すべて うしなう
まずは、怪我人、死人は切り捨てる。
勇者も7魔将も割り切らなければならないことくらいわかっている。攻撃のリズムさえ崩さなければ、先ほどと同じように魔王と対等に戦えると思っていた。
ただ、致命的な攻撃を与える方法は無い。それに魔王はまだ切り札を使っていないであろう。ゼディスが死んでいる可能性が高い。それにゼティーナⅡ世も……そう考えれば慎重にならざるを得ない。
遠回りだが堅実に同じような攻撃を重ね、魔王の弱点を探していくべきだと思っていた。
それは勝ちの薄い戦い方だとも思える。消耗戦になれば、体力、魔力ともに魔王の方が上。しかし、他に方法は無い。
それに、先ほどまでの攻撃だって全力に近い状態だ。これ以上、攻撃力を上げること自体が難しい。
魔王はゼティーナⅡ世をその辺に放り投げると、ゆっくりと歩き、攻撃対象を誰にするか見定めはじめた。それに若干怯んだものの、真っ先に飛び出したのは葉弓だった。
正面からの攻撃に気を取られていた魔王を後ろからブロッサムとスアックの七色龍の魔法が襲う。
当たる直前、魔王は飛行魔法で空中に素早く退避し、葉弓と七色龍の同士討ちを狙われた。
「もちろん、そこまで読んでいます!!」
ブロッサムの叫びに呼応するように七色龍は葉弓の手前で垂直に急上昇し、魔王を真下から直撃する。
だが……
倒れたのはブロッサムとスアックの方だった。物凄い衝撃で二人は吹き飛び、体がズタズタに裂かれている。
「えっ、なに?何?ナニ?! どーなってるの、どぅなってるのっぉ!?」
「呆けるな、ベグイアス! 来るぞ!!」
何が起こったのかエイスも理解していないが、それよりも空中でこちらに手を向けた魔王の様子にすぐさま注意を促す。
エイスは嫌な予感しかしない。
手を向けているということは魔法なのだろう。ベグイアスがいるのにだ! 彼女の能力は『魔力吸収』だというのに魔法を撃つつもりなのか!?
そして、魔王から放たれた魔法は七色龍だった。
「ちょ、聞いてない、聞いてない、聞いてないわよっぉ! 魔力が多すぎるわよ、吸収しきれないわよ!!」
「泣きごというな」
エイスがベグイアスの『魔力吸収』を具現化し、盾のように表にだし吸収力を強化する。ガガガガッと物凄い音で魔力を吸収していくが、許容できる範囲を大幅に上回り全て吸収しきれず爆破が起きる。
魔王の放つ七色龍はブロッサムとスアックよりも巨大で厚みのある魔力。爆発自体が重みがあり、その衝撃で二人の骨が砕けていく。
エイスとベグイアスは辛うじて生きている。放っておいても死ぬだろうが、そこに魔王が突っ込んでくる。
それをフォローするためにブラックが空中で蹴り飛ばそうとした。が、逆に足を掴まれ、そのままエイス達の方に叩きつけられる。
さらに追撃するのかと思ったら、まったく逆の方向に魔王が突っ込んでいく。
「そこか、ブラック!!」
ブラックの足を掴んで本体……いや、全て本体だが……『呪壁の指輪』を持っているブラックを見つけ出していた。
魔王はその方向に七色龍を撃ち込むと木々を薙ぎ倒し途中で消える。そして魔王の真後ろに魔法陣の盾が現れ七色龍が魔王に直撃する。しかし、それはまるで、体に取り込まれるように消えていく。
「ちょ、どうなってるの!?」
木々の間からブラックが飛び出す。
『呪壁の指輪』は死守したい、そういう焦りの気持ちがあったのだろう。
ショコが飛び出してしまった。
目の前に魔王がいた。本当に目の前……手が胸に触れている。ショコが最後に感じたのはその感触だった。
身体が貫かれている……胸のあたりが熱い……痛いという感覚よりも先に、ショコは事切れた。
魔王は、誰か焦って出てくるところを嬉々として待ち構えていたのだ。
「ショコっぉおぉ!?」
ドキサが慌てて助けに入る……いや、ドキサ自身ショコがもう駄目なのはわかっている。魔王に斧を振りかざす。シルバがすぐに葉弓の能力をドキサに付加させる。
魔王はゆっくりとした動作でドキサに向かい、攻撃しようとしたがドキサの姿はそこにはなかった。魔王の裏を取っている。
「この期に及んで!!」
「これで終わりにしてやるっぅ!!」
わずかに不意を衝いた分ドキサの方が早かった。魔王の腹に斧が突き刺さり、魔力破壊により魔王の体に大きな傷をつけていく。さらに、ルリアスがその斧に炎の精霊王を付加させ攻撃力を強化させている。
ドキサの急激な動きはルリアスが彼女に風の精霊王を付加させていたからだ。
大きく魔王の腹を魔力ごと裂いて燃やしていくが、魔王の左手が斧を抑えつけると、それ以上全く進むことがなくなる。
「調子に乗るな、ゴミが!!」
右手でドキサの頭を抑える。わずかな差だが、ブラックが数体一斉攻撃を仕掛ける方が早かった。魔王の放つ呪文はドキサの頭を掠めはしたが、致命傷には至らなかった。
すぐさま風の精霊王の付加した足を生かし、その場から逃げる。
それを目視した、ブラックは一斉に竜 の 息を放ち大爆発が起きる。いくら魔王でも古 代 竜の攻撃を受けてただでは済むまい……そう思っていたが、魔王の攻撃で相殺されていた……ブラックと同数の魔王によって……。
「どうなって……る!?」
気づいた時には『呪壁の指輪』を持っているブラックが襲われていた……同数の魔王……当然『呪壁の指輪』を持っている奴に攻撃するだけの余裕もある。
決して遠距離魔法を使わない。接近戦。しかも『握る』という特殊な攻撃方法だが『呪壁の指輪』相手なら有効的な攻撃方法だ。剣や魔法は直接返されるが、握ることには効果が薄い。
だから、ドキサにもショコにも接触攻撃を仕掛けていたのだ。
「くっそ!!」
ブラックがブラックを助けに行くことが出来ない。
魔王があと一歩でブラックに手が届きそうだったとき。地面から無数の剣が突き出して行く手を塞いだ。
「ゼロフォーか……。こんなモノで時間稼ぎが出来ると思っているのか!」
魔王はゼロフォーと正面から激突する。互いに素早い格闘戦となる。魔王の一撃をもってしても、オリハルコンの体はヒビ一つはいらない。しかし、一撃一撃が重くゼロフォーの体に伸し掛かる。
たしかに一撃では壊れはしないが、そう長く持つとも思えない。
そこにテトが、魔王の顔面を蹴り飛ばし、遠くに吹き飛ばす。
「大丈夫か?」
「んぁ? 俺か? 残念だが駄目だ」
『何を……』と思ってテトが振り向きゼロフォーを見ると身体中が割れだしている。たしか、ゼロフォーの能力は『無限再生』のハズ。地上に魔力がある限り何度でも体が再生するはずなのに……。
「その代り魔王の能力が……わ……かった」
テトは黙ってゼロフォーの言葉を聞く。おそらく喋らなければもう少しは生きられるかもしれない。だが、彼女はそんなことを望んでいないことはテトは知っている。
少しでも、魔王を倒すための糸口を残すことの方が彼女の気持ちを汲める。
「魔王の……能力……アクウィジ……シ」
そこまで言ってゼロフォーの体が砕け散る。おそらく、彼女の体内の魔力が破壊されたのだろう。
アクウィジションと言おうとしたのだろう。
修得能力……魔王は勇者と7魔将の能力を見て覚え、自分の能力として取り込んだのだ。
初めの闘いで五分にわたり合っているつもりだったが、そうではなかったのだ。魔王は自分を強化するために彼女たちの能力を確認し会得していっていたのだ。
そして、ゼロフォーは葉弓の能力『魔力破壊』よって、体内から破壊された。人数が増えたのはブラックの能力……そのほかも、思い当たる能力がいくらでも出ている。
一瞬、考えをめぐらせたテトの半身が殴り飛ばされた。
強化能力『ギア10』までも一瞬にして粉砕している。魔王も『ギア』能力を使ったのだろうとテトは死にゆく中で思った。しかも自分の能力よりもレベルの高い能力として……。
すでに勇者も7魔将も何人も倒れている。
現状戦えるのはシルバ、ドキサ、葉弓、ルリアス、ブラック、グファート半数以下に減っている。
しかも、魔王は接近戦を行ってくるため『呪壁の指輪』が有効活用できない。
次に狙われたのは葉弓だった。
すぐに、ドキサとグファートも援護に入る。だが三対一の接近戦でも『ギア』を使っている魔王の強さは異常だった。強度と一撃の攻撃力の高さが激しい。
援護をしようとした時、複数に分かれていた魔王が、シルバ、ルリアス、ブラックに襲い掛かる。ブラックが五十体になってはいるが、若干多い程度で、ほぼ魔王と一対一で勝ち目はない。
シルバの『能力入れ替え』もやっている暇がない。ルリアスは、みんなに付加魔法を唱えているが、すでに腹を抉られている。
グファートは利き腕であろう右腕を切り落とされているが回復する様子は見られない。ブラックの数は目に見えて減っていく。
ドキサも片目を……。
葉弓が動けなくなっている。
いや、ほとんどのモノの動きは鈍ってきている。
鈍くなれば、そこからはあっという間だった。五十人の魔王はまるで死骸に群がるカラスのように嬲り殺していく。
全員動かなくなったと思った瞬間、一体の魔王の腹をドキサが貫いていた。油断した魔王だろう。それに一体倒したところで意味はない。
だが、それでも魔王は面白くなかったようだ。
他の勇者や7魔将が動かなくなっている。それでもドキサが諦めないのをいいことに、そう簡単に殺さなかった。
血を吐き、骨を折り、肉がむしりとられていく……立ったままドキサは息絶えた。
それでも、腹の虫がおさまらないのか、その死体を踏みつける魔王。
「ネズミが! 魔王に噛みつきおって!」
何度も繰り返し踏みつけ、骨を粉々に砕いていく。
しかし、その血の海に動く影があった。
「あぁ、わりーな。その足、退かしてくれないか……」




