使うためのルール
エキドナと契約し『使い魔』とすることに成功した。
契約はほぼ一方的で、エキドナに対する見返りはほとんどない。あるとすれば、主人の許可があった場合『主人の一部の力の行使』と『主人がダメージの肩代わり』がある。
基本的には主人は使い魔の視覚・聴覚を共有することが出来る。他に魔法陣を使うことで呼び出すことも可能。離れていても意思の疎通ができるなどがある。
この契約は主人が破棄した場合はペナルティーはないが、使い魔の方は死亡するか他の生き物に変えられてしまう。
ただ、普通は猫や鳥などを使い魔とすることが多い。裏切ることも無いし、契約を破棄するという考えもないからだ。それにスパイとして使うのなら小さい動物の方が便利である。
「何なりと私にご命令ください」
恭しくゼディスに対し頭を下げるエキドナ。
「先程とはエライ態度の違いだな」
分かっていてゼディスは意地悪くエキドナに対し冷たい態度を取る。
「先程までは、ご主人様の素晴らしさを知らなかった愚かな魔族でした。これからはご主人様の為に全てを賭してお仕えいたします」
まったく頭を上げない。主人の命令があるまで頭を上げる気はないのだろう。ブラットラクトの効果と使い魔としての自覚がエキドナにこのような忠誠心を植え付けているようだ。
ゼディスとしては十分な使い魔だと思った。
「聞きたいことがあるが、いいか?」
「私が知ることでしたら、全てお答えいたします」
ゼディスはエキドナに近づき、顎を持ち上げる。ストレートの白髪と鋭い金の瞳の顔がウットリとゼディスを見つめ返す。
「ドワーフの王国・ラクーレは実在するのか?」
「いいえ、実在しません。7魔将・グファートの策略にございます」
すでにゼディスの使い魔となったエキドナは7魔将にすら『様』を付けない。
「予想通りか。ドワーフ軍とユニクス王国軍が戦争をしているな? それもココと同じように魔法陣でゴーレムを作り、幻影でドワーフに見せかけているのか?」
「ご主人様のおっしゃる通りです。センマ級の魔族を十数人用意し魔法陣と幻影を作り上げています。念のために霧も魔力で作り上げ、出来るだけわからないようにしているのです」
そう言われてみれば、霧が晴れて周りは良く見渡せるようになっている。……危ない、危ない。誰かいたらエキドナを説得していたのが丸見えじゃないか。
「それを阻止したいんだが、良い手立てはないか?」
「ご主人様が直接、手を下すのが手っ取り早いかと思います。私も微力ながらお手伝いさせていただきます」
確かにその通りだが、見た目がドワーフという時点で手を出しづらい。ドワーフはエキドナに全部任せ、センマ級をゼディスが倒すという手もあるが、エキドナは出来るだけ魔族と接触させ内情を確かめたい。その為には、魔族と闘わせるのは得策とは言えない。
その件は保留して7魔将について聞く。
「7魔将・グファート……何者だ?」
「好戦的なデュラハンの7魔将です。具体的な能力については知りませんが、斬撃系は無効だという話ですが確認は取れていません。」
それから、エキドナは7魔将とは関係のない話だが、重要であろう事柄を思い出す。
「それと余談となってしまいますがよろしいでしょうか? ご主人様が人間たちの味方をするのであれば耳に入れておいた方がよいと思う話があるのですが……」
エキドナはゼディスを魔族だと確信しているようだった。ゼディスとしては何を持って魔族だと思っているのだろうと思ったが『魔倉の指輪』以外思い当たらない。だが、正確には『魔倉の指輪』は魔族じゃなくとも使える。
「話してくれ」
「あ、あの……」
だが、エキドナは言い淀む。
「なんだ? やはり魔族を裏切るのは気が引ける……というのか?」
「いいえ、そんなことはありませんが……その……もし、ご主人様に有力な情報でしたら、ご褒美を頂きたいと……そうすれば、私はもっとご主人様の為に働けます。もちろん、今も精一杯働くつもりですが……」
どうやら、ゼディスの与える快楽に嵌ってしまったようだ。こうなれば、滅多なことではゼディスを裏切ることはないだろう。
ニヤリと悪そうな笑い方をするゼディス……完全に悪人だな……とか、考えつつもエキドナの髪を指でとかしながら耳元で囁いてやる。
「俺の役に立ったら、それ相応の褒美をやろう」
それだけで、エキドナはウットリした目でヨダレを垂らしそうになってしまう。
妄想から戻り慌ててヨダレを確認して、ゼディスに7魔将・グファートのたくらみを報告する。
「もうすでにユニクス王国は魔族を使い、近隣諸国に戦争を吹っかけてしまっています。その戦闘指揮を取っているのがグファート。王直属の将軍たちにも魔族を指揮するように命じ片っ端から襲っています。目的は人間の兵力減産。もはや幻のドワーフの役目は終わっているかと思われます。このままユニクス王国が戦争により滅べば空白地は近隣諸国が領土を主張し、今度は人間同士の戦争になるかと思われます」
「ようするに魔族がユニクス王国を占拠するのが目的じゃなく、人間同士を争わせるためのエサにすることが目的だったわけか」
そうなると幻影のドワーフ達を消滅させても手遅れということになる。戦争自体はユニクス王国が魔族を使って起こしてしまったわけだ。ユニクス王はこの事態をどう思っているのだろうか?
「ユニクスの王はどうしているんだ?」
「申し訳ありませんが、私たちはココの魔法陣のみの役割でしたので、その他につきましてはあまりわからないのです」
「それもそうか。一旦戻って作戦の立て直しだな。他の者にお前が俺の使い魔だということはバレないように行動しろ。それに『俺にやられて、ココが全滅して一人だけ逃げられた』ということにしておけ。出来るだけ真実を伝えて構わない」
「それでは、ご主人様にご迷惑がかかるのでは? とくに『魔倉の指輪』につきましては極秘事項じゃないかと?」
「確かにそれもある。だが、『魔倉の指輪』についてはそのうちバレる。お前がもたらす情報の方が重要になって来るだろう。出来るだけお前は自分の身を第一に考えろ。そうすることで、俺に貢献できる。魔族にある程度、俺の情報を流しても構わん。とくに『魔倉の指輪』の情報はいち早く流せ。それだけでも、お前が疑われる可能性は激減するわけだからな」
「わかりました」
真剣な目をしてコクリと頷くエキドナ。自分が重要な任務を承っていることを認識している。
「よし、いい娘だ。褒美をやろう」
「ありがとうございます、ご主人様。私はあなた様の使い魔になれたことがこの上ない幸せです」
周りを気にしなくていい空間をエキドナに作らせる。
エキドナが決して裏切ることが出来ない。それだけたっぷりと可愛がってやった。
塔の最上階で色々な本を読むブロッサム。
本にはあらゆることが書かれているが、欠点が多い。まずは本を読むという行為に時間がかかることだ。細かい歴史まで読みほどこうとすると、年単位でかかってしまう。大雑把でも分岐の世界まで合わせたら、一生かかっても読み切れない。
歴史だけではなく、魔法に関する書物や、魔法のアイテムなども重要だし、学問に関する本も読みたい。人生の半分以上をこのバベル図書館で過ごしていると言っても過言ではない状態なのに、読めた本は一万冊に満たない。少なくとも一日一冊以上は読んでいるのだが、必要な書物はほとんど読めない。
それでも知識を溜め込んでおくことに無駄があるはずはない。
ただ、ずっと読んでいるとテンオーストに『体ヲ動カセ、力ガ無クナルゾ』と脅され適度な運動を強要されている。魔法の実験も必要だし、やることが多すぎる。
食事はバベルの塔で取ることが出来る。基本、バベルの塔は万能と言ってもいい。ただ、条件が色々あるので、全ての機能が使えるわけではない。
だから、ゼディスが『魔力回復薬が欲しい』と言った時に出せなかったのは、ゼディスが条件にそぐわなかったためである。ブロッサムが手に入れゼディスに渡すことも出来るが、それはバベルの塔のルールに反する。ここでのルールを破ると色々なペナルティーがある。
歴史書に目を通す。
現在の流れだとユニクス王国が崩壊しかねない状況下。ゼディスが周りの国々に飛び回るしかない状況。その時間を考えると一週間以上縛り付けられる。ユニクス王国のエイスを助けに行けるのは、やはりドキサしかいない。他に方法が現在は見つかっていない。
魔法陣を出して、歴史書の名前を打ち込むと、机の上に現れる。返却は机の返却スペースに置けば勝手に帰っていく。
もっと効果的に動ける方法が無いか調べているが、分岐が多すぎて、これと言ったものが無い。
手をこまねいていると。空間に扉が現れる。
バベルの塔の最上階に出入りできる魔法の扉……ブロッサムはゼディスが返ってきたのだろうと思うだけで、書物の方に目をやった。
「あいかわらず、調べているようね。自分の死の回避方法を……」
その声はゼディスではなかった。少し棘のある言い方、独特の声。
「……スアック」
7魔将、サイクロプスのスアック。単眼のおかっぱの髪形。指輪とサークレットは相変わらず身に着けているようだ。
指輪は二つ、両方ともレプリカだが『呪壁の指輪』と『魔瘴気の指輪』。頭に付けているサークレットも何かしらの魔法の物品だが、調べている暇がないためわからない。彼女と闘う前までには調べておきたいのだが、ユニクス王国の調べもので手一杯だ。
スアックもバベル図書館を利用できる者の一人だ。
ほとんどここに居るブロッサムとは違い、たまにしか来ない。いや、これないと言った方が正しい。彼女はバベル図書館に来れるのにルールの一つを破ったために、出入りできる時間が限られてしまった。
「今日はどのような用ですか?」
少し皮肉交じりにブロッサムが尋ねる。スアックの大きな目がブロッサムを睨み付けるが、すぐに調べものにうつる。
「アナタたちを殺す方法よ」
今のところ全滅するのはわかっているが、それは魔王の手によってである。自分の手で葬り去ろうと思っているのだろう。
それだけ言うと、いくつかの本を手元に呼び寄せ、ブロッサムから見えなくなるまで離れていく。ここの広さと、本棚の数ですぐにスアックがどこに行ったか分からなくなる。
ココでのルールの一つ、戦闘は禁止されている。
ブロッサムもスアックも、敵の一人がココで消えれば多少のペナルティーは安い……とは考えていない。相手を一人減らすよりバベル図書館の方が有益だと思っている。
一人消したところで、新しい勇者なり7魔将が誕生し、その者が新しくバベル図書館を利用できるのであろうから……。
そのことは、スアックが賢者ローロットを殺害したことで実証されている。ただ、バベル図書館の追放ではなく制限だったのが彼女にとって不幸中の幸いとも言えた。
ブロッサムはテンオーストを魔法陣パネルを使い呼び戻す。
今、一番忠実に再現されている本の内容だと、グレン王国より少し離れた五つの国では、7魔将ルリアスの策略により内戦状態。ユニクス王国も戦争状態。他の国々も7魔将により半壊、壊滅。大陸にある三割程度が何かしらの被害を受けていることになる。
キセイオンをゼディス達が止めていなければ、戦火の広がりは今よりも遥かに酷いことになっていた。ルリアスの行動は大陸中央一帯が人間同士の殺し合いで終わっていたかもしれない。
テンオーストがやってくる。
ドキサは一人部屋に閉じ込めてあるらしい。部屋と言ってもだだっ広い迷路上の部屋でおそらく出ることは出来ない。
「ドーシタ? どきさナラ、シバラク出ラレナクシテアルゾ?」
「ドキサさんの心配はしていないのだけれど……ゼディスが戻ってきたらラー王国に行ってもらいたいの。このままだと、滅亡しかねないから。不確定要素はゼディスとアナタ……書物には出ていないけど、アナタたちが参加している可能性もあるから滅亡が免れないかもしれないけどね」




