見るは背景、光の軌道
見るは背景……セニードランドロー。
ゼディスも何が起こっているのか、なかなか理解できなかった。セニードランドローを使用してみると、自分が動こうとしている先に光の軌道が見える。そこに手足を持っていけば綺麗にダンスが出来る。
ちょっとした体感ゲーム感覚だ。
次から次へと光の軌道が現れ、手足、身体、頭をその通りに動かしていくと、今必要な最も効果的な行動が取れるのである。そして光の軌道が消える前に体を動かせなければ、失敗または効果が薄い。時間が経てば放っておいても、次から次へと新しい光の軌道が浮かび上がる。
眼に魔力を込めているのも疲れるが、光の軌道を追いかけて身体を動かすのが、肉体的にも精神的にもかなりシンドイ! 特に慣れていない身体の動きは筋肉に余計な負荷がかかり、無理矢理動かすと攣りそうだ。
しかしその光の軌道さえ追いかければ、今のようにパーフェクトなダンスも可能だし、黒豹ガンガル将軍のように的確な攻撃や回避が可能となるわけだ。
おそらく、もっとも負担がかかっているのは脳。これだけ的確な行動先を示すためには長時間使っていると危険だということは想像に難くない。
完璧なダンスをこなし終えると、会場からは拍手喝采。スタンディングオベーション……立食パーティーなのでみんな立ってるが……。物凄い反響だ。ゼディス本人はかなり手一杯。頭は痛いし身体も痛い、光の軌道を追いかけているだけで精神まですり減っている。
ゼディスがリン女王の手を引き退場しても拍手が鳴りやまない。リン女王もしきりに賞賛し続ける。
「素晴らしいです、本当に素晴らしいですわ。これほど上手に踊れる者を私は知りません! しかも初めてなど、到底、信じられませんわ。どこかで練習なさっていたのではありませんか?」
そう思っているのは、リン女王だけではない。貴族たちもべた褒めである。まぁ、それだけのダンスを踊らされたのだから、当たり前といえば当たり前ではある。しかし、できれば二度とあんな必死に踊りたくはない。セニードランドローはきつ過ぎる。
キセイオンは悔しいそうな顔をしているが、その姿を見ているのはゼディスしかいない。他の者はAランク冒険者ゼディスに視線が集まっている。
ゼディスは本来なら、肩で息をしてベットで休みたいところだが、何でもないようなふりをする。
「ダンスは苦手でしたが、女王陛下のリードのおかげで上手に踊れたようで安心しましたよ」
実際、女王のダンスの腕前は相当なモノのハズだ。舞踏会の主催もそうだが、どんな貴族でも女王を招かない舞踏会はないだろう。……下級貴族はわからないが、招待くらいはするだろう……どれだけの回数をこなしているかわからない。
だが、少し思わぬ方向に事態が動き出した……ダンスが出来ることで、ゼディスが舞踏会常連だと勘違いされたようだ。Aランク冒険者で国から何度も舞踏会に呼ばれ、ひょっとすれば貴族階級があるのではないかと誤解され始めている。
先ほどまで気にも留めていなかった貴族も、挨拶に訪れるようになり『自分の娘とダンスを……』というモノまで現れ始める。さらに、積極的な貴族のご令嬢も、自らゼディスにダンスを申し込んでくる。せっかく、貴族の令嬢に魔力を注ぐのをやめてまでダンスを避けようとしていたのに、無駄になっている。
(こんなはずじゃなかったんだが……どこで、間違えた?)
なんとか、貴族に挨拶することでご令嬢とのダンスを避ける。あいさつに来る貴族が増えたことは多少救いになっている。
リン女王は、もう魔力を注がなくとも、しきりにゼディスの自慢話を繰り広げているし、それに誰も異論を唱える者もいなくなってしまっている。
(ダンスの力すげーな……少し侮ってた。これだけで、ある程度、貴族の優劣がかわるだろ!? だけど、キセイオンにも一泡吹かせたし、出来ればこれ以上はダンスをしなしたくない……)
などと、考えていた。『挨拶しなければならない』という口実で、他の貴族のご令嬢とのダンスは何とか避けていたが、思わぬところからダンスの誘いが来た。無表情で……。
「踊ってください」
これは、断れ無さそうだ……しかも、セニードランドローを使わなければならない。
誘ってきたのはリンリル王女様。
まわりの貴族どころかリン女王も、リンリル王女から男性をダンスに誘う所を初めて見たらしい。キセイオンですら、彼から誘ってようやく踊ってもらっているとのこと。さらに、キセイオン以外の男性は全て、完全にシャットアウト! 満足に話すことすらできないとか……。
「もちろん、喜んで……」
ぶっちゃけてよろしいでしょうか……。体がキシキシいって、オイルでも挿さなければ、まともに動かなそうなんですけど……。仕方ないので、オイルの代わりにオーラを使い、セニードランドローの複合技。気のせいか、戦闘より色々、大技を使っているような?
リンリル王女は言葉には出さなかったが、陶酔しているような目でゼディスを見ているような気がする。握っている手の体温が上がっているのがわかるほどだ。キセイオンの悔しがる顔が目に浮かぶ。
キセイオンは魔力で覆っているはずなのに、ゼディスが突然現れて、トンビに油揚げをさらわれたような気分だろう。
会場は大いに盛り上がった。新しい候補者は上流貴族、王族に受け入れられ、拍手で幕を閉じた。
王宮に泊まっていくことも進められたが、ゼディスは宿屋『真珠の踊り子亭』に帰ることを選択した。とてもじゃないが、体が痛くて寝ている間も唸り声を上げそうだ。休日に久しぶりに運動したお父さんの気分だ。
城内の門から出ていく際には大勢の兵士やメイドに見送られ、お土産も持たされた。事情を知らない門番が、キョトンとした顔をしている。
「アホ面のAランク冒険者だよ」
「……? ……あぁ!? あの時のアホ面!! 何がどうなってる?!」
「また明日、来るかもな」
「ま! まさか、お前みたいな奴が受かったのか?」
「さぁ? まぁ、いい記念になったよ」
フラフラとした足つきで、ゼディスは岐路に就く。
『真珠の踊り子亭』に着くと、ソファーに横になって本をペラペラめくっているドキサが挨拶する。
「ん~。おかえり~」
「ただいま? 何だその本?」
だが、その話よりもショコがすっ飛んできて、ゼディスに体当たりしながら挨拶する。
「お帰りなさいませ! ゼディス様ぁ!! 今日は色々大変だったんですよぉ! 聞いて、聞いてくださいっ!!」
「あらあら、ゼディスさんが白目剥いていますわよ、ショコさん。」
やんわりとシンシスが注意している。が、ゼディスが危ない!
危うくあの世行きになりかけたゼディスをドンドランドが心臓マッサージをして一命を取り留めた。
「気を付けてください、ゼディス様! いつ何時、敵が襲ってくるか分かりませんから!」
「襲ったのはショコ、お前だ!」
「今のはそうだが、今日はワシらも襲われたんじゃ」
「襲われた?」
今日の襲撃事件の話をエイスから順に話していく。ダークエルフのこと、ワーボア&オーガ、そしてまたダークエルフ……みんながゼディスに心当たりがないか尋ねる。
「もちろんある!」
「アンタのせいか、やっぱり……」
ドキサはさも『コイツ以外いない』と言った感じで、ゼディスを頭の天辺からつま先まで何度もジロジロ見返す。
ゼディスは一から十まで話す……ウソ、一から六くらいまで話す残り四割の魔力の事は伏せる。セニードランドローのことは話す。彼女たちに習得させるために……出来るかどうかはわからないが……。
「セニードランドロー……難しそうですね? ったたた!?」
早速、シルバが目に魔力を乗せ同時に目から魔力を出そうとするが、上手くいかず目を慌てて抑え涙目になっている。外の圧力と内側の圧力をほぼ一緒にするのが相当難しい。
エイスも試そうとするが、やはり慌てて目を抑える。
「これは至難の業だぞ。これが出来たとして動きながら使うとなると相当な訓練が必要だ」
やはりというか、出来るのはシンシス。
「あらら、ゼディスさんちょっと攻撃してみてください」
シンシスがセニードランドローを試すのだろうと『ふむ』と頷いて、剣で素早い突きをシンシスに向ける。鋭いがセニードランドローを使わなくても避けられるだろう。
だが、ゼディスが考えるよりも遥かに大変なことになる。
シンシスは右手で剣を払いのけながら、反撃に繰り出した杖がゼディスの喉元に突き刺さり、吹き飛ぶ前に左蹴りで横の広い場所に飛ばされる。
「うわっ!!シンシスさん、それやり過ぎ!!」
「あらあら、私の想像以上に派手になりましたね~」
頬に手を当て『困ったわ~』と他人事のように言う。すでにドンドランドが救命班として大活躍!こんな活躍望んではいないが……。
で、シンシスが改めて、セニードランドローのやり方や注意点などを詳しくみんなに説明する。まず、目に魔力を均一化できたとしてもそれだけではダメだ。そこで魔力の構築し脳と直結したり、背景魔力だけを感じ視て流れを組あげたり……。それから、体に無理を強いる指示といっていい。ギリギリの力を脳が判断して、光の起動を出すようだ。それに今みたいに制御ができない。止めようと思った時には、無理に光の軌道を無視しなければならないので精神混乱を起こしかねない。手加減が難しいのだ。
「でも、覚えておいて損はないと思いますよ」
「覚えるのがかなり難しいな。そもそも目から魔力を出すということが、すでに難しい」
ショコ、ドキサ、ドンドランドは目から魔力を出せない。というか、体から魔力を出すという行為すら普通は行わない。魔法を使う者は精霊との語り、神への祈り、魔法構築などで身体から魔力を使用する。その為、シルバ、エイス、シンシスはなんとなく、魔力を身体から放出する方法がわかると言った感じだ。
みんなはオーラやセニードランドローのやり方を話し合う。
もうゼディスは寝ている……寝ている? そうきっと舞踏会で疲れたから、眠たかったに違いない! シンシスとショコはそう言い張って、寝かせてある。その間に、新しい技の練習法などをみんなで考案していた。
(キセイオンの話からズレたけど、今日はもういいや……。)
まともに動ける身体じゃないのでゼディスは諦めた。
同じ日の夜、とある伯爵家の一室。広い執務室、大きい机にいくつもの本棚で構築されているこの部屋の持ち主は怒鳴り散らしていた。
「どうなっているんだ! この役立たずどもが!」
怒鳴っているのはキセイオン・デトマスト。その目の前にいるのはタキシードを着た若い男。どうやらキセイオンの執事なのだろう。年のころは二十代半ばくらいにみえる。髪は白髪でオールバックにしている。目つきが鋭く、日に当たっていないのか肌は青白い。
「申し訳ありません、キセイオン様」
感情が一切ない声で頭を下げる。
その姿が、キセイオンの癇に障る。
机の上のモノをまき散らし、その最中に拾った本をドンッと投げつける。
「『申し訳ない』だと! ダークエルフもオーガも使って誰一人捕まえられないだと!」
「しかしながら、彼らの居場所や人数などは……」
「そんなものどうでもいい! 一人も捕まえられないのが問題だ! ボケが!!」
イライラして本棚のモノも引っくり返し、散らばった本を蹴り飛ばす。
「くっそー! 尻軽な女王も王女も信用ならん! どうなっているんだ! 俺の魔力で覆ってあるのに他の男に媚びるなど考えられん!」
「魔法を使っているのでは?」
「そんなもん、真っ先に考えたわ! なら、効果時間があるはずだ! それなのに……まさか効果時間が永久の魅了の呪文が……いや、そんなものがあるはずがない。あるとすれば……」
「キセイオン様と同じ魔力の可能性が……」
先ほどまでとは打って変わって、キセイオンが静かになり考え込む。
「ガンハーダ、念のため例のモノを用意しておけ。俺が失敗するとは思えないがアイツが俺と同じ可能性がある。もし、そうなら厄介だ。最悪の場合を考えて……」
「よろしいのですか?」
キセイオンは何も答えないことでその言葉を肯定する。散らばった部屋の椅子に腰かける。できればこの国を貰い受けようと考えていたが、どうやら一筋縄ではいかないようだ。もし、手に入らないのであれば……。
キセイオンは頬杖をつき、ガンハーダという執事に赤ワインを持ってくるように命令した。




