現存する最大魔法
バベルの塔の最上階
スアックは浮遊魔法を使用し空中から、ブロッサムを狙い撃ちにしていた。
まずは天井を突き破り、物陰となる本棚を全て隕石魔法を放ち破壊しつくしていた。
空から見下ろすバベルの塔は、スアックの大きい目にはよく見渡せる。次に巻きあがる書物が邪魔になる。これらが何かしらの目くらましに使われる可能性もある。
ブロッサムに対する攻撃とこれらの書物を焼き払うために炎 の 球を撃ち込むことを決める。
詠唱すれば、巨大な炎 の 球が二十ばかり出来る。一つでも十mを超す大きさだ。下から見上げれば太陽と誤認……とまではいかなくとも、それなりの脅威を与えられているだろう。
スアックは7魔将でも圧倒的な魔力量を持っている。だが、勇者に覚醒しているブロッサムがそれに劣ることはない。
バベルの塔の床、一面が輝き出す。少なくともスアックにはそう見えた。
「あの数が魔 法 の 矢ですか!?」
怪我をしながらもブロッサムが炎 の 球に対抗するために詠唱した呪文は魔 法 の 矢。
数えきれない……十万か……百万か……床の光った部分が全て魔 法 の 矢なのである。
「小賢しいですね!」
炎 の 球で光る地面ごと、ブロッサムを焼き滅ぼそうと打ち込む。それを破壊するため一斉に矢が火の球に大量に打ち込まれていく。
攻防はわずか数秒。バベルの塔に達する前に炎 の 球は大爆発を起こす。ブロッサムの予定通り炎 の 球を手前で食い止めはしたが、その爆風で再び壁や地面に何度も体を叩きつけられる。
「くっ! 不意打ちが効いていますね……思うように体が動かせません」
ギシギシと骨が軋み悲鳴をあげている。
スアックは休む間もなく次の呪文を唱えている。死 の 雲が塔の最上階を覆う。たちが悪い。抵抗力の弱い生き物なら即死だ。『魔瘴気の指輪』は悪人、魔族は死なないが死 の 雲にそんな分別は無い。抵抗力の弱い者は全て死へと誘う。
ブロッサムは慌てて魔法とオーラで体の抵抗力を上げる。どうやら、ダメージを受けていることはスアックにはバレバレのようだ。
それだけではない。使い魔などを使い助けを呼ぼうとしても、それらは全て全滅することは言うまでもない。彼女に先回りされている……と否応なしに感じさせられる。
テンオーストをバベルの塔内に残しておくべきだったと後悔する。そこまで見計らってのタイミングなのだろう。
だが、ここで倒されるわけにはいかない。そして、スアックはこの場でブロッサムを倒さねばならない。
「あのドワーフが覚醒する前にアナタを葬れそうですね」
ココでの決着はどちらにとっても大きい。スアックが勝てば勇者二人を倒せる計算になるし、ブロッサムが倒せればバベルの塔をしばらく独占できることになる。
互いに死 の 雲で視界を失ったまま、魔法の応酬が続く。血や肉が吹き飛ぶが、それは致命傷ではない。下手に引けば、その時が致命傷なのは互いに理解している。
ただ、ブロッサムが不利な点が二つある。一つは言わずも知れたスアックの先制攻撃。二つ目は彼女がサイクロプスという魔族であることだ。サイクロプスは巨人族に当てはまり、巨人族全ての特徴で魔力抵抗は非常に高い。
当然、同レベルの魔法を撃ちあえばブロッサムの方がダメージは大きくなっていく。
大技で一発決着をつけるしかない。だが、それは相手に回避される恐れが高い。詠唱に時間がかかる。相手も大技を使ってくれれば、確率は五分に持っていけるのだが、現在の状況での勝率は二十%を切る。
魔法の打ち合いの中、スアックが急速落下し地面に叩きつけられている。何が起こっているのかわからない。魔法を撃ち込んでいる音がしない。
死 の 雲のせいで視界が悪い。物凄い音だけが響く。
何かがブロッサムに向かって突っ込んでくる。呪文で迎撃しようとしたが……。
「ドキサ……さん!?」
何が起こっているのかわからない。彼女はまだ『覚醒の間』のはずだ。そうなるとスアックが『何か生き物』を呼び出し幻影魔法でドキサに見せているのだろう。生き物は死 の 雲でやられるから、ゴーレムだろうか? そう考えれば納得がいく。そして案の定、ドキサらしき物体はブロッサムに素手で攻撃してくる。
攻撃してくるとわかっていても想像以上に早い。パンチ一撃でブロッサムは叩きつけられ床が割れバウンドする。さらに追い打ちをかけるように、ブロッサム目掛けてニードロップを打ち下ろすが、それは間一髪躱す。躱さねば即死していたかもしれない。数メートルのクレーターが出来ている。
「なんで、幻影にドキサさんを? テンオーストの方が……外界にでているから……。今いるのはドキサさんだから……ってわけですかね」
自分なりに分析してみる。だが、腑に落ちない点もある。スアックはどうしているのだろうか?魔法攻撃が止み、偽ドキサのみの攻撃に切り替えたのだろうか?それとも何かしらの罠か……バベル図書館から追放されたか……。
確認してみる必要を感じる。先程、急速落下した地点を目指すことにする。その前に偽ドキサに魔 法 の 矢を浴びせ続けて破壊しておくことにする。
正確な数はわからないが、およそ百万本の矢だ。大抵の魔法生物なら跡形もなく破壊可能だろう。その間に、ブロッサムも浮遊魔法を使い身体の負担を軽減し飛んで行こうとする。
が、魔 法 の 矢の間からドワーフの手がブロッサムの足を掴む。
「そんな……ありえない!?」
これだけの攻撃を受けて無傷となると、キシマ級以上の生物となる。しかし、キシマ級がバベル図書館に入ることは許可されていないハズ。使い魔やゴーレムなら物品として扱われ中に入ることが出来るが、それらが百万の矢を堪えきるとは考えられなかった。
「ま……さか」
偽ドキサがブロッサムの足を握る握力だけで、骨が軋み始めた。
「くっぅうぅ!! まさか、本物のドキサさんじゃ!?」
痛みに耐えながら確認するが返事はない。その偽物か本物か区別のつかないドキサはブロッサムを壁に叩きつける。
叩きつけられた壁は大きく砕かれる。もし物理プロテクションをかけていなければ、この一撃で致命傷になっていたかもしれない。
「勇者になるための試練に堪えきれなかったのね!?」
「あれに堪えるのが試練なら、私は絶対に勇者になんてならない!! あんたのやっていることは魔族と変わらない!!」
「多少の犠牲は!!」
「人の命を『多少』で済ますな!!」
今度は床に叩きつけられそうになるが、遠くから雷鳴轟き黒い龍のような稲妻がドキサを吹き飛ばす。そのおかげで、ドキサの手はブロッサムから離れた。
死 の 雲の効力が切れてきて、雲が晴れていく。
ブロッサムを助けたのはスアックだ。
「勘違いしないでください。貴方を倒すのはこの私です」
やはり彼女もドキサにやられていたらしい。右手で呪文を放っていたようだが、左手は脱臼しているようにブラブラしている。
外傷は少なく見えるが、傷を治すための薬瓶が床に十本近く転がっている。かなりのダメージだったらしい。そのあと外れた左肩を苦痛で顔を歪めながら無理矢理はめ込む。
「ドキサさんを……止めます」
「『止める』? 生ぬるいことを言ってますね。彼女はもう駄目ですよ。7魔将でも勇者でもない。中途半端な存在。いいえ、両方を破壊する存在。今、殺さなければ後悔することになります。人間風に言うのなら『トドメくらいはアナタがしてあげるべき』じゃぁありませんか?」
ブロッサムは唇を噛む。
ドキサは勇者になるには純粋過ぎた。そのため、大事の前の小事……とはいかなかった。正しいのだがそれでは大勢が犠牲になってしまう。それを理解しているのに、堪えるだけの精神力がなかったのだ。
その可能性も考えていなかったわけではない。その場合は、新しい勇者に移行されるはずだったのだが、ドキサの中に勇者の力は残ったまま。さらに邪悪な力も取り込まれている。
それは7魔将・スアックも感じている。
「先に行っておいてあげましょう。今の彼女は私たち二人より強いですよ」
それはブロッサムも感じていた。先程、撃った魔 法 の 矢で彼女の魔力抵抗が異常に高いことを知った。死 の 雲の中にも平気で行動している。
そして、ブロッサムとスアックは二人とも魔術師系だ。どう考えても不利としか言えない状況だ。
ドキサは立ち上がり、何事もなかったかのように歩いてくる。
「どうやら、雷撃も効かないらしいですね。本気で殺す気にならなければ、彼女には勝てませんよ」
再度、スアックが警告してくる。
ブロッサム自身はドキサに対し、後ろめたさを感じている。だが、このままドキサを野放しにすれば魔王以前に世界が滅ぼされかねない。
「わかりました」
今のドキサと一対一なら確実に負けるがスアックと組めば、まず負けることはないだろう。
二人がドキサに向けて手を差し出す。ブロッサムが左手、スアックが右手。
「光龍の雷撃ッ!!」
「闇竜の咆哮ッ!!」
二人の魔法の閃光が混じり合い一つの縞模様の閃光となると、一気に加速しドキサに激突する。
ドキサは両手を前にだし、その二つ重なった魔力を弾き返そうと、足と手に力を込める。
出力をさらに上げる二人。ドキサの方がじりじりと下がっていく。だが、この魔法は二人の体を焦がし始めている。左手と右手から皮が剥げじりじりと血液が蒸発し始める。
「二人がかりでも……」
「どうやって、ここまで強力な力を手に入れたか興味ありますね」
そろそろ、二人にも限界が近づいている。
「「最大出力ッ!」」
完全に息の合ったフルパワーがドキサを包み込み大爆発を起こす。
二人もその爆風に堪えきれず吹き飛ばされる。
今ある魔力を出し切った。
バベルの塔の最上階は全て吹き飛ばされ、壁も柱も瓦礫すらなく真っ平らになっている。床に巨大なクレータが出来ている。
爆心地だけが黒い煙が立ち上っている。
おそらく、現在この地上で今の攻撃を受けて消滅しない者はいないだろう。光と闇の混ざった魔法は魔力吸収も反射も許さない。
だが、イヤな予感しかしない。煙が風に流されていき、現状を知らせる。
「信じられませんね……」
「これ以上、どうしたらいいんでしょうね~」
まるで、転んだ子供のように身体の埃を払っているドキサがいた。




