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頭、仕事しろ!

 エキドナはルリアスの『魔王降臨の義』を止めに行く。と、いっても簡単に止められないだろうと普通は思う。そのために地上に来ているのだし、魔王から力を授かっているのだから……。


「……」


 ルリアスは何か難しい顔をしながら、魔法陣の組み立てをしている。不用意に声をかければ殺されかねない。そんな状況でもエキドナは関係なく、声をかける。


「どうですか、ルリアス様」

「殺されたいのか?」

「これが、完成すれば私たちを一掃したゼディスとかいう男を苦しめられると思うと嬉しい限りです。ですから何かお手伝いできれば……と思いまして……」

「なに? 『ゼディスが苦しむ』? 知っているのかゼディスを?」

「えぇ、前にも話しましたが私のいた部隊がゼディスと『魔倉の指輪』によって壊滅させられたのです。その仇を討つために魔法陣のお手伝いをしようかと」

「魔王が降臨したら、ゼディスを苦しめることが出来るか?」

「そう思いますが……いいえ、逆に降臨できなければゼディスを喜ばせることになりかねません」

「ゼディスが喜ぶだと!?」

「そうでしょう。魔王降臨を阻止するのが彼の目的ではないかと思われます。もし、その魔王降臨を失敗や中止してしまったら、ゼディスの思う壺。それこそルリアス様に感謝するでしょう」

「ゼディスが私に感謝だと!?」


 ルリアスの動揺が見て取れる。周りの魔族たちはよほど敏感でなければ会話の流れを読み取ることは出来ないだろう。人間を例に出したたわいもない話ともいえるのだ。

 エキドナはルリアスがゼディスに好意を持っていることを知っているからこそ分かる変化ともいえる。


「それはそれは、感謝するでしょうね。人間を、いいえ、ゼディスを救った張本人とも言えますもの。もしも、故意に魔王を降臨させないのであれば求婚されかねないでしょう」

「求婚だと……そ、それは俗にいうプッ、プッ、プロ……」

「プロポーズとも言いますね」

「そんな、さすがにそれは……」


 妄想しているのか、心ここに心ここに在らずっと言った感じになってきている。

 ここで現実に引き戻す。


「流石にルリアス様が魔王降臨の義を失敗するはずがございません」

「そ、そうだな……」


 物凄く悩んでいるのか、目が泳いでいる。失敗する気があるのかないのか……。そんなルリアスを放っておいてエキドナは、荷物運びに戻っていく。


 そこまでやったところで、脳内にゼディスの声が聞こえてくる。


「あれで、大丈夫なのか?」

「十分だと思います。むしろ少し露骨すぎたかもしれません」

「そーなのか? あんなんで失敗するとは思えんが……」

「もし魔王降臨の儀が成功したなら、全責任は私が取ります」

「いや、そもそも、魔王が降臨することは前提だから、お前が責任を取ることはしなくていい。むしろあんなんで、成功するなら褒美をやろう」

「本当ですか!? それは結果が楽しみです。何せノーリスクでご褒美が頂けるなんて思っていませんでしたから!!」

「それから、もし魔王降臨の儀が失敗したらルリアスも褒めなきゃまずいよな?」

「えぇ、そうですね。勝手にやったこととはいえ、この先、味方にしようと考えるなら手なずけておいて損はないと思います」


 もちろん、ゼディスも味方にしておきたいのだが、どう褒めるべきか……エキドナを関しているのがバレてしまうのは、あまりよろしくない。


「大丈夫ですよ。おそらく自分から『失敗した』あるいは『魔王降臨をやめた』と報告して褒めてもらおうとするでしょうから……いいえ、違いますね。他の方法を考えるかもしれません」

「他の方法?」

「少し、様子を確認する必要があるかもしれません。場合によっては魔王を降臨させるシナリオがあるかも……」

「うぉい!」

「大丈夫です。そのための方法も考えております」


 本当だろうか? と考えるが、とりあえずエキドナのやり方に任せることにする。






 まさか、私が魔王様の降臨を躊躇うことになるとは思わなかった。

 それが目的で地上に出てきている。なのに、先ほどのエキドナの言葉に心が揺れている。

 ゼディスに喜んでもらえると思うと、魔王様の降臨を失敗させたくなる。


 落ち着かない。魔法陣を書くための呪文詠唱を一旦やめて、休憩しよう。とりあえず、根を詰めて長時間やるのは効率が悪い。部下たちにも指示を出し、休憩するように言うと、みんな嬉々として休憩を取る。

 元来、自由気ままにやる魔族だ。命令されているだけでもストレスになる。かといって、人間を襲いに行かれても困る。内密に行動を起こしているのだから。


 私専用の休憩室に入る。洞窟内だが元をただせば部屋だったのだろう。改装し綺麗にするにはそう時間はかからなかった。


 呼び鈴を鳴らし、コボルトを呼ぶ。一般のコボルトよりも一回り大きく理性的な顔をしている。それもそのはず彼はコボルトキング。コボルト達の王だ。といっても、一部族の王でしかないため、数多くいるコボルトキングの一匹に過ぎない。


「紅茶を持ってこい」

「かしこまりました」


 恭しく一礼すると、すぐに出ていく。


 これからのことを考える。なにも今すぐ、魔王様を降臨させる必要はないのではないだろうか? 最終的には呼ぶわけだし、そのための準備は進んでいる。少し遅れたくらいで処罰されることも無いだろう。そもそも、遅れているかは魔界からはわからない。


 もし、魔王様を呼ばないようにしているとゼディスが知れば、あのエキドナが言ったように、私に感謝するのだろうか? それで、私の肩に手を回し『ルリアス、君はなんて素敵なんだ』とか言ったりして、それでもって、あんなことやこんなことを……

 いかん、ヨダレが……


「!?」

「大丈夫ですか、ルリアス様?」

「いつの間に戻ってきた!?」


 今出ていったばかりだと思っていたコボルトキングが目の前にいる。テーブルの上に紅茶とケーキが置かれている。

 気が付いたら、思ったより時間が経っている。私の中では数十秒程度かと思ったら、二十分くらい過ぎているようだ。

 慌てて、ヨダレを拭く。


「ノックくらい!!」

「ノックは三度ほどいたしました」

「グッ……ま、まぁ下がっていい……」

「そんなジト目で見られましても……私のせいじゃありませんよ」

「わ、わかっている。サッサと下がれ!」


 一礼をして下がるコボルトキング。こんなだらしないところを部下に見られることになるとは……そうだ、そもそも、あのエキドナが適当なことを言うからこんな目に遭うのだ。

 しかし、適当と言っていいのだろうか。真実と考えるべきでは……うん、紅茶が美味しい。ストレートティーに限る。とくに甘いものと一緒のときには……レモンティーは邪道だ。


 すでに杯には魔力で満たされている。あとは、魔法陣を完成させ、最後に大量の魔力を注ぎ込めばいい。簡単に大量の魔力を注ぎ込むのは生贄が手っ取り早い。

 一人殺せば、それだけでソイツの魔力が解放されるからな。

 ふむ、下準備はほぼ完璧だし、魔法陣まで完成させて、放っておくという手もある。


 紅茶を置き、部屋の中を歩き回り考える。

 完成までさせて放っておいた場合、他の7魔将に手柄を奪われる可能性がある。ゼディスに褒められるのは魅力的だが、その場合、魔王様に放置したことを告げ口されるだろう。

 ならば、失敗するのはどうだろうか?

 そもそもが、難しい儀式だ。失敗なら十分にあり得る。ただ、一度失敗すると儀式を復元するまでに長時間かかってしまう。あまり好ましいとは言い難い。


 適当に本を取りながら、読んでみるが頭に入ってこない。結局のところ儀式をやるか、やらないかの同じことを繰り返し考えるだけだ。


 だったら、魔王様を呼び寄せてしまうのはどうだろう?

 その、褒美としてゼディスを貰うというのは、これは素晴らしいアイディアではないだろうか?


「ふむ、我ながら完璧な考えなんじゃないか?」


 これでイこう! と思った時、出鼻をくじくようにノックがされる。さすがの私もイラっとする。他の7魔将だったら……とくにゼロフォーか、グファートあたりなら殺されているところだろう。


「入れ!」


 何か問題があったのかもしれない。私はそう簡単に部下は殺さない。重要な情報を持っている可能性だってある。あの二人は自分で色々、やり過ぎる。無駄に力を誇示したがっている節もある。


 入ってきたのは先程のエキドナ。早く、魔王を降臨させろと催促しに来たのだろう。もちろん今の私はやる気満々だ。お前に言われるまでもなく、すぐさま魔王降臨の儀を成功させてやろう。


「少しお伺いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「なんだ、言ってみろ?」


 質問とは珍しい。大抵の魔族は7魔将を恐れ質問などしてくることはない。聞き方を間違えただけで首が飛ぶことを覚悟しなければならないからだ。もっとも私は理性がある方で通っているので質問が全くないわけでもないが……。


「もし、魔王様が降臨なされたら、やはり勇者たちを殲滅していただけるのでしょうか?」

「それは当然だろう! 奴らが一番の敵となるだろう。真っ先に血祭りにすると考えて間違いはないな」

「それを聞いて安心しました。そうなると、勇者たちを先導しているゼディスも真っ先に殺されるわけですね?」

「え?」

「『え?』ではなくって……。そう考えるのが妥当ですよね? 場合によっては彼女たちのリーダーと考えてもいいポジションにいるという話を聞いたので……違うのですか?」

「ち……違わない」


 なんてことだ! ゼディスは勇者に近い人間ではないか! アホっぽいからすっかり忘れていた。褒美で貰おうと思ったが、そんな反乱分子を魔王様が生かしておくはずがない。『他のオスにしろ』とか言われるのがオチだ。

 偶然とはいえ、いいところにエキドナが来てくれて助かった。危うくゼディスが殺されるところだった。慎重に考えなくては……ゼディスは勇者扱いと考えなくては……。


 待てよ? このエキドナを使って考えてみるのはどうだろう? 彼女の相談と称しゼディスを手に入れる方法を考えるのは……これは結構いい考えではないだろうか?


「お前はゼディスをいち早く殺したいわけだな?」

「そうですが、何か?」

「もっと、苦しむように殺すのはどうだろう。たとえば……うーん、あくまでも例えばだが……」

「なんでしょう?」

「私の奴隷として、一生こき使うというのはどうだろう。魔族の奴隷として生きている間、苦しめ続けるというのは……」


 エキドナを騙しているようで少々心苦しい。だが、これもゼディスを手に入れるため。それに、あながち間違いでもないだろう。私の召使というのも悪くない……ゼディスがタキシードを着て私の為に働く……そして、私が褒美と称しゼディスにあんなことやこんなことを、そしてゼディスが『おやめください、ルリアス様』『良いではないか、良いではないか、ぐははは』


「ルリアス様、ヨダレが出ていますが?」

「じゅるり……す、すまん。少々、働き過ぎでお腹が空いていた」

「名案だとと思います」

「やはり、無理矢理襲う方が!?」

「? えーと、話が飛んでいるようですが、ゼディスを魔族の家畜にするという話です」

「え? あー。そっちか。 家畜はやり過ぎだが……まぁ、そんな感じだな」

「しかし、そうしますと……魔王様を降臨させるのは躊躇われますね……魔王様なら確実に殺してしまうでしょう」

「そうなるか……」


 ケーキに口を付けておく。お腹が減っていると言っているのに、ケーキを食べていないのは不自然だ。もう、頭が上手く回らない。何をどうしたらいいのか……。だいたい、ケーキなんて食べてる場合か?


「あくまでも、私の意見ですが……」

「なんだ、言ってみろ」

「魔王様を降臨させずに、ゼディスをルリアス様のモノになさる方がよろしいのでは?」

「魔王様を裏切れと?」

「いいえ、違います。まずはルリアス様がゼディスを飼い慣らすのです。そして完全にルリアス様に忠誠を誓う奴隷にするのです」

「ふむふむ」


 なかなかいいことを言っているぞ、このエキドナは!


「それからどうする?」

「そうすれば、ゼディスを使い勇者たちを一網打尽に出来るわけです」

「なるほど、奴らのリーダーのようなものだから簡単にいけそうな作戦だ」

「そうなれば、ゼディスは人間側の敵、すなわち魔族側の者として魔王様もお認めになり、ルリアス様の奴隷として飼うことを許していただけるのではないでしょうか?」

「素晴らしい! 素晴らしい作戦だ」

「ただ、この場合、魔王様には降臨を少々、待っていただく必要があります。要するに勇者たちを倒して安全が確保されてから降臨の儀を行うわけです」

「もっともだ! 今はまだ勇者たちがいるのだからな。彼女たちを片付けてから魔王様降臨の儀を行うべきだ! しかし、どうやってゼディスを手なずける?」

「それはもちろん、ルリアス様の肉体の虜にするのが一番確実かと思います」

「そ、そうか……」


 とは言ったものの、私の肉欲の虜にするのは難しいように思える。すでに一度、抱かれているがゼディスより私の方があの甘美な感覚を忘れることが出来なくなっている。これ以上、抱かれたらそれこそ溺れてしまうような気がするのだが……。


「まさか、ゼディスごとき人間をルリアス様ともあろうお方が恐れをなしておられるのですか?」

「ま、ま、ま、ま、まさか! 簡単だ。あんな奴を私の虜にするなど……よし、魔王様降臨の儀は一時中断する。しかし、どうやって、ゼディスを誘き出すか……」

「私にお任せあれば、すぐにでもあの男を誘き出してみせます!」


 むしろ、エキドナの手際が良過ぎる! まさか……まさか……私の為に色々、下調べしていたのでは!

 持つべき者は優秀な部下だ! 彼女は魔族でも良い地位に付けてやろう。私直属の部下にしてやってもいいだろう!

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