ガンハーダとテレサ
「ガンハーダ……どこかで聞いたなじゃな?」
ドワーフは顎鬚を撫でながら、この屋敷の元・主の顔を見る。見覚えはないが名前に聞き覚えはある。
「たしか、キセイオンの屋敷の執事もおんなじ名前だったわね。それにバンパイアだったかしら? 元貴族も落ちぶれた者ね」
ドンドランドが考えている間にゼディスの言葉を思い出していた。バンパイアロードではないハズ。ならば、今現在、装備している魔 法 付 加の武器は十分に通用するはずだ。
「どうやら、私のことをご存じのようですね。ゼディス様の従者たちでも……」
「従者じゃないわよ! それにしても私たちを知っていて襲ってきたわけね? キセイオンはゼディスと組んでこの国を乗っ取ろうとしているんじゃなかったかしら?」
もちろん、ドキサ達はそんなことをするつもりはないが、表向きはキセイオンのコマという役回りなはずだ。自分たちを襲ってくる理由は何だろうと考える。この部屋にいることを考えれば、初めに出会ったジャイアントバットはガンハーダが化けていたモノに他ならない。
ゼディスが裏切らないための確約として人質にでもするつもりだろうかとも思ったが、少々手荒い気もする。
「キセイオン様はゼディス様に踊ってもらおうと思っているのですよ」
「踊る?」
「ゼディス様を使って、この国の崩壊を目論んでいるのです。初めは乗っ取ることが目的でしたが、ゼディス様はどうも、女王陛下に対する立ち回りが上手い……いいえ、上手すぎた。邪魔なのですよ。しかし、7魔将様の直属の部下である可能性がある以上、直接手を下すわけにはいかない」
「『間接的に手を下す』ということですか? そんな方法パッとは思いつきませんね」
ショコは戦闘に入った時の位置取りを考えながら、ガンハーダの言葉に疑問を投げかける。
「思いつかなくて結構です。ただ、その時、出来るだけ仲間と離しておきたい。もっと言うのならアナタたちを亡き者にしておくのがベターなのです」
「ベスト……ではないのですか?」
「ベストなのは私の下僕として、レッサーバンパイアに変えることです」
「交渉する余地がなさそうね……」
全員、ガンハーダに向かい駆け込む。ドワーフ二人は左右に分かれ、シルバはドキサの後ろから、ショコはテーブルの上にダンッ! と乗っかると、その上を食べ物をひっくり返しながら疾走する。
第一打が最も早いのはショコ。テーブルの上を走りながら、投げナイフを投げる。刺さる寸前でガンハーダはジャイアントバットに変形して宙へと舞う。
しかし、この部屋は明るいため、距離感をしっかりと取りアルスの剣を伸ばしシルバが叩き切る。その攻撃はさすがに予想外だったらしく、切り付けられた上に地面に叩きつけられる。
そこに、左右から二人のドワーフが挟み撃ちにする。
「テレサ!!」
ガンハーダが誰かの名前だと思われることを叫んだ。襲い掛かってきた二人に向かって食器が飛んでくる。ドンドランドはそれを回避したが、ドキサは無視してガンハーダを切りつける。
わずかに斧が掠めたが、後ろに飛び退かれてしまった。ドキサの右腕にはフォークが突き刺さっている。サッサと抜き取ると、地面に叩きつける。
「この家に誰かいるわね……」
「よく気が付いたな。紹介しよう。僕の妹のテレサだ」
暖炉の上の令嬢の肖像画がスカートの裾を摘み丁寧にお辞儀をする。
疑問が湧く……。シルバは率直に聞く。とくに弱点とか隙を突くためとか、そういう意味合いは全くない。どういうことなのか、理解できないからだ。
「アナタの家系は魔族なのですか? 先ほど『この屋敷は自分のモノだった』と言ったように思いますが、そうするとグレン王国の貴族に魔族がいた、ということなんでしょうか?」
剣を構えたまま尋ねる質問としては、いささかどうかと思うが、ドキサ達も気にはなる……もちろん、攻撃の手を緩めることはない。
ガンハーダ達も当然、攻撃してくる。バンパイアとしてジャイアントバットや霧状化など駆使して、相手に近づき怪力でショコを軽々と、反対の壁まで投げ飛ばす。
テレサも屋敷の中にポルターガイスト現象を引き起こし椅子や食器などで襲い掛かる。とくにそれらを砕いても細かい破片として、また襲ってくるので厄介だ。
互いに、攻撃しながらもガンハーダは快くシルバの疑問に答えてくれる。
「私は人間の貴族でした。ある日、事故に遭い命を堕としてしまいます。私は死にたくなかった……どんな犠牲を払ってでも……。そこに現れたのが、キセイオン様でした。『家族を生贄に捧げるなら僕のシモベとして蘇らせてやろう』という言葉に私は二つ返事で蘇らせ頂きました」
「あんた、どうかしてるんじゃないの!?」
ドキサが自分が助かりたいがために、家族を犠牲にしたことが許せなく叫んでいた。だが、それだけでは話は終わらない。妹・テレサが出てきていない。
「私の役目は、キセイオン様の為に多くの使用人と多くの兵士を用意すること……これが意外と難しいのです。何せ私は只のバンパイアですから、日光に弱い……それをキセイオン様に相談したところ、生贄に捧げた妹の魂を元・私の屋敷に憑りつかせて、思うが儘に操ったのですよ。ここからは、簡単でした。使用人はこの屋敷で貴族なり豪商なりの令嬢を噛み殺せばいい。護衛も兵士に出来る。夜街に繰り出すことも、立地のいいこの場所からなら楽に移動できました。」
「アナタは妹にまで人殺しの手伝いをさせているのですか!?」
今度はシルバの怒りが爆発する。自分は姉に命を救われたのに、目の前の男は妹の命を奪い、さらに罪を重ねさせているのだ。我慢が出来るハズなどない。
「テレサは私の為なら喜んで何でもしてくれるよ! それこそ命を差し出してくれたんだ。今さら、他人が何人死のうが関係ないさ!」
高笑いしながら魔法の矢をドンドランドに十発近く撃ち込む。筋肉を堅くし丸まるような態勢で魔法の矢を受け止めるが、相当のダメージだ。
バンパイアは魔法も使い、素手の攻撃力も異常に高く、形態も人間系、コウモリ系、霧系に使い分け、銀や魔法の武器でなければ傷つかず手におえない。
なんとか、攻撃を与えているがドキサ達の方が押されているのは間違いない。細かいポルターガイスト現象も意外と強い。砕いた椅子や食器すらも元通りの大きさで襲うことも可能らしい。
ショコはガンハーダが完全に魔族化していると思ったが、妹のテレサはそんなことないのではないんじゃないかと感じていた。理由はない。
「テレサさん! 聞いてください! 兄のガンハーダさんのことを思うなら、これ以上、罪を重ねさせるべきではありません! むしろ、アナタの兄の愚行を止めるべきです! 私たちに力を貸して下さ」
聞く耳持たず。
話、途中で大花瓶が体に激突し、大きくショコの体を跳ね上げた。
「無駄だ。テレサもキセイオン様に、この屋敷に憑りつかせていただいているのだ。それに兄思いのいい娘だ。お前たちのような下賤の者の言葉など耳を貸すはずもあるまい」
いつの間にか倒れたショコの胸に足を乗せ、鎧ごと肋骨をへし折る。ショコが大声で獣のように叫び声を上げる。
助けるために距離一閃、アルスの剣がガンハーダの体を真っ二つにしたが、ダメージは軽く霧状になって逃げられる。急いでドキサが薬をショコに運ぶ。
再び、ガンハーダがコウモリ状で空中からショコとドキサを狙おうとするが、ドンドランドがコウモリを切りつけ、近づけさせない。家具などもショコ達を狙うが、それはシルバが切り落とす。
防戦一方になってくる。予想していなかったわけではないが、それ以上にバンパイアは強い。
高いところから大きな火の球を呪文を唱え作り出していく。それが完成する前には、ショコも辛うじて動けるようになり、間一髪で全員飛び退くが、火の球の爆風で壁まで飛ばされる。
「お願い、テレサさん! 本当に兄を思っているなら彼を止めて! こんなこと繰り返すのは愛情じゃない!」
意外だがテレサの顔が苦悶しているように見える。彼女には理性がある、ショコはそう確信する。操られているわけではない。進んで兄を助けたいと思う心をキセイオンに利用されているだけなのだと……。
残念ながら、兄の方は真っ暗な闇の底まで心が浸かってしまっている。彼を助ける方法は成仏させる以外にはないだろう。人を殺し自分の下僕として操ることを嬉々として行っている。この屋敷にいた人喰い死体やスケルトンなどは彼がこの屋敷で殺した人間たちで作ったのだろうことは想像に難くない。
「はっはっは! 無駄なことを……。テレサは私の兄妹だ。他人のお前たちの言葉などに惑わされるものか!」
だが、ガンハーダが思っているほどテレサの心は強固ではなかった。現に彼女が起こすポルターガイスト現象の力は弱まっている。
こちらも防戦一方なので、目の前の敵を倒せると思いガンハーダは妹の様子に気付いていない。
ショコが説得している間、三人が戦闘を繰り広げている。
ガンハーダは屋敷の中の死体達をこの部屋に招き入れてくる。どうやら、倒した連中以外にも他の部屋に何匹も潜ませていたらしい。ゾンビ、人喰い死体、スケルトン……ジャイアントスパイダー、ジャイアントバットなど何匹も入ってくる。追い詰められた感じが否めない。
シルバはアルスの剣の魔力を切れ味から距離にして薙ぎ払っていく。一撃で倒すことが出来ないが効果は十分である。相手がそう簡単に間合いには入れないし、入ってきた敵はドキサとドンドランドが撃退していく。
ただ、その合間に入ってくるガンハーダが攻撃するのが手が付けられない。ドキサやシルバが魔法を食らい、ドンドランドは机が壊れるほど叩きつけられる。
「テレサさん! あなた自身、わかってるんじゃないの!? 間違っているって! これ以上、間違いを続けないで! アナタの手でお兄さんを救ってあげて!!」
テレサの心をガンハーダは読み違えていた。彼女は兄の為を想い行動していたのだ。人を陥れることや、キセイオンの為に働くことに喜びを見出していない。この行為が兄を深い悪へと変えていっていることに罪悪感にさいなまれ、誤魔化すために兄の為だと自分に言い聞かせていたのだ。
そのことを目の前に突き付けられ、ようやくテレサは目が覚めた。彼女は今までの人形のような目とは違い、その眼には強い意志が宿っていた。
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突然、雨戸が全部外れ、太陽の光が部屋の中を一気に照らし始めた。
「なっ!?」
部屋の中にいた全てのモノが一瞬、目がくらむ。
だが、ガンハーダはそれだけでは済まない。バンパイアの弱点の一つは直射日光だ。
「何のつもりだ! テレサっぁあ!! 兄を! 兄を殺すつもりかっぁっぁ!!」
霧状になりこの部屋の扉から出る。が入り口ホールも他の部屋も全て、雨戸が開き日光が入ってきている。ガンハーダに逃げ場所が無い。
「イヤだ! イヤだ! イヤだっぁあ! 死にたくないっぃい! キセイオン様っぁ、この愚かな妹を殺してくださいっぃい!!」
必死に逃げ回り、キセイオンの名を口にし縋りつくがガンハーダは体が崩れ灰へと変わっていった。
テレサは額縁の中で泣き崩れていた。
その間も、残った魔物を片付ける。バンパイアがいなくなったことで統率が取れなくなった魔物など取るに足らない。せん滅するまでにさほど時間はかからなかった。
ただ、ショコはその戦いに加わらず、テレサの傍にいた。
「テレサさん。アナタは正しいことをしたの。このまま放っておけば永遠にアナタのお兄さんは罪を重ねていったハズ。キセイオンに操られているとも思わずに……。それを止めたの。だから、そんなに悲しまないで……。」
彼女たちは気付いていなかったが、それは丸二日の出来事だった。屋敷の中が暗く時間間隔が狂い、まさか日を跨いでいるとは想像もしていなかった。
『人 喰 い 家』が光を取り戻していた頃、ゼディスはみんなが帰ってこないことに全く心配していなかった。
まぁ、何とかなるだろう……または、何とかしているだろう、と……。
それよりも今の自分の状況の方が心配である。
女王陛下に呼び出され、ひざまづいている。
……。
キセイオンと一緒に……。
どういうことか想像がつく。ガンガル将軍が動いたのだろう。キセイオンの正体を明かすため、証人として呼び出されたに違いない。面倒ではあるが、ここでキセイオンの地位を確実に剥奪しておけば戦いやすくなるかもしれない。国が全面的に協力を得られるわけだ。
宰相が一括し、謁見の間の空気が張り詰める。
「ゼディス殿。今回、呼び出されたことに心当たりがあるだろう?」
「はい」
「よろしい。では、これからゼディス殿の尋問を始める。」
「……。 はい?」
なんで、俺が尋問を? と思った。心当たりがないぞ……っと。いや、無いことも無い。女王とか魔力を入れている。どこでそれが……。
キセイオンは涼しい顔をし、宰相の話に耳を傾けていた。
「これは重要なことだ。宮廷魔術師に虚偽判別魔法をゼディス殿にかけさせてもらうが異論あるまいな?」




