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聖域少女  作者: もこポイ
Phase1
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Phase1-3《The Sorcery Army》

 ここ数日で何度倒れただろうか。焔は、またしてもベッドの上で目覚めることとなった。そばの窓を見ると、ちょうど朝日が差し込むくらいに日が昇っていた。


「朝か。……朝っ!?」


 気付いて飛び起きる。そう、ウィンディと戦った時には夕方になっていたはずだった。しかし今は朝。つまり、一晩以上は寝ていたことになる。


「そんな、じゃあキティはもうアメリカに……」


「いいや、まださ」


 焔が振り返ると、相変わらずキセルを吹かすティルナが立っていた。


「見な」


 彼女が取り出し見せたのは、焔が最初に渡した、オルタナの紙である。表の面には彼女の家の住所が書いてある。それをさっと裏返すと、焔が紙を受け取った時には書かれていなかった青白い文字が現れていた。


「『先生へ。事情は二人から聞いたはず。その二人には五日後と伝えてあるが、本当は六日後だ。二人を頼む。オルタナ』ってことは……?」


「キティちゃんが護送されるのは、今日の深夜ってこと」


 舞斬も現れ、苦笑した。オルタナは、二人が気合いを入れ過ぎ、当日のコンディションを考えずに修行するだろうと推測し、ティルナにだけ本当の期日が分かるよう細工をしたのだ。


「あの野郎、『魔導書記』なんて使わず直接言えよ」


「ハッハッハ、言われていたら、上手くコンディションを考えながら修行できたのかい?」


「まあ、無理でしょうね」


 魔導書記。専用の紙に魔源で字を書くと、そこに見えない痕跡が残る。その紙に後から魔源を流すことで、あぶり出しのように書いた字が浮き上がる仕組みになっている。専用紙は普通の紙と見た目が変わらないので、メッセージを伝えたい相手にだけ魔導書記であることを教えておけば、他の者に見られる心配が無い。ただしティルナのように魔源探知ならば痕跡を探知してしまえる。


「修行は終いだ。朝飯を食ったら出発するといい。魔導軍に乗り込むなら、昼間がいいだろうからね」


 魔導軍は、夜間のほうが警備が厳しい。まして護送直前の夜など論外であろう。


「出発する前に言っておくことがあるから、準備ができたらあたいのところに来な」


 二人がダイニングへ行くと、先に目覚めて朝食を作ったウィンディが待っていた。机に並べられたご馳走から食欲をそそる匂いが漂ってくる。


「食い納めかぁ、残念だぜ」


「お、大袈裟ですよ。またいつでも作ります」


 最高の朝食を振る舞われ満足した二人は、早速帰り支度を始めた。焔はまだ修行から帰ってきてから着替えていなかったので、シャワーを借りてから着替えた。


 そうして二人は最後にティルナの部屋へ向かった。入ると、彼女は二人がここに来た時と全く同じポーズで窓の外を眺めていた。彼女はゆっくりと二人に向き、一息の煙を吐き出した。


「正直に言うよ。あんたらは来た時よりあらゆる面で上達した。けど、それでも魔導軍の隊長には敵わない。二人がかりでも対等かそれ以下だ。日本支部にはそんな奴が4人もいる。あんたらと同格以上の力を持つ隊長補佐も、倍の8人だ。まともに戦いを挑んでも、一瞬で潰されるだろうねェ」


「ああ、俺は補佐官と戦ったから分かる。つっても一方的にやられただけだがよ」


「確かあんたが助けたいって子供は、総帥の命で捕まったんだろ? 日本支部の連中はその子が捕まってる理由も知らないだろうね。あんたらがやれることは多くないよ」


 ティルナの言いたいことを、舞斬は良く理解していた。


「戦う相手と話す相手を選ばなきゃならないわね」


 焔はとにかくキティを取り返すことしか考えていなかったが、無理矢理にキティを取り返しても、すぐにまた追っ手が来る。隊長クラスが出てきたら、もはやどうすることもできない。日本支部に納得してもらわないことには、キティを助けられないのだ。


「あたいは土俵に上がれるよう鍛えただけだよ。そこでどう戦うかはあんたら次第さ」


 再びキセルを吸い、今度は個人的に話したいと言い、まず舞斬に部屋から出てもらった。


「小僧、あんたは瞬間的なら隊長クラスの魔導力を発揮できる。あんたがキャンセラーを壊して魔導を発動した時、青白いもやみたいなのが現れただろ? あれは魔源が可視化されたもの。高い濃度の魔源は目に見えるんだよ。普通の奴に魔源が可視化されるほどの魔導力は無い。それこそ、隊長クラスでもなけりゃねェ」


 それはとても凄いことだが、もちろん焔は分かっていた。オーバーフローである彼が、それだけの量の魔源を使いこなすことはできない。しかし、一瞬の力であっても強力な武器であることに変わりは無い。魔導撃などを上手く使う必要があるだろう。


 そして次に舞斬を呼び、焔は外に出る。


「小娘、この戦いはあんたにかかってる。冷静に状況を判断し、やるべきことを理解するんだ。小僧があの調子だからね、フォローしてやりな」


 数日の修行だけでも、舞斬がいなければ上手くいかなかったことは少なくない。そんな彼女は、戦うべき相手を見定める必要があるこの戦いにおいて焔に不可欠な存在であろう。


 そうして二人に最後のメッセージを伝えたティルナは、見送るために腰を上げた。帰りのファミューガ便は既に手配済みらしい。外に出ると、ウィンディもいた。彼も見送ってくれるようだ。


「ふ、普段は先生と二人の修行なので、お二人には失礼かもしれませんが、賑やかで楽しかったです」


「失礼なんてとんでもない。あたし達も楽しかったわ。美味しい料理も食べられたし。ねっ、焔?」


「ふん、次に会う時は一人でもテメェに勝つぜ」


 そう言って焔が笑むと、ウィンディもにこやかに笑い返した。そのうちに、バサバサと羽ばたきの音が聞こえてきた。ファミューガ便の到着である。


「やあ、お疲れ様! あの森からよく帰ってきたね」


 変わらぬ威勢の良い声でアルが言う。またしても使い走りにされているのかと言うと、彼は首を横に振った。


「俺も君達を応援しようと思ってね。お師匠様の修行をこの短期間でこなした君たちに特別サービスさ! 通常価格の半額で乗せてあげよう!」


「金取るのかよ!」


「そりゃあ生活かかってるからね、ハッハッハ!」


 焔のツッコミをティルナに似た笑い声で笑い飛ばすと、ファミューガの背を親指で差し、乗るように促した。二人は颯爽と飛び乗ると、世話になったティルナとウィンディに礼を言い、手を振った。ファミューガは飛び立ち、キセルをふかすティルナと手を振り返すウィンディがあっという間に小さくなる。そうして見えなくなると、舞斬はすぐに焔に向いた。


「これからどうするかなんだけど」


「んなもんキティを助けるに決まってるじゃねぇか」


「そうじゃなくて、まずやることがあるでしょ」


 焔は首をかしげてクエスチョンマークを浮かべる。


「あたし達は、そもそもキティちゃんが連れていかれた理由を知らないわ。理由を知らなければ、キティちゃんを解放できない」


「なんでだよ、取り返しゃ終わりだろ?」


「状況判断力に欠けるわけじゃないのに、夢中になることがあると視野が狭くなるのはあんたの悪い癖よ。いい? 魔導軍に追われる身のままじゃダメなの。キティちゃんも私達も、この戦いが終わった後に平穏でなきゃ意味が無いのよ。そのためには、ちゃんとキティちゃんが連れていかれた理由を知って、魔導軍がキティちゃんを手放せるよう説得しなきゃならない。例えばキティちゃんを研究するのが目的なら、研究自体は続けてもらって構わないけど、キティちゃんを傷付けたり苦しめたりするような研究をしないよう説得するの。もちろん監獄には入れず、あたし達が保護しながらっていうのが交渉のポイントだけど。ティルナさんの言ったように、日本支部の人にも理由を知らない人はきっと多いわ。軍の人間とは言え鬼や悪魔じゃない普通の人間なんだから、ちゃんと話せば聞いてくれるはずよ」


 息つく暇も無いような舞斬の話に焔も、ちなみに聞いていたアルも目をしばたたいたが、焔には納得できない部分があった。


「それじゃあ、俺達は何のために力をつけたんだ?」


「これもティルナさんが言ったように、土俵に上がるためよ。隊長には敵わないって話があったでしょ? あれは逆に、隊長以外となら戦えるってこと」


 言って舞斬は持っている荷物の中から紙とペンを取り出し、焔に渡した。


「あんた、魔導軍の隊員の構成って覚えてる? ちょっと書いて」


「構成? 一般に公表されてる奴なら、なんとなく……」


 焔は荒い字で隊長、隊長補佐などの構成を書いていった。支部長1人、隊長4人、隊長補佐8人で、隊長一人の指揮下に小隊長が3人から5人、全15小隊。一個小隊につき武装隊員約300人と魔導隊員約500人の計800人の隊員。以上が魔導軍日本全支部の戦闘可能隊員であり、全体で約1万2千人の戦力となっている。


 そのうちの約半数が東京の第一支部に勤めている。隊長と隊長補佐は全て第一支部に所属しているが、小隊は8小隊で、残り7小隊は全国各地の主要都市に配置されている。


「あんたってホント魔導関係のことにだけは詳しいわね」


「だけは余計だ。で、これがなんだ?」


「あたし達は、この1万2千人の中で隊長以外となら渡り合えるわけ。訓練前のあたし達なら、ヒラ隊員と変わらなかったわ。なんの戦闘も無しで話をするのはあたしも難しいと思う。だから、勝てる相手は多いほうがいいのよ」


 焔は難しい顔をして腕を組んだ。


「言いたいことは分かったけどよ、結局、まずは何をすりゃあいいんだ?」


「オルタナが言ってたわよね、キティちゃんの研究の第一人者が、日本でやりたいことがあるって。その第一人者に接触して、キティちゃんを研究する理由を聞くの。そこからは交渉次第ね」


「交渉が決裂したらどうする?」


「そんなことにはならないわ。絶対に成功させる」


 強い意思の宿った瞳を焔に向け、舞斬はそう言い切る。焔も、舞斬がここまで言うのだから納得し、頷いた。そこでずっと聞いていたアルはニコニコしながら二人に言った。


「いいねぇその意気! ますます応援したくなったよ」


「だったら無料にしやがれ」


「そいつは無理だ、ハッハッハ!」


 それからは、二人やアルの訓練の時の話で盛り上がった。舞斬がずっとティルナの喫煙を我慢していた話はアルを大層笑わせた。そんな話をするうちに、ファミューガは聖門に到着。数日前に通った灰色の巨大な門の前にファミューガが着陸すると、二人は飛び降りてぐっと伸びをしてから料金を払う。


「それじゃ、健闘を祈るよ。無事に帰ってこられたら結果報告しに来てくれよ、ハッハッハ!」


 どこまでも陽気に言い、アルはファミューガに乗って飛んでいった。二人はそれを見送ると、きびすを返し、聖門をくぐる。いよいよ、魔導軍日本支部に乗り込むのだった。




「センパァイ、護送任務に志願したってホントですかぁ?」


 魔導軍日本第一支部、第三部隊『轟天ごうてん』の事務室に、力の抜ける声音で話す女性、緋華とその先輩、桜路がいた。桜路は何やら書類を見つめながら答える。


「ああ、それがなんだ?」


「あれは『灼天しゃくてん』の任務ですよぉ? 灼天の伊弉諾いざなぎ隊長まで出るのに、なんで志願したんですかぁ?」


 一瞬何かを考えたように桜路は黙ったが、すぐに肩をすくめ、軽い口調で返した。


「なんでもいいだろ。それより緋華、まだ昨日の報告書出してねぇだろ」


「はぅっ……」


「さっさと書いてこい。今日中に出さねぇと、東西とうざい隊長に言い付けるぞ」


「はひぃ! それだけは勘弁してくださぁい!」


 桜路にじっとりとした目で見られ、緋華は飛ぶようにして戦闘隊員用の休憩室に走っていった。彼は小さなため息をつくと、再び書類に目を戻した。


「ガキ一人護送する簡単な任務に隊長サンが駆り出されるなんて有り得ねぇ。任務内容の書類にも護送対象のことは何も書いてねぇし……。総帥サンの命令といい、なんなんだあのガキは」


 書類を睨むかのように見つめていた彼だったが、やがてそれから目を外し、机の上に無造作に投げ捨てた。


「考えても分かるワケねぇか。今日何も起きなかったら忘れよう」


 そう自分に言い聞かせ、彼は放っておくと適当な報告書を出しそうな緋華を監視するため、同じく部屋を出たのだった。




 焔と舞斬は東京のとある港に来ていた。魔導軍日本第一支部は、東京近海の海上に建てられている。関係者以外はいかなる理由があっても立入禁止。建物内にテレポートは無く、出入りするには隊員と言えど海底トンネルを使わなければならず、侵入するならそこしかない。飛行機などで空から入ろうとすると、常時機能している魔導機械による、ドーム状に展開された『魔源壁』に阻まれるためだ。機械によって固体化した魔源が編み目状に張り巡らされており、人間の大きさでは通れないようになっている。


 潮の香りを感じながら、二人の緊張が高まってくる。まずは支部内に入り込み、キティ研究の第一人者を探すのだが、入り込むというのが難しい。唯一の出入口なだけあってチェックは厳しく、変装や積み荷に紛れるなどの方法では簡単に見破られる。一度入って魔導軍の制服を着てしまえば、ただの隊員にはそうそうばれないのだが。


 そこで舞斬は作戦を立てる。それを焔に説明し、二人は頷いて動き出した。出入口の近くまで行くと、十人程度の隊員が警備していた。分厚く大きな鋼鉄の扉はしっかり閉じており、必要な時以外に開くことはない。そこで、顔を知られていない舞斬が隊員に近付き、慌てて指を差しながらこう言った。


「す、すみません! すぐそこで、指名手配中の辻元を見たんです!」


「それは本当ですか? 報告、感謝します」


 すると隊員はすぐに無線を取り出し、誰かと連絡を取り始めた。恐らくは支部内に連絡しているのだろう。舞斬の言った指名手配犯の辻元とは決して適当な犯罪者ではなく、この地域に潜伏していると報道されており、なおかつそれなりの実力を持つ魔導犯罪者である。


 続けて、舞斬の指差した方向で爆発が起こった。焔の起こした爆発である。冷静に考えれば、その爆発と辻元に関係があると断定できるはずはない。が、先に舞斬が辻元の情報を慌ただしく伝えたことにより、隊員にも焦りが生じる。同時に、そもそも舞斬の情報が誤っている可能性すらあるのに、隊員はここに辻元がいると思い込む。


「おい急げ! 重犯罪者だ、中から応援も呼んだ。私達は先に行くぞ!」


 その場にいた隊員のほとんどが舞斬の差した方向へ駆け出す。爆発はさらに二度、三度と繰り返された。舞斬は避難するふりをして物陰に隠れ、様子をうかがう。しばらくすると鋼鉄の扉が開き、中から数人の隊員が空中を走るバイクのような乗り物『ウォラーレ』(『影』魔導による反重力を発する魔導機械)に乗って出てきた。


「クライブ小隊長、お願いします!」


「オーケー! この派遣エリート、クライブに任せナ!」


 アメリカからの派遣隊員クライブに残った隊員の目が向いたその瞬間、舞斬は幻光・天駆を発動し、扉が閉められる前に内部へ飛び込んだ。目にも留まらぬ速さの彼女に隊員は気付かず、そのまま扉を閉める。彼女は連続して天駆を使い、一気に支部へと向かった。


 そして焔は、爆発を起こした後にすぐさま身を隠していた。何機かのウォラーレが通り過ぎるのを見送り、舞斬からの連絡を待つ。しかし、


「ヘイ、隠れてもムダだゼ。辻元じゃないんだロ?」


 クライブのウォラーレだけが止まり、明らかに焔に向かって話してきた。見つかってしまっては仕方なく、焔は姿を現した。


「なんで分かった?」


「爆発サ。魔源の名残がオマエの周りに残ってるゼ。辻元は確かに『火』属性を持ってるガ、『風』属性は持ってなイ。ハデな爆発を起こすために合魔を使ったのはミスだったナ」


「魔源の名残だと?」


「オレはクライブ=キャノン。日本支部で唯一、魔源探知を使えるエリートサ」


 まさかいきなり魔源探知を持つ隊員に当たるとは思っていなかった焔。魔源探知で属性まで特定できるとも知らなかった。こうなっては仕方ない。


「まあいい、テメェを倒しときゃあ、魔源探知を使う奴はいねぇってことだな」


「言うじゃないカ。オレはただの隊員じゃないゼ、小隊長ダ」


 クライブはウォラーレから降りると、握った拳を突き出しながらニヤリと笑った。


「どこかで見た顔だと思ったら、ヴォルテックスと間違えられてた可哀想なヤツじゃないカ。別の犯罪者の名を騙って何をしようってんダ?」


「誰が可哀想だ。犯罪者の名前を使うってことは、そういうことだろ?」


「違いないナ」


 鼻で笑ったクライブは、突き出した拳を大きく開いた。


「このオレに見つかったのが運の尽きダ。ここで捕まっときナ!」


 途端、クライブの周りに鋭い円錐形の物体が四つ現れ、それらは焔に向かって飛んだ。焔は素早く銃を構え、魔導弾を装填する。


「ショット・サラマンドラ!」


 撃ち出された火の龍が円錐を飲み込み爆発する。が、円錐は砕けずそのまま飛んできた。焔がギリギリかわすと、円錐は後ろのコンテナを貫いて地面に突き刺さった。


「今のは……、『土』の『カイ』魔導だな?」


「オウ、一回見ただけでよく分かったナ。その通り、今撃ったのは鉄の針ダ」


 Xと書いてカイと読み、エクストラの意味を持たせたその魔導は、通常変換できるもの以外に魔源を変える技術である。例えば『土』属性ならば、通常は魔源を土に変えるのだが、X魔導はそれに加えて数種類の金属粒子にも変換できるのだ。変換できる種類の限界はまだ解明されていない。誰でも修得できる技術ではあるが、少なくともリーンフォース以上の魔導力は必要である。実は、舞斬の使える『光』魔導のエネルギーへの変換もX魔導と言える。


「そら、まだまだ行くゼ! 『X土』魔導!」


 次々と生み出されては射出される鉄の針。焔はクライブを中心とした円周を描くように走り、それをかわしていく。と思えば急に反対方向へ飛び、鉄の針はそれを追ってどんどん飛んでくる。コンテナや地面が砕け、粉塵が立ち込めると、焔はそれに姿を隠した。


 見えないところで焔は魔導弾を装填するが、クライブは魔源探知で焔の導いた魔源を感じ取った。焔がショット・トルネードを撃つと、その位置を掴んだクライブは迅速に鉄の壁を構築、風を防ぐ。魔導力の高さからか、通常の鉄より丈夫である。


「小細工しても無駄――」


 鉄を魔源に戻し、反撃に出ようとしたその時、焔はクライブの頭上にいた。それに気付いたクライブが見上げると同時、焔のかかと落としが顔面にクリーンヒット。クライブの端正な顔は見事に沈み、彼はばったり倒れて気絶した。


「俺を舐めすぎだ。隙だらけなんだよ」


 言って焔は銃をウォラーレに向け、ショット・フェンリルを放った。ウォラーレは爆破され大破し、使い物にならなくなった。そして銃をホルダーに仕舞うと、クライブを見下ろしながら言い放つ。


「エリートだか何だか知らねぇが、小隊長なんぞに手間取るつもりは無ぇんだ」


 この戦いに気付いた他の隊員もウォラーレに乗って集まってくる。焔はパキパキと指の骨を鳴らし、再び臨戦体勢を取るのだった。




 その頃、上手く海底トンネル内に侵入できた舞斬は天駆をノンストップで使い、支部の入口まで来ていた。支部の入口の警備はトンネル入口のそれに比べて薄く、人数も少ない。彼女はそれを確認すると、トンネルの途中にあった、恐らく小さな倉庫であろう部屋のドアの前まで後退した。ゆっくりノブを回し鍵がかかっているのを確かめると、彼女は愛用の刀『閃輝』を抜き、鍵の部分を綺麗に斬り取った。部屋に入ってすぐにドアを閉め、真っ暗な部屋に『光』魔導の光源を浮かべる。予想通り、清掃道具などが置かれた倉庫で、滅多に使われていないようだった。


「ここならいいわね」


 すると舞斬は道具類を部屋の隅にどかし、部屋の中央に何やらカードのようなものを置いた。そして携帯電話を取り出し、焔に電話をかける。マサムネの携帯電話は特別で、どんな場所でも電波を拾い、通話できる。コール音が何度か鳴った後、焔の声が返ってきた。


「舞斬か。準備できたか?」


「ええ、そっちは?」


「大丈夫だ。作動させるぞ」


「オッケー」


 舞斬はカードに指を置きながら魔導を発動し、魔源をカードに流し込んだ。彼女が急いでその場から離れると、カードの真上の空間に可視化した凄まじい魔源が溢れ、その空間を通して見た向こう側が歪んで見えた。魔源は渦を巻き、それが数分続いた後、急に魔源が弾け飛んだ。


「よかった、これを持ってきておいて」


 そう舞斬が言った相手は、なんとその場にいきなり現れた焔だった。


「『使い捨てテレポート』なんてよく持ってたな」


「マサムネを出る時、何かの役に立つかと思ってボスの部屋からこっそり持ってきたの。ボスがちょっと前に、魔導研究機関の知り合いから興味本位で買い取った話を思い出してね。開発途中の試作品で、まだまだ危険が多いから、絶対使わないって条件付きで」


 使い捨てテレポートは、カードに見える二枚一対の特殊な装置に、テレポート一回分(とは言え大量)の魔源を蓄え、使用者がそれぞれテレポートしたい場所で魔源を注入すると作動する仕組みになっている。一つ作るのにコストがかかりすぎる上、テレポート対象の空間と通常の空間の境目に物体が存在すると、テレポート対象空間に異常を来し非常に危険であることなどから、実用段階には程遠い。


「危険が多いってお前、先に言えよ……」


「先に言ったらやめてたの? ほら、さっさと着替えましょ」


 無事テレポートしてきた焔が持っていたのは、魔導軍の軍服である。クライブの他、集まってきた隊員全てをノックアウトした焔が、そのうちの二人から軍服を奪ってきたものだ。


「こっち見るの禁止よ。見たらぶっ飛ばすからね」


「誰が見るか」


 着ていた服を適当に投げ捨て、焔は軍服に着替えた。サイズはピッタリである。最後に軍の帽子をきっちり被る。


「お前はこれを着りゃあそう簡単にはバレねぇだろうが、俺は顔が知られてるからな。帽子をなるべく深く被るか」


「もっとバレにくくなる方法があるわよ」


 舞斬も着替え終わり、焔にニヤリと妖しく笑いかける。その方法とは、


「……おい、マジか」


 舞斬は結っていた焔の後ろ髪をほどき、前髪も下ろし手櫛で軽く整えた。さらに、焔の胸に倉庫にあった適当な詰め物を投入。そう、女装である。メイクまではさすがに施せなかったが。


「うん、いいんじゃない? あんた、顔はそれなりだし、髪も長くて意外とサラサラだから、ちょっと見ただけじゃすぐには分からないわよ。軍服のおかげで体格も分かりづらいしね」


「テメェ、後で覚えてろよ」


 姿は女性に見えるとしても声は男性なので、隊員と会話が必要になった時は舞斬が話すことにした。


「もう一つ、俺達は第四部隊『凛天りんてん』の新入隊員ってことにしとけ。凛天は『四天部隊』の中でも実務が少ねぇし、隊長が最近退役したもんでバタバタしてるらしい」


「なるほど、新入隊員への対応がずさんになりそうな状況ね。なんでそんなこと知ってるの?」


「俺も残念ながら魔導犯罪者だからな。魔導軍の情報は国を問わず集めてた。ターゲットに裏の世界の奴らが多かったんで、裏の情報も入ってきやすかったんだ」


 心の準備ができた二人は、深呼吸を一回してから倉庫を出た。そして支部の入口へ、堂々と歩いて近づいていく。警備の隊員がそれに気付き、一人がやってきて尋ねた。


「見ない顔だが、どこの隊だ?」


「すみません、私達は凛天に新しく配属されることになった者なんですが……」


 舞斬が答えると、隊員は納得したように頷き、


「ああ、凛天ね。さっきから多いな。早いとこ事務室行ってこい」


 と言ってあっさり通行を許可した。どうやら本当の新入隊員が先程ここを通ったようだ。しかも口ぶりからして一回や二回ではなく、何度も通したらしい。


「部隊のリニューアルでもすんのかねぇ」


「ラッキーね。さっ、キティちゃんの研究者を探しましょ」


 支部は入口こそ海底だが、設備のほとんどは海上に建造されている。二人は無機質な金属の通路を進み、中央エレベータに乗り込んだ。ドアを閉めるボタンを押そうと振り返ると、


「ちょっと待ったー、僕も乗る乗る!」


 言いながら駆け込んできたのは、白髪混じりのボサボサヘアーで、無精髭を生やした中年男だった。中肉中背の体に纏う軍服は新品のように綺麗なのにシワができており、隊員なのか疑わしいほどだらしない雰囲気を醸している。


「いやぁ、君ら新入隊員やろ? 僕もなんさ。一緒に行かへんかと思ってな」


 中年男がそう言う間に、エレベータが上昇する。


「訛りは三重県のやつや。中途半端やで、東京の人には関西弁と間違われるんやけどな。あっ、僕は紫村って言います、よろしく」


 勝手にぺらぺらと喋る中年男、紫村にどう反応したものか悩む二人だが、とりあえず返事をする舞斬。


「は、はい、私は咲空と申します。こっちは、えーと……、友達の山田です」


「咲空……?」


 紫村は舞斬の苗字を聞いて何かを思い出しそうな様子を見せた。が、エレベータが目的の海上に到着しドアが開くと、そこに広がる光景に紫村は考えていたことを忘れた。


「海上の小都市と言われるだけあって、流石やなぁ!」


 中央エレベータから降りる者を迎えるのは、そこが海上だと思えなくなるような建物の群である。四天部隊の各事務所や、支部に下宿している隊員用の数階建てのアパートなどが見えるが、ここからでは全てを見渡すことはできない。


 エレベータ横には支部内の案内図が設置されており、紫村も含めた三人はそれを見た。事務所やアパートの他にも、二つの食堂や屋内屋外それぞれのトレーニング場、医療センター、魔導研究所、なんと図書館まである。大学のキャンパスに似ていた。また、海底には一部の重魔導犯罪者を収容するフロアもある。


 焔と舞斬がまず目指すのは、魔導研究所である。が、


「事務所はこっちやな。行こか」


 紫村はどうやらずっと一緒に行くつもりらしい。ここで別れるのも新入隊員として不自然である。運の悪いことに、魔導研究所と事務所はまるっきり反対方向であった。


「どうする、一発殴って気絶させるか?」


 焔がひそひそと舞斬にだけ聞こえるように言う。彼女は視線を変えずに返した。


「……ダメ、監視カメラよ」


 エレベータの横に夜間用の明かりを備えた柱が建っており、その明かりの下辺りに小さなカメラも設置してある。


「とりあえず、事務所に向かいましょ。考えがあるわ」


 紫村を先頭に、三人は事務所に向かって歩き出した。紫村は、二人が反応しようがしまいがずっと喋り続けている。


「もうすぐ50になるこんなおじさんに、まさか魔導軍から御達示が来るとはなぁ。人生どう転ぶか分からんもんや」


 紫村は若者ではないが、50歳が近いようにも見えず比較的若々しい。彼は自分からではなく、魔導軍に請われて来たという。余程優秀なのだろうが、そうは見えないのが彼である。


 などという話を聞かされながら、舞斬は焔に次の動きを手短に伝えていた。焔は少しずつ歩くスピードを遅め、紫村の視界から外れる位置まで来る。同時に舞斬は紫村に話しかけ、注意を引いた。それを見つつ、静かに脇道に入る焔。紫村はそれに気付かない。


「へぇ、三重もいいところなんですね。……あら?」


 しばらく会話を続け、事務所も近付いてきたところで、舞斬はたった今気付いたように言った。


「山田!? 山田がいないわ! 大変、はぐれちゃったみたい!」


「ありゃ、気付かんかったな」


「私、探してきます。あの子とは幼馴染みなんです」


「せやったら僕も――」


「いえ結構です、迷惑はかけられません。ではまた!」


 返事をする暇も与えず舞斬は風のように走り去っていった。跡にはぽかんと口を開ける紫村が残されたのだった。


 舞斬は焔に伝えた場所まで走った。案内図を見た時、事務所へ行く道の途中に食堂があることを覚えていた舞斬は、その裏口付近で待つよう言った。そのはずだったが、


「……」


 裏口には誰もいなかった。正面に回っても見つからない。どうやら焔は、道を間違えたらしい。


「確かに、はぐれろとは言った。けど、本当にはぐれてどうすんのよぉー!」




 焔は食堂などとうに通り過ぎ、別の事務所の区画を歩いていた。


「くそっ、迷った。大体、一回見ただけの案内図なんか覚えてねぇっての」


 ぶつぶつ文句を垂れながら、また案内図は無いかと探していると、目の前の事務所から出てくる隊員が見えた。その顔を見た瞬間、焔は慌てて帽子を深く被った。その隊員とは、金条桜路だったのだ。


「ったく、緋華のやつ、自分の報告書くらい自分一人で書けっての」


 こちらも何やら文句を吐きながら歩いてくる。焔はなるべく桜路と距離を取ってすれ違おうとした。が、


「ん? おいお前サン、さては凛天の新入隊員サンだな? ここは轟天の事務区画だ。凛天はあっちだぜ」


 見かけない者だとすぐに気付かれ、親切に道を示されたが、焔は返事ができない。男の声だということもあるが、さらに桜路には一度声を聞かれている。少しでも怪しまれればアウトである。しかし、すぐに返事ができずおどおどした様子を見せた時点で、焔を怪しむには十分だった。


「……お前サン、顔を見せろ」


 もはや戦うしかない、そう焔が身構えようとしたその時である。支部全域に伝わるほどのけたたましいサイレンが鳴り響いたのだ。桜路ももちろんそれに驚き、サイレンに続く放送に耳を傾けた。


「緊急事態、緊急事態。何者かが支部入口を破壊し、侵入しました。詳細は不明。入口の隊員は全員戦闘不能。侵入者は現在、トンネル内を移動中と見られます」


 桜路はまさかと思った。魔導軍に突っ込むなどという無謀な者が、聖域護送の当日に現れた。彼がそれをヴォルテックスだと考えるのに時間はかからなかった。


「本当に乗り込んできやがったのか。上等だ、今度は徹底的に叩き潰してやる。新人サンはさっさと事務所行ってこいよ」


 言って桜路は中央エレベータのほうへ飛ぶようにして駆けていった。危うくばれるところだった焔のため息がこぼれる。


「ふぅ、誰だか知らねぇが助かった。魔導軍に正面から突っ込むなんざ、正気じゃねぇな」


 つい最近まで自分もそうしようと思っていたことなど無かったことのように呆れ声を出す焔。気を取り直し、案内図を探す。


 魔導軍が警報のサイレンを使うことなど滅多に無いため、影響で事務所区画には慌ただしい雰囲気が広がっていた。おかげで彼を気に留める者はおらず、事務所の玄関口で案内図を見つけるのに苦労はしなかった。


「写メ撮っとくか」


 携帯電話を取り出し、案内図の全体と魔導研究所付近の写真を撮ろうとすると、


「おっ、着信ありだ。舞斬からか」


 長いコールが二回入っていたが、桜路と遭遇していたため気付かなかった。すぐに彼は舞斬に電話をかけたが、今度は彼女が出ない。面倒臭くなった彼は案内図の写真を撮り、事務所を出た。


「まあいい、どうせあいつも魔導研究所に向かってるだろ」


 と気楽に言い、彼は自分が女装していることも忘れ、大股で歩いていくのだった。




 屋内外のトレーニング場がある区画を舞斬は疾走していた。サイレンのおかげで、慌てて走っている者がいても怪しまれずに済む。焔を探そうにも魔源探知では人の気配を察知することができず、彼女は研究所に向かうしかない。しかしその時、


「咲空舞斬殿ですね?」


 彼女の心臓がドキっと鳴った。建物の間から彼女の前に姿を現したのは、深緑の艶やかな長髪をポニーテールにし、凛々しい顔付きはいかにも魔導軍の隊員といった女性だった。腰には銃に近い形状をした武器がホルダーと一緒に装備されている。


「なぜ私の名前を知っている」


 舞斬はすぐに冷静さを取り戻し、刀に手をかけながら仕事モードの口調で質問した。ここで自分の名前を出されるということは、魔導軍に知り合いのいない舞斬からすれば相手は敵だと考えるのが自然である。


「その答えを知りたくば、わたくしを退けることです。ただし、そう易くはないでしょうが」


 言うと女性は腰の武器をホルダーから抜いた。それは機械音を発しながら変形し、刃の形状が独特な剣になった。


「私は咲空殿の名を知っている故、こちらも名乗ることが礼儀と心得ます。私は魔導軍日本支部第四部隊『凛天』隊長補佐、ディミ=ヌ=エンデ」


「当たった相手がいきなり隊長補佐か。ツイてない」


「それでは、参ります」


 その瞬間、舞斬は魔源の流れを感じ取り、反射的に刀を抜いていた。すると何か固いものを刀で弾かれたような音が鳴り、彼女の手に衝撃が伝わった。ディミを見ると、剣を振るった後のような構えになっている。


「剣の届く間合いじゃない。魔導機械の使い手か」


「ご明察」


 魔導機械には二種類あり、一方は初めから効果や属性が設定されたもので、テレポートや看守の持つ『雷』属性の警棒などがこれにあたる。もう一方は使用者の魔導に変化を持たせたり強化を与えるものだ。焔の持つ銃も、焔が戦ったグランドの持つ鎗も、実はこの魔導機械なのだ。ディミの剣は後者。何らかの魔導により剣のリーチを伸ばしたと考えられる。


 今度は舞斬から仕掛けるが、最初から刀の峰を使うつもりで攻めた。殺す気は毛頭無い。天駆にて一気に接近すると、下段からの斬り上げを放つ。それをディミはスピードに驚くこともなく剣で冷静に受け流し、斬り返す。舞斬も剣術を教わっているだけあって、見事なさばきで刀を振るう。火花散る剣戟が続き、幾度も金属音が辺りに響いた。


「中々の腕とお見受けします。良い師をお持ちのようですね」


「それはどうも!」


 一旦ディミを大きく弾き、舞斬は深く息を吸って刀を構え直した。ディミも舞斬の気配が変わったことに身構える。そして舞斬は再び天駆を使い、


舞刀一番ぶとういちばん赤鴉せきあ!」


 刀と剣がぶつかった瞬間、カメラのフラッシュよりも眩しい光がディミに発せられ、彼女の目をくらませる。一振りごとに発光し完全に視界を奪う連続攻撃。


 しかし隊長補佐の肩書きは伊達でなく、僅かに見える舞斬の動きを頼りにディミは全ての斬撃を受け止め続けた。舞斬もそれだけでは終わらない。


「舞刀続番・赤鴉晶刃せきあしょうじん!」


 赤鴉で放った光は消えておらず、球体を成してディミの周りに浮かんでいた。それらが『光=変』の合魔により固体化し、刃となってディミに襲いかかる。舞斬の刀による前方からと、光の刃による周囲からの二重攻撃である。対してディミは、


魔殺剣マジア・マタル


 斬り上げて舞斬を弾き、さらに一回転しながら周囲を薙ぎ払う。すると、なぜか光の刃がすうっと霧散してしまった。ディミは改めて剣を構え、自らの魔導号を名乗った。


「私の魔導号は『魔導斬り(シャットダウン)』。貴殿の魔導、斬らせていただきました」


 ディミのマジア・マタル、これは魔導の属性『減』を魔導機械に纏わせたものである。『変』の対極属性である『減』もまた特殊な属性で、魔導によって属性に変換された魔源を、変換前、すなわちただの魔源に戻すはたらきがある。そのため『減』魔導を受けた他の魔導は、かき消されたように見える。


 光の刃が消されたのを見た時点で、舞斬も『減』魔導であることは分かっていた。問題はその事実。舞斬の魔導を『減』魔導で消されたということは、ディミの魔導力が舞斬のそれを上回っていることを意味する。


「でも、剣術で負けるわけにはいかない」


「実力と共に、自信もお有りのご様子。相手の土俵で戦うのは得策でないと心得ます」


 ディミはサッと後ろへ飛びのき舞斬と距離を取り、舞斬が間合いを詰める前に、


「『傷』魔導」


 剣がまた機械音を上げて瞬時に変形し、銃の形状を成した。その銃口から『傷』属性の魔源の弾丸が数発放たれる。


「遠近両用か。幻光・儚盾!」


 『傷』属性は魔源自体に殺傷能力を持たせる属性で、切り傷を与えたり、弾丸とすれば本物の銃弾のように物体を貫く。光の盾でそれらを防ぐと、ひびは入ったものの、なんとか全弾防ぎ切った。


「ならば、魔穿弾マジア・エストラ


 もう一度放たれる魔源の弾丸を再び儚盾で防ごうとする舞斬だったが、盾に当たる直前、気付く。


「しまっ、合魔か!」


 弾丸は光を溶かすように貫き、ギリギリで避けた舞斬の右腕をかすめ、斬り裂いた。さらに連射するディミ。その弾丸は『傷=減』の合魔で、魔源による防御は魔導力で負けるディミに対して有効でないのだ。普通の銃ほどスピードは出ないため避けることはできるが、中々近づけない。しかし、ディミにも隙はある。


「ここだ! リーンフォース、『輝』魔導!」


 ディミが魔源の装填をした一瞬の隙に、舞斬は光を辺りに散らし、自身は天駆で迫った。


「斬煌天駆!」


 ディミはすぐ魔導機械を剣に戻し、すれ違いざまの舞斬の斬撃を弾く。が、脇腹にズキッと痛みが走る。舞斬の十字斬りは目にも留まらぬ速さ、初見で防ぐのは難しい。空中でターン、次の光に乗ってさらなる攻撃を加える。


「リーンフォースからの連続『変』魔導、そして剣術……。ここに乗り込んでくるだけはあるようですね」


 舞斬の攻撃を、ディミはその刀が振るわれるまで鋭くにらみ続けた。そしてなんと、たった一回見ただけで十字斬りを二撃目まで受け流したのだ。


「なっ!?」


「リーンフォース、『飃』魔導」


 ディミの手に凄まじい風の渦が生じ、彼女はそれを炸裂させた。衝撃波で舞斬も光の球も吹き飛ぶ。ここで、ディミには三つ以上の資質属性があり、彼女が魔人だと分かった。着地し刀を構え直す舞斬に、ディミは急に話しかけた。


「ここに乗り込んだ理由を述べていただきたい」


「なんだいきなり、聞くなら最初に聞けばいいものを」


「お答えいただけますか?」


 ただし、ディミはしっかり剣の切っ先を舞斬の胸に向けて動かさない。舞斬も油断無く答える。


「『聖域』とあなた達に呼ばれる少女がいる。その存在は知っているか?」


 応答としてディミはゆっくり頷いた。


「その子は魔導科学部門の研究対象らしいが、私の友人だ。責任者に会って、私が保護することを認めてもらいに来た」


「その責任者の日本滞在が今日までな上、総帥命令のため日本支部にかけあっても責任者とは接触させてもらえない。だから乗り込んだと。呆れも度を越せば感服に至ります」


 やけに理解の早いディミはなぜか剣を仕舞い、臨戦体勢を解いた。これには舞斬も訝しげに刀を下ろす。


「咲空殿のことはオルタナから聞いております。無謀に相応の実力と覚悟、この目で見るまでは協力できぬと考えた故、失礼ながら刃を交えさせていただきました」


「えっ……、じゃ、じゃああなたがオルタナの言ってた、魔導軍の友人!?」


 ディミ曰く、オルタナとは魔人界にいた頃からの友人で、オルタナから焔と舞斬が現れたら協力してやってほしいと頼まれたのだという。焔や舞斬の名前、能力が知れていたのはオルタナが伝えたからだ。


「家を出たとは言え、元貴族のオルタナが懇願するほどです。余程あなた方のことを気にかけているようですね」


「オルタナ……」


 厳しいことを言っていたオルタナだが、やはり焔や舞斬の友人であることに変わりは無かった。舞斬は心の中でオルタナにありがとうと呟き、ディミに向いた。


「じゃあ、協力してくれるのね?」


「ええ、聖域研究の第一人者のところへご案内しましょう」


 二人は魔導研究所へ歩き出した。歩きながら、ディミが尋ねる。


「先程のサイレンをお聞きの通り、何者かが侵入したようですが、あなた方とは無関係ですか?」


「そうね、あたし達は二人で乗り込んだわ。焔とは一緒だったから、別の人物のはず」


「一緒のはずの焔殿はいずこに?」


「……はぐれたわ。先に行ってると思う」


 たった二人で乗り込んでおきながらあっさりはぐれてしまい情けない気持ちの舞斬だったが、ディミはさして気にせず、つかつかと歩を進めた。


「えっと、ディミさん。第一人者ってどんな人なの?」


「私も直接話したことは無いので、はっきりとした人物像は分かりません。WSOにおいて日本人で初めての部門主任だとか」


「日本人なの!? あたしはてっきりアメリカの人なんだと。話の分かる人だといいけど……」


 アメリカに本部を置くWSOの人間なので、舞斬は虚を衝かれた思いだった。


「確か名は、来栖木博士と聞いております」


 その名を聞いた途端、舞斬は歩みを止めて表情を強張らせた。どうしたのかとディミが尋ねると、舞斬は固まった顔を返す。


「来栖木って、まさか……」




 そこは魔導研究所の入口。焔は順調に辿り着いていた。辺りを見回しても舞斬の姿は見られない。


「まだ来てねぇのか、それとも中に入ったのか……。まあいい、さっさと行こう」


 舞斬を待つこともなく焔は研究所に足を踏み入れた。声を怪しまれないように風邪を引いたと嘘をつき、通りすがりの研究員に第一人者の場所を尋ねる。急ぎの用があるとこれまた嘘をつくと、案外すんなり教えてくれた。研究員は普通の隊員に無関心のようである。


 教えられた通りに通路を進み、ようやく目的の部屋に到着。ここからは話し合いとなる。舞斬がいないのは心許ない気持ちもあり、やはり彼女を待ったほうが賢明かと考えた、その時、


「入り給え、私に用があるのだろう?」


 部屋の中から声がした。どうやら気付かれていたらしい。しかし焔が驚いたのは、その声に聞き覚えがあったことである。彼は舞斬のことも忘れ、無意識にドアを開けていた。


 中には一人の白衣の男が後ろ姿で立っていた。その男を焔は射抜くような目で睨み、こう言った。


「まさか、テメェだったとはな……。来栖木繪能(えのう)


「久しぶりだが、『父親』に対する口の利き方ではないな、焔」


 なんと、魔導科学部門の主任にしてキティ研究の第一人者とは、焔の父親、来栖木繪能だったのだ。焔のフルネームは来栖木焔。これを知っているのは舞斬とオルタナ、そしてマサムネのボスだけである。


「クク、会うのは何年ぶりだったかね?」


 女装した焔の姿にはなんのリアクションも取らない繪能。焔も女装していることなど忘れて答える。


「知るかよ。テメェなんざ父親とは思ってねぇ。だが今はテメェと話をしなきゃならねぇんだ。キティを、……テメェらが聖域と呼んでるガキを解放しろ」


「いきなり解放しろとは、全く以て頭の悪い言動だ。聖域の脱獄後、聖域の捕獲に出た隊員の報告で、お前と聖域が行動を共にしていたことは知っている。どうやら随分と親密な関係になったようだな。こんなところに乗り込んでくるほど、取り返したいのかね」


 最大限の嫌悪の気持ちを込めた焔の眼差しも全く意に介さず、繪能は眼鏡の奥の冷たい瞳を焔に向けている。


「私の研究は、聖域に封印されている『ある魔導』だ。魔導科学的にも非常に貴重な資料になり得る。厳重に保護する必要があるのだよ」


「保護だと? 監獄にぶち込んで、服も着せず言葉もかけず、あれのどこが保護だ! テメェなんかにキティを預けてられるか!」


「ならばお前にはできるのかね?」


 まるで焔がそう言うだろうと予期していたかのように、繪能の言葉は早かった。


「私はとにかく聖域が安全であれば良いのだ。お前がどうしても自身の手元に聖域を置きたいと言うのなら、お前が聖域を保護できると証明してみせることだ」


「ああ、やってやる、すぐに証明してやらぁ!」


 とは言うものの、そんなことをどうやって証明するのか焔には分からなかった。しかし今はできると言うしかない。と、そんな時、


「失礼します、来栖木博士!」


 研究員の一人が焔を無視して部屋に入り、慌てた様子で言った。


「何ですか、大きな声を出して」


「先程、基地内放送で確認された侵入者ですが、どうやらこの研究所を目指しているようです。先に向かった轟天の金条補佐は、侵入者の使役する魔獣と交戦中とのことです」


「魔獣を使役!?」


 研究員は繪能に話しかけていたが、思わず焔は反応してしまう。魔獣をペットとして飼う者はいても、魔導軍の隊員と張り合えるような魔獣を従えられる者はごく僅かである。


「今日は轟天と灼天の隊長がいます。問題無いでしょう。下がってよろしい」


「はい、失礼しました」


 全く動じない繪能に言われ、研究員は一礼して出ていった。そして繪能は再び焔に視線を向け、話を戻した。


「証明の仕方が分からないかね? 私を納得させるだけの力を示せと言っているのだ。そうすれば私が魔導軍に話を通しても良い。聖域が安全ならそれで良いと言ったであろう。私は魔導軍の人間ではないが、この研究に関しては魔導軍への命令権限も与えられている。私が認めれば、魔導軍も文句は言わない」


「魔導軍まで使って、なんでキティを守るんだ? 何かに狙われでもしてるってのか?」


「聖域の魔導は多く研究の余地を残しているが、研究者の中には、聖域を軍事利用できると考える連中がいるのだよ。どこぞの愚かな研究者がそれらの情報を漏らしたらしく、聖域を金目当てに狙う輩が現れ始めた。先程の侵入者というのも、もしかしたらその類の者かもしれんな」


 なるほど確かに保護は必要であるらしい。


「だったら、俺がそいつらからキティを護る。テメェは研究を続けりゃいいが、保護は任せてもらう!」


「……どうやら本気のようだな。ならば――」


 しかしその時、突如として建物に大きな衝撃が走り、二人の話は中断してしまった。何事かと考える間も無く、続いて部屋の壁が大破。外から一匹の魔犬類が飛び込んできたのだ。焔はすぐに銃をホルダーから抜き、ショット・トルネードを放ちそれを迎撃した。


「おい、ここまで攻め込まれてんじゃねぇか」


 と言って繪能を見ると、いつの間にか彼はいなくなっていた。


「あの野郎、逃げやがったか!?」


 焔は壊れた壁から外に出、辺りを確認した。研究所の前で魔獣と隊員達が交戦している。とにかく繪能を探そうと足を出したその時、


「やっと会えたぜ、来栖木焔」


 耳を疑う。舞斬やオルタナでも焔のフルネームを口にすることは滅多に無い。それを呼ぶのは一体誰かと眉間にしわを寄せながら見ると、明らかに魔導軍の隊員ではない者が焔をまっすぐにらみつけていた。


 舞斬と同じくらいの背丈で小柄な女性。髪は短く刺々しく、片方の耳にはピアスが光る。へそを出した挑発的な格好にホルダー付きのベルトを身につけ、銃が装着されている。強烈な殺気を宿す瞳は、とても冷たかった。


「来栖木焔、テメェを殺す!!」


 誰かと問うことも許さず、女性は焔に向かって駆けた。その右手に『水』魔導による氷の爪を作り出し、斬りかかる。


「っく、いきなりかよ!」


 後退してかわす焔。すると女性は氷の爪と反対の手で銃を抜き、速射した。それもまた『水』魔導による氷柱の弾丸であり、焔はショット・サラマンドラで対抗する。が、氷柱は溶けることなく火の龍を貫き、焔の肩や腕を斬り裂いた。


「ぐっ、強ぇな……。テメェ、何者だ!」


 何者かと聞かれた女性は僅かに指をピクッと動かしたが焔は気付かない。女性は銃を下ろし、怒りに満ちた声色で話した。


「アタシが分からねェか、それともアタシを忘れたか。だがな、来栖木焔、……アタシはテメェを一日と忘れたことは無ェ!」


 怒号が響いた途端、その女性の周りに轟々と魔源が渦巻き始めた。魔源の可視化、凄まじい力である。魔源は銃に吸い込まれていく。そしてそれは、引き金が引かれると同時に強大な砲火となってほとばしった。


 しかし次の瞬間、焔の眼前に迫ったエネルギー砲は、地面から突然噴き出した大量の水に飲み込まれ停止した。そして間もなくエネルギーは水に溶けるように消え去り、水もまた魔源となって霧散した。


「はいはい、そこまでや」


 その声に驚いて見ると、支部入口で出会った男、紫村が穏やかに笑みながら歩いてきた。


「し、紫村のオッサン!?」


 思わず声を出してしまう焔だが、紫村は焔の男っぽい声にも反応せず、女性のほうに向いて手を出した。


「さて、君を捕まえるんが僕の初仕事らしいわ。大人しく捕まってくれやんか、侵入者君?」


 女性は最初、紫村もまとめて消し飛ばそうと銃を構えたが、彼の制服の胸にあるバッジのようなものを見るや険しい表情をし、なぜかサッと後退した。そして銃をホルダーに仕舞い、背後の建物の屋上に高く跳び上がった。


「来栖木焔、アタシは必ずテメェを殺す! それだけじゃねェ、テメェの大切なものも全部、ぶっ壊してやる!」


 上空から一匹の魔鳥類が降りてくる。女性はその背に飛び乗り、空の彼方へ退散していった。焔はそれを混乱する頭で見送っていたが、おかしな点に気付く。


「……ん? 魔源壁はどうした?」


「いろいろ面倒なことになっとるみたいやなぁ」


「紫村のオッサン、あんた……、あっ!」


 しまったと思い口を手で覆う焔。女装していることを思い出したのだ。しかし、


「ああ、気にしやんでええぞ。君が男なんは気付いとったからな」


「なに?」


 逃げた女性が見えなくなってから、紫村は顔を焔に向けて微笑んだ。


「制服着とっても、よく見れば体つきが男っぽいのは分かる。それに、歩き方もな」


 そして紫村はその体も焔に向ける。そこで初めて焔は見た。胸のバッジに刻まれた紋章を。魔導軍における階級、『隊長』を表す紋章を。


「た、隊長……」


「すまんなぁ、君が侵入者っちゅうことはもうバレとるんや。君も捕まえやなあかん。それが『凛天』の新隊長、紫村雹雲しむらひょううんの仕事やでな」


 急いで臨戦体勢を取ろうとするも遅く、紫村が手を振るった途端、焔は体をまるごと水球に飲まれ閉じ込められた。いくらもがいても水は剥がせず、魔導を発動しようとしてもなぜか魔源が集中できない。そうするうちに、焔の意識はだんだんと薄れていき、彼は気を失ってしまった。


「来栖木博士は侵入者や言うとったけど、こんなところに侵入して何するつもりやったんやろ」


 焔を包む水球は泡になって消え、彼は地面に倒れた。どうやって牢まで運ぶか考えようと紫村が顎に手を当てたその時、


「隊長!」


 急に呼ばれて紫村はこけそうになった。振り返ると、魔導研究所まで共にやってきた舞斬とディミが驚いた様子で駆け寄ってくる。


「着任直後だというのに仕事の早いことです。しかし隊長、聞いていただきたいお話が」


「焔! しっかりして!」


 濡れた焔の体を抱き起こし、揺する舞斬。その横でディミは紫村に事情を説明していた。魔導軍に対して害意は無く、ただキティを助けに来たのだと。


「はぁー、なるほどなぁ。大したもんや、気に入ったわ!」


 たった今焔を倒しておいてからからと笑う紫村に、ディミも若干の呆れ顔を返す。そして焔は頭をぐわんぐわんと揺すられ、すぐに目を覚ました。


「うおっ、舞斬、いつの間に!?」


「一体どう転べば隊長と戦うことになるのよ、あんたって奴は……」


「し、仕方ねぇだろ! 俺も何がなんだか分からねぇんだよ」


「状況を整理したほうが良いかと」


 ようやく合流できたのだから、情報を共有すべきであろう。奇妙な組み合わせの四人は、一旦魔導研究所に戻るのだった。




「保護できるだけの力を示せ、か……」


 女装を解いた焔から繪能との会話の内容を聞かされた舞斬も、すぐには名案が閃かずうなる。ちなみに紫村とディミもその話を聞いていた。


「なぁ紫村のオッサン、隊長権限でなんとか言ってくれよ」


「無理やな。他の隊長ならまだしも、新人も新人の僕ではなんとも言えんわ」


「だよなぁ。舞斬、なんか思い付かねぇか?」


 この手の考え事が嫌いな焔は、すぐに舞斬に話を振った。


「魔導軍の中にいるのと、私達と一緒にいるのが同じくらい安全だと示せって言われてるようなもんでしょ?」


「それは不可能でしょう。保護対象の安全性に関して、魔導軍と同程度の力を持つ組織は日本に存在しません」


 澄ました顔ではっきり言うディミに、本当のことなので何も言い返せない舞斬は代わりに渋い表情を返す。


「うーん、もう一度繪能さんと交渉したほうがいいかも」


 と舞斬は腕を組む。現状ではそれが得策だろうとその場の誰もがうなずいた。すると、ディミがぴくりと指先を動かし外を眺めたので、三人の目はそちらに向いた。


「……少々騒がしくなってきたご様子」


「どうしたの?」


「空を」


 言ってディミは窓を開け、空を見上げた。他の三人も窓際に寄って仰ぎ見る。太陽の光の中に、無数の黒い点が浮かんでいる。それらはだんだんと近づいてくるようだった。目を凝らして見れば、なんとそれらは、魔獣達だった。


「魔獣!? やっぱり魔源壁が消えてやがる」


「多分、さっきのお嬢ちゃんが機械を壊したんやろな」


「なんて数……。二桁じゃ済まなさそうね」


 どうやら今はキティを助け出せる状況ではないようである。またしてもサイレンが鳴り響き、隊員と魔獣が全面的に交戦し始める。


「しゃあない、僕も行ってくるわ。ディミ君は二人と一緒におってくれ」


「承知しました」


 紫村は面倒臭そうに頭をかきながら外へ出ていこうとしたが、


「ああ、そや」


 彼は思い出したようにドアの前で立ち止まると、舞斬に向いて笑顔を見せた。


「ご両親によろしくな、咲空君」


「えっ?」


 きょとんとする舞斬だったが、紫村はそれ以上言わずからからと笑いながら出ていくのだった。ともかく、残された三人はどうしたものかと頭をひねる。すると、今度はその部屋に入ってくる者がいた。その者の顔を見た焔は思わず、


「金条桜路!?」


 と驚いて声を上げた。が、よく見れば桜路ではないようだった。気の強そうな目つきなど顔は似ているが、金色の髪は長く、胸に膨らみがある。ディミが訂正を入れる。


「桜路殿にお会いになったことがあるようですね。この方は金条百花(ひゃっか)殿。私と同じく凛天の隊長補佐で、桜路殿の姉です」


「あ、姉か。似てるな……」


「百花殿、どうされたのですか? 魔導研究所に来られるとは珍しいことです」


 ディミが話しかけるが、百花は何も答えない。表情が乏しく、どこか様子がおかしいことに三人とも気付く。


「百花殿……?」


 改めてディミが話しかけた瞬間、舞斬がいち早く察知する。百花の手元に魔源が集中したことを。


「ディミさん、離れて!」


「リーンフォース、『てい』魔導」


 魔導研究所の一角が、轟音と共にほとばしった雷撃によって一瞬にして消し飛ぶ。崩れ落ちてくる瓦礫を避けながら三人はなんとか無傷で外に飛び出た。


「そういや俺達が侵入者だってのはクソ親父がバラしたんだったな。にしたって、いきなり過ぎやしねぇか。ディミは仲間だろ? 仲間ごと攻撃しやがったぞ」


「おかしい。百花殿は芯の強く優しい方。問答無用で攻撃してくるような方では決してないのですが」


「考えてる暇は無さそうよ!」


 困惑した表情を見せるディミだが、再び魔源の集束を探知した舞斬がディミの手を取って飛びのく。焔もまた横飛びでその場から離れると、今度は一直線に雷撃が走り、三人をかすめていった。粉塵の中から百花が姿を現す。やはり無表情で、完全に敵として対峙していた。


「こりゃあ、大人しくなってもらうしかねぇな」


「……やむを得ません。彼女は『黄金の閃光(サンダーボルト)』の魔導号を持つ『雷=光』の使い手。手強いですよ」


 百花は両手を天に掲げると、そこに光り輝く球体を作り出した。凄まじいエネルギーが凝縮されたそれを、彼女は炸裂させる。


「『雷=光』合魔、天裂の叫び!」


 百花を中心として、悲鳴のような甲高い音を発しながらまばゆい電気のエネルギーが周囲に広がる。周りの建物が壊れてもお構い無し。逃げ場の無い攻撃だった。


「マジア・マタル」


 ディミが素早く前に出、変形させた剣で力強く薙ぎ払う。幾分かの魔源は消し去れたがしかし、百花の魔導力も大きく、完全には消し切れず三人は電撃に打たれた。


 と思いきや、舞斬は幻光・儚盾で一部を防ぎ、そこを通り抜けて百花の懐に入っていた。下段からの峰打ちを繰り出すと、それを百花はぐいっと体をのけ反らせてかわし、ブリッジをするように地面に手をつけながら片足を振り上げ、舞斬の刀を弾き飛ばした。そのまま後転し、地に足をつけるとすぐに直線の稲妻を舞斬へ放つ。


 そこへ焔が電撃のダメージをものともせずに走り込み、左手の『火』の魔導撃を放つ。普通の電気ならば通用しないのだが、相手は魔源。魔源同士ならばぶつけることができる。爆裂によって稲妻はかき消された。


 さらにディミも仕掛ける。百花の脚を狙って『傷』の銃弾を放った。が、その弾丸は百花に届く前にかき消される。百花の前に、別の隊員が現れていたのだ。


「さすがの金条先輩も多勢に無勢ってか」


「貴殿は……」


 その隊員は焔よりも背が高く、腕まくりで見える腕には筋肉も十分。丸坊主で強面のその男は、銃弾を消した錫杖しゃくじょうをぐるりと一回転させて肩に置いた。


「なんだこのスキンヘッドは。不良僧侶か」


覇堂万里はどうばんり殿。灼天の隊長補佐に最近昇格された方です」


「この人はちゃんと話せるみたいね」


「話をするつもりは無さそうだがな」


 万里は敵意むきだしの眼差しを三人に注いでいた。彼もまた百花同様、ディミすらも敵として認識している。


「おいテメェら、こっちの話を聞け!」


「それは聞けねぇ相談だってか!」


 焔が訴えるも、百花と万里は聞く耳を持たず再び襲いかかってきた。百花は上空に魔源を打ち上げ、空を斬るように手を振り下ろし、


「『雷』魔導!」


 本物の雷かと思えるような轟音と共に電気のエネルギーが落ち、焔達を吹き飛ばす。さらに、焔に向かって万里が突っ込んだ。


 錫杖を勢いよく振り下ろす万里。焔は咄嗟に銃を盾にして受け止めようとしたが、万里の力は予想を超えて大きく、銃を弾かれそのまま肩を強打された。堪らず片方の膝をつく焔だが、負けずにアッパーを万里の腹部に見舞う。


 一旦距離を取った万里は、錫杖の先端を焔に向けて再び突撃した。焔が身を翻してそれをかわすと、万里は地面に錫杖を突き刺し回転、遠心力を伴った蹴りを焔に叩き込む。


 吹っ飛んだ焔は着地点にちょうど落ちていた銃を拾い、モードチェンジを作動させ、


龍火連弾(Gサラマンドラ)!」


 たくさんの小さな火の龍が銃口から飛び出し、万里に食らいつかんと舞う。すると万里は地に拳を叩き付け、魔導を発動した。


「『もく』魔導!」


 魔源で作られた植物の蔓が壁となり、火の龍を受け止める。蔓が焼き尽くされる前に万里は胸に手を当て、別の魔導を発動した。


「準備オーケーってか」


 そして万里は、まだGサラマンドラが終わらないうちに蔓を消し、なんと火の中をまっすぐに突き進んだ。もちろん体は焼かれ、痛みが襲う。


 焔にはそれが見えていない。ゆえに爆炎を貫いてきた万里の錫杖による突きをかわせず、胸部に重い一撃を食らってしまった。吹っ飛んで建物の壁に叩きつけられる焔。


「くっ……」


 万里を見ると、体に負った火傷が見る見る治っていく。どうやら先に発動したのは『治』魔導で、一定時間治癒し続けるものだったようだ。


「『木=治』……。SBDメインのタイプか」


「この腕っ節がありゃあ充分だってか」


「SBDねぇ。そういやSBDは、訓練してから本気で使ったこと無かったぜ。やってみるか」


 焔の魔導力が上がり、SBD能力も向上していることは最後の訓練で確認できているが、全力で発動した試しはまだ無い。まずは脚部のSBDを使ってみる。


「行くぜ!」


 地を蹴った瞬間、自分でも驚くほどのスピードで焔の体は前に進んだ。石のような地面に足跡が残るほどの脚力から生まれる速度で、一気に間合いを詰める。


「てめぇも良いSBDだってか!」


 互いに正拳突きを繰り出し、ぶつける。すぐに焔は腕を払い、蹴りを見舞う。腕を立てて防御する万里だが、強化された一撃は防御を破って彼を吹っ飛ばす。彼は『木』魔導で巨大な蔓を地面から生やし、それを足場にして跳ね返った。


 錫杖を振るおうと振りかぶる万里に対し、焔は『火』魔導撃を足元に打ち込む。爆裂により舞い上がる粉塵に万里の視界が遮られた瞬間、焔の姿は万里の横に現れた。


「リーンフォース、『炎』魔導撃!」


「オラァ!」


 万里もうなる拳を突き出し、互いの一撃は互いの頬にクリーンヒットした。それぞれ正反対の方向に吹っ飛び、倒れ込む。しかし倒れている時間は二人とも短く、すぐに手をついて起き上がった。


「ちっ、リーンフォース決めてやったってのに。頑丈な野郎だ」


「殴り合いで俺とやり合える奴は、魔導軍以外じゃ初めてだってか」


 口から流れ落ちる血をぬぐい、万里はにやりと笑んだ。無視して焔はさらなる攻撃を仕掛け、激しい肉弾戦は続く。


 同時に、舞斬とディミも百花との火花散る戦闘を繰り広げていた。


「合魔、天裂の叫び!」


「ディミさん、こっちだ! 幻光・儚盾!」


 周囲を覆い尽くす電流の網に対し、舞斬の盾を壁にする。さすがに防ぎ切れはしないが、そこへさらにディミのマジア・マタルを当てて網を抜ける。


 しかしながら、『サンダーボルト』の魔導号に相応しく、まばゆい雷霆の弾幕には二人がかりでも押され気味であった。百花がディミを仲間と思わず本気で攻撃してきていることも影響している。


「同志と思って手を抜ける相手でもありませんか」


 どうやらディミも本気で百花を倒しにかかるようだ。武器を銃型に変形し、『傷』の弾丸を速射する。百花はSBDで高速移動し、かわしていった。そこへ舞斬が天駆で飛び込み、刀を振るう。


 金属音が響き、舞斬の刀が弾かれる。百花の両手に四本ずつ、小さなナイフのような刃物が指の間に現れていた。片手の四本を百花は目にも留まらぬ速さで投げた。まさに閃光のようなそれらのうち二本を刀で打ち落とすが、残る二本が舞斬の脇腹と太股を裂き、さらに刃に宿っていた電撃を体中に流す。


「かはっ……」


 堪らず膝をつく舞斬の心臓目掛け、百花がもう片方の手に持つナイフを突き出す。しかし、


魔風打マジア・ハジャーダ!」


 ナイフが刺さる寸前にディミが走り込み、掌底打を百花の腹部に打ち込んだ。打撃と弾ける風の二重の衝撃が百花を吹き飛ばす。『風=傷』の合魔、かつ魔導撃である。


「動けますか?」


「ええ、痺れは一時的だった。脚はまだ大丈夫。それにしても、あの百花という人、投擲とうてきナイフなんて持っていたのか」


「申し訳ない、先に述べておくべきでした」


「いい。それより、まだ来るぞ!」


 百花は腹部の破けた軍服の上着を脱ぎ捨て、地面に力強く掌を叩き付けた。


「合魔、地絶の呻き!」


 魔導は発動したのに何も起こらない。が、舞斬は魔源の行方を感じ取り、ディミは元々百花の技を知っていた。


「下か!」


 二人が横飛びでそこを離れた瞬間、地を突き破って稲妻の柱が現れ天に昇っていった。雷撃が地中を通ってきたのだ。連続して正確に足元を狙ってくる雷撃を避けながら、舞斬は穿閃を、ディミはマジア・エストラをそれぞれ撃ち出す。百花もマジア・エストラの効力を知っており、魔導での対抗は行わず、飛び上がってかわす方法を取った。


「舞刀二番・青雀せいじゃく!」


 その隙を舞斬が見逃さない。彼女もまた飛び上がる。刀の周りを無数の光の球が追随し、それを撃ち出すように舞斬が刀を突き出す。百花は迅速に電気エネルギーを固め、さらに破裂させ、突きを弾いた。が、その突きに応じて追随してきた光が刃と化して百花を襲う。すると、


「天裂の叫び!」


 百花を包む電流が幕を張るように放出され、光の刃を打ち消していく。それで終わらず、電流は一気に広がって舞斬を電撃した。


 二人は着地し、睨み合う。続けて電気に打たれた舞斬は意識が朦朧としていたが、強い気力で刀を持つ手は揺らいでいない。その上で、彼女の脳は百花に勝つ手段を模索していた。そして、


「ディミさん、手を貸して」


「……何か良算がおありのご様子。言って下さい」


 手短に伝えると、ディミは了解として小さく頷いた。まずは彼女が動く。


「参ります。『飃』魔導!」


 リーンフォースの強大な魔導力を発揮し、荒れ狂う突風を百花に見舞う。隊長補佐同士、魔導力の拮抗した相手のため、百花もまたリーンフォースで対抗してきた。


「『霆』魔導!」


 烈しい雷の渦と魔源の風がぶつかり、衝撃波が一面に広がる。リーンフォースの魔導の衝突は一気にエネルギーを生じ、それはどんどん高まっていく。


 それほど長い時間は待たず、なぜかディミは魔導を弱めた。ほぼ互角だった魔導のバランスが崩れ、高まったエネルギーが弱まった魔導の側、すなわちディミのほうに大きく爆裂が生まれる。


 その瞬間であった。その爆裂の中を駆け抜ける舞斬。その両手には閃輝ともう一つ、ディミの魔導機械が握られている。衝撃と舞い上がる粉塵に紛れた舞斬の姿を百花が視認したのは、刀の峰が百花の腹を強打した時であった。


「がっ……あ……」


 腹を押さえながら膝をつく百花のうなじを、舞斬が刀の柄で打つ。百花は倒れて気絶した。


「ふぅ」


「上手くいきましたね」


 威力の高い百花の魔導をかい潜って攻めるのは難しいと考えた舞斬は、百花と同程度の実力を持つディミにまずは魔導の勝負をしてもらい、その隙を突いたのだ。その際、魔源の衝突によるエネルギーの爆発に紛れるため、ディミの『減』魔導の込められた魔導機械を受け取り、爆裂を斬り裂きながら接近。大きな魔源のため普通にマジア・マタルを振るっても完全には消し切れないのだが、魔源探知によって魔源の薄い部分を見極めたことにより突破できたわけである。


「つい昨日の訓練で、焔が似たようなことやってたの。まあ、あたしは自分もダメージを受けながらなんて無茶はしないけど」


「魔源探知を後天的に身につけるのは本当に可能なのですね。オルタナでさえ結局は習得できなかったと聞いております」


「えっ、そうなの? でも今思えば、確かにオルタナが魔源探知を思わせることしたことないわね」


「咲空殿は百花殿の様子を見ておいていただけますか。私は焔殿の手助けをして参ります」


「……そうね、お願い」


 舞斬は自分が助けに行こうかと思ったが、残る体力や敵の情報量はディミのほうが多いので、任せることにした。


 その頃、焔は万里に少しずつ押され始めていた。力の差はほとんど無かったが、攻撃に魔導を使わない万里のほうが体力的に余裕があるのだ。


「一か八か、やってやる」


 焔は銃を左手に持ち替え、右手を固く握りしめた。ありったけの魔導力で魔源を右手に集束する。その動作を見、万里は嘲笑うかのように焔に言った。


「また魔導撃ってか? さっきので分かったと思うが、リーンフォースの魔導撃でも俺はやられねぇぜ?」


「言ってろ、今に分かるさ。モードチェンジ、スプレッド!」


 銃に描かれた風紋が形を変え、四方へ吹き抜ける風をイメージした模様になった。


炸風散弾(Sブラスト)!」


 風の凝縮された魔導の弾が散弾銃のようにいくつも撃ち出される。万里は『木』魔導で防風林の如く強靭な木を数本作り出し、風を防いだ。


「まだまだぁ! 『火=風』合魔、ミストラル!」


 砂漠の上を渡るような猛烈な熱風が吹き荒れ、万里を防風林ごと熱波の中に閉じ込める。


「こんなもんで動きを封じられるとでも思ってるってか!」


 なんら問題も無いという笑みを見せる万里。しかし、焔は動きを封じるためにこの魔導を使ったわけではない。なぜなら、焔もまたその高温の渦の中にいたからである。


 木を飛び越え、焔は右腕を引く。万里もまた真っ向から勝負する構えである。先刻、痛み分けと相成ったその激突。周囲を回る熱風が霧散し、焔の右手に吸い寄せられるように魔源が集まっていく。固めた拳から、うっすら可視化した魔源がこぼれた。


「可視化だと!? バカな!」


「食らいやがれ! 合魔導撃、Bヴォルテックス!」


 振り抜く互いの拳は、またしてもそれぞれの頬に決まる。その瞬間、凄まじい火炎の旋風が万里を包んで弾けた。吹っ飛んだ万里は建物に突っ込み、壁を貫いてそのまま倒れる。起き上がってこないところを見ると、意識を失ったようである。


「なるほど、焔殿も確かな実力をお持ちとお見受けします」


「んあ?」


 疲れ切った顔で焔が振り返ると、魔導機械を仕舞いながら歩いてくるディミが目に入った。


「おう、いつの間にか離れてたみてぇだな」


「あらかじめ周囲に魔導を発動しておき、後から使う魔導撃にその魔源を上乗せするとは、良く考えられた戦略と感服致します」


「え、ま、まあな!」


 漂う魔源にも濃度があるというのはティルナの訓練で知ったこと。人間界は魔源が薄いため、先に使った魔導、今の場合ならミストラルを留めておき、次の魔導にミストラル分の魔源を追加したのだ。


「お前が来たってことは、そっちも片付いたか」


「はい。ひとまず百花殿と覇堂殿をどこかへ運びましょう。何がどうなっているのか、分からないことが多過ぎます。情報を集め――」


 言いかけたその時、空からいきなり数匹の魔鳥類が喚きながら襲いかかってきた。不覚にも完全に臨戦体勢を解除していた二人は対応が遅れた。が、魔鳥類の鋭い嘴が二人を捉える寸前、閃光と共にほとばしった雷電が全ての魔鳥類を黒焦げにしていった。驚いて見ると、にこやかな笑顔の百花が大きく手を振っている。隣にはちゃんと舞斬もいた。二人は焔とディミに歩み寄り、百花はディミの肩をポンポンと叩いた。


「いつでも油断大敵だよっ、ディミっち」


「ディ、ディミっち?」


 先程までの百花とは掛け離れた快活な調子に焔はずっこけそうになった。


「百花殿、正気に戻られたのですね」


「いやーすまんっ! なんとなく意識はあったんだけどさっ」


「おいディミ、芯が強くて優しい方って言ってなかったか?」


「はい、嘘は言っておりませんよ」


「キャラのイメージが違いすぎるんだよ……」


 細い目をする焔を無視して、舞斬がわけを話す。


「ディミさんが行ってから、百花さん、すぐに気が付いたの。で、正気に戻る前のことも覚えてるみたいだから、説明は楽だったわ」


 百花が言うことには、焔、舞斬とは別の侵入者、すなわち先程逃げた女性と交戦した隊員が次から次へとおかしくなり始めたのだという。百花や万里も侵入者に接触してから意識が遠くなり、ある命令に従って体が動いていたらしい。


「ある命令だと?」


「うん、『来栖木焔と、彼の大切なものを全て壊せ』って、ずっと頭の中に響いてたんだっ」


「なんだそりゃ、あの女、そんな集団催眠みたいなマネができるのかよ」


「まさか。マンガじゃあるまいし、ありえないわ」


「しかし、何らかの能力で催眠されていたことは確かです。侵入者と接触した隊員達の目を早急に醒まさせなければ。隊長補佐でさえ操られてしまうのは脅威です。万一、隊長すら催眠にかかっていたとしたら、大変なことになります」


「そーだねっ! あたしの場合は一回気絶したら元に戻れたし、意識を失わせるのが今んとこの催眠解除の方法っぽい。うっし、この区画はあたしに任せとけぃ!」


 親指を立ててにっこり笑う百花。一人で大丈夫なのかと焔や舞斬は不安になったが、その話の輪にいきなり入ってくる者がいた。


「俺も参加するってか!」


「うおっ!? テメェ、起きたのか」


 いつの間にやら瓦礫の中から出てきていた万里がニヤニヤしながら割り込んできたのだ。


「話はなんとなく聞いてたぜ。要は、おかしくなった奴らをぶっ倒せばいいってか」


「……まあ間違っちゃいねぇがな」


「うーん……」


 呆れ顔を見せる焔をよそに、舞斬は何か考え込むように顎に手を当てていた。


「どうされたのですか?」


 気付いたディミが尋ねると、舞斬は視線を変えずに口を開いた。


「気になることが二つあるの。さっき百花さんは、『焔とその大切なものを全て壊せ』と命令されたって言ったわよね。大切なものって何だと思う?」


「大切っつーと、んー、この銃とか」


「物とは限らないんじゃない? 焔、あんたは何のためにここに来たの?」


「あ? そりゃお前、キティを助けに……、ってまさか!?」


 焔の顔が一気に険しくなる。無理も無い。まだ確定したわけではないが、得体の知れない者に、これまた得体の知れない能力でキティが狙われるかもしれない。既に面倒な状況だというのに、キティにこれ以上の危機が迫るかと思うと歯をきしらせずにはいられなかった。


「繪能ともう一度話す時間は無ぇ。すぐにキティを助けに行く!」


「キティとは聖域のことですね。この状況ではやむを得ません、私がご案内します」


「助かるぜ、ディミ」


 しかし舞斬はまだ動こうとしない。じれったくなった焔は早く行こうと促すが、


「もう一つの気になること。催眠にかけられた人たちはとにかく焔を狙ってる。あたし達はけっこう長い時間、この辺りにいたわ」


「あーなるほど、どうりでいっぱいいると思ったよっ!」


 この時、とても笑顔ではいられない状況だと分かっても、百花は笑顔を絶やさなかった。気付いて周囲を見回せば、かなりの数の隊員に囲まれていたのだ。ざっと数えて数十人はいる。


「こいつら全員、催眠状態ってか?」


「そのようです。みな、殺気を隠そうともしておりません故」


 ただの隊員だけでなく小隊長も含まれているようだった。焔達の側には隊長補佐が三人もいるとは言え、今し方戦ったばかりのメンバーでは体力的に苦しいものがある。


「くそっ、テメェらの相手をしてる暇なんて無ぇんだよ!」


 無理矢理にでも押し通ろうと焔は構えた。しかしその時、上空から轟々とうなり声のような音が聞こえ、次の瞬間、とてつもない暴風が降り注いだ。それは焔達の周りを掃除するように吹き荒れ、隊員達を一瞬にして一蹴してしまった。


「まずは邪魔なものを片付ける。それが先決だ」


 聞き覚えのある声に振り返れば、そう、倒れた隊員を一瞥もせずに無愛想な面でやってきたのは、オルタナである。


「オルタナ!」


 焔、舞斬、そしてディミがそろって彼の名を呼ぶと、彼は僅かに肩をすくめた。しかし、オルタナは『風』属性を持っていない。焔達のそんな考えを察した彼はフッと笑み、


「俺だけではない」


 彼に続いて歩いてくる者が何人か見える。それに気付いた焔と舞斬はぎょっとして目を見開いた。


「マ、マジか……」


「マサムネ幹部! しかも全員!」


 オルタナと共に来た三人、それはマサムネの誇る最強の魔導師達であった。一人一人の実力が魔導軍の隊長に匹敵する怪物達である。


「なんで幹部の先輩方がここに?」


「俺から説明しよう」


 オルタナは現状を理解しつつ、無駄なことは適切に省いて説明した。


「魔導軍から支援要請があった。マサムネと日本支部は互いに協力体制を取っている。今回はかなり大きな問題が発生していると聞き、ボスの命令で幹部のチームを出すことになったんだ」


「じゃあお前はなんでだよ?」


 ニヤつく焔がわざとらしく問うと、オルタナは再び肩をすくめ、そっけなく答えた。


「俺のチームメイトが問題の渦中にいるんだ。来ないわけにはいかないだろう? 面倒を増やされると困るからな」


 などと憎まれ口を叩きつつ、オルタナはフッと小さく笑んだ。焔もまた、舞斬と目を合わせて同じように笑った。


「焔、ようやくお前らしい顔付きに戻ってきたな。さあ、手早く仕事を片付けるとしよう」


 この場の隊員達は百花と万里、そして幹部の一人に任せ、焔達はキティの救出へ向かう。残りの幹部は支部内各所の隊員の催眠解除が任務である。


 キティが捕えられているのは、地下にある魔導犯罪者の収容所だという。そこへ行くためには支部中央の大エレベータ、すなわち焔と舞斬が最初に乗ったエレベータで降りなければならない。幹部も、中央まで行ってから各地へ散開するようだ。


「かなり大勢の隊員が催眠されてるみてぇだが、あの女、そんなにたくさんの隊員と接触したのか?」


 走りながら疑問に思った焔が口を開いた。すると、舞斬も同じことを考えていたらしく、こう返した。


「そうなのよ。侵入者の警報からそれほど時間は経ってないのに、これだけの人数を催眠にかけてる。もしかしたら、まだ別の――」


 その時、舞斬の背筋に突き刺すような悪寒戦慄が走った。魔源探知が勝手に反応してしまうほどの凄まじい魔源を感じ取ったのだ。その攻撃は、すぐそこまで来ていた。


「上だ!」


 一行が見上げると、そこには驚くべきものが太陽の光を遮って存在していた。視界に収まり切らないほどの巨大な岩石、空中にあるはずのない質量、そんなものが突如として彼らの頭上に出現したのだ。


 その状況にも全く動揺せずに動いたのは、二人のマサムネ幹部だった。一人はまるで残りの一人に任せるかのように笑いかけ、そのもう一人はやれやれと言った表情で手を岩石に向けた。


 またしても驚愕。地面から間欠泉の如く勢いよく噴き出した水流が岩石に当たり、一瞬のうちに白く凍てついたのだ。圧倒的重量の岩石をわずかのひび一つ無く支える氷の柱は、その魔導力の高さを示している。


「ふん、やりおるわ。わしの魔導を受け止めるとはのぉ」


 岩石が分子分解されるように魔源へと戻り、消えていく。そして一行の行く手には、一つの人影が現れていた。屈強な体躯に長く刺々しい白髪、顔面に見えるしわはただ単に歳を重ねただけでなく、豊富な戦歴をも刻んでいる。そして、軍服には紫村と同じ紋章が煌めいていた。


「おいディミ、あのジジイってまさか……」


「はい、東西戦角(せんかく)殿。『轟天』の、隊長です」


 さすがのディミも、隊長を前にしては緊張が声に出ていた。


「蟻がひい、ふう、みい……、六匹か。まとめて潰すとするかのぉ」


 恐らく紫村と同じくらいの歳であろう。が、紫村とは正反対に、気迫や表情、声すらも他を圧倒するような強さに満ち満ちていた。そんな相手に対し、前に出たのはやはり幹部の二人である。


「これは大変だね。ここは僕と白龍はくりゅうが引き受けるから、君たちは先に行くといいね」


「こらこら紅蓮ぐれんくん、うらんちゃんと呼べと言ってるだろ? 私はカワイイ女の子なのだよ?」


「隊長が催眠されているとしたら、僕たちしか止められる者はいないからね。確実に倒すため、二人で残るとするね」


「わお、ガン無視だぁ。まあいいさ、そういうわけだから、ユーはさっさとやることやってきなさいな」


 確かに隊長相手では焔や舞斬では足手まといだろう。悔しさはある焔だが、つまらない見栄を張るほど愚かではなく、二人に任せてすぐに走り出した。


「なんじゃい、相手は蟻二匹か? 儂はヴォルテックスに用があるんじゃがのぉ」


「ふむ、催眠は確定だね。行くよ、白龍」


「うらんちゃん! ……まあいいさ、久々に燃えちゃうね。腕が鳴るとはこのことだ」


 一騎当千の実力を持つ者達は、互いの力量を既に肌で感じ取っている。何者の介入も許さぬ、壮絶な戦いの始まりであった。


 支部中央部を目指してSBDで疾走すること数分、焔達はエレベータにたどり着いた。そしてそこには、ある人物が待っていた。


「ん? 紫村のオッサンか!」


 エレベータの前で腕を組みながら立っていたのは、紫村であった。彼は焔達を認めると、ぷらぷらと手を振った。


「待って焔。紫村さんもどうなってるか分からないわ」


 舞斬が冷静に全員の走りを止める。皆でじっと紫村の目をにらむと、彼は察したのか、からからと笑い声を上げた。


「はっはっは、ヴォルテックス君を殺そうなんて思っとらんから安心せぇ。僕も何人か正気に戻してきたとこなんやわ」


「……敵意は感じられません。大丈夫でしょう」


「ディミが言うなら間違いない。ディミの一族はそういうものを感じ取る能力があるからな」


 オルタナの補足もあり、焔達は安堵のため息をもらした。


「隊長、なぜここに?」


「正気に戻した隊員から、催眠の内容を聞いたんや。ヴォルテックス君本人はディミ君たちがついとるで大丈夫やと思って、先に聖域君の様子を見に来たんや」


「えっ? なんでキティの様子を?」


「大切なもんなんやろ? そうでなけりゃ、魔導軍に乗り込んでまで助けには来やん」


 なかなかどうして、人は見かけによらない。焔も舞斬も、紫村を見直した。


「それより、ヤバいで。ちょい遅かったみたいや。さっき見に行ったら、聖域がおらんかった。連れてかれたんやろ」


「なにっ!? 一体誰が! あの女か?」


「いや、あのお嬢さんはもう逃げた。たぶん、催眠をばらまいとる奴が別におる。そいつが連れ去ったんや」


「心当たりがあるのか?」


 紫村は正気に戻した隊員から情報を集め、催眠をかけられる直前に接触した人物を洗った。催眠中でも記憶ははっきり残っていたため、頭に命令が流れ始めた時のことを思い出すのに苦労は無い。ほとんどの口から出たのは侵入者の女性の話だったが、違う人物の名前を口にした隊員が数人いたのである。その名は、


「金条桜路や」




 

《登場人物紹介》

1.クライヴ=キャノン

2.土=傷

3.魔源探知、X魔導を使える、魔導軍アメリカ本部から派遣されているエリート。しかし、才能に任せっきりのため、実力はあまり無い。


1.ディミ=ヌ=エンデ

2.風=傷=減

3.魔導号『魔導斬り(シャットダウン)』。凛天の隊長補佐。オルタナの友人。


1.来栖木繪能くるすぎえのう

2.未公開

3.焔の父親。WSOの魔導研究機関、魔導科学部門主任にして、キティ研究の第一人者。


1.紫村雹雲しむらひょううん

2.未公開

3.凛天の新隊長。三重県出身。


1.金条百花きんじょうひゃっか

2.雷=光

3.魔導号『黄金の閃光(サンダーボルト)』。凛天の隊長補佐。


1.覇道万里はどうばんり

2.木=治

3.灼天の新隊長補佐。


《聖域少女辞典》

・ウォラーレ

 『影』属性による反重力を用いた、浮遊するバイクのような乗り物。


カイ魔導

 ある属性の、通常変換できる性質以外の性質に変換する技術。例として、通常の『土』魔導は魔源を土や岩石に変換するが、X魔導はさらに数種類の金属にも変換できる。扱うには魔導昇華リーンフォースが使える程度の魔導力が必要。


四天部隊してんぶたい

 第一部隊『灼天しゃくてん』、第二部隊『聖天せいてん』、第三部隊『轟天ごうてん』、第四部隊『凛天りんてん』の四つの部隊から成る、魔導軍日本支部の実務部隊。中でも灼天が最も外での仕事が多く、凛天は最も事務が多い。


・魔源の可視化かしか

 一定量以上の魔源を導いた際、普段は目に見えない魔源が見えるようになる現象。その量はかなり多く、魔導軍の隊長クラスの実力がないと狙って起こすのは不可能である。


魔源壁まげんへき

 魔導軍の拠点をドーム状に囲む魔源の壁。網目状に展開された魔源によって外敵の侵入を防ぐ。


魔導書記まどうしょき

 これ専用の紙に魔源で字を書くと、見えない痕跡が残る。後からその紙に魔源を流すと、痕跡通りの字が浮かび上がるようになっている。特定の相手にのみ見せたい場合などに使用される。

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