エイス、ユニクス王国に帰還す
ゼディスは使い魔となったエキドナを魔族のところに戻す。
行動としては魔族としてそのまま働くように言ってあるが、判断に困った時には、テレパシーのようなもので確認が取れる。使い魔との意思の疎通はいつでもできる。
まずは、どこから手を付けるべきか……。バベルの塔に戻ってブロッサムの指示を仰ぐことにする。
ゼディスの判断としては、ユニクス王国を止めることが先決だと考えていた。ここさえ止まれば、他の国との戦争も何とかなるのではないだろうか……と。
ところが
「テンオーストとラー王国に行ってください!」
戻った途端、そう言われた。
色々、言いたいこともあったのだが、すでにテンオーストは準備を終え、ご丁寧に扉まで出している。町に直接、入るらしく全身鎧のプレートメイルに、兜はサーリットでわずかに口元が見える程度のモノを着て姿を隠している。
「全身鎧の冒険者なんて、そうそういないがな」
「ソウソウ、イナイダケダロ。多少イル、トイウコトダ」
「まぁ、そうなんだが……」
「ソウ、硬クナルナ。新婚旅行ダト思ッテ気楽ニ行コウ」
「それは、それで気楽じゃないだろ……」
ほとんど、バベル図書館で何もすることが許されずラー王国に引っ張り出されてしまう。
これにはブロッサムの思惑がある。この場には7魔将・スアックがいる。書物にあまり出てこないゼディスの存在を悟られたくないのだ。
(切り札になるかもしれませんからね。それに、彼には私たちが万が一、魔王に敗れた後の復活の儀式もしてもらわなくてはなりません。……万が一ではないですね。今のところは確定なわけですから……)
ブロッサムはゼディスがラー王国に行った後に新たな書物が誕生していることに気が付く。行動が分岐したのだろう。最新版という捉え方もできるが正しいとも言えない。僅かな誤差しかない場合も多い。その全部に目を通すことは到底できない。
今確認すべきことは、ラー王国と魔王との結末だけをざっと目を通す。そこには今までと違う展開があった。だからといって『勇者が魔王に殺される』までは変わっていないし、ラー王国の滅亡も変化は無かった。
時を遡ること数日前……ゼディス達と別れたエイス。
すぐにユニクス軍と合流した。
「何が起こっている!」
ユニクス陣営に入って行く。
一瞬、見張りの兵がエイスが誰だかわからず止めようとしたが、小隊長がそれよりも早く将軍を認識し、見張りを押しのけていた。
「これはエイス将軍! ドワーフの軍勢です。王の命令により、この地にて喰いとめているところです!」
「現在の最高指揮官は誰だ!? 至急、会わせてほしい」
「それは……」
小隊長の顔色が良くない。ろくでもない奴がこの軍の最高司令官なのだと思った。が、それ以上に驚かされる結果となる。
見張りの兵の一人が司令官であろう将軍を呼んできた。駆け寄ってきたのは、ユニクスでも人望の厚いロマ将軍。実力もあり男前……だが既婚者で五十過ぎである。
エイスが頭を下げる。同じ将軍とはいえ彼の方が上位の将軍である。軍歴が違う。
「これはロマ将軍。貴殿がこの戦争の最高指揮官でしたか……実はお話ししたいことが……」
なぜ、小隊長はロマ将軍の名前を出すのに戸惑ったのか、少々気になったが大したことではないだろうと考えていた。
「エイス将軍……確か、休暇を出されていたハズでは? まぁ良い。少し込み入った話になる。立ち話できるほど、手短な話ではない。見ても分かる通り、そちらの話よりこちらの話を聞いてもらう方が先になるだろう」
つかつかと応急の会議室へとロマ将軍が歩き出すとエイスもそれに従う。現状の説明を色々聞かなければならない。ドワーフたちがどこから来て何が目的なのかも含めて……。
会議室は二十人前後が入れる厚手のテントだ。聞き耳を立てれば内容は漏れてしまうだろうが、敵地にいるわけでもなければ、見張りも立てている。問題はないように思えた。
テントに入り席に着こうとすると『出来るだけ近いところに』と注意を促される。どうやら、かなり重要な話らしい。テントの外に漏れることを恐れている雰囲気もある。
「どこから、話したモノか……」
「では、ドワーフが現れた経緯辺りからお願いします。私の聞いた話ではラクーレ王国が復興するとかしたとか?」
「確認させている最中だが、山には小規模な魔族、ゴブリンやコボルトが出現してゆく手を阻まれている。少々、人数が多いようで手を焼いているようだが、時期に確認は取れるだろう。これだけのドワーフの数だ。王国が復建したとしても驚くべきことは何もない。いや、驚くべきことは……」
「これだけの数のドワーフが、今までどこに隠れていたかということですね? 現在、私の方でも調査中です」
「そういえば、休暇中じゃなかったのか? 部下も連れていたとはな」
「休暇中……とは違うのですが……それに部下ではなく仲間……ですか?」
部下ではないのだが、ゼディスを仲間と呼ぶにはいささか気が引ける。敵に近い気もする、とくに女の……。
そのことは置いておいて、話を進める。
「それで、ドワーフたちが攻めてきたわけですね?」
「いや、少しだけ違う。『ドワーフが攻め込んできている』という情報があった。たしか……貴族が『狩り』を楽しんでいる最中だったかな? 慌てて城に報告に来たんだ。武装したドワーフがこちらに向かってきている……と。それで、小隊を至急、向かってみると貴族の言っていた場所に武装したドワーフたちがいたわけだ」
「『言われた場所』に?」
「あぁ、俺もそこに引っかかって入る。進んできた様子はない。何かを守るように一定の距離以上、進んでこない。しばらくにらみ合いが続いたが、要求もない」
「なら、戦争にはならないのでは?」
「逆だろ。戦争になるのは時間の問題だ。そんな緊迫した状態を保ってられる訳が無い。それにウチの王がドワーフとのにらみ合いを続けると思うか? 三日と持たなかった。もちろん先に手を上げたのはウチらだ。激戦だったが、ドワーフの割には思ったほどではなかった。戦略も配備もなっちゃいなかった。ただ、人数が想像できないほどいる。初めは押していたハズの軍が時間が経てば囲まれる。まったく人数が減らせない。無尽蔵にドワーフがいるのではないかと思えるほどだ。そこでラクーレ王国の噂が流れ出した。この時点でも王が気が狂いそうだった。」
想像がつく。王は極度にドワーフを恐れている。
貴族たちとは違い。目に入るドワーフは全て首を切っていく徹底ぶり。奴隷にする余裕すらない。
「そこからは、最悪だ……」
「最悪?」
「想像してみろ。消耗戦になっていく」
「兵が足りなくなっていくわけか……」
「で、近隣諸国に兵を要請するわけだ」
「当然、ドワーフ討伐に貸す兵はいないな」
「王は近隣諸国に対し激怒する」
「逆恨みもいいところだな……だが、手立てはなくなるわけだ」
「そこで、最悪がやってくる」
「『最悪』が『やってくる』?」
「魔族だ」
「ま、まさか……」
「兵を借りるわけだ……」
「どういうことか、わかっているのか!」
「お前の反応と同じ奴はみんな首を切られた」
「っ!!」
「王はドワーフを滅ぼすためなら、文字通り悪魔にも魂を売るわけだ」
「ロマ将軍!」
エイスはロマ将軍が王に反対しなかったことに抗議を唱える。
「悪いが、俺には家族がいる……どころか、人質だ。あと数日でドワーフを蹴散らさなければ……」
そこで言葉を切る。
それ以上、ロマ将軍を攻めることも出来ない。
「最高司令官は魔族だ」
ロマ将軍のその言葉に小隊長の反応を思い出す。納得できる答えだ。しかし、この場に、その魔族がいないことが気になる。
「ソイツはどこに?」
「近隣諸国に戦争を仕掛けている」
「どういうことだ!?」
もはや、話についていけない。ただでさえ、ドワーフ軍とことを構えているのだ。そんな四方八方、戦えるわけがない。
「王を焚きつけたのさ。『兵を貸さない近隣諸国を滅ぼしたくないか』『ドワーフのいない世界を作りたくないか』ってね」
「まさか……そんな話で……」
「王も正気じゃない。遅かれ早かれ、この国はもう持たない」
エイスは会議室から早足で表に出ようとする。
「どこへ行くつもりだ?」
「王のところへ! 魔族もいるなら叩き切ってやる!」
「軍を持ってきているんだぞ?」
「近づくだけならすぐに出来る。仮にもユニクス王国の将軍だからな!」
「他の将軍同様、首を切られるだけだぞ」
「その前に魔族の首を切り落とす!」
ロマ将軍はエイスを見送った。
止めることも出来ないだろう。かといってこの戦場と兵を捨ててついていくわけにもいかない。
椅子に深く腰を沈めた。自分も家族に会うことは出来ないだろうと思っていた。
エイスは勢いよく飛び出してきたものの、特に作戦も何もない。頭に血が上っていたのだろう。その辺の兵舎からフードつきのローブを拝借する。これで顔は隠せるだろう。
まずは街と城の状況を確認してから、行動を起こした方がいい。
町までの距離はそこそこある。馬も一頭、借りることにする。他の準備は今あるバックパックで問題はない。馬で一日ちょっと行けば着くだろう。
たしかに武装ドワーフがいたら脅威なのは間違いない。かなり闘っているのにドワーフの方の数は遠目からだがものすごい数だ。しかも全員ドワーフ。ただ、霧が濃いため正確な人数は把握できない。この辺は霧が出やすいが、こんなに濃いのは珍しい。
だが、特に気にも留めずユニクスへと馬を走らせた。
夜に少し休んで次の日の昼を過ぎたあたりで、ユニクス王国王都に着く。門番は下っ端の兵士。戦争には駆り出されていない。全部が全部、駆り出してしまったら城が守れなくなるので当然である。
馬で近づいていくと止められる。
「何者だ。フードを取れ」
二人がハルバートで馬を制止させる。言われるがままフードを取り身分を明かす。
「エイスだ。中に入れてもらおう」
「こ、これは、エイス将軍……」
門番はエイスの顔を知っていた。逆に知らなければ門番になれない。ただ、門番たちは困っているようだった。
「魔族のことか?」
「は、はい……知っておられたのですね?」
「少しだけな」
「かなりの数の魔物が闊歩していますが、目を瞑ってください。とくに何かしようというのなら……」
どうやら、城の兵としてではなく街中にまで魔物が溢れ返っているようだった。




