罠は力づくで回避できます
他にも色々な罠を力技で抜けていく女剣士・葉弓。
槍を切り落としたり、迫る壁を走り抜けたり、魔族を切り倒したり……。そんな調子で牢獄の一角にエルフが倒れているのを見つける。
寝ているのか、気を失っているのか、はたまた死んでいるのか、区別はつかない。
他の牢屋は空になっている。罪人は全て町へ解き放ち、ドワーフは全て処刑台へと運ばれて、この牢獄自体を対勇者用罠として活用しているようだった。急ごしらえにしてはなかなか良く出来ていたが、葉弓を止めるに至らないモノだった。
刀を構えると、牢の鉄格子を綺麗に切り外し中へと入る。彼女に鍵は必要なかった。
あっさりと中に入り、エルフを起こそうとした時、急にそのエルフが抱きついてきた。いや、エルフではない。エルフに似せた人形だった。
しまったと思った時はすでに時遅し! エルフの人形が魔力爆発を起こし牢獄ごと破壊していく。壁が崩れ天井が落ち、城の地下が埋まっていく。
だが、葉弓はすでにその場から、走り去っていた。エルフが人形だとわかると、即座にその腕を切り落とし、爆発と同時にかけ出している。さすがに無傷とはいかなかったが、それでも軽傷で地下から階段を上っていく。
地下牢のいたるところに、爆発物が仕掛けられていたらしい。どんどん地下牢が崩れ去っていく。天井から降り注ぐ瓦礫と、後方の爆風を避けながら階段を登りきる。
そこに待っていたのは、大勢の魔族。
ゴブリン、コボルト、オークにリザードマン。なかには獣人や傭兵など人間側の者もいる……が、悪人面が多い。どうやら強い方について甘い蜜を吸おうという連中だろう。
「あいつを殺せ! 首を取ったやつは褒美が出るぞ!!」
誰が言いだしたのか知らないが、そんな叫び声が上がる。
葉弓は『やれやれ』と思った。こんな低俗な奴らが何人集まろうと敵ではない。
抜刀する。一瞬、閃光が煌めいたと思ったら、その閃光上にあった武器防具が全て真っ二つに切れていく。数歩、歩いては抜刀……それだけで敵の戦意を削いでいく。一人逃げ出せばあとはあっという間だった。
勝てないと悟った敵は一目散に逃げ出す。力の差を見せつければ、強者に付く者がそれ以上闘おうとするはずがない。所詮、トラの威を狩る奴らだ。
「ふむ……エイス殿はどこに囚われているのでござろうか……?」
地下に囚われていたら一貫の終わりだろう、その場合はどう言い訳しようかと思ったが、その心配はしなくて良さそうになった。
彼女を縛り付け連れている女性がやってくる……女性といって差し支えないのであろうか? たしかに上半身は目も覚めるような美女だが、下半身は蜘蛛である。あまり気持ちの良いモノではない。
「あら~ん。あらあらあら~ん。みんな逃げちゃった?」
「そのようでござるな。そなたが連れているエルフはエイス殿でござるな」
「そうよ、そうよ、そうよ~。どーするぅ?」
「返していただけないで、ござろうか?」
「アナタの命と引き換えなら考えて、あ・げ・る・わよぉ?」
「ふむ、それはできない相談でござるなっ!」
一瞬にしてアラクネの魔族の真横で剣を振り下ろしていた葉弓。だがアラクネの魔族は避けることなく、魔法陣の盾を出し、その刀の攻撃を防ぐ。
ギギギギッっと甲高い耳をつんざくような音が響き、葉弓はすぐに下がる。
「ふむ、それが噂に聞く『呪壁の指輪』という奴でござるな?」
「そうよ~。賢い娘は好きよ~ん。た・だ・し、これはレプリカだけどね~。それにしても、人質がいるのに私を切りつけてくるなんて、この娘、殺しちゃおうかしら?」
「それは困るでござるよ。一騎打ちに応じる故、彼女を離してもらえないでござろうか?」
「あら~ん。私、一騎打ちなんて申し出てないわよ~。勝手に変な方向に話を持っていかないで貰えるかしら?」
「ならば、いかようにすれば、彼女を解放してくれるのでござろう?」
「そーね~。アナタのその剣と物々交換しましょうか?」
「武士の命と交換せよとは!?」
「軽い命なのね~。でも、命と命。ちょうどいいと思わない?」
「ムムムム……。この『雨船』は最高の刀……それと引き換えとは……。しかし、この刀をそなたに渡したら、私の命をそなたが狙ってくるのではないか?」
「当然、そーなるわね~。でも、この場で『アナタ死んで』って言っても死なないでしょぉ? だから、多少、生き残る可能性を示唆してあげてるのよ。どうどう、どうかしら~。悪くない商談じゃないぃい?」
「もし断ったら、どうするでござるか?」
「エイスちゃんに死んでもらうわ~。それから、アナタと闘うことにする。刀を渡してくれれば、彼女を渡した後に、アナタと闘うことにする」
どちらにしても、あまりいい条件ではないが、エイスを見殺しに出来ないと葉弓はその場に刀『雨船』を置く。
「わかったでござる! ここに雨船をおくでござる。そなたもそこにエイス殿を置いて互いに取りに行く……それでよいでござろう?」
「えぇ、それでいいわ。公平じゃなーい。いい言葉よね~。公平って……」
何か企んでいると思った。が、それが何なのか知る由もない。
互いに『エイス』と『雨船』を地面に置く。そして、ゆっくりと歩きはじめる。相手の動きを確認するかのように……。
だが数歩、歩いたところでアラクネは突然『雨船』に向かい走り出した。それをみて、葉弓も走り出す。どちらも、先に取った方が有利になることは間違いない。
だが、すれ違う瞬間、アラクネは葉弓に向かって前足の爪を振り下ろした。エイスの元に急いでいた葉弓は完全に不意をつかれた。
アラクネの前足の爪が葉弓の右肩に叩きつけられる。強力な一撃で葉弓が叩きつけられ、衝撃で床が割れる。が、すぐに回転して立ち上がり、若干斜めの態勢のまま葉弓はすぐに走りはじめる。
その様子に違和感を感じたのはアラクネの方だった。
「?」
何か腑に落ちないモノを感じながら、アラクネは『雨船』がある方向に手を伸ばすと、蜘蛛の糸を出しそれをあっさりと取り、後ろから葉弓を追う。交換というのはあくまでも見せ掛けで中間地点で仕留めようとしていたのだ。
が、死ななかった……それどころか、腕ももぎ取れていない。苦痛の声も上げない。その辺がアラクネの疑問の大元になる。いや、それだけではない。なにか……手応えのようなものがおかしい。
いち早く、葉弓はエイスの元に辿り着く。短剣で縛られている縄を切ろうとすると、ゴブリンやコボルト、オークなどが湧いて出てきた。
「隠れていたでござるか!?」
そんなに大きく隠れられる場所などなかった……いや、実際は隠れていたのではなく、卵から孵ったのだ。もちろんアラクネは7魔将のベグイアス。魔族の卵を大量に作ることが可能な者。瓦礫の下や、柱の陰に卵を用意していたのだ。そして、エイスを手ぶらで助けに来るタイミングで孵化させた。注意を払っていなかった葉弓に打つ手はない……。
そう思われたが、ゴブリン達が真っ二つになっていく。
「あら~ん? どういうことかしら~?」
ベグイアスの手元には確かに『雨船』がある。それなのにゴブリンもコボルトも、綺麗に真っ二つになっていく。魔法の類かと思ったがどうも違う。右手に光るものが見える。短剣であれだけのことをやっているのかとも思ったがそれも違うようだ。
「なに、なに、なぁにぃ? 見せてよ、私にもアナタの攻撃方法見せてぇ」
『雨船』を引き抜きベグイアスは葉弓を切りつける。が、カキーンと甲高い金属音がして葉弓の頭の上で止まる。
「あら~ん? なに、その右手……右手? 剣? なにかしら?」
葉弓の右手にはいつの間にか、大きい籠手のような機械のようなものがはめ込まれていて、その先は刀のようになっている。
「知らないでござるか? 『ブラッケン』というものを? これは利き腕を武器と一体化する技術でござるよ。 必要な時に意志一つで普通の手と武器の手に入れ替えられるでござるッ!」
そういって、ベグイアスを押し返す。右手全体が、金属であり刀のようなものと化している。初めから彼女の右腕は、武器であり防具であり金属だったのだ。
だから、蜘蛛の爪で攻撃しても効きづらかったのだろう。
「どうやら、私、騙されちゃったみたいね~ん」
「人聞きの悪いことをいうでござるなぁ。言われたとおり、そちらの指示通りに動いてでござるよ。それどころか、そちらが先に襲ってきたのでござろう?」
「そーね~。そーよね~。 でも、こんな攻撃だったら、どうするのかしら?」
一斉にゴブリン達が葉弓とエイスに襲い掛かる。その攻撃が大したものではないと葉弓は思った。物の数ではない。いくらいようと、瞬時に切り捨てることぐらい容易だ。
「強いわね~。でも、でも、でぇぇも、それ、全部、爆弾なんだけれども大丈夫かしら~」
「なんですと!」
ゴブリン達を切り捨てている間に、ベグイアスは遠くまで退いていた。
切り裂いた敵含め、一気に爆発し、黒煙が立ち上り壁や柱が崩れ落ちる。
城の一角が壊れていく。
ベグイアスは笑いながら耳を両手で塞ぎ片目をつぶり舌をペロリっと出して、その様子を眺める。
「どうかしら、どうかしら、どうかしら~ん」
さすがに、あの程度で葉弓を倒せたとは思っていない。場合によっては無傷かもしれない。ただ、エイスはどうだろうか? エイスを守って、かつ葉弓が無傷などということはありえるだろうか?
ベグイアスは、大量の魔族を犠牲にした結果を楽しみに見守っていた。
黒煙が徐々に晴れていく……人影が見える。どうやら二人倒すのは無理だったらしい……。
「これは意外! どうして、どうして、どうしてかしら?」
そこに立っていたのは葉弓とエイス……二人とも爆炎にやられた様子はない。どうやって二人が助かったのかとベグイアスは目を細めていた。




