表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖域少女  作者: もこポイ
Phase1
2/6

Phase1-1《World of the Sorcery》

 焔とキティの二人は少し先に見える町に向かって、荒野に敷かれた道路を歩いていた。時折通る車が立てる土埃にむせながら、指名手配された焔が町を目指すのには理由がある。


「町の規模としては、テレポートが設置してあるかどうか怪しいところだな」


 魔導が知られるようになって約200年、21世紀となった今、もはや携帯電話と等しく魔導は世間一般に広まっている。テレポートとは魔導機械の一種で、ある地点と地点の空間を切り取り、丸ごと入れ替えて瞬時に移動するものである。公共交通機関として現在最も高速だが、建設費的にも利用の値段的にも、最も高価でもある。ちなみに、凄まじい魔導の力が必要なため、人間がテレポートと同じことをするのは不可能とされている。


「テレポート、怪しい……」


 キティはあれ以来、焔の喋る単語をどんどん話すようになっていた。恐らく元々話せたのだろうが、監獄に入れられ、会話の無い時間が長すぎたため言葉が出てくるのにも時間がかかったのだろう。


「問題は、俺が指名手配犯だってことだが……」


 町に着くと、焔は地面に捨てられていた新聞紙に目を留めた。その一部に書いてあったのは、『大量殺人犯ヴォルテックス死刑執行、異例のスピード判決』というもの。これには焔も驚き、思わず新聞紙を拾い上げていた。よく見ると、さらにおかしなことに、『指名手配の写真は別人、魔導軍は正しい写真を発表した』とも。焔とはどこも似ていない、全く別人の写真が掲載されている。


「なんだ、この強引な記事は。俺は死んだことになってんのか?」


「焔、写真、違う……」


「気味は悪いが、おかげで顔を隠さず済みそうだ。魔導軍としては、俺を取り逃がしたことを公表したくねぇってか」


 魔導軍は全世界の至る所に支部を持ち、政府と繋がりがあり、警察と共に魔導犯罪を取り締まる役割も担っている。犯罪者を取り逃がすことなどまず無いため、評判を気にしたと考えられる。


 キティを連れて町を歩く焔は、すれ違う通行人の視線など意に介さずテレポートを探した。しかしどうにもこの町にテレポートは設置されていないらしい。仕方なく焔は、列車を使ってテレポートのある都市まで行くことにした。駅に着くと、焔は恰幅の良い駅員に尋ねた。


「テレポートの設置してある町を探してる。どれに乗ればいい?」


「それなら、3番ホームから乗車するといい。都市行きだ」


 それを聞いた焔は切符を買おうとしたが、持ち合わせの無いことに気付く。


「しまった、一文無しだった」


 脱獄した身そのままなので、銃と服以外には何も持っていない。当然、キティも同様である。それどころか、


「キティ、お腹空いた」


 などと言い出す始末。確かに朝から何も食べていない。腕を組んで十数秒考えを巡らせた結果、焔は名案を思いついた。


「そのセリフ、使えるぜ」


 二人は駅を出、近くの路地裏に入った。そこで焔はキョロキョロと見回し、何かを探した。そして見つけたのが、バケツである。


「まあこれでいいだろ。いいかキティ、言われた通りにしろ」




「キティ、お腹空いた」


「まあっ、なんて可哀相なんでしょ!」


 言ってキティの持つバケツに金を投入したのは、ただの通行人の女性である。その様子を焔は影からほくそ笑みながら眺めていた。そう、キティに物乞いさせているのだ。


「クックック、あんな小さな子供がハラを空かせて立ってるんだ、これを無視する奴は鬼か悪魔だぜ」


 着々と金が集まっていくたび、焔は笑いを抑えるのに必死になっていた。とその時、一人の男がキティに話しかけた。


「君も人間と魔人のハーフなんだね。今は苦しくても、この先きっと良いことがあるから。少ないけど、取っておきなさい」


 数枚の札をバケツに入れ、男は去っていった。キティは変わらずお腹空いたを連発するのみだったが、焔はしっかり聞いていた。


 しばらくして焔はキティを呼び寄せ、金額を確認した。中々の量の硬貨や札が入れられている。これだけあれば、食事代は大丈夫。だが、二人が列車に乗るにはまだ少し足りない。


「さっきの男、ハーフとか言ってやがったな。お前、人間と魔人の子なのか」


「ハーフ、魔人……?」


「魔人も知らねぇのか。本当にお前は魔導に関して何も知らねぇな」


 この町に来るまでに、焔はずっとキティに話しかけ続けていた。キティは(推定の)年齢相応の言葉なら知っていたが、魔導のことはほとんど知らないようだった。魔導に関することは小学校高学年から学び始めるが、それ以前に投獄されていたとしたら無理は無い。


「200年前、魔導を人間に伝えたのが魔人だ。魔人界ってのがあってだな……」


「魔人界?」


「ああ面倒臭ぇ! 魔人は魔導のプロってことだ。最近は人間との交流も盛んだし、人間界で働いてる魔人もいる。別段珍しいワケじゃねぇ。まあ、ハーフってのはあまりいねぇが、それでも数はそれなりだ」


 人間は人間と魔人の区別ができないが、魔人は一目でその区別がつく。先の男が、キティがハーフであることに気付いたのは、その男も魔人かもしくは同じハーフだったからだと思われる。キティもこう言った。


「あの人、人間、違う感じ」


「さっきの男はやっぱ魔人、ってか口ぶりからしてハーフかもな」


「今、キティ、苦しい……?」


 キティは男の言葉を思い出して首をかしげていた。


「未だに魔人やハーフを差別する奴はいる。さっきの男も被害者なんだろう。まあ気にすんな、そんな馬鹿げた奴は俺がぶっ飛ばしてやる」


 それを聞くと、キティは焔と出会ってから初めて、少しばかりの『笑顔』を見せた。それを見た焔もつられて笑い、キティの頭を乱暴に撫でた。


「やっと表情も思い出したかよ。そのほうが、ガキには似合いだ。さて、昼メシ食いに行くか」


 集まった金を手に、二人はジャンクフードの店に入った。


 ハンバーガーやフライドポテトを頼んだ焔は、それらを持って隅の席についた。どちらも初めて見たキティは、ハンバーガーを一口かじった瞬間、目を宝石のように輝かせた。


「ハンバーガーをそんなに旨そうに食う奴、初めて見たぜ。監獄は、よっぽどマズい食事だったんだな」


 あっという間にハンバーガー一つを平らげ、次のハンバーガーに取りかかる。よほど腹を空かせていたらしい。口の周りに食べかすをつけながら、キティはさらにコーラに手を伸ばしたが、ストローの使い方が分からないようだ。


 焔が呆れ顔で実演して見せると、キティはすぐに真似してコーラを口に含んだ。すると、これまた初めて体験する炭酸の刺激に驚いたのか、彼女はいきなり立ち上がり、焔を見ながら両腕をバタバタとさせた。


「おいおい大丈夫か?」


 刺激が強すぎたかと思う焔だったが、キティはむしろさらに顔を煌めかせ、喜んでいる。炭酸がかなり気に入ったらしい。好きなものをがつがつと食べる少女の子供らしい姿に、焔の表情も自然と穏やかになる。


 たらふく食べたキティは満足そうに店を出た。列車代金をどうするか、腕組みしながら焔は考えたが、中々思い付かない。


「可哀相な少女作戦には限界がある。都合良く単発のバイトでもありゃあいいが、この顔じゃなぁ……」


 難しい顔をしながらぶつぶつ言っていると、キティが急にそわそわし始めた。足をもじもじさせているのを見、焔はすぐに店に戻り、トイレまで連れていった。トイレの使い方はハンナに教わったようで、安堵する焔であった。


 先に店から出て思案を再開する焔。とその時、聞き覚えのある声で、叫びが飛んできた。


「だ、誰かその人を捕まえて下さい!」


 見ると、先程キティに声をかけてきた魔人の男がおろおろしながら指を差している。その先にはバッグを手に走る男。どうやら引ったくりのようだ。


「こんな人通りの多い場所でか。頭が悪いぜ」


 焔は指先に風を集め、走る男の足元にひょいと投げた。足元で破裂した風につまずき転倒した引ったくり犯に焔は歩み寄り、バッグを取り返す。


「残念だったな。さあ、警察んとこ行ってもらう」


 焔が引ったくり犯の腕を掴もうとしたその時、店の自動ドアが開き、キティが中から出てきた。それに焔が気を取られた一瞬のうちに、引ったくり犯はキティに向かって駆けた。しまったと思った焔は魔導を発動しようとしたが遅く、引ったくり犯はキティを人質にしてその喉元にナイフを突き付けた。


「テメェ!」


「はぁ……、はぁ……」


 引ったくり犯は興奮状態にあるのか、随分と息が上がっており、目が血走っている。かなり危険な雰囲気を漂わせている。手も震えており、今にもキティの喉を引き裂かんとしているようだ。


 似ている。『あいつ』が死んだあの時に。忌まわしい記憶の光景に。


「……そいつに傷一つでも付けてみろ、その体、消し炭すら残らねぇと思え」


 急に目の色を変えた焔。その殺意に満ちた目に、どれほど凶悪な犯罪者でも恐怖に足がすくんでしまうであろう。だが、この引ったくり犯は違った。何かがおかしい。昼間である上に人通りもそれなりにある場所で引ったくりをし、まともに言葉を発することも無い。


「ナイフが近すぎるな……。下手に動くと刺される」


 焔は引ったくり犯を睨み続けながら、隙を探った。引ったくり犯は何かを要求するでもなく、ずっとキティにナイフを突き付けている。


 とその時、焔の横に一人の男性が並んだ。それは、鞄を引ったくられた魔人である。何をする気かと焔が見ると、男は裏返り気味の声で引ったくり犯にこう言った。


「君、ば、馬鹿なことはやめてその子を放しなさい!」


 そしてなんと引ったくり犯に近付き始めたのだ。下手な正義感が引ったくり犯を刺激するのではと、焔は肝を冷やした。が、幸いなことに、引ったくり犯はナイフを近付いてきた男に向けて威嚇した。その瞬間を焔は待っていた。


 瞬時に集めた風を、手首のスナップを効かせて投げ飛ばす。風は引ったくり犯のナイフに命中、それは宙を舞った。すぐさまSBDを発動し、高速で引ったくり犯の懐に入ると、その勢いを乗せた正拳突きを顔面に見舞う。のけ反った引ったくり犯はキティを腕から離し、そのままダウンした。


「大丈夫か?」


「キティ、大丈夫」


 傷も無ければ、怖がる様子も無い。それどころかまるで平気な顔をしているキティ。炭酸以外に彼女を驚かせるものは無いのだろうか。ともあれ彼女が無事で焔も安堵の溜め息を漏らす。


 その横で同じく胸を撫で下ろす魔人の男に、焔は取り返した鞄を渡す。男は深々とお辞儀をしてから礼を述べた。


「いやぁ、素晴らしい。その子に怪我が無くて良かったですね」


「結果的にはな。下手すりゃキティが刺されてたんだぞ」


 焔が横目に魔人の男を睨むと、男はあたふたしながら再び頭を下げた。


「す、すみません、その子を助けたい一心で……。ところで、あなたはその子の保護者の方ですか?」


「まあそんなとこ……あっ!」


 ここで焔は思い出す。目の前の男は先程キティにお金を渡してくれた人物である。焔が保護者であると分かれば、焔に騙されたと気付いてしまう。ここは正直に言うほうが良いと思った焔は、半ば開き直った様子で、


「ワケありでな。どうしても都市に行くのに金が必要なんだ」


「あまり深くは聞かないほうが良さそうですね」


 魔人の男は特に咎めることもしなかった。それどころか、


「私もこれから都市へ行くので、鞄のお礼に都市までのお金を出しましょう。詐欺紛いの行為も、これでしなくて済みますね?」


 まさかの申し出に、焔はきょとんとしてしまった。願ったり叶ったりである。


「いいのか? そんなに安くねぇぞ、都市行きは」


「ええ、受けた恩義は必ず返すと決めています」


 随分とうまい話だが、この魔人の男は焔を騙そうとしているふうにも見えない。ポリシーは確かなものがあるようだ。焔はその言葉に甘えることにした。


「申し遅れましたが、私はエスト=クラウンと申します。あなたは、間違った写真のヴォルテックスさんですよね?」


「ん、ああ、そうだな。確かに間違ってる。おかげで色々苦労した」


 焔はわざとトゲのある言い方をすることで、話題を冗談のように仕立てた。


「いや失礼。そちらのハーフのお子さんは? 私もハーフなので分かるんですよ」


「あんた、やっぱハーフだったのか。こいつはキティ。ちなみに俺のガキじゃねぇぞ」


 と言って目を細める焔だが、どこからかパトカーのサイレンが聞こえてきた。通行人の呼んだ警察が来たらしい。脱獄した身に事情聴取などされては色々と面倒なので、焔はキティを連れてそそくさとその場を去った。エストも面倒事を避けたいのか、それに続く。


「おいエストさんよ、行くなら早く行こうぜ」


「そうですね、ここでの用も済みましたし、駅へ行きましょうか」


 三人は駅へ連れ立った。駅員に教えてもらったホームへ着くと、丁度良いところに列車がやってくる。黒煙を噴いていた一昔前の機関車ではない。動力部に魔導機械を用いる最新型の魔導列車である。各駅で機械へのエネルギー供給が為され、途中でエネルギーが尽きることはまず無い。


「キティ、足元に気を付けろ」


 初めて見る列車に興奮したのか、キティがそわそわしているので、焔は先に注意した。彼女は好奇心旺盛であるようだ。三人で列車に乗り込み、二人掛けの席が向かい合うところに座る。焔とキティが隣り合い、エストは隣に荷物を置いた。


「マジで助かった。サンキューな」


「いえいえ、都市まで二時間、話相手ができましたよ」


 ガタンと列車が動き出す。キティは窓から外の景色を眺めた。横へ流れていくホーム。次第にそのスピードが上がり、ホームを抜けるや広大な荒野が眼前に広がった。


「さぁてキティ、都市に着くまで、魔導のお勉強と行こうじゃねぇか」


「キティ、魔導、お勉強」


 景色から目を離し、焔に向き直るキティ。


「話相手ってワケじゃねぇが、エストも付き合えよ。こいつ、魔導のこと何も知らねぇんだ。そういう生活をしてきた。が、今時魔導の知識無しじゃあ暮らしづらい」


「また特殊な事情がありそうですね。確かに、魔導は小学校のカリキュラムにもありますし、一般常識化しています。知らないでいるのは問題ですね」


「いいかキティ、『魔導』ってのはマンガやアニメに出てくる『魔法』とは違う」


 キティはマンガやアニメ、魔法という言葉なら分かるらしく、頷いている。


「魔導は技術。魔導を使うのに、長ったらしい呪文や道具は何も要らねぇ。魔人界に空気みてぇに存在する『魔源まげん』を、この世界に引っ張ってきて使う。その引っ張る力が、そいつの魔導の技術力の高さを表す『魔導力』だ」


「世界魔導機構、通称『WSO』が世界各国で実施している公式な魔導力検定で、何級の魔導力を持っているか測定もできますよ。あくまで目安ですが」


 エストが付け加えると、そう言えばそんなものがあったなと焔は手を叩いた。焔も検定を受けたことがある。


「とりあえず、基本中の基本、属性の話でもするか」


 それならばとエストは鞄から紙とペンを取り出した。そこに何かの図形と文字を描いていく。綺麗な六角形が二つあり、各頂点のそばに文字が書かれたものである。片方は時計周りに『火・風・土・水・木・雷』と書かれ、もう片方は同じく時計周りに『光・治・変・影・傷・減』と書かれている(全て音読みする)。


「これがどんな教科書にも載っている『アトル・ヘキサグラム』です。属性という概念を最初に発見したのが日本人だったため、世界共通で漢字が使用されています。魔導はここに書かれた十二属性に分けられるんですが、テレポートのように属性に依らないものもありますね」


「属性……。焔、属性、これ」


 書かれた火と風の文字を順に指差したキティに、焔は感心した様子で頷いた。


「へぇ、よく覚えてたな。人間は必ず二つの属性を持ってて、それを『資質属性』っつうんだ。俺の資質属性はお前の言う通り、『火=風』だ」


 言って焔は人差し指を立て、先端からライターの火のような小さな火を出した。


「今、俺は魔導力で魔源を引っ張り、火に変換してる。よくマンガなんかでは魔力が尽きるとか表現されるが、魔源は魔人界にあって、使った後は勝手に魔源に戻って魔人界に還るから尽きることは無ぇ。尽きるとしたら体力のほうだな」


「魔源は簡単に言うと、火や水に変化する凄いエネルギーです。資質属性にしか変換できませんが」


「キティ、見てみろ」


 焔は指先の火に注目を促した。すると、火が何もしていないのに揺らめき始め、ぐるぐると渦を巻いた。小さな火の旋風が指先の上に踊る。


「火の魔導に風の魔導をミックスしてるのさ。これが『結合魔導』、略して『合魔』って言われることのほうが多いな」


「合魔が使えると、一般に5級魔導力には達していると言われますね」


 付け加えるようにエストが言う。


「魔導には色々な使い方があります。火に変換したりするだけでなく、SBDや魔導機械、物質を介した魔導など様々……、おや?」


 キティは真ん丸の目をただぱちぱちとさせている。どうやら話についていけないようだ。無理も無い。学校でじっくり習うようなことを、一気に言われても覚えられるはずはない。


「まだまだ話はあるが、ひとまずこれくらいにしとくか」


「そうですね」


 その後はエストが自分の仕事の話をしたり、焔がまた火を出してキティに見せているところを車掌に見つかり、


「車内での魔導は禁止されています」


 と注意されたり、キティが何かとはしゃいだりしながら時間が過ぎていった。都市も近付いてきた時、ふと焔は思い出した。


「そういやキティは光属性を持ってるみてぇだが、他の属性は何なんだ?」


「ハーフですから、あと一つとは限りませんね」


 魔人は人間と違い、三つ以上(数には個人差がある)の属性を持つ。ハーフも魔人の血を引いているために、最高で三つの属性を持っている場合があるのだ。


 キティは小首をかしげている。自分の属性も知らないようだ。資質属性は産まれてからしばらくして行われる属性測定で初めて知ることができる。


「まあいい、そのうち分かるだろ。そろそろ着きそうだぜ」


 キティは窓から顔を出し、迫る都市のビル群に目を奪われた。今にも飛び出しそうな彼女を焔は引っ張って座らせ、もうすぐ降りることを伝える。列車が駅に入り、スピードが落ちていく。列車が停止し扉が開くと、三人は他の乗客と一緒に都市のプラットホームに足を着けた。


「くうぅー、やっと着いたぜ」


 焔は大きく伸びをしながら深呼吸した。キティも真似をしている。


「お二人はテレポートへ向かうんですよね? 5番出口が近いですよ」


「おう、世話んなったな」


「いえいえこちらこそ。ここでお別れですね」


 エストはまたお辞儀をし、にっこりと微笑んだ。


「また縁があればお会いしましょう」


「ああ、じゃあな」

「さようなら、エスト」


 キティは小さく手を振りながら、エストが去るのを見送った。彼が人の波に消えると、焔とキティも歩き出した。


「ようやく行ける、日本に」


「日本?」


「俺の出身国だ。目的地も日本にある」


 二人はホームを出、案内板に従って数分歩いた。すると、人で溢れる大きなエリアに出た。そこには人間が百人程度は入る巨大な円柱形の機械が三つ、同じく円柱形だがエレベーター程度の人数しか入れない小型のものが八つ建っていた。それがテレポートである。


「15:40発テレポート、ロンドン行きは1号機、東京行きは2号機……」


 アナウンスが流れた。巨大なテレポートは大人数の移動に用いられる。が、焔が使うのは小型のほうである。


「はぐれるなよ」


 人混みにキティが飲まれないよう、焔は彼女の手を握って歩いた。小型テレポートの一つの前まで来ると、その横に設置されているモニターに指でタッチした。音声が流れ、画面が変わる。画面には、テレポートパス(乗車券のようなもの)購入、パスワード入力、というメニューが表示されている。


「焔、お金、無い」


「大丈夫だ、俺達が使うのはパスワードのほうさ」


 焔はパスワード入力をタッチし、入力画面に進んだ。十数桁程度のパスワードをサッと入力して確定すると、画面にはテレポートの行き先が表示された。特定のパスワードは、テレポートを無料で使用できるようになっているのだ。もちろん、パスワードだけではテレポートを動かせないようにもなっている。


「登録された奴の指紋認証が必要なんだ」


 行き先の下に、指紋認証と表示されている。焔はその部分に親指を押し当てた。一瞬の間が空き、ピッと音が鳴る。認証されたようだ。すると、テレポートのドアが自動で開いた。


「こういう特別なパスワードの場合は、一人の認証で同時に五人までテレポートを使える。行くぜ、キティ」


 タッチパネルに興味津々なキティだが、無闇に触られては堪らないので猫のように掴んでテレポートに入れる焔であった。焔も入って中のスイッチを押すと、ドアが閉まった。分厚い壁なのか、ドアが閉まると外の音はほとんど聞こえない。そこに、音声が流れる。


「テレポートを作動します、しばらくお待ち下さい。危険ですので、作動中はドアに触れないようご注意下さい」


 テレポートが作動し始めても、特に騒音や震動などは無かった。が、キティはやたらときょろきょろして落ち着かない。


「感じる、周りいっぱい、魔源」


 その言葉は焔を心底驚かせた。なぜなら、魔源を感じ取る能力『魔源探知』は、天賦の才と言われる能力だからだ。訓練によって後天的に身につけることも不可能ではないと言われているが、それができた者を焔は知らない。


「お前、実はすげぇ才能の持ち主かもな」


「キティ、才能?」


 と喋るうちに、テレポート完了の音声が流れた。ドアが自動的に開く。


「目的地に着いたぜ」


 テレポートから出ると、そこはもうアメリカではなかった。広間を歩き回るのは日本人ばかり。一つの大きな建物の中に様々な部屋が存在し、エレベーターなども設置されている。ここは日本の首都、東京の郊外に位置する、とある組織の本部。


「ようこそ、日本魔導警邏機関『マサムネ』へ」


「……?」


 長ったらしく漢字を口頭で並べ立てられたらキティでなくともクエスチョンマークを浮かべるだろう。魔導軍日本支部とは別の、魔導に特化した警察のようなものである。


「東京は事件が多いもんで、魔導軍とは別にウチのボスと他数人が設立したとか。まあ割と小さい事件を担当することが多いけどな」


 焔はまたキティの手を引きながら独り言のように話した。何やら周りの人がざわついているが、彼は無視して歩き続ける。


「今でこそそれなりに認知されてるが、最初は小さな組織だったらしい。マサムネっつうのは、日本刀マニアのボスが、創立に関わった人物から名前をもらって付けたそうだ」


 目的の部屋にはすぐに着いた。その扉の前で立ち止まった焔は、少しばかり躊躇いを見せながらノブに手をかけた。


「仕事に出てなきゃいいが」


 そう呟いて扉を開けようとした、その時、


「せぇいやあぁぁっ!!」


「どぅっ!?」


 何者かが焔の背中に豪快な跳び蹴りをぶちかまし、焔はその衝撃で部屋の中に倒れ込んだ。別の意味で衝撃を受けたのはキティで、ぽかんとして焔を蹴り飛ばした人物を見つめていた。


「焔、帰ってくるなら連絡くらい入れなさいよ! みんなビックリしてるじゃない!」


「テメェ、ビックリしたのはこっちだバカヤロー! いきなり背後から何しやがる!」


 起き上がった焔が振り返ると、小柄な女性が眉間にしわを寄せながら腕組みをしていた。活発そうなショートカットの黒髪と、凛とした目が光る。腰にはなんと日本刀が差されている。見るからに勝ち気の強そうな女性であった。


「あんた、もうマサムネのメンバーじゃないんだから、直通テレポート使うの禁止だって言ったでしょ!」


「早速出たな、禁止女め!」


「誰が禁止女か!」


「落ち着け。焔も、舞斬まきりも」


 急に聞こえたのは、部屋に飛び込んできた焔にも微動だにせず、デスクで仕事を続ける男の仲裁だった。群青色の落ち着いた短髪、整った顔立ちに銀縁眼鏡、その奥には鋭い目に髪と同じ色の瞳。


「まずは焔が帰ってきた理由を聞く。それが先決だ」


「三年ぶりだが、オルタナも変わってねぇな」


「三年よ!? 三年も音沙汰無しで、いきなり帰ってきた奴に何も言うなってほうが無理な話!」


「テメェの場合、口より先に脚が出たがな」


 などと再び睨み合う二人。オルタナと呼ばれた男は小さく溜め息をつき、再びデスクワークに勤しみ始めた。


「それよりこのニュース! 写真はあんたじゃないけど、何かあったのかもって心配したんだから!」


 その女性、舞斬が突き付けたのは、町で拾った新聞に書いてあった記事であった。


「心配ぃ? テメェがか?」


 蹴りを食らわせてくる者が何を言う、というような顔で目を細める焔。舞斬はぷいと顔を背けてしまった。


「も、元同僚なんだから当然よ!」


 そんなやり取りを無視し、もう一人の同僚、オルタナはパソコンのキーボードを叩きながらちらりと舞斬を見、


「俺は不思議で仕方ないんだが、舞斬はなぜそこにいる少女に疑問を持たない?」


「へっ?」


 先からずっと二人の言い合いに挟まれボーッとしているキティを指してオルタナは言った。どうやら舞斬の視界には全くキティが入っていなかったらしい。


「誰なの、この子?」


「俺が帰ってきた理由だ。っつうか気付くの遅ぇよ」


 焔はこれまでの経緯を舞斬とオルタナに話した。指名手配されていたので、魔導犯罪者になっていたことは二人も知っている。話したのは、魔導軍に捕まったこと、脱獄途中でキティに出会ったこと、魔導軍と一戦交えたことなど。


 それらを聞いた舞斬は信じられないといった表情で、オルタナは呆れたようにまた溜め息である。


「ところで、その子を連れてきた理由を聞いてないが」


 オルタナは、まさか違うだろうなと目で焔に訴えかけたが、


「分かってんだろ、こいつの世話を――」

「断る」


「早ぇよ! 何も身の回り全部世話しろとは言ってねぇだろ。いつまでも俺が世話するにも無理があるんだよ」


「勝手に連れてきておいて、無責任な」


 確かにオルタナの言う通りであり、焔に反論の余地は無い。が、焔がいつまでも一緒にいられるわけでないことも確かである。すると舞斬は、


「しょうがないわね、あたしんトコでしばらく預かるわ。ちゃんと今後のこと考えてよ?」


「気を付けろキティ、蹴られるぞ」


「あたしが蹴るのはあんたぐらいよ!」


「キティ、気を付ける」


「その子のことは舞斬に任せるとして、お前はどうする気だ、焔」


 騒がしい舞斬を完全に無視してオルタナは焔に尋ねた。また魔導犯罪者の撲滅に行く気なのかとオルタナは厳しい目を向ける。


「ニュースであんな発表されちゃあな。それに……」


 焔は舞斬と話すキティに目をやり、しばらくの間を置いて呟いた。


「一度護っちまった奴を、放っておけねぇよ。なんとなく似てんだ、キティは」


「焔……、まだあの時のことを引きずってるのか」


 問われても、焔は何も答えなかった。


「ねぇ焔、なんでこの子、子猫キティなの?」


 そんなシリアスな雰囲気を軽く退け、舞斬が尋ねる。


「あんた、猫が大の苦手なんじゃ――」


「うるせぇ! 人前でそれを言うなって言ったろ!」


 顔に似合わず可愛い弱点を持つ焔。舞斬の話をすかさず断ち切るが、キティにはしっかり聞こえていた。ちなみにオルタナは既に知っている。


「焔、猫、苦手?」


「子供の頃、猫にちょっかいをかけていた奴は顔面を引っ掻かれたらしい。それがトラウマで、未だに猫が苦手なんだ」


「バッチリ解説してんじゃねぇ! 捨てられた子猫みてぇに見えただけだ。深い意味は無ぇ」


「ひどっ! あんたって奴は!」


「仕方ねぇだろ、名前を言わねぇんだからよ!」


 オルタナは見抜いていた。キティという名を、そんな理由でつけるはずがないと。しかし、またうるさくなりそうだと思った彼は、とある書類を焔に見せた。


「どうせこっちで暮らすプランなんて考えてないんだろう。仕事は必要だ」


 オルタナが焔に見せたのは、マサムネ勤務のための推薦状だった。推薦者の欄には既に『オルタナ=ノクティオ=グリフォニウス』と署名され、印鑑も押してある。どうやら焔が帰ってきたと聞いてからすぐに用意し、焔が部屋に飛び込んでから書いたようだ。


「ちっ、相変わらずお見通しかよ。さすが元チームメイトだぜ」


「それは推薦を受けると受け取って良いな? 残念ながら、恐らくまた同じチームになるだろうさ」


「残念ながらってどういう意味だコノヤロー」


「フッ、また騒がしくなるという意味だ。住まいは自分で探せよ」


 推薦状を封筒に入れ、オルタナは部屋を出た。


「ボスに渡してくる」


 つかつかと行ってしまったオルタナを見送り、舞斬はキティに自己紹介を始めた。焔は返事が来るまでこの部屋にいたほうがいいだろうと、机に腰を下ろした。


「あたしは咲空舞斬さきぞらまきり。焔の元チームメイトよ。マサムネは大体、チームを組んで仕事するの」


「んなことキティに教えてどうする。それより、その腰に差してるおっかねぇ物をさっさと仕舞ってこい」


「これは武器庫のじゃなくて私物よ」


「し、私物ってお前……。まさか、ボスからもらったのか?」


「そうよ。だから家に持ち帰るまでは肌身離さず持ってることにしたの」


 舞斬はマサムネのボスを心の底から尊敬しており、日本刀を使った戦闘術などを教えてもらっている。魔導犯罪者を捕らえるのに日本刀を使うことはまず無いのだが。


「まあいい。舞斬、この部屋に『属性試験紙』ってあるか?」


「えっ? うーん、ここには無いけど、メディカルルームにならあるんじゃない? どうして?」


「さっきも言ったけどよ、キティは魔導のことを何も知らねぇ。自分の属性もだ」


「ふーん、じゃああたしが連れてくわ。仕事終わって暇になったし」


 そう言って舞斬はキティの手を取って連れていこうとしたが、キティはその場から動こうとしなかった。くるりと顔を焔に向け、じっと見つめている。一緒に来てほしいようだ。


「へぇ、随分と懐かれたもんね」


「俺はオルタナを待つから、舞斬と行ってこい」


 しかしキティはぷくっと頬を膨らませ、焔を見続けた。かなり感情も表れるようになってきて、子供らしい部分が見えてきた。焔を親のように思っているのだろう。


「ったく。舞斬はここで待ってろ、俺が連れてく」


「あたしも行く。あんただけ一緒じゃキティちゃんに悪影響が出るわ」


「断言しやがったなコノヤロー」


 どう言ってもついてくるようだ。オルタナもすぐには戻らないので、仕方なく焔はキティと舞斬を伴ってメディカルルームへ赴いた。通常の医療機器に加え、医療用の魔導機械が完備されている。スタッフも通常の者と魔導医療の者が数人ずつ配置されている。


 近くにいたスタッフに舞斬が声をかけ、属性試験紙なるものを持ってきてもらった。見た目はただの手紙大の画用紙である。それを舞斬は手袋をはめて受け取り、キティに渡した。


「この紙は、触れることで微弱な魔導を強制的に発揮させるの。人体に悪影響は無いから安心して」


「で、その紙は発揮された魔導の属性を記憶するワケだ」


 数秒待ってから、舞斬はキティから試験紙を返してもらい、それを専用の機械に通した。すると、モニターに四角い枠が表示された。


「ここにスキャンした結果が属性別の色で出る。人間なら二色、魔人なら三色以上。模様は様々だ。はっきり半分ずつ色が出る奴もいれば、まだら模様が出る奴もいる」


 キティの結果が出たことを知らせるピッという機械音が鳴り、結果がモニターに表れる。その瞬間、焔と舞斬は目を見開いて唖然とした。


「マジか……?」

「す、凄い!」


 モニターには、純白と純黒の渦巻き模様が表れていた。それはキティにとってただの模様だが、二人にとっては驚愕すべきものだった。


「『こう』と『えい』! キティお前、『対極属性』じゃねぇか!」


 エストの描いたアトル・ヘキサグラム、その六角形の対角に位置する属性を対極属性という。例えば『火』の対極は『水』、『風』の対極は『木』である。対極属性を資質として持つ者は人間にも魔人にもほとんどおらず、人間界における魔導200年の歴史上では一人も確認されていないほど稀少な資質属性である。


「対極属性といい、魔源探知といい、とんでもねぇガキだ……」


 メディカルルームの設備に興味津々なキティを抑えながら、二人は驚きに頭を掻いた。そこへ、


「ここにいたか」


 オルタナが意外と早く戻ってきた。元の部屋へ行っても焔達がいなかったので、キティが魔導に関して無知だという話を思い出してここに来たらしい。凄まじい推理力である。


「さすがはウチのボス、復帰は大歓迎だそうだ。まずは今から再『テスト』。それが先決だ」


「帰って早々テストかよ」


「トレーニングルームへ行くぞ。場所は覚えてるだろうな」


 二人で話が進んでいるが、舞斬も理解しているようだ。キティは首をかしげながら、焔についていく。メディカルルームのすぐ隣に位置するのがトレーニングルーム。比較的広い部屋が五つも並び、全て他の部屋よりも頑丈に造られている。


「焔、テスト?」


「マサムネで言うテストっていうのは、実力測定みたいなものよ。ここに来た時点でそれなりの実力者ではあるけど、担当部署やチーム分けの参考にするの」


「まあ焔の場合は再テスト。チームはもう俺達と同じチームだとボスに言われた。三年の間にどう変わったか見る程度だ」


「やっぱ同じチームか。で、テストの相手は?」


 焔はトレーニングルームの中央まで行くと、拳を掌に叩き付けた。すると、おもむろにオルタナが歩み、焔と向かい合って立った。


「俺だ」


 それを聞いた焔は、ニヤリと笑んだ。


「そいつは面白ぇ。テメェとはガキの頃にケンカして以来、一度もり合う機会が無かったからな」


「随分と古い話を持ち出したな。テスト形式は、魔導による直接攻撃、及びSBD。武器、魔導機械の使用は不可だ」


「スタンダードだな」


 舞斬はキティと一緒に部屋の隅に下がり、見守った。キティもこれは本気の戦いでないと理解しており、特に何も言わず大人しい。


「もう始めていいのか?」


 と焔が確認を取ろうとした瞬間、


「実戦に開始の合図があると思うか?」


 という言葉が聞こえた時には、焔は胸部をオルタナの肘鉄に打たれていた。と思いきや、焔はギリギリ掌でそれを受け止めていた。


「違ぇ無ぇ」


 すると焔の足元からいきなり火柱が生じオルタナを襲うが、オルタナは素早く後退してかわす。焔は追い撃ちとして腕を出し、火の玉を数発放つ。対してオルタナが床をトンと踏むと、彼をすっかり隠す水の壁が勢い良く湧き出た。『すい』の魔導である。火球は水の中に没し、消滅した。


 オルタナが水の壁に人差し指を向けると、水は一瞬にして氷に変わり、氷柱のように鋭く尖って焔に襲いかかった。それらを焔はかすり傷一つ負わずに見事避け、オルタナに向けて駆ける。


 低い体勢からオルタナの胸部にストレートパンチを繰り出す焔。腕でそれを弾いたオルタナは焔に足払いをかけるが、焔も素早くジャンプしてかわす。オルタナの背後に着地した焔が、振り返りながら蹴りを放つ。抱えるように脚を受け止めたオルタナは、魔導を発動する。


「『らい』魔導」


 オルタナの手から電気ショックを脚に打ち込まれた焔は、一時的に身動きが取れなくなった。オルタナの蹴りが焔の胸部に決まり、焔は仰向けに倒れた。が、すぐにハンドスプリングで起き上がり、再び突撃する。


 焔が左腕を僅かに引くのを見、オルタナはその方向を防御しようと構える。しかし焔は攻撃を素早く右腕に切り替え、打ち込んだ。咄嗟に体を反らすオルタナ、紙一重で顔の横を焔の腕が過ぎる。


 カウンターとしてボディブロウが焔に迫るが、焔はそれを掌で受け止める。さらにそのままオルタナをぐいっと引っ張り、腕を捕らえて一本背負い。投げ飛ばされて背中から落ちそうになるオルタナだが、床に手をついて体勢を立て直す。その隙にさらなる追い撃ちをかけようとする焔に、


「相変わらず、SBD押しだな」


 オルタナはさっと右手を出し、手元に水球を作り出した。


「『ばく』魔導」


 その水球はオルタナの手から撃ち出された瞬間、人間一人と同程度に巨大化した。しかも凄まじいスピード。焔は避けられずに水球を食らった。水なのに岩石を叩き付けられたような衝撃を受け、焔は壁まで吹っ飛んだ。


 ずぶ濡れの髪を振り、少々驚いた様子でオルタナを見る。


魔導昇華リーンフォースしたのか」


「『瀑』には、お前がいなくなってからすぐに。使いこなせるようになったのは、それから半年経ってからだがな」


 ちっ、と焔は舌打ちをし、戦闘を続けようと構えた。が、オルタナは構えを解き、掌を焔に突き出した。


「ここまでだ。良く分かった」


「あっ? まだ始めたばっかだろうが」


「お前、弱くなったな」


「なっ、なんだとテメェ!」


 カチンときた焔が噛み付くと、オルタナは溜め息をついて眉間にしわを寄せた。


「この三年、お前は確実に倒せる犯罪者ばかり相手にしてきたんだろう。魔導に衰えが見える。なにより、……お前らしくない」


 焔はオルタナを睨みつけていたが、オルタナはそれ以上何も言わずにつかつかと立ち去ってしまった。キティがやってきて焔の服の袖を掴み、顔を覗き込む。


「焔、弱くない」


 おうむ返しばかりだったキティが、初めてそうでない言葉を口にした。焔は頭をがしがしと掻き、トレーニングルームから出ようとした。


「どこ行くの?」


 少しばかり心配になった舞斬が声をかけるが返事は無い。キティもとぼとぼと後を追うので、仕方なく舞斬もついていく。しばらく沈黙のまま通路を歩く三人だったが、耐え兼ねた舞斬が切り出した。


「焔、あんた住むところ決まってるの?」


「んなワケねぇだろ」


 つっけんどんな態度にムッときた舞斬だったが、


「キティちゃんがあんたから離れない以上、あんた達二人は一緒にいるしかないわ」


「それがどうした」


 歩きながらの会話を、キティは二人の顔を交互に見つつ聞いている。


「でもあんたとキティちゃん二人だけじゃ心配だから……、えっと、その……」


「なんだよ、はっきり言いやがれ」


 その様子に堪らず立ち止まり、苛々した表情を向ける焔。舞斬は目を逸らしつつ、ぼそぼそと言った。


「キティちゃんが慣れるまで、あ、あたしの家に来てもいいわよ」


「パスだ」

「んなっ!?」


 あまりにバッサリ言われ、舞斬は一時、口を開けっ放しにしてしまった。焔はあからさまに嫌そうな顔をする。


「誰がテメェの家なんかに行くかよ」


「人がせっかく言ってあげてるのに!」


 舞斬の話をろくに聞かず、焔は歩き続けようとしたが、またキティが袖を引っ張る。


「キティ、舞斬の家、行く。焔、一緒」


「ほぉうキティ、随分と喋るようになったじゃねぇか」


 キティにまで不機嫌な眼差しを向ける焔。だがキティは、少しも焔から目を逸らさず、その碧い瞳でじっと見つめ続けた。暫時、見合っていた二人であったが、先に折れたのは焔であった。


「……ちっ、分かったよ、行きゃあいいんだろ」


「なんであんたが妥協した感じになってんのよ! あたしが仕方ないって言うトコでしょそこは!」


「はいはい、お願いしますよ舞斬サン」


 ぷんぷんと怒る舞斬をほったらかしにし、焔はさっさと歩いていった。このようにして、焔は舞斬の住むアパートに行くこととなる。舞斬は掃除するからと言って飛ぶように帰宅。焔はまだ手続きやら何やらあるだろうと本部に留まったが、マサムネのボスは諸々の手続きをすっ飛ばしたらしく、焔は既に正式なメンバーとなっていた。呆れ半分ながらメンバーズカードと支給品を担当の者から受け取った彼は、最初に訪れた部屋に戻った。


「焔、リーンフォース、何?」


「ん? ああ、さっきのやつか。簡単に言やぁ、属性のレベルアップだ」


 二つのアトル・ヘキサグラムに配置される十二の属性。それらには、魔導の鍛練によって発現する上位属性が存在する。例えばオルタナの使った『瀑』とは、『水』の上位属性である。その上位属性が発現することをリーンフォースという。


 リーンフォースの明確な境界は定められておらず、普段使っている魔導の効果が急激に大きくなった時、リーンフォースであると推定される。また、通常の魔導とリーンフォースした魔導を思い通りに使い分けるには、さらなる訓練が必要となる。使いこなせるようになるまでの不安定な時期は、魔導の暴発など危険も多い。


「属性のレベルアップって表現は直感的に分かりやすいから言うだけで、実際には扱える魔源の量が一気に増えるってことだ。その分、体力も多く使うから連発はできねぇらしいがな」


 そこで説明を終えた焔は部屋の椅子に腰掛け、メンバーズカードと共に受け取った支給品の整理を始めた。まずはマサムネの制服。上下共に黒く、ちょうど心臓の上に交点が来るように二本ずつ白いラインが入っている。その交点にマサムネ特製のシルバーのバッジを付ける。


 他に、マサムネメンバーの名簿などの資料類、メンバー専用の携帯電話などが入っていた。携帯電話には既にメンバー全員の名前と番号が登録されている。名簿をさっと見、焔は眉を上げた。


「めちゃくちゃ増えたな、1000人超えてるじゃねぇか。俺がいた時は200人もいなかったぜ。ってことは、後輩ばっかりだな」


 などと言って三年前を思い出していると、携帯電話が音を立てた。舞斬からである。焔がそれに出るや、舞斬の高い声が届いた。


「あっ、ちゃんと受け取ったわね」


「よう、掃除は終わったか」


「……あんた、それが居候する人の態度なの?」


 携帯電話越しでも舞斬の呆れ顔が見える。


「まあいいわ、もう来ても大丈夫よ。場所は覚えてる?」


「ああ」


 会話を終えて通話を切ると、焔は椅子から立ち上がった。出発の気配を察したキティは、ぴょんぴょん跳びながら先に歩き出す。


 一言も発しなかった昨夜のキティとは別人のようである。言葉も、表情も、振る舞いも、どんどん普通の子供に戻ってきている。そんなキティを見、不機嫌だった焔も自然と顔が綻ぶのだった。


 本部の車を借り、キティを助手席に乗せて運転すること20分(キティはずっと窓の外を眺めながら目を輝かせていた)、アパートが立ち並ぶ住宅地に着いた焔は、その中の一つの駐車場に車を止めた。免許は大学生時代に取得済みである。


 三階の端、301号室が舞斬の部屋である。階段を上がり、呼び鈴を鳴らすと、私服に着替えた舞斬が扉を開けた。


「入ってもいいけど、押し入れとか勝手に開けるのは絶対禁止よ。やったらぶっ飛ばすから」


「分かってるっつの。興味も無ぇしな」


「少しは口が減らないのかしら……」


 ぶすぶす文句を言いながら、舞斬は二人を部屋に上げた。台所もリビングも一人暮らしにはかなり広い部屋で、すっかり片付いている。家賃は高めだが、良い部屋である。


 キティはぱたぱたと歩いていき、ベッドに興味を持ったのか、両手で触り始めた。その弾力は彼女の好奇心をくすぐるものに違いなく、彼女はベッドに跳び乗って楽しげに跳びはねた。


「ちょっ、キティちゃん!? ベッドで遊ぶの禁止!」


 慌てた舞斬の言葉を聞くと、キティは素直に跳びはねるのをやめた。舞斬はふうと溜め息を落とし、財布を持って言った。


「買い出し行くわ。車で来たんでしょ? キー貸して」


「ん、そらよ」


 焔のノールックパスを舞斬はしっかり受け取り、玄関へ向かった。彼女も焔と同じく大学時代に免許を取得している。扉を開けた彼女に、キティがついていく。


「あら、キティちゃんも来る?」


「キティ、行く!」


 どうやらキティは車がとても気に入ったようだ。焔以外の人と仲良くなるチャンスなので、舞斬は喜んで同行を許可した。焔としても、キティが舞斬の部屋で妙なことをしでかさないよう見張らずに済むので助かる。


「誰か来ても、出なくていいから」


 言い残し、舞斬とキティは部屋を出た。部屋ですることも無いので、焔はベランダに出て煙草を取り出す。『火』魔導で火を点けると、そこから見える町並みを懐かしむように眺めた。


「三年、か……。結局、俺は何も変わらないまま戻ってきちまったな」


 煙を吐き出し、焔は手すりに腕を置いた。しばらくそうしてぼうっとしていると、部屋の中から携帯電話の着信音が聞こえてきた。舞斬は携帯電話を持っていったので、焔のものだと分かる。


 あと少しばかり長さの残る煙草を指先で燃やし、部屋に戻る。携帯電話を見ると、オルタナの名前が表示されていた。先のことがあったばかりだが、それで電話に出ないほど焔も子供ではなく、携帯電話を開く。


「俺だ。何か用か?」


 とは言え若干トゲのある声になってしまう焔だったが、オルタナは全く気にせず返した。


「緊急事態だ。『魔獣』がこっちの世界に出てきた」


「魔獣? 緊急事態ってほどのことか? 確かに珍しいことだが」


 魔獣とは、人間界で言うところの犬や猫などの動物である。魔人界に棲息し、野生のものもいればペットとして飼われているものもいる。人間界となんら変わり無い。


 魔人界から人間界に迷い込む魔獣は時折確認される。その場合、魔導軍やマサムネが捕獲して魔人界に帰すのだが、


「今回は特殊だ。明らかに目的意識を持って移動している。それも一匹や二匹じゃない。十匹以上の魔犬類が同時にだ」


「……そいつは確かに変だな。だが、なんで目的意識を持ってると?」


「そいつらは迷うことも無く、ある場所を目指して走っている」


「ある場所って……」


「舞斬の家だ」


 眉をひそめる焔。きっとオルタナも難しい顔をしているに違いない。それだけおかしな事態なのだ。魔獣は下手に手出ししなければ基本的に穏やかな生き物である。人間界に迷い込んだ魔獣のほとんどは、見慣れない人間界に怯え、隠れる傾向にある。しかし今回は、隠れるどころか目的地さえあるというのだ。


「で、一番近くにいる俺がそいつらを迎え撃てと。なんで俺が舞斬の家にいるって分かった?」


「推測だ」


「またテメェは……。舞斬に電話したほうが確実だろ」


「もちろん電話したが、出なかった」


 舞斬は車を運転しているので、電話に出られないことを思い出す。とその時、オルタナは近くのマサムネメンバーと会話し出した。そしてすぐに、焔に言う。


「センサーに反応があった。魔獣が方向を変えたらしい」


 焔はまさかと思った。魔獣が方向を変えたタイミングと、舞斬とキティが買い出しに出たタイミング。


「おい、その方向は?」


 オルタナから方向を聞いた焔は確信した。


「この辺りで買い出しっつったら、あそこしか無ぇ! やっぱり魔獣は、舞斬達を目指してやがる!」


「何だと? なぜ――」


「悪いが説明は後だ。魔犬類となると厄介だ、応援よこせ! 俺は先に向かう!」


「待て、まだ魔獣が舞斬達を襲うとは限ら――」


 しかし焔はそこで通話を切り、急いで周りを見渡した。机の上に置かれていた何かの鍵を見つけるやそれを引っ掴み、ベランダから飛び出した。嫌な予感がする、魔獣は舞斬達を襲うつもりだと、焔はそんな気がしてならなかったのだ。


 着地した彼は、駐車場に停めてある一台のバイクに向かった。それは舞斬が普段使っているもので、持ってきた鍵はそのキーである(二人とも、自動二輪の免許も持っている)。エンジンをかけると、彼はバイクを唸らせながら舞斬達を追ったのだった。


 同時刻、舞斬とキティは買い出しをするスーパーに着いていた。晩のおかずを品定めする舞斬の横で、キティは初めて入ったスーパーにわくわくが隠せない。


「何にしよっかなぁ。三人もいるから多めに買っちゃお。働き出したら、焔にはお金払ってもらわないと」


 などと言いつつも上機嫌な様子の舞斬は、野菜を買い物カゴの中に入れ、次の食材を見に行こうとする。が、その時、キティが舞斬の服を掴んだ。何だろうと振り返ると、キティはじっと舞斬を見ながら言った。


「魔源、感じる。何か、来る」


「えっ、魔源?」


 舞斬が訝しげに復唱した瞬間、スーパーの外から悲鳴が飛んできた。仕事柄そういうものに反応の速い彼女は、買い物カゴをその場に置き、キティを連れて外に出た。キティを一人にしておくのも危険だと感じたからだ。


 悲鳴を上げた女性がスーパーのほうへ逃げていく。入れ違いになった舞斬は駐車場を見て驚愕した。鋭い牙と赤い目を持った狼のような獣、それも十匹を超える数が舞斬達を取り囲むようにして並んでいるのだ。一匹一匹が普通車と同じくらいの巨体で、低い唸り声を発しながら舞斬達に牙をむいている。


「こいつら、魔獣? なんでこんなところに……。キティちゃんの感じた魔源って、こいつらのことか」


 舞斬もオルタナのように、この事態が普通とは異なることをすぐに理解した。魔獣は明らかに敵対心を持って舞斬達に狙いを定めている。危険を感じた舞斬は、戦闘するためにキティを自身の背後に回した。すると魔獣はその小さな動きにも反応し、キティに向かって吠えた。


「もしかして、キティちゃんを狙ってる……?」


 もしそうならば余計にまずい。キティを守りながら戦わなければならないからだ。が、舞斬は決して慌てず、眼光鋭い仕事モードに入る。


「キティちゃんには手出し禁止だ」


 魔獣のうちの一匹が飛びかかってくる。舞斬は右手を前に出し、魔導を発動した。


「『光=へん』合魔! 幻光げんこう儚盾むじゅん!」


 舞斬と魔獣の間に、うっすらと光の膜が出現した。魔獣はそれに激突し、地面に落ちた。


 『変』は十二属性の中でも特殊な属性である。火や水、光などの性質を変化させたり、新たな性質を追加する属性で、舞斬のように『光』属性と合魔すれば、普通は触れられない光を固体にして触れることが可能になる。他にも、液体にしたり粘性を持たせたりと、用途は様々である。


「幻光・炯剣けいけん


 盾は消え去り、今度は舞斬の手に剣が光で形成された。光の剣を魔獣の群に向けた舞斬は実に凛々しい。


「攻撃性を持った魔獣は討伐が許可されている。悪く思わないで」


 と強気に言うものの、多勢に無勢は目に見えていた。魔犬類は敵にすると、素早い個体が多い上に牙や爪の殺傷力も高い危険な相手である。それを十匹以上も一気に相手にするとなると、厳しい戦いになるだろう。


「幻光・儚盾」


 キティの周りをガードする光の盾を作り、舞斬は駆け出した。同時に魔獣達も一斉にかかってくる。


「『光』魔導!」


 舞斬が手をパッと開いた瞬間、まばゆい閃光が走り、魔獣達の目をくらませる。その隙を突き、一匹の魔獣とのすれ違いざまに彼女は剣を振るった。彼女の体より遥かに大きい魔獣の体、その首から後ろ脚辺りまでが見事に斬り裂かれ、大量の血が舞い散る。その一匹はバタリと倒れて絶命したが、光の剣もその一撃でポッキリ折れてしまっていた。


「相手は魔獣だし、幻光の剣じゃあ一振りしか耐えられないか」


 『変』魔導によって変化した性質は決して強力でない。また、魔導力の大きさによって性質の強さは変わる。幻光の剣の硬度は石ころ程度。魔獣の皮膚は(種類にもよるが)人間界の動物より固く、剣のような細長い形のものではすぐに折れてしまう。


 二匹の魔獣が舞斬を挟むように移動し、牙をむいて襲いかかる。彼女はSBDにより高く跳び上がり、右手をぐっと引いた。


「幻光・閃箭せんせん!」


 引いた右手で空を薙ぎ払うと、その手から無数の光の矢が扇状に撃ち出された。雨のように降り注ぐ光の針を魔獣達は避け切れず、その背に食らう。が、その程度では死に至るほどでもない。


「刀を使わなきゃダメね。でも車に置いたままだな」


 着地した舞斬は自分の車に刀を取りに行こうとしたが、魔獣達がキティのほうに駆け出すのでその暇も無い。幻光の壁で長くは耐えられない。


「幻光・天駆てんく!」


 舞斬の足元に光が集束し、それをぐっと踏み締めた瞬間、彼女は凄まじいスピードで飛んだ。触れられる光を飛びたい方向へ発し、それに乗ることで驚異的な速度の移動を可能にするのだ。だがもちろん、秒速30万キロメートルの光に乗るわけではない。先の技『閃箭』もそうだが、魔導による光は自然界のそれほど速くなく、エネルギーも劣る。さらにこれもまた、魔導力に左右される。


 とは言えSBDを使うより数段速い。一瞬にして魔獣達を追い抜きキティの前に戻った舞斬は、再び閃箭を放った。が、魔獣達はその身が傷付くのも厭わず、突っ込んでくる。


「くっ!」


 咄嗟に儚盾を作り出す舞斬だったが、魔獣の振り下ろす鋭利な爪は盾を引き裂き、巨体を彼女に叩き付けた。彼女の細い体が数メートル吹っ飛び、地面に落ちる。


「うっ……、キ、キティちゃん!」


 かなり重い打撃を食らい、起き上がれない舞斬。その間に、魔獣達がキティに襲いかかる。しかしその時、


狼火弾ショット・フェンリル!」


 魔獣と同じくらいの大きさの、燃え盛る狼が飛んできて魔獣達の群に突っ込んだ。火炎が爆裂し、魔獣達を吹き飛ばす。そこに、バイクが猛スピードでやってきて止まった。


「よう、生きてるか?」


「焔! やっと来たわね!」


 腕を張って起き上がった舞斬を焔は鼻で笑い、銃を構えた。すると舞斬は、


「ちょっと時間稼ぎして」


 と言って車のほうへ駆け出した。


 焔はバイクから降りてキティの前まで移動し、うなる魔獣達に強烈ながんを飛ばした。火炎を食らって荒立つ魔獣達がうるさく咆哮する。数匹が口を大きく開け、そこからバスケットボール大の火球を吐き出した。魔獣も属性を持っているのだ。


炸風弾ショット・ブラスト!」


 火球に対して風球を撃ち出す焔。炸裂する風によって火球は消し飛び、同時に彼はSBDを発動する。魔獣の一匹に接近し、回し蹴りを見舞う。振り返りざま、飛びかかってきた魔獣の口内に彼が貫風弾ショット・トルネードを撃ち込むと、その魔獣は内側からずたずたに引き裂かれた。


 さらに四匹の魔獣が前方から牙をむく。彼は銃を持っていない左手に魔源を集中、それを地面に叩き付けた。


「『火=風』合魔、ヴォルテックス!」


 地を砕きながら燃え上がる旋風が魔獣達を巻き込み、火炎が爆発した。にやりとして余裕を見せる彼。しかしその背後、キティに向かって別の魔獣が鋭い爪を振り下ろした。


 が、魔獣のその腕は宙を舞った。気付いた焔が振り返ると、十文字に斬り裂かれた魔獣がキティの横に倒れていた。さらに横を見ると、鞘から刃を抜いた舞斬が呆れ顔をして立っている。


「あんた相変わらず雑な戦い方してるのね。もっと視野を広げないと危ないわよ」


「うるせぇな、やっと本領発揮かよ。そいつがボスからもらった刀か」


 天から差し込む一筋の光の如く、白く美麗な刀身。麗刀れいとう閃輝ひらめきと呼ばれ、ボスの持っている刀の中でも随一の美しさを誇る。そのようなものを譲り受けるほど、舞斬はボスに信頼されているのだ。


「テメェ、さっき倒れてたが、体は大丈夫なのか?」


「あら、心配してくれてんの? 問題無いわ。さっ、一気に片付けるわよ」


「言われるまでもねぇ」


 言って焔は銃に手をかざし、何やら魔導を発動した。


「モードチェンジ、ガトリング」


 途端、銃が淡く光を放ち、風紋の模様が変化し、何本かの斜線になった。斜めに走る平行線はさながら疾風のよう。それ以外に変わったところは見当たらない。その銃に彼は魔導弾を装填する。


狼火連弾(Gフェンリル)!」


 引き金を引いた瞬間、銃口から小さな火の狼が何匹も飛び出した。引き金を引いている間はずっと出続ける掃射である。その炸裂により、魔獣達は彼らに近付くこともできない。そして舞斬はなんと、


「リーンフォース、『』魔導!」


 それには焔も驚いた。『光』の上位属性、『輝』である。舞斬は掌の上に光の球を作り出し、それを魔獣達の上空に放り投げた。光球は弾け、いくつもの光の塊が空中に散在する状態となった。


斬煌天駆ざんこうてんく!」


 設置された光を『変』魔導で固体化しつつその光に乗り、爆裂の隙間を縫って魔獣の群に突っ込む舞斬。一瞬のうちに群を抜けた時、魔獣の一匹が十字に斬り裂かれていた。空中で体を反転させ、そのまま光の塊の一つに足をつくと、再び天駆を発動する。その繰り返しがまたたく間に展開され、数十の斬撃が魔獣達を引き裂いていく。


「とどめだ魔獣ども! ヴォルテックス!」


 最後に、荒れ狂う業火の旋風が生き残った魔獣達を巻き込み、全てを焼き尽くしながら上空へ昇っていった。


 戦場となった駐車場は酷い有様であった。魔獣に踏まれたりして壊れた車(焔も何台かは壊したが)や、魔獣の死骸や血で汚れた地面など、後始末は面倒な作業になるだろう。そこへ、オルタナが何人かのマサムネメンバーを連れて車でやってきた。車から降りた彼は辺りを見渡した後、焔と舞斬に歩み寄った。


「驚いたな、二人で全滅させたのか」


「声のトーンが驚いてねぇぞ」


 いつもと変わらない調子のオルタナに焔がすかさず突っ込む。


「いや、ちゃんと驚いているさ。十数匹の魔犬類を二人で全滅させた上、無傷とは奇跡だ」


「いや、そうでもねぇ」


 言って不意に焔は舞斬の二の腕を掴んだ。


「くっ!?」


 ズキンと走る鈍い痛みに舞斬は思わず声を漏らした。


「何が問題無ぇだ。ちゃんと打撲治しとけよ」


「う、うっさいわね! 分かってるわよ!」


 幻光の儚盾を舞斬が消すと、キティはてくてくと焔のところまで歩いてきた。相変わらず恐怖の欠片も見られない表情である。そんな彼女に、彼は瞳を向けた。


「キティ、これが世界だ」


 後片付けに頭を悩ますメンバーの後ろ姿を眺めながら、彼は彼女の頭に手を置く。ぱちぱちと目をしばたたく彼女に、彼はニッと笑った。


「お前がこれから生きる世界、魔導の世界だ」





 皆様、こんにちは、もこポイと申します。

 せっかく後書きという機能があるので、これを有効に活用させていただこうと思い、公開可能な範囲で小説のデータを載せることにしました。ほぼ本文に出てきた部分のおさらいのようなもので、この先のストーリーに関わる情報はカットしております。必要の無い方は飛ばしていただいても物語を理解するのに支障はありません。


《登場人物紹介》

1.人物名

2.資質属性

3.その他特筆事項


1.えん

2.火=風

3.主人公。魔導号『火砕閃風ヴォルテックス』。


1.聖域キティ

2.光=影

3.本名不明。人間と魔人のハーフ。


1.咲空舞斬さきぞらまきり

2.光=変

3.日本刀『麗刀れいとう閃輝ひらめき』所持。焔の幼馴染み。


1.オルタナ=ノクティオ=グリフォニウス

2.未公開

3.焔の幼馴染み。


《聖域少女辞典》

結合魔導けつごうまどう合魔ごうま

 魔源を同時に二種類以上の属性に変える技術。変えられた魔源はその二種類以上の性質を同時に持つ。


資質属性ししつぞくせい

 その人固有の属性。人間は二種、魔人は三種以上、ハーフは二種か三種の属性を持つ。魔源の性質を資質属性に変えることを、単に魔源を資質属性に変えるという。


属性ぞくせい

 魔源の性質を変化させた際に、その特徴から十二種類に分けられる性質のこと。関連性の高い六種類ずつに大別される。ふうすいもくらいと、こうへんえいしょうげん


魔源まげん

 魔人界の空気中に漂うエネルギー。資質属性に変えることができる。


日本魔導警邏組織マサムネ

 数人の人間により創設された警邏組織。魔導軍や警察では手の回らない仕事を主に請け負うが、基本的に何でも引き受ける。魔導軍や警察との繋がりが強い。また、魔導に秀でた者が多く、自営組織としてはかなり大規模である。


魔人まじん

 魔人界に先住する種族。体構造は人間とほぼ同じである。


魔人界まじんかい

 人間界とは別の空間に存在する世界。詳細は謎。


魔導まどう

 魔源を資質属性に変え、自在に操る技術。200年前、人間界に伝来した。現在、世界人口の70%以上に普及している。


魔導昇華リーンフォース

 扱える魔源の量が急激に増加すること。また、その状態で使われる魔導。鍛錬によって発現する上位属性を使う時に言われることが多い。明確な規定は無く、魔導の効果の大小によって判断する。


・SBD(Sorcery Body Drive、エスビーディー)

 魔導を用いた身体能力の向上、またそれを利用した身体駆動。魔源と体の細胞を結合させることにより、平常時の数倍の力を得ることができる。連続的に結合するには高い技術力と体力を必要とする。また、部位によって結合の難易度が違う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ