


「早いとこ終わらせようぜ、ずぶ濡れになる前にな」




 キティを捕らえる蔓を指で撫でながら、轟天の隊員、梧緋華はクスクスと笑みを浮かべていた。対する舞斬は刀を握り、まず緋華の出方をうかがう。すると、舞斬と背中合わせの焔が正面を向いたまま言った。


「舞斬、そいつは恐らく『木=治』の、しかも『X治』の使い手だ。俺はそいつの出した花の香りを嗅いで眠っちまったからな」


 『治』は身体の治癒力を高める属性で、そのX魔導は生物の神経に何かしらの効果をもたらすこともできる。そのほとんどは微弱にしかはたらかないが、魔導力が高ければそれだけ大きな効果を得られる。


「成人男性を一発で眠らせちまうくらいだ、かなりの魔導力を持ってやがる。ただの隊員じゃねぇぞ、気を付けろ舞斬」


「はわぁ、意外と頭が回るんですねぇ」


「焔も気を付けて。まだリーンフォースは完璧じゃない」


 そのやり取りを聞きながら、焔にいきなり殴り飛ばされた桜路は黙って起き上がった。


「確かに強くなったみてぇだな。これなら十分、本気が出せるよなぁ!」


 叫ぶと同時、桜路はその手に黒雷を生み出し、焔の頭上に撃ち出した。


「『雷=影』合魔、(ダーク&)(ダーティダガー)ハンマー!」


 桜路が勢いよく腕を振り下ろすと、『影』属性によって強化された雷が焔目掛けて降り注いだ。焔はSBDを発動し前方へダッシュ、雷撃を避けつつ桜路へ再び殴りかかる。


「じゃぁ、私も行きますねぇ。『木=X治』合魔、ドルム=フラグラーノ」


 緋華の手に焔を眠らせた紫の花が現れ、彼女がそれをツンとつつくと、その花から花粉のようなものが大量に飛び散った。


「やはり『X治』の神経攻撃か。幻光!」


 固体化した光の板を四枚作り出し、それを風車のように回転させる。生じた風によって花粉は吹き飛ばされた。


「あららぁ、面白い技ですねぇ」


 たった今咄嗟に思い付いただけだとは言えない舞斬である。花粉なのにハンカチなどで口と鼻を覆わないのは、『木』魔導による花粉が極めて小さく、ハンカチすら通過してしまうからだ。


「ガスマスクなんて持ってないからな。速攻で行かせてもらう!」


 緋華がどうやって防御するのか見るため、舞斬は幻光・閃箭を放った。すると、緋華の周りの地面から一瞬にして太い蔓が生え、閃箭はその蔓に突き刺さって防がれた。


 無論、舞斬の攻撃は終わっていない。天駆ですれ違いつつ十字斬りで蔓を斬り落とし、すぐさま刀と体を反転、さらなる天駆で飛ぶ。


「いくら強力な『X治』と言えど、このスピードなら吸引する前に攻撃できる!」


「速いんですねぇ。じゃぁ、こうしまぁす。リーンフォース、『しん』魔導」


 舞斬の刀の峰が緋華にヒットする寸前、地響きと共に地面から巨大な植物が突き出した。しかも一つや二つではない。大木と呼んで差し支え無いものが無数に生え、舞斬はその中に飲み込まれてしまった。


 小さな樹海とも言えるほどの雄大な木々が、平地となった支部の一画を埋め尽くしていく。焔と桜路も容赦無く巻き込まれたが、桜路は余裕の表情で木の枝に飛び乗った。


「エディーナ=ド=エグドラシル。緋華の魔導だな」


「なんつう魔導力だ……。あの女、やっぱただの隊員じゃねぇな?」


 これほどまでに巨大な魔導を使えるというのは並大抵のことではない。桜路はにやりとして答えた。


「緋華は仕事もやらねぇし体力も無ぇから出世しねぇが、魔導力だけはここに入った時から人並み外れてやがるのさ。その大きさは、隊長クラスだ。この樹海も、一時間はこのままだぜ」


「なっ……!?」


「お前サンの大切なものも、すぐに壊されちまうかもなぁ! 合魔、3Dランス!」


 黒き稲妻の槍を作り出し、投げつける。焔が横飛びでかわすと、その槍は巨木の太い幹を易々と貫き飛んでいった。


「こいつもさすがに『影』との合魔だけあって威力が高ぇ……うぉっ!?」


 槍は一本だけでなく、次から次へと飛んでくる。枝に掴まったり幹を蹴ったりして、縦横無尽にSBDで避ける焔。しかし、


「避けるだけじゃ逃げられねぇぞ! ダガーズ・リンク!」


 その途端、桜路の手元に黒雷があちこちから集まってきた。投げられた3Dランスは着弾してからも消えておらず、今の合図で一斉に桜路の元へ戻ったのだ。しかもただ戻るのではなく、着弾点から縄のように伸びる電撃である。それを桜路がぐいっと引っ張りながら振り回すと、十数本の電撃の縄が焔に避けるスペースを与えず、黒雷が彼を打った。


「がっ!」


 凄まじい電流に意識が飛びそうになる。が、辛うじて耐えた焔は銃を向けた。


「ショット・サラマンドラ!」


 銃口から飛び出た火の龍が牙をむくと、桜路はさっと森の奥へ入り込んだ。龍は木の枝に阻まれ爆発してしまう。


「ちっ、ここは奴らのフィールドか!」


 その頃、舞斬もまた、森に潜む緋華に苦戦を強いられていた。緋華の姿は見えないのに、『木』魔導による蔓の攻撃が舞斬を襲う。地面からどんどん生えて舞斬を捕らえようとする蔓を斬り崩しながら、彼女は緋華の居場所を探っていた。


「キティちゃんも心配だ。早くなんとか……」


 しかしその時不意に、目の前の木の根本から黄色い花が開き、花粉を飛ばした。


「しまっ、くっ!」


 少量だったが吸引してしまった。途端、右足から感覚が無くなったことに舞斬は気付き、バランスを崩して前のめりに倒れた。


「こ、これは睡眠じゃない。麻痺か」


「パラス=フラグラーノ。ドルムは魔導力がたくさん必要なので、エディーナ中だと使えないんですよぉ」


 木の陰から、クスクスと笑いながら緋華が姿を現す。と同時に細い蔓が舞斬の四肢を縛り上げた。


「捕まえましたぁ」


「それはどうかな。幻光・炯剣!」


 舞斬の両手に光の刃が形成され、それらは彼女の操作で自在に動き、蔓を斬り落とす。彼女はなんとか片足で立ち、刀を構えた。


「舞刀二番・青雀!」


 刀を勢いよく突き出すと、いくつもの小さな光の刃が緋華に向かって飛んだ。すると緋華はなぜか自分の前に花粉を撒き、パチンと指を鳴らした。


「『火=木』合魔、チルバーナ=ブロッソ」


 漂う花粉が一気に爆発を起こし、相乗効果で強力な爆裂が生まれ、光の刃を弾いた。


「『火』魔導!?」


「実は私、ハーフなんですよぉ。父がとぉっても凄い魔導力を持った魔人だったんですぅ」


 そしてさらに花粉を飛ばす緋華。舞斬は後退しようとしたが、片足が麻痺していて動きが鈍い。地面から生えた蔓が動くほうの脚を捕らえ、花粉が舞斬に追いつき、彼女を取り囲んだ。クスクスと笑みをこぼし、緋華はまた指を鳴らす。


「咲き乱れる緋の華で、ゆっくり壊してあげますよぉ」


 爆音が森の中に響き渡る。焔は舞斬やキティのことが気になって仕方なかったが、余計なことを考えながら戦えるほど桜路は甘くなかった。


「3Dブレイド!」


 桜路の手に黒雷の剣が形成され、それを彼は振りかざす。肉体に当たれば即切断、かすめても電撃に打たれる危険な刃である。SBDをフルスロットルで働かせ、斬撃をひたすらかわす焔。


「最初の威勢はどうした! そんなんじゃあ大切なものは護れねぇぞ!」


「うるせぇ! 『火=風』合魔、ミストラル!」


 高熱の風を生み出し放つと、桜路は黒雷を膜のように放電して防御。二つの魔導がぶつかったが、『影』魔導を含む桜路の魔導のほうが強く、ミストラルは黒雷にかき消されてしまった。さらに、その直後、


「3Dレイピア!」


 桜路の手から細長い黒雷が高速で伸び、ギリギリで気付き避けた焔の肩を貫いた。同時に身を裂くような電流が焔の体を打つ。


「ぐっ……」


 さらに桜路は、動きを止めた焔の胸部に蹴りを打ち込む。焔は吹っ飛んで木に叩きつけられた。


「少しは力を付けてきたみてぇだが、結局はお前サンの負けだ」


 言って桜路は、最初に焔を倒した球状の黒雷を作り出した。


「自分の無力をとことん教えてやる。3Dシェル!」


 凝縮された電気エネルギーを撃ち出し、焔に炸裂させる。


「ぐあっ!」


 体を駆け巡る激痛に堪らず声を上げる。桜路はすぐにでも焔を殺せるのに、ダメージを与える攻撃ばかりを使った。連続して3Dシェルを食らい、焔は遂に声も出なくなってしまった。


「まだ殺さねぇ。お前サンの大切なものをお前サンの目の前で壊してやる」


 もはや焔がろくに動けないことを確認した桜路は、きびすを返して歩き始めた。キティのところへ向かうのだろう。すると焔は、朦朧とする中でこう言った。


「……テメェは、護れなかったんだな」


 桜路の脚がぴたりと止まる。ゆっくりと振り向いた彼の顔は、怒りをあらわにしていた。


「お前サン、なんて言った?」


「テメェにも大切な奴がいて、テメェはそれを護れなかっ――ぐっ!」


 焔が言い切る前に、桜路は焔の腹を思い切り蹴った。


「知ったふうな口利くんじゃねぇ!」


 激情した桜路は何度も何度も焔を蹴り、殴った。傷を負っているのは焔なのに、息を荒げているのは桜路だった。その時、


「俺はもう違う」


 振るわれた桜路の拳、それを焔は片手で受け止め、顔を上げた。


「もう無力を嘆くことはしない。護れなかったことを嘆くことはしない。大切な奴を護るために、今、強くなるだけだ!」


 その瞬間、桜路は驚き飛びのいた。焔の周りから噴き上がった魔源の密度があまりにも高く、はっきりと可視化していたからである。


 花粉爆弾に焼かれ、倒れ伏す舞斬。片足の麻痺はまだ回復せず、逃げられないまま幾度となく小さな爆撃にやられ、虫の息であった。


「そろそろ壊しますかぁ。大切なものがこんな姿で戻ってきたら、きっと悲しいですよねぇ」


「私が……、大切なもの……?」


 緋華の言い方はまるで、焔の大切なものが舞斬だと言っているようだった。


「やっぱり分かってなかったんですねぇ。ヴォルテックスの大切なもの、それは『あなた達』なんですよぉ」


 キティは確かに焔にとって大切な存在である。しかし、大切なものはそれだけではなかった。伊弉諾がオルタナを優先的に狙ったこと、緋華が焔ではなく舞斬を狙ったこと、どちらもちゃんと命令に従った行動だったのだ。


「あなたを壊したら、次は聖域ですねぇ」


「そう……か。だったら、私が倒れているわけには……いかないな……」


 再び強く刀を握り、その腕に力を込める。悲鳴を上げる体を奮い立たせ、傷だらけにもかかわらず舞斬は立ち上がった。


「はわぁ、頑張りますねぇ」


「私の負けは、焔の負け……。そう簡単には壊されない」


 感覚の無い片足を引きずりながらも、刃の切っ先に微塵の揺らぎも無い舞斬。


「まだ脚は動かないでしょう? 私のチルバーナ=ブロッソからは逃げられませんよぉ」


「逃げはしない。その攻撃はよく分かった」


 それを聞くと、緋華は思わずきょとんとした表情を見せたが、すぐにクスクス笑って花を作り出した。


「確かに、強がる元気はあるみたいですねぇ。最初みたいに風で飛ばそうとしてもダメですよぉ? エディーナの木々がそうはさせませんからぁ。チルバーナ=ブロッソ!」


 花粉が舞斬を取り囲み、緋華が指を鳴らそうと手を上げる。その時、舞斬が小さな笑みを見せたことに、緋華は気付かない。爆発が舞斬を包み、粉塵が舞う。


 塵が晴れていくと、なんと舞斬は平然と立っていた。これには緋華も目をしばたたき、首をかしげた。


「あなたがこの攻撃を何度も見せてくれたおかげで、防ぐ方法が分かった」


「……さっきまでボロボロだったくせに、急にイイ気になりましたねぇ。高々一回防いだだけですよぉ」


 緋華はもう一度花粉を散らし、さらに今度は蔓も操る。爆撃と蔓の打撃の同時攻撃だった。が、やはり舞斬は新たな傷を負っていない。蔓は斬り刻まれ地面に落ち、爆発はしっかり防いでいた。


「ど、どうして……」


「さあ、反撃させてもらうぞ」


「ち、調子に乗らないでくださいよぉ!」


 舞斬の鋭い眼光ににらまれた緋華は、初めて焦りをあらわにし、大量の花粉を撒き散らした。それは全てが爆弾であった。『Χ治』を使うことなどまるで頭に無かったのである。


 指が鳴った瞬間に盛大な大爆発を起こす花粉。その爆炎の中を、舞斬は片足の天駆で緋華目掛けて突き抜けた。


「はひぃ!? やめ――」


 スピードを乗せた峰打ちが緋華の腹部にクリーンヒットする。舞斬が初めて与えたダメージであった。緋華は腹を押さえながらへたり込んだ。


「あうぅ、痛いですぅ……」


「あなた自身の弱点も分かった。魔導力が高くても、身体能力は高くないようだな」


 舞斬の攻撃を避けることは一度も無く、全て蔓や花粉爆弾で防いでいた。SBDも全く使わない。緋華は、運動が大の苦手なのだ。身体を鍛えることもほとんどしておらず、たった一撃で大きなダメージを負ってしまう。


「なんで……、なんで攻撃が当たらないんですかぁ……」


 舞斬は魔源探知ができる。緋華の花粉には濃度の違いがあった。花粉は一斉に爆発しているように見えて、実は濃度の最も高い部分が起爆地点になっており、何度も見た舞斬はそれを見抜いたのだ。そして、爆発の流れに合わせて幻光・儚盾を使う。儚盾は大きく展開すると脆くなり爆発を防げないが、ピンポイントで小さめの儚盾を連続で使えば防ぎ切ることが可能であった。


「しばらく眠っていろ」


 舞斬は百花のときと同じように、刀の柄で打って気絶させようとした。しかし、


「わあぁぁ!!」


 突然、緋華が大声で泣き始めた。呼応するように辺りの木々が震え、ざわざわと木の葉のこすれ合う音が響き渡る。そして次の瞬間、緋華は地面から生えた無数の太い蔓に包まれた。


「なっ、閉じこもったのか?」


 とその時、舞斬は周囲の空気が変わったことに気付いた。魔源の動きが、肌を刺すように伝わってくる。


「木の中で魔源がうごめいている。……これは!?」


 エディーナ=ド=エグドラシル全体が緋華の魔導である。その森に何かが起こっていると分かった時、舞斬は一つの脅威を想像した。


「この森全てを、爆弾にする気か!」


 属性に変換された魔源は、その魔導の使用者には影響を与えない。『火』の使い手が自らの魔導で火傷をしないのはそういうわけである。すなわち、緋華はこの森を爆発させても無傷でいられるのだ。


 この森が爆発すれば、舞斬だけでなく焔やキティ、そして仲間の桜路でさえ巻き込まれる。舞斬はなんとか止めようと緋華の隠れた蔓の塊に刀を振るったが、刃が食い込んだ途端にその部分が破裂し、弾き返されてしまった。しかもすぐに蔓は補充されてしまう。


「駄目か。二人を見つけて森から脱出しないと!」


 この森全体を爆弾にするにはさすがに時間がかかるらしく、舞斬は急いで焔とキティを探しに天駆を発動し、木々の間を駆けていった。


 森がざわめく前、焔は凄まじい魔導力を発揮し、桜路とにらみ合っていた。可視化した魔源をその手に集束し、


「合魔、エクスプロード!」


 撃ち出されたのは巨大な火球。桜路が跳躍してかわすと、着弾し炸裂した壮絶な火炎が木々を薙ぎ倒した。


「クソが、どっからそんな魔導力を……」


 桜路は着地し、焔が次の行動を起こす前にSBDを発動した。間合いを詰め、『雷』魔導を宿した拳を振るう。対して焔も『火』の魔導撃を打ち込み、両者の衝突により生じたエネルギーが爆発した。


 爆裂の衝撃をものともせず、二人はさらなる肉弾戦に入る。焔がもう片方の拳をぶんと振るうと、桜路は顔面すれすれでかわし、反撃に回し蹴りを放った。脇腹を打たれる焔だったが、ひるまずその脚を抱え、桜路を持ち上げて地面に叩き付けた。


 追撃の魔導撃を打ち込もうと焔が腕を振り上げるが、桜路はすぐにハンドスプリングで高く飛び上がり、それをかわす。『火』魔導撃で地面が砕けるのを見ながら桜路は3Dハンマーを放つ。


 横飛びで黒雷を避けた焔は銃をモードチェンジし、Gフェンリルを撃ち出した。小さな火の狼たちが牙をむいて桜路に飛びかかると、彼は木の枝に着地しながら両手を前に出し、


「3Dアロー!」


 狼の群れと同じ、いやそれ以上の数の黒雷の矢を放つ。狼たちは次々撃ち落とされ、残った矢が焔に降り注ぐ。魔源同士はぶつけられることを利用し、焔は両手に『火』魔導を纏わせ、矢を素手で弾き飛ばした。


 枝を蹴って焔に迫る桜路。焔がショット・トルネードで迎え撃つと、桜路も同じく魔源での防御を体に施しながらトルネードを食らい、同時に3Dレイピアを伸ばした。


「同じ手を食うかよ!」


 高速の電光の刺突を、焔は身を翻して紙一重でかわす。そのまま彼は銃の照準を合わせようと腕を持ち上げたが、


「違うぜ! 3Dウィップ!」


 まっすぐに伸びていた黒雷がぐいんと曲がり、焔に巻き付いた。高電圧の電撃を浴び、焔は膝をついた。


「くっ……」


 これはチャンス、と桜路は畳みかける構えを見せた。


「これでトドメ……ん?」


 しかしその時だった、森がざわめいたのは。その意味するところを桜路は知っている。


「緋華の奴、キレちまったか!」


 桜路は構えを解き、くるりと焔に背を向けた。


「お前サンはオレが壊してやりたかったが、ここまでだな。お前サンの大切なものも全部、壊れて終いだ」


 吐き捨てるように言い、桜路は森の外へ向かって走り去っていった。焔はふらふらながら立ち上がり、脚を叩いた。


「一体何が……。とにかく、ヤバいってことか」


 焔もまた、舞斬とキティを探しに森の奥へと急ぐのだった。


 脚の麻痺がいつまでも抜けない舞斬は、天駆を使いつつ魔源探知を働かせていた。なぜなら、この森全体が魔源であり、その最も濃度の高い場所にキティがいると考えたからである。それは舞斬の勘でしかなかったが、ただ闇雲に探し回るよりは良い。


「この先、異様に濃度が高いな。もしかして、中心部か?」


 程なくして舞斬は、一際大きな一本の巨木の前に出た。魔源探知ではここが最も濃度の高い場所だと感じ取れる。ぐるりと巨木の周りを回ると、舞斬の勘は的中。そこにキティはいたのだ。キティは巨木の幹に蔓で縛り付けられており、身動きが取れない状態だった。目を閉じて動かないが、息はしている。どうやら眠っているようだ。


「キティちゃん!」


 舞斬はすぐに刀で助けようとしたが、キティを捕らえている蔓もまた爆発するものだとしたら危険である。が、どうしたものかと悩む暇も無い。森のざわめきが激しくなってきた。チルバーナ=ブロッソと法則が同じなら、最初に爆発するのはこの場所である。


「どの道爆発するなら」


 刀の切っ先を僅かに蔓に突き刺してみる。爆発はしない。舞斬は深呼吸をし、刹那の時間で一気に蔓を斬り裂いた。すぐさまキティを蔓から引き離す。


 その直後だった。巨木が一瞬にして根元から猛火に包まれ、爆発を起こした。衝撃で二人は吹き飛んだが、キティを護ろうと舞斬はしっかり彼女を抱え込む。受け身を取れない状態で背中から地面に落ちた舞斬は、息を詰まらせた。


 連鎖反応のように、巨木の周りの木々にも火が現れる。脱出する時間は無かった。


「焔……!」


 迫り来る火炎の中、キティをぎゅっと抱きしめながら、舞斬は無意識のうちにその名をつぶやいていた。うなりを上げる木々。次の瞬間、森は赤く染まり、魔導軍の一画を吹き飛ばす壮絶な大爆発が起こった。




 エデンバーナ=ブロッソ。リーンフォースで生み出された樹海が巨大な爆弾となる。黒煙の上がるその区画。鉄の地面はえぐり取られ下層のフロアまで粉々になり、見る影も無い。


 舞斬とキティは爆心にいたにもかかわらず、生きていた。一つ下の階まで落ちてはいたが、爆発による怪我は皆無である。その理由はすぐに分かった。舞斬が目を開けると、目の前に焔がいたのだ。


「焔! 良かった、無事だっ……、焔?」


 ひざまずき、黙ったままうなだれている。と思いきや、焔はばたりとうつぶせに倒れてしまった。その背中を見た舞斬は思わず息を呑む。痛々しく焼けただれた背は、焔が舞斬とキティを爆発から身を呈して護ったことを意味していた。


「焔! 起きて、焔!」


 胸の奥が落ち込むような感覚だった。舞斬が慌てて焔の手首を掴むと、かすかに脈拍を感じることができた。


「生きてはいるけど、このままじゃ……」


「全くしぶとい侵入者サンだぜ」


 急に上から飛んできた声に舞斬が顔を上げると、桜路が地上のフロアから焔たちを見下ろしていた。泣いた跡の残る緋華も横にいたが、なぜかきょとんとしている。


「今度こそトドメだ。全部まとめてぶっ壊す!」


 桜路は灰色の雲に覆われた天に向けて手を掲げ、魔源を集中し始めた。対抗するだけの力も舞斬には残っていない。絶体絶命かと思われた、その時、


「『水』魔導!」


 どこからか出現した水流が桜路と緋華に押し寄せる。桜路は驚き、緋華を抱えて飛びのいた。地上に二つの人影を舞斬が認める。それは、オルタナとディミであった。


「無事か、焔、舞斬」


 二人は紫村の呼ぶ医療部隊を待っていたのだが、先の大爆発を見て駆け付けたようである。


「オルタナ! 焔が重傷よ!」


「紫村隊長が各地に医療部隊を回しています。それまで持ちこたえてくだされば」


 オルタナは魔導機械の鎌を取り出し、桜路達に視線を向けた。


「まずは俺達が元凶のあの二人をなんとかする。それが先決だ」


「しかし待ってください、オルタナ。桜路殿からは敵意を感じますが、梧殿からは何も。催眠されているのは桜路殿だけのようです」


 これには舞斬も首をかしげた。先程までは催眠されていたことが明白だったが、今は敵意が無いという。


「もしかして、気絶させる以外にも解除方法が?」


「なんにせよ好都合だ。相手は隊長補佐一人。手負いの俺たちでもなんとかなる」


「待て!」


 突如響いたその声の主は、焔だった。彼は腕を張って体を起こし、息を荒げながら桜路をにらんだ。


「そいつとは、俺が戦う」


「しかし、その体では無理だろう。キティも奴らの手から離れた。後は俺達に任せるんだ」


 今にも再び倒れそうな焔を、オルタナはもちろん止める。が、焔の瞳は決して揺るがなかった。


「俺と同じなんだ。護れなかったことを悔やんでる。俺も、かすかを護れなかった……。だから、俺があいつを倒して教えてやるんだ。過去をいつまでも嘆くより、今ある大切なものを護れるようにってな!」


 力強く言い放ち、焔は桜路の前に跳躍する。その様子を、不思議と舞斬は何も言わずに見送ることができた。いつもなら真っ先に焔を止めるはずなのに。彼女は穏やかに微笑み、小さくつぶやいた。


「負けるな、焔」


 対峙する焔と桜路。緋華は不安げな表情をしながら下がっていた。桜路が固く拳を握り、静かな口調で言う。


「もう喋っても無駄だな。お互い、次で終わりにしようぜ」


 その時、ポツリと一滴の雫が焔の頬に当たった。さらにもう一滴、もう一滴、点々と地面が濡れていく。そして二人の頭上で稲妻が光り、雷鳴が一帯に轟いた瞬間、数メートル先も霞むような激しい雨が降り始めた。


 桜路は天を突くように腕を伸ばし、魔源を導いた。上空、雨粒の中に凄まじい電気エネルギーが集束する。漆黒の雷霆が膨張していく。それは巨大な球体となって曇天を覆った。


 ありったけの魔導力を奮い、焔は右手に魔源を集中した。生まれる炎の旋風に当たった雨粒が音を立てて気化する。その手の周りに可視化した魔源もまた渦を巻き、空気を震わせた。


 全力対全力が、激突する。


「3Dトールハンマー!!」


「ヴォルテックス!!」


 その名の如く、神鳴かみなりの鉄槌が空を引き裂きながら振り下ろされる。黒雷の球は形を崩し、焔に向かってなだれ込んだ。


 灼熱の烈火の大旋風が豪雨をものともせずに走る。通る場所にあるものを全て容赦無く焼き尽くしながら、桜路に向かってまっすぐに突き進んだ。


 二つの力は大きな衝撃と共にぶつかった。互いに一歩も譲らない拮抗した衝突。


 純粋な威力では、一瞬でも隊長クラスの魔導力を発揮できる焔に分がある。しかしそれはあくまでも一瞬であり、常に高い力で魔導を発動し続けることのできる桜路が相手では、長時間のぶつかり合いでの勝ち目は無い。加えて今の天候も桜路に味方していた。強大な炎の渦と言えど、雨によって少なからず勢いを奪われる。


 やはり、次第に焔の魔導が押され始めた。このままではエネルギーの炸裂が焔を襲うことになる。ただでさえ瀕死の彼がそれを食らえば命は無いだろう。


「どんな訓練をしたかは知らねぇが、所詮は数日の付け焼き刃だ! そんな力で魔導軍にケンカを売れば、こうなるのは当然だな!」


 両手を魔導に向け、魔源を導き続けながら、桜路は勝ち誇ったように叫んだ。


「護るだの強くなるだの、やっぱり戯れ言なんだよ! 結局お前サンは、何一つ護れやしねぇんだぁ!」


 狂気じみた叫び、それはもはや、ただ虚しく響くだけだった。本来の感情と、催眠の命令が桜路の頭を支配し、狂わせていた。


「言いたいことはそれだけだな」


 焔には、動揺も、焦燥も、恐怖も無かった。ただ、勝つという決意だけが彼の表情に溢れている。そして、


「はああぁっ!!」


 雄叫びを上げた彼の周囲から、さらなる魔源が立ち昇る。それを見たオルタナは、眉間にしわを寄せた。


「魔導は楽な技術じゃない。あれだけの魔源を導けば、お前の体力が持たないぞ、焔……」


 全身全霊を賭し、持てる力の全てを注ぎ込んだ。炎は再び烈しく燃え上がり、黒き雷霆を押し返す。そのまま、だんだんと雷のほうが削られていく。


「クソ……がぁ!」


 桜路も最大限の力を振り絞った。が、どれだけ魔導力を強く発揮しても、焔の炎を止めることはできなかった。力と力の拮抗は遂に、焔の咆哮と同時に崩れる。


「打ち砕け、ヴォルテックス!」


 蓄積されたエネルギーがうねる火炎の旋風と共に炸裂し、桜路を飲み込む。烈火は踊り、荒れ狂い、最後に大爆発を起こして、そして消え去った。


 粉塵は雨ですぐに落とされ、濡れた地面に倒れ伏す桜路が現れる。それを見、焔もまた、僅かに笑みを残して倒れてしまった。


「焔!」


 オルタナが真っ先に駆け寄る。ディミは下層に飛び降り、舞斬に肩を貸した。キティは舞斬が背に負い、三人はなんとか瓦礫を登って地上に出た。舞斬もまた焔に寄り添い、微笑みながらため息を一つ落とす。


「お疲れ、焔」


「皆さん、医療部隊が来ました」


 ディミが指差した方向から、数人の隊員が小走りでやってくる。その後ろから、紫村が傘を差しながらにこやかな表情でついてきていた。紫村に言われているのか、本来は侵入者である焔や舞斬にも迅速な治療を施してくれるようである。


 そこに、おずおずと緋華が近付いてきた。その顔はしゅんとして、どこにも戦意など無いと誰でも分かる。しかし彼女が手を上げて魔導を発動したのでオルタナは身構えたが、


「待って、大丈夫よ」


 と言って舞斬は緋華に向いた。蔓が伸び、その先っぽから大きな葉が舞斬たちの頭上に広がった。


「風邪、引いちゃいますからぁ……」


「たぶん、感情の揺らぎも催眠解除に関係あるのね」


 一時的に高ぶった感情が催眠を打ち消したのだろう。緋華は申し訳無さそうに身を縮め、うつむいた。するとその時、眠っていたキティが目を覚ました。


「キティちゃん、起きたのね」


 舞斬が背中からキティを降ろすと、キティは大きな欠伸をして目をこすった。


「おはよう、舞斬」


 言ってからキティは濡れた髪の毛に気付き、ふるふると顔を震わせた。その様子に舞斬は思わず笑みをこぼし、緋華もまた少しばかり顔が綻ぶ。


「ねぇ、緋華。あんたは、金条桜路に何があったのか知ってるの?」


 舞斬の問いに緋華はしばらく黙っていたが、知ってもらうべきだと考え、やがて口を開いた。


「私が魔導軍に入る前の話なので詳しくは聞いてませんが、一度だけお酒の席で私にだけ教えてくれたことがありましたぁ……。センパイは三年前、恋人を亡くしたんです。魔導犯罪の事件に巻き込まれたそうで。当時はセンパイも魔導軍に入って間も無くて、事件の担当になった時、浮かれていたって言ってました。何があったのかは話してくれませんでしたが。それからずっと、センパイは自分のせいだと言い続けてました。自分が彼女を殺したんだと……」


 その話は、舞斬やオルタナにとって他人事には聞こえなかった。なぜなら、


「同じなのね、焔と」


「えっ……?」


「焔も、桜路と同じなの。焔にも恋人がいた。私達の幼馴染み。けど、事件に巻き込まれて亡くなったの。キティちゃんは、その人の小さい頃に似てるのよ」


 舞斬はキティの頭にポンと手を置き、穏やかな顔を見せた。


「でも、焔は乗り越えたみたいね」


「センパイも、分かってほしいですぅ……」


「さあさあ、湿っぽい話はそこまでや! 応急処置は済んだみたいやし、ちゃんとした施設まで運ばんとな。君らのことは僕から皆に話しとくから安心せぇ!」


 紫村に背中を叩かれた舞斬は元気に返事をし、焔達を運ぶのを手伝いに行った。キティもにっこりと笑いながらその後についていく。いつしか、雨はすっかり止んでいたのだった。




 各地の催眠された隊員達も、隊長補佐やマサムネ幹部らの活躍により全員正気に戻った。侵入した謎の女性のことは最後まで分からず、桜路についても、なぜ彼が催眠の感染源になったのかも分からずじまい。


 今回の件での焔と舞斬だが、桜路を止めたことや紫村とディミの進言もあり、魔導軍に侵入した罪には問われないことで落ち着いた。その日、二人は魔導軍の医療施設に宿泊し、翌日帰ることになったが、まだ本来の目的を達していない。その日の夜、焔と舞斬は紫村に頼んだ。


「キティの保護を俺達に任せてもらえるよう、もう一度繪能と話がしたい」


 キティの護送が行われる予定の夜。繪能も今日でアメリカに渡るはずである。その前に話を決着させなければならない。が、


「その必要は無い」


 部屋に入ってきたのは、ほくそ笑む繪能だった。彼はクックックと含み笑いをしてから、焔に言った。


「今回の一件で、魔導軍の安全性も疑われるだろう。焔、お前の行動は聞いた。聖域を任せても良いだろう」


「ほ、本当か!?」


「ただし、定期的な観察報告を忘れるな。報告の形態は追って連絡する。その連絡係として、エンデ隊長補佐、お願いしますよ」


「承知しました」


 この時ばかりは焔も大嫌いな父親に感謝した。これで晴れてキティと焔達は一緒にいられる。もちろん、キティを狙う者達から彼女を護るのは焔達の役目だ。


「それでは、私はアメリカに発つのでこれで。クックック……」


 白衣を翻し、繪能は部屋を出ていった。


「さて、俺も先に戻るとしよう。明日も朝から仕事だ」


 オルタナも安心したのか、いつもより少しばかり柔らかい表情で立ち上がる。マサムネ幹部らはもっと前に帰ったが、彼は二人の様子を見守るために残っていた。部屋を出る彼に、


「ありがとな、オルタナ」


 焔が言うと、オルタナは片手を上げて去っていった。


 その日は焔も舞斬も死んだように眠った。長い一日だった。キティも焔の傍らですやすやと寝息を立てる。桜路や緋華との戦いをほとんど見ていないはずなのに、キティは焔や舞斬がどれだけ奮闘したかを理解しているようだった。


 そして翌日の早朝、焔、舞斬、キティの三人は、見送りのディミと一緒に魔導軍の入口まで来た。


「紫村のオッサンは来ねぇのか?」


「はい、隊長とは言え新人です。事務的な処理を受けずに現場に出た故、少々面倒な事になっているご様子」


「あはは、面白い人ね」


 たった数時間を一緒に過ごしただけなのに、ディミや紫村と大きな絆ができたように感じる二人だった。とそこへ、慌てた様子で走ってくる者がいた。それは、緋華である。


「はひぃ、間に合いましたぁ。走るのは苦手なんですよぉ……」


 長い海底トンネルを走ってくるのは、運動が苦手な緋華にとって非常に疲れる行為であろうと、今の舞斬なら理解し苦笑できた。


「緋華、どうしたの?」


「私も見送りに来たんですよぉ。あと、話しておきたいことがありましてぇ」


 桜路の過去については、焔も昨夜のうちに聞いていた。今度は違う話らしい。


「昨日の侵入者のことですぅ」


 魔導軍入口での戦闘を除き、謎の女性と最初に交戦したのが桜路と緋華であった。その女性は桜路を見るや言った。


「『お前か、あいつの言ってた適任の奴ってのは』、と」


 女性には共犯者がいる可能性があるのだ。その共犯者が、催眠をばらまくための適任者を桜路と指定したように取れる。


「きっとまた、その女性は焔さんを狙ってくると思いますぅ。気をつけてくださいぃ」


「ああ、分かった」


「それから、センパイは今、事情聴取を受けているので来られません。だから、伝言を預かってきましたぁ」


 やっと息が整ってきた緋華は、それが一番伝えたかったことだとすぐに分かるような笑顔で言った。


「聖域を、いえ、キティをしっかり護れよって」


「……ハッ、分かってるっての」


 きっと桜路にも伝わっただろう。大切なものを護ろうとする意志と、その強さが。


「じゃあな」


 朝日を浴びながら、彼らは帰還する。三人、手を繋ぎながら、彼らの家へと。




‐Phase1 Complete‐



《登場人物紹介》

1.伊奘諾火群いざなぎほむら

2.火=影

3.魔導号『一撃必殺バーンアウト』。灼天の隊長。灼刀しゃくとう煉獄れんごくを所有。ほぼ常時『火=影』の合魔を用いる。


1.金条桜路きんじょうおうじ

2.雷=影

3.轟天の隊長補佐。金条百花の弟。過去に仕事でのミスで恋人を亡くしている。


1.梧緋華あおぎりひばな

2.火=木=治

3.轟天の隊員。人間と魔人のハーフ。魔人の父親譲りの凄まじい魔導力を持つが、体力は無い。また、仕事もしない。


《聖域少女辞典》

魔牙アルマ

 魔人一人一人が身体に宿す力。種族固有のものである。


魔牙真封アルマ・ドルミタ

 魔牙真解アルマ・リベルタ状態の魔人を元に戻す技。


魔牙真解アルマ・リベルタ

 魔牙アルマと魔源を繋ぐことにより、体構造を大きく変化させる、魔人の技。変身後はアルマに応じた強力な力を発揮できるが、大量の魔源を常に導き続けることになるため、体力の消耗が激しい。そのため、長時間の変身は命に関わる。一人では変身を解除することができず、他の魔人による魔牙真封アルマ・ドルミタを受けなければ元の姿には戻れない。


昇華合魔しょうかごうま

 リーンフォースした二種類以上の属性で行う合魔。リーンフォースした属性が一種類のみの合魔は昇華合魔とは呼ばない。

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