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満月の夜にラム肉を・・・

 午後からは、ずーっと貴族の相手をさせられていた俺。名前覚えられんな~。ガンガル将軍からも『後で会う』みたいなこと言われてたけど、どの時間に会えばいいんだ?


 ズンズンと廊下を小走りに案内兵についていく。色んな人とすれ違い、毎度毎度、頭を下げる。こんな生活を続けるなど考えられんな~。途中、リンリル王女とすれ違ったが『頑張ってください』の一言だけだった。が、案内兵が言うには、貴族にですら声をかけることはないとか……。魔力の効果は出てるらしい……すげーわかりづらいんだけど……。


 さんざん、いろんな貴族と話し合い振り回され時間など忘れていたが、そろそろ夕食の時間のようだ。今日のメインディッシュ……キセイオンに会えそうだ。表向きはデトマスト伯爵の招待だが、これでキセイオンがかかわっていないことはないだろう。

 案内兵も城内は案内するが貴族の屋敷に行く場合は貴族の迎えが来るらしいので、城門前までの案内となる。

 今度は馬車に乗り、デトマスト伯爵宅に向かうことになる。迎えに来たのはデトマスト伯爵家の執事・ガンハーダと名乗る男。

 広めの馬車でその男と対面向かいに座ることになる。まぁ、最悪だ。この男の魔力は異常に高い。

 さきに、探りを入れてきたのは青白い顔のガンハーダ。


「キセイオン様がお食事にお呼び立ていたしましたが、好き嫌いなどありますか?」

「なるほど……すでに招待を出したのがキセイオン様なわけですね」

「大旦那様は体調が優れませぬゆえ、全ての決定権は現在、キセイオン様に移っております」

「そういうことね~。嫌いなものはキノコ類、好きなモノは肉」


 完全に伯爵本人は傀儡状態というわけか。全てがキセイオンの思うが儘の屋敷に向かうわけだ。考えるまでもない。屋敷にいる大半または全部の使用人が魔族だろう。たとえ人間がいたとしても、キセイオンの命令に従うことは間違いない。味方はいないと考えるべきだ。 だからといって、せっかく招いてもらっているお屋敷に行かないのはもったいない。

 馬車のゆっくりとした歩みに揺られながら向かっている。窓から馬車の外を覗いてみるとすでに日は落ちている。ゆっくりとだが、月が登り始めている。今夜は満月のようだ。


 屋敷に着くと使用人が並び、キセイオン本人が出迎えてくれる。なかなかの歓迎ぶりだが、どの使用人の顔色も悪い。まるで死人のようだ……。


「ようこそ、僕の父の屋敷へ。申し訳ないが、父は病状に臥せっているので僕が出迎えさせてもらっているよ」

「父ね~ぇ」

「まぁ、君が考えている通りだと思って間違いはないだろう」


 軽口を叩きながら、食堂へと案内していく。一階の真ん中の大広間を抜けすぐの大扉がそうらしい。二人の美しい使用人が扉を開ける。

 そこでようやく気付く。彼女たちに魔力で覆う行為は通じない。首筋に二本の犬歯の跡がある。すでに根の深いところまで魔力が浸透しているからだ。方法は吸血……バンパイアのとる手法。血を抜き取り同時に女性を魅了する魔力を送り込み、自分の下僕へと変える。レッサーバンパイアとしてバンパイアの同族化となる。階級はハンマ級、バンパイアに使役されるだけの存在だ。この状態になっていては、どんなに魔力を送り込んでも手遅れと言えよう。それにバンパイアもインキュバス程でないにしても魔力で覆い異性を長時間、虜にしておく手段は持っている。

 どうやら勘違いしていたようだ。キセイオンはインキュバスではない。バンパイアだ。この執事ガンハーダもそうなのだろう。キセイオンに会ったことがあるのは舞踏会……夜だった。


 二十人くらい座れそうな食卓、一番奥の上座にキセイオン。出口に近い下座にゼディスが対面で向かい合い座る。相当離れた距離だがこのホールの声は驚くほどよく響く。

 まずは、食前酒が使用人によって注がれる。わずかに黄色がかったワインだ。悪くない香りのワインだ、すぐに喉に通す。


「ほぅ。まさか、迷いなく飲むとは思わなかったよ。君のことだから『毒でも入っている』と疑うと思ったけれど、少し見縊っていたようだ」

「わざわざ、出向いてきているのに、食事の細工を気にするはずもないだろ?」


 嘘です。『そんな手段もあったのか!』と内心ビビった。危ねぇー。だが、この言い方なら毒を混ぜていることはないだろう。次からは気を付けようっと……。


 料理が運ばれてくる。前菜から順に……美人の使用人に美味しい料理。いいところに目を付けたバンパイアだ。羨ましい。


「さて、本題に入ろうか」

「本題ね~。おかげさまで、お前がバンパイアだということはわかった」

「君もそうなんだろう? でなければ、女王たちを手玉に取れまい?」


 どうやら、インキュバスのことは失念しているらしい。もっともこちらもバンパイアのことを忘れていたわけだから、モノ言える立場ではないが……。


「残念だが、バンパイアじゃない」

「なに!?」


 あからさまに、キセイオンが動揺している。どうやらバンパイアだということが前提で話を進めていこうとしていたらしい。


「なら何者だ……」


 明らかに今までと雰囲気が違う。少しヤバそうだ。使用人たちも雰囲気もピリピリしだしている。下手な答えは、この場で戦闘になりかねない。負ける気もしないが、相手の強さもはっきりとは分からない。


「インキュバスって種族を知っているか?」

「インキュバス……だと……。なるほど、そうか! くっくっく、それは悪かった。僕と同じ能力だということでバンパイアだとばかり思っていた。そうか、そうか!」


 大笑いである。勝手に納得してくれた。別に俺が『インキュバスだ』とは言っていないのだが、とりあえず魔族なら想定内の話が出来るということなのだろう。

 メインディッシュにラム肉の骨付きステーキが出てくる。結構な厚みで食べづらそう。飲み物は赤ワイン。キセイオンは満足気にゆっくりとナイフを入れていく。

 俺としては気になるのはキセイオンの強さだ。


 魔族の強さは

 (チュウマ級=ジュウマ級=ハンマ級)<ジンマ級<センマ級<キシマ級<ショウマ級(7魔将)<オウマ級

となっている


「まわりは、ハンマ級がほとんどだが、先程の執事はバンパイア……一つ上のジンマ級。そうなるとお前はセンマ級と考えていいのか?」

「魔階級もさすがに知っているか。当然と言えば当然だな。いいだろう、僕の階級を教えてやろう。僕はキシマ級だよ」

「キシマ……だと!」

「そうだ、君が逆らったところで、僕に勝てると思うかい?無理だろうね。君は相当、強い。それは僕も理解している。だが、君の強さはセンマあたりだ」

「キシマ級ということは、当然、バンパイアロード」


 バンパイアロード……バンパイアたちを支配するモノ。最高クラスのバンパイアだ。弱点はほとんどない。バンパイアに有効とされる銀の武器、日光、ニンニク、ホーリーシンボル、樫の木の杭……すべて無効だ。弱点を見出す方が難しい。ただし、魔法の武器と魔法そのものは有効で一時的に撃退することはできるが、倒すことや消滅までは至らない。夜しか活動してないのかと思ったが、どうやらそれは偶然のようだ。


 さて、インキュバスやバンパイアなら手の施しようもあるが、バンパイアロードなど、どうしたらいいかわからないぞ……。





 どうやら、ゼディスというインキュバスは自分の立場を理解したらしい。センマ級とキシマ級の差は大きい。ちょっとやそっとでは埋まらない。僕が命令すれば彼は引くしかあるまい。

 バンパイアであれば、バンパイアロードの命令は絶対になるのだが、まぁこの際、インキュバス程度なら問題ないだろう。


「状況が理解できたようだな。ゼディス君」


 ラム肉が非常に美味しく感じられる。人の血も大変、美味だが何も血だけ飲めばいいというモノではない。しかもバンパイアロードともなれば、血が無くとも問題はない。只、欲求を満たすための手段の一つに他ならない。

 目の前の男もラム肉にナイフを通している。思ったよりも神経の太い男だ。本来ならキシマ級というだけで動けなくなるものもいる。伊達にセンマ級ではないということか。


「では、ゼディス君。女王陛下たちから手を引いてもらおうか」

「申し訳ないが、出来ない相談だな」

「立場がわかっているのか? それにこの作戦は7魔将のルリアス様、直々のご命令だぞ?」

「ダークエルフの!?」

「ほぅ。そこまで知っているのか。それは意外だ。エールーン王国にいるものがルリアス様を知っているのはわかるが、この辺の者で知っているのは極わずか。どういうことか説明してもらおうか?」


 ゼディスが何か知っている? 7魔将様の存在を全ての魔物は知っているが、現在、どなたが7魔将様かは実際に会った者しかわからないはずだ。少なくとも目の前の男は会ったことがあると判断するのが妥当だ。


「……」


 だが、口を開かない。思案しているようだ。


「キシマ級の僕に対して余裕だな、ゼディス君。僕は7魔将ルリアス様の命を受けているんだよ。答えないならこの場で君を殺してもいいんだ」


 僕には余裕がある。最後のラム肉を口に入れ、味わうように噛みしめ彼の答えを待つ。僕が次に口を開く前に彼が答えなければ殺してお終いだ。


「答えるべきではないと、思ったんだがな」

「僕に対して、先ほどからずいぶんな口のきき方じゃないか?」

「俺も7魔将様から、この国を乗っ取るように言われてきている」

「バカな! すでに僕がその役を仰せつかっているんだぞ! そんなでたらめ……」「アラクネの7魔将様はご存じかな?」

「君はベグイアス様もご存じなのか!?」


 正直、驚いた。センマ級ごときでは7魔将様にはそうそう会えるモノではない。距離があるのもそうだが、大抵がキシマ級以外会う価値もないと思っているからだ。もっとも使用人は別のようだが……。アラクネが7魔将にいると言った時点で会ったことがあるのは、ほぼ間違いはない。どんな種族が7魔将になっているかはほとんど知られていない。無数にある中で偶然、選んだにしては運が良過ぎる。

 続けてゼディスは口を開く。


「ようするに、仕事が重複しているということだ。俺の判断でこの仕事をやめるわけにはいかない。そのことを理解してもらいたい。もし、俺に辞めさせたければ……」

「ベグイアス様に直訴……というわけか……なるほど、君が言い淀むわけも納得がいく。易々と出していい名前でもないしな」


 7魔将の名前が二人でただけで、使用人たちは怯えている。僕が姿を見せただけでも彼女たちは怯えるのだが、7魔将は別格だ。その指示を受けた者が二人もいれば怯えるだろう。


「ここは中央の要だ。ベグイアス様もそう考えたのだろう。いかんせん、7魔将様同士仲がいいとは言い難いので意思の疎通が取れてなかったんじゃないか?」

「なるほど、確かにあり得る」


 納得のいく答えだ。7魔将様同士仲がいいとは言えない。もっとも、魔族同士で中が良いモノが少ないともいえるが、ちょっとしたことで町を破壊するほど争うこともある。


「だが、だからと言って僕が手を引くわけにもいかない。この場で君を殺し手柄を立てる手もある。」

「その場合、ベグイアス様が怒らないとも限らないがな」


 問題はそこだ。絶対に7魔将様を敵に回すことだけはできない。かといって、この男を野放しにもできない。この国の支配をできなければルリアス様に殺される。だからと言って、女王たちにさっさと牙を突き立てるわけにもいかない。そんなことをすれば傷口からバンパイアだと、すぐにバレてしまう。


「早い者勝ちだろ」

「そう簡単にはいかないね。僕も命が惜しい。少なくとも君を殺しておいた方が僕は長生きできる可能性は高い」

「と、言うと思ったよ。なら、手柄はそっちに渡すのはどうだろう?」

「どういうことだ?」

「女王たちは俺が貰うとして、国の主導権はお前がとる……という形だよ。そうすれば、互いに7魔将様の命令に沿う形になるんじゃないか?」

「ギリギリのラインだな。国を操ることがそもそもの目的なわけだから、ルリアス様に殺される可能性が減り、ベグイアス様からも殺されないわけか……」


 確かに、ゼディスと僕にっとってそれが最善の手段のようだ。


「よかろう。君の口車に乗ろうじゃないか」


 ワインを煽る。予想だにしない出来事がいくつか起きているが、この調子なら問題はない。女なんてこの男にくれてやればいい。実質、この国さえ動かせればルリアス様も怒るまい。

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