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生存方法

 『魔瘴気の指輪』から垂れ流される魔界の空気は、通常の人間には一回の呼吸でも死にかねない猛毒である。ただ、悪人であればあるほど毒性は薄れていく。魔族の場合は善悪に関係なく、力を得られる空気となる。

 魔族は地上に出たときにすでにハンデのある状態なのだ。この空気を吸うことで本来の力が発揮できる。


 現在、謁見の間に残っているのはキセイオンとゼディスだけだ。その他は逃げ延びたか……死体だ。


「ほう、魔瘴気の中、逃げもしなければ死にもしない人間がいるとはな。しかも平気だとは、相当の悪人か?」

「悪人……ってーだけじゃないさ。オーラで魔瘴気は防げるみたいだしな」


 まだ、青く光る……そろそろ、効果切れてくれないかな~、虚偽判別魔法(セ ン ス ラ イ)

 

 それ以外にもゼディスは考えている。キセイオンがこの程度で国を混乱させようとしているのだろうか?もっともバンパイアロードが一人いるだけで十分、国を破壊できる。しかも『魔瘴気の指輪』まで使用しているのだ。現にグレン王国の将軍はなす術がなかったわけだ。

 だが、他の国々が、この国に援軍を送ってきたらどうだろう。具体的にはラー王国の将軍が来たら? 彼らならオーラを使える。勝機は十分にあり得る。

 ようするに統治する人間が変わるだけで何とかなるんじゃないだろうか? そうなっては魔族としてはあまり意味をなさない。それとも、すでにこの国を統治できるように大軍を呼んでいる? その可能性もあるが低いだろう。他の手段も講じていると考えるのが妥当だ。


「さて、そろそろ国家転覆の種明かしをしてもらえないかな? もちろん、バンパイアロード一人で国を破壊してお終い……ってわけじゃないだろ?」

「これから死んでいく君に教える意味はないだろう?」


 キセイオンの爪がゼディスの肩当てを簡単に砕く。

 疲れるがセニードランドローとオーラの併用で対処する。人間状態だけのキセイオンなら五分五分に渡り合えるが、肝心な時にコウモリや霧状になり避けられる。

 キセイオンも魔法の攻撃でゼディスにダメージを与えるが、その分を回復魔法(キュア)で回復する。魔力に関してはどちらも有限だが、身体能力が上回っている分だけ、長期戦になればキセイオンに傾いていくのは明らかだ。セニードランドローもオーラも相当疲れる。


「さて、どうしたもんだろうね」

「切り札があるんだろ、見せてみたらどうだい? それを破れば僕の勝ちは揺るぎない」

「確かに切り札がある。そして、これが破られたら俺の負けは確定だな」


 身体が青白く光る……。

 周りには誰もいないことを確認する。人間も魔族も……いるのはゼディスと、キセイオンだけ。

 あまり気が進まない。周りに誰もいなくとも万が一があるから使いたくはないのだが、このまま勝てる相手でもない。


「念のため聞いておくが『降参』する気はないよな」

「ほう、そんなに自信があるのか?」

「時間をかけたくないから、手加減できんぞ?」

「キシマ級に対しそこまで吠えるとは面白い! 僕も全力中の全力で捻り潰してやろう!」


 キセイオンの筋肉がさらに一回り大きくなり目は赤く染まる。狂戦士(バーサーカー)モードだ。力とスピードが跳ね上がり、精神攻撃を一切受け付けなくなる。痛覚も一定量までなくなる。さらに理性も吹き飛ぶ。冷静な判断などできなくなるから滅多なことでは使わない。

 ゼディスは魔力の手袋を外し、骨だけで形成された右手を前に出す。


「まったく、誰がインキュバスだってーの! あんな下等な魔族と一緒にされるなんてな!」


 ゼディスも姿を変えていく……。






 エルフの王国……ノンビリする二人、エイスとシンシス。


「私たち忘れられているのかもしれんな」

「あらあら、そんなことありませんよ?」


 この王国にも名前はあったが、人間たちには知らせていないらしい。知らせる必要がないからだとか……。エルフの王国で通用するなら、それで構わないということだ。


 初日にエルフの王に会った。男性だった。エルフの男性を見るのは久しぶりである。王以外にも男性はいる。さすが王国と名乗るだけのことはある。とはいえ十人に一人くらいの割合ではある。

 世界樹の中に王国は作られている。世界樹の周りにも町は形成されているが、中の方が圧倒的に多いし賑わっている。しかも何階層もある。エルフは希少種だが、かなりの人数がこの木の中にいる。この木全体が街であり城であり王国なのだ。


 必要なことは初日にほとんど話してしまった。ここ数日は客人としてダラダラ過ごしているだけだ。食事は大抵が野菜中心だが、頼めば森で獲れる魚や肉なども出る。このまま怠惰な生活をするのも悪くないと思えるほど、のんびりした時間が過ぎていた。


 数日たったある日の夜中、エイスとシンシスの部屋にエルフの兵士が突然入ってくる。


「大変です! グレン王国が突然宣戦布告をし、すぐさま兵が攻め込んできました! すぐに王との謁見の間にお越しください!」


 キセイオンの仕業だ。グレン王国を潰す方法は、エルフの王国と戦争を起こすことだった。

 エルフの王国と戦争が起これば、近隣諸国がこの機を逃すはずがない。いくらでも大義名分を立て瞬く間に戦火は広がる。エルフ王国側に付く国は一時的に多いだろうが、グレン王国側から金や土地を引っ張り出そうとする国も出てくる。そうなれば魔族の思う壺だろう。

 おそらくキセイオンは順調に地位を上げ出来るだけ多くの兵を動かせるようになるまで、待っていたに違いない。ゼディスの出現により、ことを前倒しに動かしたのだろう。


「どうやら、私たちがエルフの王国(こ     こ)に向かっているときに会った兵士の一団はこの為だったようですね」


 シンシスが謁見の間へと急ぎながらエイスに話しかける。

 しかし、あの時わかったとしてもどうすることもできなかっただろう。下手に騒ぎ立てれば当然、捕まるのはエイスとシンシスになっていただけのことだ。


 一礼するだけで、さっさと謁見の間へと入って行く。

 普通のお城と変わらない広さの謁見の間だ。意外だが壁や床には石が敷き詰められている。王国のいたるところに石は多用されている。とくに廊下や床にはタイル状にした石が敷いてあるのだ。

 来た当初は驚いたが、今はそれどころではない。


「お待たせしましたか、ゴートン国王」


 エイスとシンシスがエルフの王に頭を下げる。周りには衛兵と将軍と女性の宰相がいる。宮廷魔術師や大神官はいない。宮廷魔術師はエルフ全体が魔法を使えるので必要ない。場合によっては王が最も魔法に長けている場合があるほどだ。大神官はエルフは神を信仰しないのでいるはずもない。


「待ってはおらん。まさかグレン王国が緊急連絡口から、本当に攻め込んでくるとはな……」


 エルフの王・ゴートン。見た目は二十代半ばのカッコいい男だ。金髪で髪を背中まで伸ばしている。青い目は意志が強そうである。


「それで、緊急連絡口は?」

「もちろん、塞いでおります。エイス様たちが来た時から。」


 宰相が当然のように連絡口を封鎖していることを知らせる。

 すでにキセイオンの策を看破していた。その為にエイスとシンシスというエルフが信用しそうな二人を送り込んでいたのだ。


 キセイオンはコマがそろえば軍を動かしエルフの王国に攻め込むだろうと……。前もって安全対策の為エルフの王に『グレン国内軍関係者に魔族がいる』ことを知らせ、緊急連絡路から攻め込んでくる可能性を指摘していた。

 エルフの王国を襲うのが手っ取り早く、人間同士に潰し合いをさせる方法だからだ。エルフであるエイスの言葉と勇者であるシンシスの言葉はすんなり受け入れられる。それに緊急連絡通路を断ったところでグレン王国との問題が悪化することは、ほぼありえない。


「ただ問題は来た兵士が何者か……による」


 エイスは考え込む。人間だけの部隊ならキセイオンに騙されているのだろう。だが、魔族混合部隊ならキセイオンに与した人間だ。魔族だけの部隊……は多分ない。出るときエイスが確認している。


「どうしますか?」


 将軍の一人がエイスに尋ねる。『どうする』とは、シンシスが『グレン王国の不始末なので、もし来たら私たちがなんとかする』と言ってあるのだ。だから、問題なければ倒すのを手伝うということだ。


「敵の数は?」

「およそ五千……後の方では無数の棺桶のようなものを運んでいるようでした」

「棺桶?」


 この時点でエイスとシンシスはキセイオンがバンパイアロードだった事実を知らない。インキュバスだと思っていたので、棺桶に思い当たる節が無い。

 それでも、問題ないとシンシスが判断する。


「わかりました。私たちだけで何とかします」

「え?!」


 シンシスの言葉に一番驚いているのはエイスだった。五千の兵を二人だけで何とかするのか……という思い。そして、訳の分からない棺桶もある。この自信はどこからやって来るのだろうと思った。おそらく自分は数に入っていないはずだとエイスは願う。役に立たないつもりはないが、半分の二千五百を相手に出来るわけもない。目一杯、頑張ったとしても五~六人が限度だ。


「私たちが負けたときは、あとはゴートン国王、よろしくお願いします」

「わかりました、勇者二人ですので心配はしていませんが準備しておきましょう」


 そう、エイスも勇者という紹介をされていた。シンシスに……『エルフの王・エリスの力を受け継いだんですよ』っと紹介されたため、こんな扱い。そして、エルフ同士だと意識すればその力が宿っていることが認識できてしまうらしい。誰だ! こんな厄介な設定にした奴は……と心の中で怒鳴りながらシンシスに連れられ謁見の間を後にする。


 世界樹の中の道を駆け巡る。エルフのお嬢さんたちに声をかけられる……お嬢さんと言うが多分三百歳前後。見た目じゃわからない。走りながら『急いでます!』と声をかける。ほとんどのエルフは緊急事態に気づいてはいない。

 エイスとシンシスの後ろに緑髪のエルフが付いてくる。事の顛末を確認するためだ。勝ったなら良し、負けたなら王宮に連絡するための兵士だ。


「ところでグレン兵たちの居場所はわかるのか?」

「エイスさんもそろそろ、勇者の力を多少実感しておいた方がいいかもしれませんね。シルバさんはたまに使っているようだけど……。簡単なところでは意識の集中で『視る』ことによって、敵と味方が見分けられます。勇者の力がある部分に力を込め眼に意識を集中してください」


 走りながら説明する。緑髪のエルフは傍から聞いているが、そんな簡単にいくのだろうかと思う。エイスが勇者の力を持っていることはわかるが『意識の集中』とかだけで出来るなら、もうとっくに試しているのではないだろうか?

 実際にエイスは力の覚醒の仕方を色々試していた。だが、上手くいった試しは無い。半信半疑のままエイスはシンシスに言われるがまま試す。なにせ、シンシスは間違いなく勇者なのだから嘘を教えるはずもない。


「!?」

「どうですか?」


 ニッコリ笑いながらエイスに尋ねる。わかっている……エイスが敵を『視る』ことが出来ていることを……。黒い魔力が世界樹から少し離れたところに、視えるように感じる。


「ここから、そう遠くはないな」

「そうね。ここを下って次の転移魔法陣を使いましょう」


 エルフの王国および森全体に彼らが使用している転移魔法陣があった。まさか、そんなものがあったとは思わなかった。

 彼らは森の出来事のみならず、世界の多くの事柄を世界樹が記憶している。それを引き出す術があり知識として活用しているそうだ。おかげで、シンシスがゼティーナの本物であると、すんなり受け入れられたのだ。

 その知識を使い、転移魔法陣も作っている。ただこの魔法陣は出る場所は決まっていて、好きな場所の魔法陣に行けるわけではないらしい。トンネルや通路に近い。

 世界樹の力は他にも、森の中に誰がどこにいるかもわかるらしい。その手段でグレン軍の居場所を突き止めてもよかったが、エルフ達がすでに目視で確認しているし、エイスの訓練も兼ねていたようだ。


「しかし、そうなると五千人の兵士は敵意がない。どういうことだ……むしろ敵意は……」

「棺の中……ですね。どうやら私たちは勘違いしていたみたいです。敵はインキュバスじゃなくバンパイアだったのではないでしょうか? それなら兵士たちは催眠術で操られているハズです。」

「催眠術で? それだと殴られたらすぐに目が覚めるじゃないか? 戦力としてどうなんだ?」

「むしろそれが狙いなんじゃないかしら? 目覚めたときエルフたちと乱戦中、当然パニックになりますよね。何もできずに殺されるだけ……」

「死人に口なし……ってわけか。戦争が目的で勝つのが目的じゃなきゃありえる話だな」


 転移魔法陣を使う。予定通りの場所だ。

 グレン兵は緊急用通路が閉鎖されていて右往左往している。この状態では森の結界を解かない限りエルフの王国に近づくことはできない。


「エイスさんは兵士をたたき起こしていってください。私はその他を片付けます」


 二人が駆け込んでいく。グレン兵は、敵と認識する。

 ただ殴れば目が覚める。五千人やる必要はない。一人起こして簡単に説明すれば半分になり三人起こせば四分の一だ。グレン兵同士では切り合わないように催眠術をかけているだろう。複雑なことは無理だろうから……。言うは易し……か。切り合いの中、説明が出来るのか疑問はある。


 運んできた棺桶は無数にあった。軍馬に一体づつ括りつけてある。おそらく千……。一斉に棺桶のふたが外れる。レッサーデーモンの一団だ。レッサーと言えど決して弱いわけではない。


 たった二人で向かっていく……。

 エイスには勝機があるとは思えない状況だった。

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