強力な刺客たち
神聖ドートピオ王国の森深く……
ゼロフォーは古代に廃れた魔法『光の牢獄』に閉じ込められていた。
この後、運ばれるか建物を建てるかして、光の刺さない場所に封印されてしまうのであろうと考えていた。この檻から出る切っ掛けが、今後、訪れるとは考えづらい。
封印が施されれば、立ち入り禁止や注意書きがされるため、誰も近寄らないくなるだろう。
「今のうちに、バカでも来てくれれば出られる可能性があるんだが……」
魔法が使えるバカが理想的だ。ソイツを騙せばこの檻から出られるだろう。ただし、こんな森の中までくるかは、はなはだ疑問ではある。一体どういった用件なら来るかわからない。先程まで戦闘が遭った地域なのだから……。
木々は倒れ、草は焼き払われ、地面には大きな穴がいくつも出来ている。いまだに部分部分では黒い煙まで立ち込めている。
「こりゃー酷いな……」
男の声がする。バカかどうかはわからない。だが、このチャンスしかゼロフォーには残っていない。
「そこのお前……ちょっとこっちにこい!」
「んぁ? 俺の事か? なんでそんな命令口調なんだ? 断る」
どうやら男は命令口調では来ないらしい。下等生物のくせして生意気な……。
「ならば、俺のところまで来るといい」
「『来てください』だろ?」
「こいつ、下手に出ていればいい気になりやがって!」
決して下手に出ていないのだが、ゼロフォー的にはこれでもかなり譲歩しているつもりだった。だから、これ以上、遜るつもりもない。
「来た方がいいんじゃないか?」
「冗談じゃねーよ。なんで、そんな怪しいところ、しかもお前、人間じゃないだろ? 魔族か?」
「そんなことはどうでもいい。俺の所に来れば黄金を好きなだけやろう」
「……行くだけでか?」
どうやら、男は『黄金』に興味があるらしい。頭の悪そうな顔をしている。思ったよりも扱いやすそうだ。
「ここから、出してくれれば、黄金でも宝石でもくれてやる」
「マジか!?」
「魔法が使えるなら、ここから俺を出すことが出来る」
「あぁ、使える、使える!」
小走りに駆けよってくる。想像していたのより簡単にいきそうだ。あとはこの男が本当に魔法が使えるかどうかだが、途中で止まる。
「なんか、檻みたいなところに閉じ込められてるなぁ。滅茶苦茶、怪しいじゃねーかよ。しかも、魔族だろお前」
近くまで来た男は意外と冷静だ。ゼロフォーの様子を確認できるところまでくると檻に閉じ込められている事態に疑い始める。ここから出るには男の冷静さは少々邪魔である。
「ふむ、実は俺は良い魔族なのだが、悪い人間に閉じ込められたのだ」
「胡散臭すぎるだろう、その話」
このままでは出れない。男の欲をもう少し煽ってみることにする。
「本当に良い魔族なんだ。ここから出してもらえたなら、黄金の他にお前を王様にすることも出来るぞ」
「ふむ……しかし、確証がないな~」
男が乗ってきた。逆に言えば確証があればここから出ることが出来るのである。内心、ほくそ笑むゼロフォー。
「私を使い魔にすればいい」
「なるほど!」
そう、外側から呪文を詠唱してもらって、この『光の牢獄』を開けようという考えだ。
触れて呪文を唱えればこの檻は開く。おそらく使い魔にする魔法自体はこの檻に魔力を吸収され発動しない。
男は近づいていき、『光の牢獄』に手を振れる。そこからゼロフォーを使い魔にする呪文を詠唱し始める。
男は檻の中だから、逃げられず絶対にかけられると思っているのだろう。だが、使い魔にするには相手の同意が必要になる。ようするに、このバカ男はゼロフォーが本当に使い魔になる気だと思っているのだ。
男が呪文を唱え終わると『光の牢獄』はゆっくりと光の粒子へ変わり消滅した。
「さぁ! 黄金と俺を王様にしてくれ!!」
「あの世でな!!」
もう、この男に用はない。サッサと殺して、神聖ドートピオ王国を潰しに行かなくては……と思ったが、男の横から黒い影が、ゼロフォーを吹き飛ばす。
一瞬、何が起きたかわからなかった。どうやら、男は一人でこの場所に来たわけではなさそうだった。呆気にとられていると、草木の間から何かが飛び出してきた。
それは獣など比べ物にならないほど素早く、確実にゼロフォーの命を狙う刃だった。
左手を上げ、その刀から身を守ろうとする。チリリっと金属と金属の交わる音が聞こえる。オリハルコンで出来た左腕と五分の刀があるとは思わなかった。防いだだけでへし折れると思ったのに……。
出てきたのは右腕が刀と同化している少女。
「このまま、左腕を貰い受けるでござるよ!」
「そんなこと……」
出来るはずがない……と思ったが左腕が悲鳴をあげ始める。オリハルコンの腕が……。
「なに!?」
オリハルコンに含まれている魔力が異常を起こしている。正確に言うなら魔力が砕かれていっているような感覚だ。ただの金属と化せば本当に切り落とされかねない。
どうなっているのかわからないが、その場から飛び退き森の中に身を隠す。
が、今度は少女がいた方向とは別の所から、黒い龍の形をした閃光が狙っていた。たしか、スアックが得意とする最大級の魔法だったはず……『闇竜の咆哮』
両手でその魔力を弾き返そうとする。そもそもオリハルコンの装甲を魔法で傷つけようと思ったら、これくらいの魔法でなくては不可能だったが、それでも押しのけられないわけではない。
「くっ! 本当にスアック並みの魔力だ!」
ゼロフォーは相手に対し感心する。7魔将と同等の魔法を放てる奴など人間にはいないと思っていた。
左手がミシミシ言い始めたころ、その黒龍の閃光に白龍の閃光が混じってきた。
「白と黒、両方の魔法だと!?」
一秒以下でその両方の魔法を避ける。それでも左腕が粉々に吹き飛んだ。
どうやら、自分を封印するのではなく完全に消滅させるために準備をしてやってきたのだとゼロフォーは解釈した。あのバカな男も油断させるためのおとりだったのだと……。
まずは隠れてる。左手を回復させようと、地面に手を付き金属を引きずり出し構築していく。このまま隠れて敵の戦力を把握しようとしたが、先に発見される。
上空から、イラつく声がする。
「発~見! ここにいます!!」
聞いたことのある声に上空を見上げるゼロフォー。もちろん知っている魔族……ドラゴニュートの7魔将・ブラック。十数体が空を巡回して森を監視している。すぐに見つかるはずだ。
なんで人間側についているかわからないが、どうやら敵だ。裏切り者に腹が立つ。
「ブラック!!」
回復した左腕でミサイルを十数発放つ。ブラックは軽く息を吸い込んで竜 の 息で全てのミサイルを迎撃する。
物凄い煙が立ち込める中、ゼロフォーが飛んできてブラックに攻撃しようとするが、ブラックではない別の飛行生物に蹴り落される。
その威力はおそらく、ブラックを上回る。
地面を壊しながら、回転し何とか着地するゼロフォーの前に自分を地面に叩きつけた合成獣の獣人はすでに着地していた。
とっさに両手で獣人の攻撃を防いだが、クマのような右腕から繰り出されるパンチに大きく退かせられてしまう。
「くそっ!! 次から次に何が起こっていやがる!?」
休む暇もなく襲い掛かってくる新手。愚痴の一つもこぼしたくなる。
さらに木陰から赤い刀身が見えた。
どちらにしろ、通常レベルの敵はいない。7魔将クラスの敵が何人もいるのだ。人間がそんな部隊を編成していたとは信じられなかった。ゼロフォーは苦い顔をし臨戦態勢をとる。
敵が現れた瞬間に頭を吹き飛ばす。手応えはあったが、頭の無くなった身体はそれでも構わずゼロフォーを攻撃してくる。
「グファートか!?」
オリハルコンの体も傷つけていく赤い刀身の剣とエメラルドの鎧、それに頭が無くなっていることでデュラハンの7魔将を思い出す。
ただ、頭が無いので返答はない。
グファートも倒し方がわからない。『光の牢獄』に閉じ込めても彼女は魔法を使えるので簡単に出てきてしまうだろう。
そもそも7魔将が敵にまわっていることがわからない。幻影の可能性も無くは無い……ただ、これだけ強力な幻影を作れるなら、幻影である必要性がわからない。
油断や不意が衝けるから……と言う考えもあるが、それでも二体もいらない。
「まさか、7魔将のほとんどがいるんじゃないだろうな」
本物かどうかは別として、二人見かけている。さらに魔法もスアック本人だったと考えると三人。半数はその能力を持った者が確認できている。さらに対等に戦える人間らしきものもいる。
「やるじゃないか」
撤退するという選択肢はゼロフォーには無い。地面から巨大な槍を生成していく。金属はミスリルとウーツ鋼の合金。魔力と強度を併せ持つ強力な槍だ。
後ろから物音が聞こえる。その瞬間にすでに、その槍を刺しこんでいる。味方などいないことは織り込み済みだ。たとえ7魔将の姿をしていても敵と考えて問題はない。
硬い手応え……茂みの奥を確認すると、魔法陣の盾が出現している。ゼロフォーの槍が魔法陣の盾を打ち砕く。
「あら~ん。ゼロフォーの攻撃はやっぱり強力ね~」
「本物のベグイアスか?」
ベグイアスは魔法陣の盾を砕いたことでスピードがゼロになっている槍の上に手を置いている。
「どうかしら、どうかしら、どうかしらぁん。別に本物でも偽物でもいいでしょっぉお。だって、アナタ、強い者と闘うことしか興味ないんでしょっぉお!!」
出したばかりの槍がひび割れていく。魔力を吸収した傍から握力で金属を握りつぶしていっている。少なくとも本物のベグイアスに匹敵すると判断し、すぐさまその槍を放棄する。
「私の偽物もいるのか?」
「さー知らな~い」
ベグイアスの本物さながらの言い回し。興味が無いことはどうでもいいときのベグイアスの反応だ。
「私たち、私たち、私たちはっぁ、アナタを取り押さえるように言われてるのっぉお」
手から蜘蛛の糸が放たれる。素早く回避し森の中へと入って行くゼロフォー。だが、空中にはその様子を見ているブラック。
逃げても次の追手がすぐ来てしまう。
周りの気配に気を配りながら、両手剣を地面から引きずり出す。
当然、次の敵が現れる。
一人はゼティーナⅡ世。コイツの力は知っている。
もう一人はドワーフ……闇色の光を放つ斧を持っている。
「そろそろ、諦めもついたんじゃない? 7魔将の大半が離反してるんだから、おとなしく捕まりなさい」
「『光の牢獄』から出したのは、アナタを私たちの仲間にするためです」
ドワーフとゼティーナⅡ世がため息交じりに言う。要するに力の差を見せつけるためにあの檻から出したというのだ。
「残念だが諦めるわけにはいかないな。それに7魔将が本物かはわからないからな」
そうは言ってみたものの、本物の可能性が高いことは理解していた。あれだけの能力を持っている偽物の方が遥かに難しい。
「まっ、どっちでもいいんだがな」
一人ずつ片付けていくことにする。まずは無難にドワーフから……次はゼティーナ、7魔将たちは最後の方になるだろう。
そんな考えで大剣を振り下ろしたが、ドワーフは斧で大剣を軽々受け止めたかと思ったら、剣ごとゼロフォーを切りつけた。
肩から腰のあたりを斜めに切られ、大きく後ろによろめいた。
簡単に大剣を無効化され、ゼロフォーは動揺する。オリハルコンで作っていた大剣、それにだオリハルコンボディーだ。7魔将でも即時に真っ二つに出来る者などいない。
わずかなよろめきの間にドワーフは後ろに回り込みゼロフォーを地面に倒し抑えつけていた。ゼロフォーの全力をもってしてもビクともしない。
「なんだ、貴様! なに者だ!?」
ここまで圧倒的な力を持った者に初めて遭った。
ガサガサと誰かがやってくる。魔術師と初めに見たバカ男だ……いや、バカでもないのだろう。はじめから、踊らされていたのはゼロフォーの方だったのだ。
ボウガンを用意している。
「言っておくが、オリハルコンの体にボウガンなど効かないぞ」
だが、バカ男は隣の魔術師と話している。
「ゴーレムの場合は性別ってあるのか?」
「それは調べていませんでした。スアックに聞いてみた方がいいかもしれませんね」
「とりあえず、撃ち込んでから聞いてみるか」
ガシャガシャとボウガンに矢を込めるとゼロフォーに目掛けて数発撃ち込んだ。




