魔王
魔王の城というには寂しすぎる城だった。魔族はおろか、生き物はアリ一匹すらいない。護衛する兵も置いていない。
絶対の自信があるのだろう。誰にも倒されることがないと……。
城の中には植物もなく、無機質な石壁や石の柱だけで出来ている。広い城内だが、静まり返っている。
こうしている間にも、死人に人間は……いや、魔族も襲われているだろう。だが、無駄な体力を使うわけにはいかない。焦らず、走らず、只々長い廊下や階段を進んでいく。
来るのがわかっていたのだろう。城内には魔法の明かりが魔王までの道のりであろう回廊を明るく照らしている。
罠の可能性もあるだろうが、ココまで自信がある魔王が今さら用意するとは考えづらい。
謁見の間まで辿り着くがそこには誰もいない。
シルバが安堵のため息を吐く。誰も言葉を発しないが、気持ち的には一緒だっただろう。
「まだ、ココじゃなかったか……」
明かりは先の登り階段に続いている。
ココを登ればおそらく、屋上に続いているはずだ。それ以上先は無い……当然、そこに魔王がいるハズ。ここで改めて武器の準備点検。あらかじめ付加系の呪文などを唱えたりし万全の態勢を整えなおす。
持てる以上の力を出し切らなければならない。
全員、無言でうなずく。
最後の階段を一段ずつ登っていく。
助かる可能性などない……まるでギロチンへと向かっていくような気分だ。ただ、ゼディスのことを考えるだけで、その恐怖を乗り越えられる。
自分たちの歩みが決して無駄にならないと思うだけで……。
屋上に上がる。
周りが見渡せるほど真っ平らな石畳に、どこまでも高い真っ黒な空。とてつもなく広い空間が用意されており、そこから五~六十mくらい離れたところだろうか……玉座に座っている人物がいる。
間違いなく魔王だ……魔力がけた外れで間違えるわけもない。
ゆっくりと近づいていく。いつでも仕掛けられるように気を配りながら……。
魔王はその様子を黙って頬杖を突きながら待っている。十分な距離で彼女たちが止まるのを確認して、そのままの態勢で言葉を発する。
「私が考えていたより、早く結託してココに来たな。それに絶望的な顔もしていない」
それは問いかけなのか独り言なのかわからないような言葉だった。
それに対し、テトが問いかける。
「なぜ、私たちを……いや、魔族までも殺そうというのだ。お前の目的は何だ?」
「『お前』? まぁいい。今の私は寛大だ。言葉使いくらい大目に見てやろう。私の目的はシンマになることだ」
「シンマ級に……なる……だと?」
魔界の階級の一番上。神という存在。神魔級。
それは、生まれたときからの神魔しか存在していなかった。後天的に神魔になる方法は存在していないとされていたが……。
ブロッサムが問いかけずにはいられない。魔王だけでも手におえるレベルではない。死を覚悟してきているというのに神魔という存在になったらどうなってしまうかわからない。
「どうやって、神魔になるというのですか……」
自分の声が震えているのがわかる。
それに対し魔王は楽しそうだった。そう、誰かにその方法を話したくて仕方なかったと言わんばかりに、口の端を釣り上げ不気味に笑う。
「そうか、それを問いかけるか。実にうれしいぞ人間。簡単だ。実に簡単。地上にある魔力を全て吸収すればいいんだ。魔界から地上に上がり洗礼された魔力をこの身体に吸収するだけだ」
思わず歯軋りしてしまう。全ての魔力を吸収するということは、地上全ての生き物を殺すということだ。
そうなると……ある思いが頭をよぎる。 今度はゼロフォーが魔王を見据える。
「初めから7魔将も殺すつもりだった……ということか、魔王?」
「当然だろう、ゼロフォー! お前たちに分け与える魔力などない! そんなことをしたら私が神魔になることが出来なくなってしまう。だから、貴様らを謀ったのだ。地上を征服するなどというたわごとで……本来なら、貴様らの心を魅了魔法を使い私の命令を何でも聞く忠実な部下にしてもよかった」
「出来たのに、それなのにあえてやらなかった……なぜ……」
ブラックが身震いしながら問いかける。もし、そんなことになっていたら、ゼディスの代わりに目の前の魔王のモノとなっていたハズ。寒気がするのも当然。初めから殺す気だったのだ、しかも、こんな奴の為に喜んで死んだだろう。
「喜んで死なれたくなかったからだ! 俺に裏切られ絶望して殺されていく様を見たかったからだ! 。せっかく、神魔になれるというのに、そのオードブルが不味いのでは意味がなかろう」
そんなことを考えていたのか、と、腹が立つが人のことを言えた義理ではない。初めから、魔王は7魔将を駒として考えていたが、7魔将も魔王を裏切っているのだ。
ある意味その分だけ、ショックは少ない。ゼディスに感謝する7魔将たち。
ただ、その態度を快く思っていない魔王……むしろ、腑に落ちない。こんなに冷静なのが……自分が絶望に叩き落そうとしたはずなのに、大した驚きもないことが苛立たせる。
「さて、今度は私から質問しよう。お前たちは万に一つも私に勝つことができない。なのになぜ、この場に現れた? 死期を早めるだけだろう。今からでも遅くはない。逃げることを許可しよう」
「嘘ですね……ここまで来た私たちが逃げるとは思っていない。それに仮に逃げ出したとしたら、後ろから片付けることを考えていますね」
ショコは魔王をまるで信用していなかったが、魔王もそのつもりだったらしい。看破されたが、にやけて笑う。イタズラがばれた子供のように……。
「あぁ、その通りだ、ゴミども。貴様らを楽に倒せるならそれに越したことはない。ただ、お前たちゴミが心のよりどころにしているモノが気にかかるがな。どうだろう、教えてくれれば手加減してやってもいいぞ?」
「あら~ん。あらあらあら~ん。いましがた魔王は嘘を吐いたばかりじゃありませんか~。それを信用するはずもありませんわ~。そんなことより始めませ~ん、殺し合い、殺し合い、殺し合いっぃ?」
その言葉に、全員戦闘態勢に入る。
魔王としてはもう少し、色々聞き出そうとしていたのだが、体のいいところでベグイアスに話を区切られてしまった。
ピリッとした空気が流れる。
それでも、魔王は立ち上がらない。ジリジリと時間だけが過ぎていく。
それに痺れを切らせた魔王が、言葉を発しようとした一瞬、葉弓が大きく動いた。
わずか一秒ほどで魔王の首筋に向けて右手の武器化した『ブラッケン』の刃で切り付けようとしていた。
魔王が想像していたよりもはるかに速い動きだった。
だが、それだけ……。それでも魔王からすれば、まだ遅い。
戦意を砕いてやろうと、その刃に手を伸ばす。絶対的な魔力量と魔王の力をもってすれば、刀を折ることなど造作もない。
が、刀の目の前に、魔法陣の盾が現れ、その中へと葉弓の腕と刀は消える。
「!?」
何が起きたのかわからなかったが、気づいた時には狙われていた首とは反対側から、全身に張ってある魔力がバキバキと砕かれていく感触がある。
そもそも、勇者ごときが魔王の魔力を砕いていくこと自体がありえない状況だ。
魔力を砕いている先にも魔法陣の盾があり、そこから葉弓の『ブラッケン』が魔王の首を捕えている。魔力を砕き直接、魔王の首を刎ね飛ばさんと渾身の力を込める。
ガキーンッと物凄い音を立てて弾き返され、葉弓はその場から離れる。
「くっ! 良い手でござったが魔王の首は想像以上の強度! 魔力は砕けたものの、『雨船』をもってしても首には傷一つ付かないでござるか」
「そんな簡単に魔王を殺せるわけないでしょ! さっさと下がりな!」
『呪壁の指輪』を使っていたブラックが葉弓に忠告する。すでに第二段の攻撃が魔王に襲い掛かる。
ブロッサムとスアックの『光』と『闇』の魔法。光 龍 の 雷 撃と闇 竜 の咆 哮。
葉弓が避けた同時に魔王を襲う。
この程度の魔法……と魔王は思う。同じものを片手でやってのけ、相殺を試みる。が、すでに魔王に嫌な予感が走っている。
そして、その予感は的中する。
二匹の魔力の竜は魔王の放つ二匹の竜の手前で一つに合わさり七色の龍へと変化する。魔界でも見たことのない龍が相殺するはずだった魔法を食らい、その威力も上乗せされ魔王へと向かっていく。
「くっ!」
魔王は上へと飛び上がり逃れる。下を見下ろすと先程まであった玉座は跡形もなく消えている。昔の7魔将や勇者とは比べ物にならないほど強くなっている。
「やるではないか。今度はこちらから行くぞ」
攻めは悪くない、ならば守りはどうだろうか? という純粋な疑問から彼女たちを試してやろうと思う。
魔 法 の 矢の呪文を唱える。
空が晴れたのかと思うほどの魔法の輝きが上空一面を覆う。数など分からない。百万か、千万か、一億か……。手を振りおろすと一斉に、その矢が彼女たちに襲い掛かる。
「あら~ん。あらあらあら~ん。これは私の出番かしら~」
「お前、一人じゃ荷が重いだろ?」
エイスがベグイアスに魔法をかける。
そしてベグイアスが両手を広げると、巨大な魔法陣のようなものが展開され、それに魔 法 の 矢が吸収されていく。
魔力吸収と魔力具現化。
エイスは体内で使える魔力を具現化し拡大し縮小することが出来る能力を身に着けていた。意外と便利な能力である。
たとえば炎 防 御かけた場合、それは炎を身にまとうことが出来て、その大きさや温度を変化させることが出来る。
今は、ベグイアスの魔力吸収を具現化し、巨大化させたものである。
それでも魔 法 の 矢が多すぎて、全てを吸収しきれない。拾い漏らした魔 法 の 矢が彼女たちを襲う。十数発程度だが、光と闇の能力を得ていなければ、魔 法 の 矢一発で体が砕けていたのでは……と思うほどの威力だ。
かなりの血を流す……
が、魔王は面白くない……と言った感じだ。
「折角、ここまで力を得たというのに、ゴミごときが抗うとはな。少々、本気になってやってもいいだろう」
魔王は地面へと降り立った。




