オーガ戦
「とりあえずゼディスは後ろで回復役にまわって…。私とドンドランドは戦闘、できれば一対一にならずに二対二で交互に敵を交換できるように…。ショコは遠距離、短剣は?」
「まだ使ってないから10はあるよ」
「できるだけ足を使って撹乱するんじゃな?」
力じゃ勝ちようがない。スピードを活かした方がいいのだが、ドワーフは基本、重戦車。
動きの遅さが短所の人種だ。
あまり「足を使って攪乱」は難しいことは百も承知の上である。
「扉を開けたら一気に突っ込むわよ!」
斧を持ち、足で扉をけ破る!
ガンッ!
「うおっぉぉ!」
オーガたちはこの部屋に人が入ってくることを予想していなかったようで、一瞬戸惑う。
それでも、ドワーフの鈍足が間合いを詰めるよりは早く戦闘態勢がとれそうだった。
だが、一体のオーガが顔を抑え喚き出す。
「グギッィイィイ!!」
初弾でショコのナイフがオーガの顔面を捕えていた。
その間にドキサはオーガに詰め寄る。
ドンドランドの方は戦闘態勢をとったオーガで、相手の両手用ハンマ一撃が脳天めがけて打ち下ろされる。
上からの攻撃に慣れているドワーフは最小限の動きで横にかわしながら前へと進んでいく。
オーガの攻撃は一発当たれば致命傷になりかねない恐ろしいモノだった。
しかし、それは当たればの話。大振りでよく見ていれば当たらない。
さらに、ドキサとドンドランドの入れ替わりで、オーガ達はどちらが自分の獲物か定めづらくなり、攻撃のスピードは明らかに一テンポ遅い。
隙を見て飛んでくるナイフも十分に効果を発揮している。
それを嫌うような動きをすれば、隙が大きくなりドワーフたちの斧が容赦なく飛ぶ。
だが、オーガのハンマーがドキサの肩をかすめただけで、身体は宙に舞った。
「ぐはっ!」
肩当てが大きく凹み横へと流され、壁に激突する。
「癒しの光を…キュア」
ゼディスが肩の手前で呪文を唱えると痛みが引き傷が治っていく。
魔力を消費するのでそう何回もかけることはできないだろうとドキサは思いすぐに立ち上がり、オーガへと向かう。
一進一退と言った感じだったが、確実にオーガを押していた。
じっくり見て立ちまわっていた分の差が生まれてきている。
大きな一撃…死への直結的ダメージさえ喰らわなければ、ゼディスが回復できる。
しかし、オーガも生命力が多いことで知られている。要は長期戦。
ゼディスの回復する魔力が尽きたら負けが決定する。
ショコの短剣はすでに投げ終わり、接近戦へと移行していた。
ドワーフ二人より圧倒的に早いワードックは上手く間を駆け回りオーガを翻弄する。
そこからは一方的になっていった。
自分たちが追い込まれているとしったオーガたちは、一振りで倒そうと必死になり過ぎて大降りになり見切るのは簡単で細かく撃ち込んでいくだけだった。
ゆっくりとその巨体が倒れていく……。
「やっと 倒れおったか…。」
「くは~……結構、時間かかりましたね~。」
「被害状況は?」
「俺は後ろだから関係ない。」
「ワシは鎧が少々だな。怪我は……ゼディスが治しているから問題ない。」
「私は当たってないでーす。」
「私も鎧が一部破損……それ以外の外傷は治されているわね。
ゼディス、魔力はまだ大丈夫?」
「全然問題ない。この程度なら永久に回復できる。」
「いや、それは言い過ぎじゃろ。」
オーガ戦のあと、この場で休むことにする。怪我はないが疲労が残っている。
残念ながら疲労を回復する魔法はない。
その間にショコは自分の投げた短剣を回収している。
1本はオーガの骨に当たったらしく使い物にならなくなってしまったようだ。
もう1本はどこか瓦礫の下に潜り込んだのか見つからない。
消耗品だと割り切っているので、必死になって探すほどではない。
安いわけでもないのだが、戦場では数本の短剣よりも休憩を優先するべきだろう。
回収し終わってショコが座ると、ドキサが口を開く。
「おそらく、そろそろ敵の本陣ね。安全の為にココにオーガを置いておいたんだと思う。」
「じゃろうな……。しかし、オーガより強いと思われるが、大丈夫かのう?」
「不安ではあるわね。ゼディスの回復が間に合わない可能性もある。ゴブリンやスケルトン、オーガはあらかた倒したと思うんだけど、人間関係にはまだ会ってない。」
「一か所に固まっているんでしょうかね~」
「エルフも一緒にいる可能性もあるな」
ゼディスが言う。
たしかに捕虜が一緒の可能性が高い。遺跡とはいえ檻があるわけではない。無いとも言い切れないが、それを探してまで捕えている可能性も低いし、そもそも檻が朽ち果てているかもしれない。
さらに見張りと本陣と兵を割かなければいけなくなり、力を分散する形になる。
本来なら力を分散しないための檻が遺跡では逆効果になりかねない。
そもそも、もし目的が彼女なら休憩を取ったならここからすぐにでも移動したいはずだ。もっとも合流目的ならここで待たなきゃならないが、それでもいつ襲撃するかはわかっているからそう長くココにいることもあるまい。
「ここまできて、帰るわけにもイカンからの~。しかし、命も惜しいわけだ。」
長い顎鬚を撫でながらドンドランドが思案する。
「相手の人数は倍くらいですかね~。ゴブリンやオーガみたいに何も考えてなければ闘いようもありますが……。」
「人間相手だと1人の差でもかなり大きいからね…戦略を練ったところで2倍近くいるとなると難しいわね……。」
斧の血糊を拭き落し砥石で軽く磨きながら、強引に進むしかないか…とドキサは考えていた。
しかし、その場合は死人が出る可能性が高い。
エルフといえど悪人でなければ助け出したいが、仲間を犠牲にするほどではない。
やはり戻るべきだと進言しようとした時、ゼディスが一つの案を出す。
「俺の神聖魔法でしばらく強くすることができるからそれで行けば大丈夫だろう。」
「……。」
「……。」
「……。ナゼ、今、それを言う!! そんなことできるならオーガの時にやれよ!」
怒鳴るドキサ! まぁ 当然である。ウンウンと2人も頷く。
「いや、色々欠点があるんだ。第一に女性にしか効果が無い。
その点でドンドランドはこの魔法の効果は諦めてくれ!」
「なんで、女性だけなんじゃ?」
「宗教上かな?第二に効果がまちまちなんだ。
すごく強くなる可能性もあれば、大して強くならない場合もある。
第三にこの呪文が切れたときに身体にかかる負担が大きい。
たぶん丸一日ねてなければならないほどだと思う。
それを考えるとその後、連戦にならないときにしか使えない。」
オーガ戦で使っていたら、この後闘うどころではなかったことになる。
そうなると使いどころが難しい呪文ともいえる。
一歩間違えれば全滅しかねない。
「効果時間はどれくらいなんですか?」
「およそ1時間。」
「効果が薄かったときが最悪よね。その呪文。」
ドキサはそんな博打にはでられない、と言いたげに呪文の効果に疑いの言葉を発する。
「2人なら大丈夫なはず。いや、それを確かめるためにドキサの部隊に俺は入隊したんだから…。」
「どういうこと?」
「言うべきか言わないべきか迷っている。」
「ずいぶん、勿体ぶるんじゃな~?」
理由を答えないことにゼディスに対する一同の不信の目が向けられる。
「ならとりあえず、奴らの近くまで行ってからこの魔法をかける。
それで力が大して得られてないようだったら諦めてこのまま帰る。
力が得られていたなら、それを合図に特攻ってーのでどうでしょう?」
ドキサが「それでいいわ」と納得をする。
正確にはそれで力を得られても得られていなくても帰る気でいた。
たとえ強くなったとしても危険度が高いのはわかっていた。
おそらく、ほかの二人も似たような考えなのだろう。
休憩をそこそこに切り上げ、全員立ち上がり新しい通路へと向かう。
もし、この遺跡が王宮の跡地なら、この場所から王の間までの距離はそう遠くはないような作りだ。
そして、そこに敵がいる可能性が高い。
ただ、あまりにも壁や床がボロボロで木の根などが張り出し進みづらくなっている。
そういう場所は回避していく。通ったなら、木の根などは切り落としているだろうからだ。
一段と大きな通路に出る。
鼻をピクピクと動かしたショコが小さな声で語りかける。
「どうやら、あの大きな扉が目的地のようです。」
即の連中が取り付けたのだろう真新しい簡素な扉がしまっている。
吹き通しだと落ち着かないのが人間の心理なのだろうか。
「さてさて、お待ちかねの魔法を唱えますかね~。」
ゼディスは鼻歌でも歌いだしそうな声を出す。
「その前に呪文の名前を聞いていいか?」
「セインヒローナ……女性英雄化。それがこの呪文の名前だよ。」
「聞いたことありませんね~。どこの神様の神聖魔法なんですか?」
この世界では神様は沢山存在している。
有名な神様は六大神とされ、火、風、地、水、光、ヤミである。
他は無名神となり信仰するモノも少ない。
「神様の話は後回しだ! なにせ敵がめのまえにいるからな。
『我が名において美しき女性を彼の地へ導け! セインヒローナ!』」
淡いピンク色の光が二人を包む。
ドンドランドはその光景にさほど驚きもしない。
日常茶飯事……ではないにしろ、神聖魔法を目にする機会は数多くある。
身体が光ることもそのうちの一つでしかない。効果は男性である以上、わかるわけもない。
結果がわからない以上、ドンドランドはドキサに尋ねる。
「さて、隊長さん。行くか帰るか、どっちにする?」
返事が返ってこない。ドキサは自分の手をグーパーっと閉じたり開いたりしている。
ショコは自分の身体が光っていることを不思議そうに見ている。
「そんなに不思議か?」と思ったが、もう一度ドンドランドが尋ねる。
「行くのか帰るのか?」
ドキサとショコは同時に扉を睨み付ける。そしてドキサがニヤリと笑う。
「こりゃぁ、行くしかないでしょ!」