ドキサの推測
私たちは屋敷を見学している。
エトリックという武防具商人から紹介された不動産ギルドの老紳士ガンツア。タキシードに白髪をオールバックにし、さらに立派な髭がある。身長も高く体つきもしっかりしている。不動産ギルドの人間というよりは、どこかの貴族のようにも見える。
「こちらの物件はかなりよろしいと存じます。ただ、市街に出るのに少々不便ですので馬車をご用意しなくてはなりません」
「たしかに、大きいですし日当たりも良さそうですし、真新しいですし……」
ショコはこの物件の利点を見て回る。ドンドランドは馬車を用意しなければならないという点が気になっているようだ。たしかに、街に繰り出すたびに馬車とは少々仰々しい。だが、お姫様のシルバは『当然ではないですか?』と言い放つ……育ちが違うのか? いや、違うんだけれども……。
すでに今日だけで二件目の物件だ。午前と午後で一件ずつ。ガンツアもよく付き合ってくれる。まぁ、大口の顧客ともいえるが、昨日は三件、今日二件、合計五件。どこもそれなりに優良物件だ。
一件目はドラゴンの資金を使っても、高すぎた。全財産をつぎ込みかねないし、周りが王族ばかりで居心地が悪い。そこから順にランクをさげ三件目あたりが私たちにとってちょうどいい塩梅だった。そのランクを探し出そうとしているのだ。
私が考えているのを見て、ガンツアが何が気にくわないのか尋ねてくる。できるだけ、希望に沿うよう努力してくれているので、こちらとしては助かる。
「ドキサ様。これらの物件以外もまだありますが、大きさや距離、それにだいぶ年季の入った物件など、少々問題があるモノになります」
彼の言っていることは真実なのだろう。嘘を吐く利点が無い。これらの物件はどれも優良物件なのだが、一般人には手の届かない値段だ。そう易々とは売れないから、売れるときに売りたいのだろう。現にショコとシルバはかなりこの屋敷を気に入っている。
「ドキサちゃん、ここがいいんじゃない?」
「なにか、問題がありますか?」
「馬車が問題じゃろ? そんなもん、ワシはお断りじゃ!」
馬車はたぶんどこでも必要になる。王族、貴族と知り合いになろうとすれば……。だから、ドンドランドの意見は却下なのだが、それよりも気になることがある。
「ここが最有力だけど、もう一軒、この本に載っていた物件が見たいんだけど?」
「はい、構いませんよ。どちらでしょう?」
ガンツアはドワーフの身長に合わせ腰を曲げ、私が指さす先を覗き込む。この本を借りたときから、破格の値段で立地も、大きさも申し分ない物件がある。ただ、少し古めかしいが……。
途端にガンツアの顔が青ざめる。
「そんな、バカな!!」
私たちがいるのも気にせずガンツアは叫んだ。何があったのか私たちは理解できずガンツアに注目する。顔色が悪く汗でびっしょりになっている。さらに小刻みに震えている。放っておいても話す気は無さそうだ。
「この家に問題があるのですか?」
シルバもガンツアの異常な様子に競売の対象の家について聞いてみる。帰ってきた答えは意外なモノだった。
「……申し訳ありません。この家は売り出されていないのです……」
ガンツアは胸のあたりを抑え、ゼェゼェと息をしている。そんな様子を見れば否応なしに問題ありの物件だということはわかる。それも、よほど危険なモノなんだろう。どんなところか興味を引かれる。
「その物件はかなり、優良物件だわ。立地も広さも文句なし。さらに価格が安い」
「……さきほども、申し上げましたが……この物件は売り出されていないのですよ」
「ドキサちゃん。売ってないって」
「なら、見に行くだけでもいいんじゃない?」
「ダメです!」
今まで親切だったガンツアが頑なに拒む。さすがに、ドンドランドもショコもシルバも『何かおかしい』と思いだしたようだ。
「なにがあるんじゃ?」
「……」
「確かに今までのガンツアさんと態度が違いすぎますね」
大体、想像はつく。
「呪われた屋敷……」
「!? 何故それを!?」
ガンツアが弾かれたように私の顔を見る。
むしろ、それ以外のイメージが湧かない。ここまでビビって、しかも『あるモノ』が『ない』という理由が思いつかない。ようは、ココに住んだ奴が『死ぬ』とか『行方不明になる』とかよくあるパターンの奴だろう。それなら、値段が安いのも納得がいく。
「ドキサちゃん、よく知ってましたね!」
「流石、ドキサだ!」
「まったくです。感心しました!」
バカにしているのか、本当に感心しているのかわからない。後者だと思われるのが怖い。コイツら本当にわかっていなかったのか? というか、ガンツアのおっさんも驚き方があからさま過ぎるだろう。
「とりあえず、どんな怪奇現象が起こるのか聞こかしら? 場合によっては最高の物件だし……」
ガンツアはしばらく黙っていたが、黙っていても私たちが諦めないだろうと判断したらしい。その判断は正しい。
重い口を開く。
「実は……そもそも、この本にはこの屋敷は載せていなかったんです。ですが、知らぬ間にこの本に載っていました。私たちも、まずそんな場所に屋敷が無いはずなので、確認を取ると書かれている場所に屋敷があるじゃありませんか。これほどの優良物件があるのを見逃していたのだと、勝手に我々は良い方に解釈しました。ただ、値段が気にくわなかったので書きなおしたのですが、知らない間に元に戻るのです。その時、誰かが冗談めかしに『呪われているのではないか』といったのですが、さすがに信じる者はいませんでした。そして、当初の値段でその屋敷を商人に売ったのです。それが我々の知る一番初めの住人でした」
そこで一度、言葉を切るガンツア。まぁ、想像するまでもない。その商人は死んだのだろう。気にするとすれば死因くらいのモノだが、ショコは気付いているのか、いないのか……。
「それで、それで、その商人さんはどーなってしまったのですか!?」
「正確にはわからないのです。我々は売れた物件は本から切り離すのですが、いつの間にか、また本に挟まれ『売り出し』の状態になっていたのです。新規のお客様に聞かれて、我々も『おかしい』と思いました。ですから、そのお客様には『こちらの不手際』とお知らせしたのですが、何度取り外しても本に戻っているのです。ひょっとしたら、前の住人である商人が競売に出そうとしているのではないかと思い、その屋敷を訪ねたのですが、誰もいませんでした。……いいえ、売り出さたときの状態のままと言った方が正しいでしょうか。」
「それから、衛兵に連絡、町中を探したけれども、商人は行方知れずってわけね」
「何故それを!?」
予想通りの展開だ。むしろ驚いているガンツアのおっさんの方が不思議だ。いやガンツアだけじゃなくみんな驚いてるぞ? おかしいぞ、おまえら!?
「ドキサちゃん、いつの間にそんなに調べたんですか!?」
「ふむ、伊達に小隊長を任されていたわけではなかったわけじゃ」
「我が国の小隊長は優秀でよかったです」
駄目だ。コイツら役に立たない。大抵、ボケとツッコミは私とゼディスの役と思っていたが、こう言ったことには無頓着過ぎてついてこられないようだ。もう、コイツらの面倒を見るのも面倒くさくなってきた。私が話を進めよう。
「まぁ、要するに前の住人がいなくなると、その本に『物件』として載るわけね。で、そのページが載らないように焼いたりなんかしたんでしょ? でも、また載ってビビっていると……大体そんなところね。で、今までの被害者はどうなったか、全員分からないと……」
ガンツアのおっさんだけじゃなく、全員で私を奇異な目で見る。いや、想像力働かせろお前ら、この状況なら他にないだろう?
「たしかにドキサ様のおっしゃる通りです。まさか、何もかも思通しだったとは……」
お見通しじゃありません、全部想像ですが……。
「ですから、あの屋敷を『人 喰 い 家』を売るわけにはいかないのです」
「ヤバいですよ、ドキサちゃん!」
「そうでもないんじゃないかな? 冒険者は投入した?」
「冒険者……ですか? 家を調べるのに? いいえ、そんなことはしませんが……」
まぁ、そうでしょうね~。優良物件を冒険者が探索なんて考えもしないでしょうよ。『呪われた物件』ということで、売り出さなければ問題は起きない。もったいないから、調査にお金をつぎ込まないでしょう。
「じゃぁ、この物件を買うわ」
「待てーぇぃ!!」
「ドキサちゃん、気を確かに!」
「イカんぞ! この物件は危険だ!」
三人に取り押さえられる。モガモガと暴れる私。
「すまん、今のは無しじゃ。少し相談させてくれ。明日また連絡する」
「大丈夫ですよ。我々もこの物件を売る気はございません。行方不明になられるのはこちらとしても本意ではありませんので……では、今日はこの辺で失礼いたします」
私が三人を振り払おうとしている間にも、ガンツアは去っていってしまう。見えなくなると暴れる意味も無くなるので大人しくする。ようやく手が離れる。
「さすがに、アレを買おうというのはどうかと思うぞ」
「そんなことないわ、あれはお買い得よ」
「私たちが死んでしまう可能性があるでしょう?」
「まぁ、可能性はあるわね」
「そんな家になんか住みたくないよ~」
ダメだ。コイツら全然わかっていない。
「一からか……一から説明しないと駄目か……」
「どういうことです?」
「推測だが、あの家で恨んで死んだものがいて幽霊になっている可能性が一つ」
「もう駄目だ、ドキサちゃん! 絶望的だよ!」
ガクッと膝を付くショコ。あれ、そんなに駄目か?
「よく考えろ、いざとなったら、ウチには神官が二人もいる。さらに一人は勇者クラス……というか勇者。退治するだけなら問題ない」
「おぉ! 確かに。そこまで考えていましたかドキサさん!」
「というか、シルバもそれくらいは考えて……もう一つは、この屋敷自体が魔族の可能性」
「それは規模が大きすぎるじゃろ!」
「まぁ、それに関しては私も同意だけれど可能性はあるわ」
「どんな魔族なの? 聞いたこともないわ」
「いいえ、聞いたことくらいあると思う。もし、家自体が魔族なら、それはミミックよ」
「宝箱などに化けているという、アレですか!」
ミミックは色々な物体に化けるモンスターである。一番メジャーなところでは宝箱。宝箱を開けようとした冒険者に食らいつくことが有名である。他にも色々なモノに擬態化するらしい。詳しくは知られていないが、剣や盾、壁や床などもいるらしい。肉食で主に冒険者を狙っている。
「そんな大きなモンスターなら倒せないんじゃないですか!?」
「『倒せない』? ご冗談を!? 私たちが倒さなきゃならないのは7魔将なのよ。それを考えればこれくらい倒せないのは問題でしょ?」
うぐっ、とシルバは言葉を詰まらせる。私の言葉に納得する。修行相手としては少々、未知の相手だが7魔将自体未知なのだから、ちょうどいいともいえる。少なくとも霊体でもミミックでも7魔将より強いということは考えられない。
この場に留まる意味は無いので『真珠の踊り子亭』に帰る道すがら説得を続ける。
「百歩譲って、ミミックはいいとしよう。じゃが、霊体はゼディスかシンシスがいなければ話になるまい? ゼディスは忙しいし、シンシスはエルフの森じゃぞ? ワシらだけでは手に負えまい」
「いいえ、そんなことはないと思います。魔法の武器なら傷つけられると聞いたことがあります」
ショコが異を唱える。そうか……霊体は魔法の物品で倒せるのか……そこまでは考えてなかったが、それならそれで良し!
「しかし、その魔法の武器はどこにあるのじゃ?」
確かに、そんなモノ持っていない。もっとも屋敷を手に入れたら、どこかに買い物に行こうと考えていたが順番を逆にしなければダメか?
「それならアルスの剣があります。それに私が一時的なら魔法付加の呪文が唱えられますからダメージを与えられるのではないでしょうか?」
「そういうわけよ。」
「なるほど、ドキサはそこまで考えておったとは……」
全然考えてなかったけどね。結果オーライ!
私たちの明日の物件探しは謎の『人 喰 い 家』と対峙し、退治することとなった。




