人喰い家にようこそ
ゼディスは疲れ切って『真珠の踊り子亭』に戻ってくる。キセイオン相手に嘘をたっぷり吐いてきたためである。そのあとガンガル将軍に色々、報告。これも面倒くさい。こっちでも適当な言い訳を探しながら、キセイオンについて、説明をしていく。キセイオン自体は倒せなくともその周りを抑えてしまえば、脅威はある程度防がれる。問題はキセイオンだが……。
「問題はキシマ級、バンパイアロードのキセイオンなわけだ!」
「まぁ、それは置いておきましょう」
「置いとくなよ……」
あっさりと却下されてしまった。重要な問題なんだけどと思うが、どうやら、ドキサ達も問題を抱えているらしい。『人 喰 い 家』という屋敷を購入しようと考えているらしい。
「いや、そっちよりもバンパイアロードの方が問題だろ」
「屋敷を買う方が問題でしょ!」
「バンパイアロードを倒さなきゃ屋敷どころじゃないだろ」
「だって倒す方法がないんでしょ? そんなの勇者が倒すのが筋ってモンでしょ」
「ドキサちゃん。それなら、私たちの仕事じゃない?」
ゼディスもドキサも『そうか!』と納得する。そうだ、勇者の力を引き継いでいるなら7魔将も倒せるのだ。キシマ級が倒せないわけがない!
「じゃが、今いるメンバーは勇者として力を覚醒しておらんのじゃないか?」
「……」
ゼディスがショコ、ドキサ、シルバを見るが全員、目をそらす。
「待て! シルバ! お前とか7魔将と闘っただろう! 勇者の力を覚醒とかしてないのか!」
「申し訳ありません。アルスの剣に頼っているだけで勇者の力というモノが使えているわけじゃないんです。」
「いや、だってアラクネの7魔将べグ……なんとか……と闘っただろ!?」
「あれも、アルスの剣とオーラの力であって、勇者の力ではないのです」
「……」
まてよ、とゼディスが黙り込む。ゼディスだけじゃない。すぐにドキサが気が付く。
「それって、キシマ級にも効くんじゃない?」
「それとは、なんですか?」
どうやら、シルバには何のことか理解できていない。ショコも理解してきた。
「アルスの剣とオーラ……ですか?」
7魔将に効くモノがキシマ級に効かないわけがない。倒す手段がないわけではない。シルバとゼディスが闘えば何とかなりそうだ。
「まったく、みんなも早くオーラを覚えるなり、勇者の力を覚醒させなさい!」
ゼディスが偉そうに言うのをドンドランドが水を差す。
「お前がシンシスをエルフの王国に送らなければ問題なかったんじゃがな」
「まったくだ」
ドンドランドとドキサのドワーフコンビニ追い詰められるゼディス。もっともな意見で反論の仕様もない。メンバー構成を間違えたかなぁ、と思うが今さら気にしてもしょうがない。今ある方法で考えて行く以外仕方ない。
「では、俺とシルバでキセイオンを、ドキサ、ショコ、ドンドランドで屋敷を」
「意義あり!」
ビシッとゼディスを指さすドキサ。
「どこに異議を挟む有余があるってーんだ!」
「あり過ぎるわ! こっちだってシルバがいなかったら、霊体だった場合攻撃手段がないのよ!」
「魔法使いがいませんもんね~」
全く考えていなかったがその通りだ。が、ガンガル将軍にキセイオンのことも話しているのでノンビリは出来ない。数日中には大きく動くだろう。それまで、こちらもキセイオンを誤魔化しておかなければならないし……。
シルバが提案を出す。
「この際、シンシスさんに戻ってきてもらうのはいかがでしょう」
「たぶん無理だな。エルフの王国に入れるのはエルフじゃなきゃ無理だろう。俺たちが迎えに行っても無駄足になる可能性が高い。とりあえず、俺の方が引き伸ばしを計る。俺も屋敷に向かって片付ける手もあるが……」
「貴族は放っておくと厄介だから、そっちはゼディスに任せる以外ないもんね~」
ドキサは貴族の相手はまっぴらごめんだ、という態度を取る。シルバなら相手が出来るだろうが本末転倒。ゼディスとシルバが入れ替わるのでは意味をなさない。
「結局、明日も方向性は一緒か……。ドキサ達が屋敷の相手で、キセイオンと俺か……適当にお茶を濁すしかあるまい。それはそれとして、お前らもオーラが使えるようになればなぁ」
「そういえば、ドキサさんが使えましたよね?」
「あれは、たぶん勇者の力でオーラが使えたんだと思う。上手く説明できないんだけど、勇者の力が少しだけ漏れてオーラが『外』から使えるようになった……っていうか……」
「何言ってるんだ?」
「だ・か・ら、『上手く説明できない』っていったでしょ!」
ドキサは容赦なく、ゼディスに対し左フックから左右のワンツーを決める。
そんな二人を放っておいて、ドンドランドが明日の予定を確認する。
「とりあえず、ドキサはオーラをまだ、身に着けていないと考えると、明日は今日と同じでゼディスは一人じゃな」
「それに私たちが片付けるまでは、キセイオンに近づかず約束を引きのばした方がいいですね」
「それにしても、なんでキセイオンはゼディス様をインキュバスと勘違いしたんですか?」
「えーっと、まぁ色々と……」
当然だが、その説明は飛ばしていたのだがショコが思い出したようだ。どうしようかと思っていたが、ドキサが面倒臭そうに追及をやめる。
「ショコ、ゼディスが胡散臭いのは今に始まったことじゃないわ。一段落したら言及するとして、今はそれは後回しにしましょう」
助かるが、後で言及されるのか……どう答えるか、それも後回しにする。当面はのんびり貴族の相手をしていればいいだろう。
朝、ゼディスは王宮へ……。
ドキサ達は装備を整え不動産ギルドの老紳士ガンツアに会いに行く。待ち合わせ場所に行く。いつも通り彼が待っているが顔色が悪い。用件はわかっているようだ。結局ドキサ達は『人 喰 い 家』に行くことを知らせ、ガンツアも諦め案内する。少し進むたびに『本当に止めた方がいい』と何度も忠告してくる。ドキサ達はすでに準備万端なので引き下がる気もない。こんなことで引き下がるなら7魔将となど闘うことなどあるはずもない。
王宮と町の間のだだっ広い屋敷。どうやらここが『人 喰 い 家』らしい。
「こちらが、この屋敷の入り口のカギになります。他にも部屋がありますが、中がどうなっているか分かりません。初めに確認したときは鍵のかかった部屋がありましたが、前の住人が『付け替えるから構わない』と言っていましたので閉まっている可能性が高いと思います。」
「とりあえず、前金で払っておくわ。そっちもお金の取り損ねはいやでしょ。それに派手に中で暴れるだろうからね。半壊、全壊の可能性もあるし……」
ずっしりとした袋を渡し前金で全額払う。
「何をするおつもりで……?」
「見たまんまよ」
ドキサ達は門のカギを開けて、屋敷へと向かっていく。ガンツアはその後ろ姿を見送った。待っているべきか、帰るべきか考えたが戻ってくる可能性を考えれば、帰るべきだと判断した。
屋敷の中は真っ暗だった。
そのまま進もうとしたが、シルバが声をかける。
「待ってください。この真っ暗中、進んでいくつもりですか?」
ドキサ、ショコ、ドンドランドの三人は同時に首を傾げるが、シルバには見えていない。
「何か、問題でも?」
「いや、真っ暗じゃないですか?」
「そうですねー」
「じゃが、ワシらは見えるしのぉ」
そこでシルバは初めて、ドワーフと犬の獣人が夜目が聞くことを知る。
「私は見えません!」
「いつも思うけど、人間って不便よね~」
「私、ランタンとか持ってきてないですよ?」
「ワシもじゃ」
屋敷の中は窓があるのに恐ろしく暗い。雨戸が閉まっているのだろうか、それとも魔法的な『なにか』が光を遮断しているのだろうか? シルバの目でも輪郭ぐらいは感じ取ることが出来る。
「これでは進むのは困難です。ランタンを買いに一旦、屋敷を出ましょう」
勇ましく入ったばかりなのに、もう出るのか、とやる気を削がれるドキサだが……。
「あれ?」
シルバが扉をガチャガチャと押したり引いたりしているが開かない。さすが幽霊屋敷だ、基本を押さえている。出入口は塞がれた。あとは、窓でも割って出るしかないか? そんなことを考えるが、ランタンを無くても問題ない三人がシルバに言う。
「次来るときは、ランタンを用意してくることね……今回は諦めなさい」
「し、しかし……」
「魔法で明るく出来ないんですか?」
「それは、神聖魔法の『聖なる光』です」
「いつも思うが、なんで魔法はそんなに細分化するんじゃ? 全部使えた方が便利じゃろ?」
「細分化しているのではなく、別のモノだと考えて頂いた方がいいと思います。同じ武器でも剣やムチなどがあるのと一緒です」
ドンドランドは納得できないようだ。『それとこれとは違う』と言っていたが、結局、魔法はどうでもいいのかすぐに反論を諦め歩きはじめる。続きドキサ……ショコはシルバを誘導しながら歩く。入り口は大広間になっているようで、シルバの目では暗く天井は見えないほど高い。が、なにか羽音が聞こえる。
「戦闘準備じゃ!」
ドンドランドがシルバにも分かるように危険を知らせる。黒い物体は羽をはばたかせ近づいてくるがいつまでたっても黒いままだ。大きさは人と変わらない。足の爪がうっすらと見え、シルバは寸でのところでその攻撃をかわした!
「ジャイアントバットです!」
いつまでたっても黒いと思ったが巨大なコウモリだ。黒くて当たり前である。
「なんで、入り口からこんな奴がいるのよ! 昔、屋敷を購入したヤツはすぐに死んだわけじゃないでしょ!」
「それに不動産ギルドの人間も入っているわけだしのぉ」
いきなり入り口から戦闘になるとは考えてもいなかったため、パーティーは不意を突かれた。それに高い天井を飛び回っているため、降りて来た時しか攻撃を与えられない。遠距離のオーラが使えるシルバは、敵の位置が捕えられないため剣を振ることが出来ない。
シルバが見えない中、バサバサという音とガンガンという金属音、走り回る音が聞こえる。状況がつかめないが剣を抜き魔力を乗せる。
「あっ!」
アルスの剣に魔力を乗せると薄らと周りが明るくなる。これなら、周りを確認することが出来る。
と思ったが、すでにジャイアントバット戦は終盤だった。ドキサはかすり傷を負っていたが、ショコが壁を蹴りジャイアントバットの上に乗り羽をへし折り地上に落としている。
間髪入れずドキサが斧を振り下ろす。しかし、ジャイアントバットはそれよりも早く霧に変わった。
「!?」
一瞬何が起こったのかわからない。だが、その霧はまるで生き物のようにホールの中央に位置する扉の隙間へと吸い込まれていくのが、アルスの剣の光で確認できた。
「逃げられたか」
ドキサは目だけで霧の行先を負う。ショコがその扉に近づき確認する。その後をドンドランド、シルバと歩み寄っていく。シルバはこの奥に、強敵が潜んでいるのだろうと確信を持っていた。いつ開いてもいい様に剣を構えるが、ショコの返事はシルバの剣を収めさせるものとなる。
「鍵穴がありません。代りに何かはめ込むための窪みがあります」
扉は観音開きの大扉。食堂だろう。ショコの言う通り鍵穴はなく、六角形の小さな浅いくぼみがある。おそらく宝石の類をはめ込めば開く仕掛けなのだろう。
「そんなのを、バカ正直に探すと思っとるのか?」
ドンドランドが大きく斧を振りかぶり扉をたたき割る。バキバキッ! と派手な音とともに真っ二つになる。が、壊れた先から自然修復していき、破壊した部分は跡形もなくなって元通りの扉に戻った。
「なんたることじゃ……」
「壊し続ける手もあるけど?」
「窪みにはまるものを探した方が賢明じゃな」
「それよりも、この扉が自然修復したことには驚かないんですか!?」
シルバは目の前の出来事に仰天しているのに、ドキサとドンドランドは冷静だ。
「魔法かこの屋敷が生きているか……どっちかでしょ。この屋敷に入ってきた時点である程度、覚悟していた話よ」
「それはそうですが、考えるのと実際に見るのでは全然違います!」
「でも、驚くのと冷静さを保つのを両立させないと、長生きできないわよ」
まるで、その扉に興味を無くしたかのようにドキサ達は次の扉を選ぶ。シルバは自己修復する扉が気になるが、今は確かにそれに気を取られている場合ではない。
「さて、お宝探しでもしますか!」
一階には食堂らしき正面の扉の他に、四つの扉がある。
ドキサは食堂らしき扉の右側の扉のノブに手をかける。ショコがカチリッという小さな音を聞いたが、ドキサは気付かなかったようだ。そのまま扉を開けてしまう。
「ドキサちゃん!!」
「え?」
ドキサに向かい一本の矢が飛んできていた。




