バベルと未来と覚醒
「ようこそ、バベルの塔へ」
三つ編みの少女は椅子に腰かけたまま、本を置きゼディス達に向き直る。
何を聞くべきか、ゼディスもドキサもそんなことを考えるが、先に三つ編み眼鏡の賢者ローロットの力を受け継ぐブロッサムは口を開く。
「おそらく、アナタたちの聞きたいことの大半は答えることが出来ません。たしかに私はココに所蔵されている本の多くを読むことが出来ますが、この世界の未来に関するモノはわずかしか許可されていません。時がたつにつれ、読める箇所は増えていきますが……」
「そう都合よく、全部を教えてくれないわけね~」
ドキサは未来を『読める』ことを信用していない。もしわかるのなら、便利だし未来を書き換えることも出来てしまうわけだ。そうなれば、書かれる本も変わってくるはず……。
「信ジテナイノカ、ドワーフ?」
オーガのテンオーストが腕を組みドキサを見下ろす。
「信じる方がどうかしてるでしょ?」
挑発的にニヤリと笑う。
「もしわかるなら、ラクーレ王国がどうなっているのか……なんてテンが探す必要はないでしょ? ココの書庫に記載されているんだろうから」
「ごもっともですね。本達の許可があるまでは確認できませんでした」
『できませんでした』……過去形だ。ということは、現在はドワーフのラクーレ王国についての情報がブロッサムにはあるということになる。
「ということは、今はクラーレ王国の状況がわかるのか?」
率直にゼディスはブロッサムに聞いてみる。
下がってきたメガネをクイッと上げるブロッサム。
「わかります。ですが、どこからお話しした方がいいのか迷う所ですね」
「まずはクラーレ王国の話からじゃない?」
「一概にそうとも言えないのです。ドキサさんは暗黒斧ドギニの力を受け継ぐ一人なのは自覚していますね?」
「えぇ」
そこで、まずゼディスが引っかかる。
「『暗黒斧ドギニの力を受け継ぐ一人』……『一人』? 他にも引き継いでいるドワーフか人間がいるのか?」
「そこから……になりますか。やはり、順序立てるのは難しいですね。説明は後回しにして、先に行動をしてもらいましょう」
メガネを少し下げ裸眼で二人を見る。
「行動?」
よく意味がわからず、おうむ返しに聞き返す。
「まずは、ドキサさんは『暗黒斧ドギニの力』の覚醒を行うため『覚醒の間』に行って修行してもらいます。出来るだけ早く覚醒してください」
「いや、そんな簡単に言われたって無理じゃない?」
「では、言い方を変えます。早く覚醒しなければ『エイス』さんが死んでしまいます」
「ちょ! えっ!? どういうこと? 私の覚醒とエイスの生死と何の因果関係が……?」
「少し未来の話ですが、エイスさんはユニクス王国の国王に捕まってしまいます。処刑まで確定しています」
「なら、今から助けに行かないと!」
「今のアナタたちでは力が足りないのです。ですから、いち早く『覚醒』してください」
「無茶言うな! 仲間が殺されそうになってるのに呑気に修行なんてやってられない!」
「このまま、助けに行けば死ぬことは『本』でわかっています。しかし『覚醒』してから行けば可能性はあります」
そこでゼディスが『確実ではない』ということに気づく。
「『可能性がある』? 本でわかっているなら『可能性がある』という言い方はおかしくないか? 覚醒したら確実に助けられるんじゃないのか?」
ブロッサムは数冊の本を取り出す。
「『可能性』としかいえないのは、バベル図書館にある本は書かれた本だけでなく、書かれるはずだった本も所蔵しているというところに問題があります」
「はず……だった?」
「そうです。世界の分岐先の本まで所蔵しているのです。ですから、全てが正しいことが書かれているわけではありません」
「ようするに、いくらでも可能性はあるんじゃな? それなら、修行などせずにすぐにエイスを助けに行った方がいいと思うんだけど?」
ドキサの質問に答えるのはテン。机に乗っている数多くの本の上に手を乗せる。テンの身長と、さほど変わらない高さまで本が積み上げられている。その本の柱がいくつもある。
「コノ本ガ、分岐ダトシテ、覚醒シナイデ、助ケラレル話ガ一ツモナイラシイガ……ソレデモ、今、助ケニ行クノカ?」
「全部、調べたの?」
「いいえ、全部は不可能と言っても問題はないでしょう。ただ、かなりの数を確認しました。その結果から言えば、まず助けられないでしょう。向こうには強力な魔族がいるようです」
「? 王に捕まった……って言ってなかったっけ?」
「ゆにくす王ト魔族ガ手ヲ組ンデイル、ト書カレテイル。コレハ、ホボ確定ダロウ」
ドキサは歯軋りをする。
「あの王ならやりかねない!」
「そういうわけで、できれば『勇者への覚醒』を済ませてもらいたいのですが、いかがでしょう?」
「すぐに終わるの?」
「そうですね……」
ブロッサムは何もない空間に四角い魔法陣を展開し、指先で魔法陣を叩いていく。おそらく、計算しているのだろう。さらにブロッサムの前にパネルが展開している。
なんとなく、ゼディスも出来るのではないかと思い、その辺の空間を手で触れてみるが何も出ない。その様子をドキサとテンが見ていた。
『ププッゥ』とドキサが笑う。ぶっとばしてやろうかと思った時、計算が終わったようだ。
「一週間ほどですね」
「そんなに時間がかかって大丈夫なの!?」
「これでも、最短……と言ってもいい時間です。これ以上早く終わることは考えられません。ある書物には『覚醒まで一年かかった』という記述もありますし『覚醒できず死んだ』という記述もありますよ。これ以上、短縮することは考えない方がいいと思います」
「待って……『覚醒』って死ぬ可能性があるの?」
「ハッキリ言ウト、相当、厳シイ。勇者ノ力ヲ覚醒デキナイ者モ多イ。覚醒ノ修行内容ハ、勇者ニヨッテ変ワルラシイカラ分カラナイ」
以外にも、ため息一つ吐いただけで、ドキサは納得した。
「はぁ~、じゃぁ、ちゃっちゃとやっちゃいますか」
「ずいぶん、あっさり納得したな?」
「だいぶ、駄々こねたと思うけど? 結構、抵抗したつもりだけど他に方法無さそうだしね……。まさか、エイスを助けるために死ぬ気で修行する羽目になるとは思わなかったわ……」
そう言っているが笑っている。むしろ、すっきりした印象すら受ける。
テンが『案内スル』と言って、ドキサとバベル図書館を出ていく。
ゼディスはドキサの後姿を見送る。
「彼女が心配ですか?」
「全然……」
ゼディスとブロッサムだけが残された図書館。
「そろそろ、椅子とか用意してもらえると助かるんだけれど?」
「そうですね。少し長い話がゼディスさんにはありますから……」
そういうとブロッサムはゼディスの近くまで行き、呪文を唱え何もない空間から全体的に丸っこい椅子を取り出す。
ブロッサムの許可を待たずに、ゼディスはドスンッと腰掛ける。
「ドキサは信用できる。その書物にドキサが『覚醒』を失敗すると書かれている記述はおそらくない」
「先程『覚醒できず死んだ』という記述もあると言ったのをお忘れですか?」
「『ドキサが』とは言われていない。違うか?」
「ちゃんと聞いているようですね。その通りです。私が読んだ本のなかには彼女が覚醒に失敗した記述を見出すことはできませんでした」
しばらくの沈黙。どちらが、先に口を開くか考えている。ブロッサムにはゼディスに言わなければならないことが山ほどある。ゼディスにしてもブロッサムに確認しなければならないことがある。……が、ゼディスは諦めた。
「話を聞こう」
「では、私から話させてもらいます。まずはこの指輪をアナタにお返しします」
ブロッサムは指輪を投げてよこす。右手でパシッっと取ろうとして、失敗してその辺に転がる。カッコよくいかない。
椅子から降りて、トコトコと歩いて拾い上げる。で、席に座りなおす。
「その右手の手袋があったら『魔倉の指輪』は弾いてしまいますよ?」
ブロッサムの言葉を聞き流す。
「よく見つけたな? オリジナルか?」
「オリジナルです。この塔にありました。この図書館のことは知っていると思います。そこから想像もできると思いますが、あらゆる世界と繋がっているのです。この塔には色々な武器、防具、アイテムがあります。ただ、それらが塔のどこにあるかはわかりませんが……。私の覚醒の修行中に見つけました」
「なら、シンシスと互角……ってことか?」
「シンシス? ……あぁ、ゼティーナさんですね。どうでしょう。彼女は神官、私は賢者。それぞれ立場が違いますから……ただ、肩を並べて歩ける存在にはなれたと思います」
ゼディスは左手の人差し指に『魔倉の指輪』をはめる。この指輪にはいろんな魔法の武器が詰まっている。
「これで『呪壁の指輪』と『魔瘴気の指輪』のオリジナルが見つかれば三つとも指輪はアナタの元に戻るわけですね」
「そうなるが、そっちは後回しでもいいだろう」
「そうですか? 今度、降臨する魔王を倒すのには揃えておいた方がいい指輪ですよ?」
「確かにそうだが、それよりも勇者の覚醒の方を先にしたい。ウチにはまだ、三人、覚醒していない奴がいる。そのためには、この塔を開放してもらえると助かるんだが?」
「まだ、駄目です。ドキサさんだけです。彼女以外はまだ早すぎます」
「条件がある……ってことか? 何をすればいい?」
「何もしなくとも大丈夫です。そろそろ、彼女たちの実力が追い付いてきたはずですから、時がたてばテンを迎えにやります」
『覚醒』させるのはかなりキツイ修行なのは想像が付く。場合によっては死人が出るわけだ。それなりの実力まで待っているのだろう、バベルの塔が……。
「大事な話があります。これはテンにも話てないことです。他言無用でお願いします。」
メガネの位置と椅子の座る位置を直しつつゼディスに迫るように忠告する。さしたる重要性も感じないがゼディスは適当に頷いた。口が堅い方だ。滅多なことでは、口がお漏らしするようなことはない。
頷いたのを確認すると、ブロッサムは一呼吸おいてから口を開いた。
「魔王が降臨した後、7人の勇者は全滅します」




