双子の魔法陣の指輪
港の王国ベルベッサ
大きな船から小さな船まで、近くの諸島や半島、小島を中心に貿易をしている一大都市。だが、ゼディスが着いた時にはほぼ全壊に近い状態だった。炎も沈下しており、生きた人間はこの街にはいない。
兵士も抵抗したのだろう。鎧を着ている死体も見受けられる。
生きて動き回っているのは魔族だけのようだ。
「思ったより遅かったな。只者ではないと聞いているが勇者の力を受け継いでいるのか?」
大きな羽を広げてドラゴニュートの7魔将・ブラックが空からゼディスに声をかける。魔族たちもゾロゾロと集まってくる。
そのなかにエキドナはいない。すでに別行動するようゼディスが指示を出していた、がブラックは気付いていないようだった。センマ級が一人抜けたところでどうせもいいのだろう。
退避させたエキドナは別動部隊に組み込まれているようだ。まだどこか国を襲うらしい……忙しーこって……。
「勇者の力はもってない」
「そうか、それならそれで構わん。お前の持っている『魔倉の指輪』を頂こう」
「こちらも『呪壁の指輪』が欲しくて来たんだ。一騎打ちで勝負しようじゃないか」
できれば集まってきた魔族とやり合いたくはない。パッと見はハンマ級で構成されているがチラホラ、それより上の階級も見て取れる……いや、ベルベッサ王国兵がハンマ級をかなりの数道連れにしていったようだ。
「悪いが貴様の強さもわからん。その辺の魔族にやられるようなら、私が一騎打ちに応じるまでもない……ということだ」
「やっぱり、そーなるよね~」
ある程度は力を見せろ……ってことだ。ここに集まってきた魔族くらいは倒さなくてはなるまい。
7魔将・ブラックが指を鳴らすと、それを合図に魔族が一斉に襲い掛かってくる。それはそうだ『魔倉の指輪』を手に入れられれば大手柄だろう。褒美が出ること請け合いだ。
ハイエナ型魔人コボルトが舌を出しヨダレを垂らしながら『ヒャハーッ!』といって飛び掛かってくる。残念な魔族だ。それを回避するのは容易だ。が、これだけの数がいるとそう簡単ではないらしい。
そのコボルトの腹からバスターソードがゼディスめがけて伸びてくる。一瞬、変異コボルトかと思ったがそうではない。仲間を死角に使い別の魔族がさらに後ろから攻撃してきているのだ。
競争相手を減らしつつ、敵の死角も取れる一石二鳥というわけだ。
もちろん、そんな浅はかな手に引っかかるゼディスではない。(一瞬、変異種と思っていたが、それは置いておいて……)
せまりくるバスターソードを、片足を上げ『銀脚レードル』で簡単に抑える。後ろでさらに力を加えているのがわかるが、その程度ではビクともしない。
そのまま、軽く蹴り返す。蹴圧でコボルトにいた列の魔族十数体に風穴があき、バタバタと倒れる。
それだけで半数の魔族は怯む。
どこからか魔法の矢が打ち込まれてくるが、全て『銀脚レードル』が請け負う。炎 の 球すら蹴り壊す。
怯まなかった上位魔族の攻撃だろうが、それでもゼディスに届くことはない。
その状況下、天から炎が落ちてくる。
7魔将ブラックの火炎の息だ。範囲も威力もとてつもない。ゼディスを中心に直径五百メートルほどが一気に火の海と化す。
その範囲にいた魔族たちは燃えるよりも早く蒸発してしまう。そのなかでもゼディスは『銀脚レードル』を使い火炎の息を蹴り飛ばし無傷でその場に立っていた。
「『魔倉の指輪』を使えるだけのことはあるな」
7魔将・ブラックは黒炭の大地に降りたち、指を鳴らす。生き延びた魔族たちはその場からいなくなっていく。
「どういうことだ?」
「一騎打ちに応じてやろう。私が勝てば貴様の命と『魔倉の指輪』」
「俺が勝てば……ってわけか」
「その心配はしなくていい。勝つのは私だ!」
そう言った直後、口から先程の火炎の息を一点集中型に変えたモノをゼディスに吹きかける。
『銀脚レードル』で抑えても簡単に吹き飛ばされる。吹き飛んだ横にすでにブラックがおりさらに直角に蹴り飛ばされ地面にバウンドして着地する。結構、痛い。
さらに突っ込んでくるブラックに対し、ゼディスは好意の矢を打ち込む。
飛んでくる好意の矢をブラックは『呪壁の指輪』で魔法陣の盾を作りそれで受け止める。
レプリカの『呪壁の指輪』なら突き抜けることが出来ただろう。ただ、オリジナルは全く意味が違ってくる。
ブラックが『呪壁の指輪』で魔法陣の盾を作るのと同時に、ゼディスの横にも魔法陣の盾が出来ている。そして、ブラックが受けた好意の矢はゼディスの横に出来た魔法陣の盾から飛び出しゼディスの体を貫く。
「どうだ、自分の攻撃を自分で受けた感想は?」
「オリジナルだと確信できたよ」
「試したわけか……傷つかない攻撃をしていたわけだ……」
好意の矢は魔力の受け渡しなだけなので、基本無害だ。もし、『銀脚レードル』の蹴圧などで攻撃していたらゼディス自身がその威力をモロに食らうことになっていた。
逃げ回りながら、次の攻撃を考える。下手な攻撃は全て『呪壁の指輪』を使い自分に返って来る。あの指輪は双子の転移魔法陣を瞬時に作るモノなのだ。『呪文の壁』などと言われているが全く違う。ただ防御をするのに際し、やたら強いので付いた名だ。
「さてどうしたものか」
素手で殴っても右手が次の瞬間、横に現れ自分を殴ることになる。かといって方法が無いわけではない。一つは関節技、捕まえれば問題はない……ただ、ドラゴニュートの力に勝てる人間はいない。力ずくで振りほどかれるのがオチだろう。そうなれば『魔倉の指輪』に頼るのが手っ取り早い。
「ロード!」
「ずいぶん『魔倉の指輪』について詳しいようだな。我々7魔将でもそれらの武器を知らないというのに……」
「千年前の魔将大戦のときにいなければ知らないだろうな」
「只者ではないと思ってはいたが……千年以上生きている……というのか?」
「ゼティーナも千年以上生きてるぜ?」
「勇者の力を受け継いでいないのではなかったか?」
「勇者の力が長生きさせるわけじゃないさ」
ザラーっと回し見して、弓を取り出す。相変わらず全身が黒く持ち手が金。両先が槍のように刃物になっていてそれでも攻撃できる。そこそこ大きいが、それでももう一段階広がる。
ガシャガシャと音を立て、ゼディスの身長より大きくなる。それを横に構える。
「この期に及んで飛び道具か?」
「知らないのか、この弓『魔弓ユングムルト』を?」
「知らんな……」
ブラックは知らない弓を見つめる。確かに物凄い魔力を帯びているのはわかる。威力だけなら問題外だろう。『呪壁の指輪』を使うより早く打ち込めるのか、それとも誘導弾だろう。だとしても『呪壁の指輪』の効果をゼディスは理解していないのだと判断できる。
ゼディスは魔力で作られた矢を、すぐに引き絞り撃ち放つ。それよりもブラックの方が早く『呪壁の指輪』の魔法陣の盾の中に入り込み姿を消し、ゼディスの背後をから現れる。
これで決着がついたと思ったブラックだったが、その胸には魔法の矢が刺さっている。
「な……に!?」
さらにその矢が爆発を起こし、ブラックと正面にいたゼディスを吹き飛ばす。
「ぐっっぅう!!」
「とぁっと!!」
両者ともフラフラと地面に足を踏ん張り、何とか倒れずに済む。ブラックの胸には大きな焦げ跡が残っている。
「相当なスピードだな。見える前には回避したと思っていたのだが……」
「降参しろ。命までは取らない」
「この程度で? 冗談だろ?」
その言葉に再びゼディスが矢を番えると、今度は放つより先に『呪壁の指輪』で魔法陣の盾を卵状の円形にしその中心に隠れた。一部の隙もない全てゼディスに跳ね返す……ハズだった。
だが、魔法陣の盾を返さず飛んできた軌道もわからず、ブラックに矢が刺さっている。初めに胸に次に太ももに、手に、首に頭に……魔法陣の隙間の無い盾の中にいるのに次から次へと身体に矢が刺さっていく。そこで初めてブラックは理解した。
「当たった結果だけが残る弓矢か!?」
撃ち放った後は軌道も何もない。次の瞬間には当たったという結果だけが残る。盾や鎧など関係ない。まさに逃げることのできない完璧な弓矢だといえる。
ブラックが魔法陣の盾から出てくると同時くらいに矢が一斉に爆発し始める。連鎖的に爆発する矢の威力は先ほどとは比べ物にならない。魔力とオーラを組み込んでいるのだ、相当なダメージが乗っているはずだ。
だが、これで倒せたとは思えない。セニードランドローを起動させてみる……瞬間、何かがよぎったように見え、その次には光の軌道が回避を促している。
慌ててその光の軌道に沿うと、顔の横を何かが通り、髪の毛をバサバサと切り落としていく。
「よく、躱せたな」
「なにっ!?」
後ろからブラックが手の爪で襲ってきていたのだ。しかも無傷……先程の胸の焦げ目すらない……。後ろで何かが倒れる音がする。
振り返ってみると……ブラック? 目の前と、後ろの倒れたブラック……。
「どうなってんの?」
倒れたブラックは蒸発するように消滅していく。
「分身……といったところか? 私の対勇者用能力だ」
ブラックがその言葉を吐くと、空に影があるのが確認できた。
一、二、三、四……
「五十人だ」
「どれが本体だ?」
「本体がこの中にいるとでも?」
「な! 卑怯だぞ!?」
「絶対当たる矢だって十分卑怯だろ? あぁ言い忘れたが、一人倒すと一人作られるから。」
「永久に五十人じゃねーか!?」
「算数くらいは出来るようだな!」
一斉にブラック五十人がゼディスに襲い掛かる。しかも本体はこの場にはいない……だと? いや、嘘かもしれないし、本当かもしれない。オリジナルの『呪壁の指輪』はさっき倒れたブラックの所に転がっている。それを手に入れればと思ったが、五十人のうちの一人が拾い上げる。
「くっそ!! 面倒臭いことしやがって!!」
火炎の息がゼディスを襲う。『魔弓ユングムルト』で青白い矢を放つ。互いにぶつかり合うと矢は氷を解き放ち相打ちとなるが、その間に他のブラックがゼディスを殴り飛ばし、蹴り地面に叩きつける。
立ち上がった瞬間には顔面に膝蹴りが入り、爪で鎧が砕かれる。攻撃が早いだけでなく人数がいるので一人対処しているうちに、五~六人の攻撃を受け、その間に次の攻撃準備が進められる。
セニードランドローを起動していても、こちらが攻撃をする暇がないどころか、最小限で抑えたダメージがこの結果だ。
「ロード。ずいぶん、好き勝手やってくれちゃって~」
膝蹴りで口の中を切ったらしい。血を吐き出しながら変形ボウガンを取り出した。




