出来れば踊りたくないんですが・・・
舞踏会に出ていたゼディスは、貴族の娘をかどわかそうと魔力をで覆ったが一人目で中止した。舞踏会場でやるものではないことを悟った。ダンスを申し込まれる……意外な盲点だった。
(そりゃー、そうか……)
その一人目の貴族のご令嬢も『他の貴族の方々にも挨拶をしなければなりませんので……』といって断った。もし、これが多人数になったとして貴族に挨拶回りしていないのがバレたら、ダンスの申し込みの列になりかねない。そんなこと断固断る!
(貴族の令嬢は別の機会にするしかないか……城に入る機会はあるんだ。問題ないだろ)
あえて今じゃなくてもいいだろうという結論。そこまで、ダンスを踊りたくない。いや、たぶん、今なら踊れそうな気もする。中央で幾人かの男女が踊っているのを見た。初めはダンスの面白味が理解できなかったが、時間が経てば上手い下手が多少理解できる。要は曲と合わせて上手く踊れることの達成感が楽しいのだ。
だからといって、ダンスを即興で試してみようと思うほど酔狂ではない。それに、放っておいても向こうから貴族が挨拶してくるので、ダンスをする暇がない。もっともキセイオン以外はあまり興味が無いので、適当に取り繕う。良くも悪くもない程度。その中で腹黒そうな貴族は何人もいた。名前を聞いたが良く覚えていないが、ああいう連中は扱いやすい。
(嫌だけど、思考が似てるからなー。利害が一致しやすいし、下手に正義感が強いとニッチもサッチもいかなくなるんだよなー。もっとも、あっちも『若造目が!』とか思ってるんだろうけど……)
ゼディスの思い通り、どこかの貴族は影で『若造目が! 上手く取り入りやがって』と呟いている。
食事をとりつつリン女王陛下のところに戻る。リンリル王女の姿は見えないと思ったらキセイオンとダンス中。相変わらず嫌味なくらいなんでもできる奴で、ダンスなどお手の物。よくわからないゼディスが見ても頭一つ抜け出ていることは一目瞭然。
(だが、いくらお前が魔力で覆っても、俺の魔力は中だからどうにもならんけどな)
そう思いつつ、リン女王陛下の傍に近づく。さすがに女王陛下だけあって、貴族の誰かしらが言い寄って来る。もちろん、そんな直接的に誘おうなどという輩はいない。護衛も常に四人遠巻きに見守っているし……。そのうち一人はご存じ黒豹の獣人ガンガル将軍。セニードランドローを使ってないことを確認して女王の近くで魔力を注ぎ込む。近くだとやはり注ぎ込みやすい。一番手っ取り早いのは『トランスファー』という直接、相手に魔力を与える呪文なのだが、呪文を唱えるのはさすがに問題がある。
不自然にならない程度の魔力量を女王陛下に入れる……というのが、少々難しい。入れ過ぎると、ゼディスにベタ惚れになる。さすがにそれは不自然だろう。『少ないかな』と思う量でやめておく。足すのは楽だが、引くのは意外と大変なのである。
ゆっくり離れようとしたが、リン女王陛下はゼディスがいるのに気が付き呼び止める。
「意外と近くにいましたね。ゼディス殿。今、アナタの話をしていたところですよ」
嬉しそうに目を細め、少し光沢のある唇を動かし周りの貴族の前で褒め称える。
「真偽はわかりませんが、彼がドラゴンの牙を依頼前に持参していたのは確か。それに実力もガンガル将軍に引けを取らないとか。素晴らしい男性に出会えましたわ」
「はっはっは、その言い方では、リン女王陛下の夫になるのかと勘違いしますぞ」
と、白い顎鬚のある貴族の男性が茶化す。
「あら、そんなつもりはありませんわ」
口元を隠しつつ頬を染め少女のように、はにかみ笑う。その仕草だけで、貴族の男たちを虜にしているようだ。もっとも女王はゼディスの虜になりつつあることには気づいていないだろうが……少し魔力を入れ過ぎたとも、思えないこともない。
「失礼とは思いますが、ゼディス殿は筆記の方はあまり良い点だったとは言い難いようで……」
別の貴族が言った言葉に、リン女王が不快そうな顔をするので彼はたじろいでしまう。やはり、少し多かった。ゼディスがフォローを入れる。
「そうですね。所詮は冒険者です。旅から旅をしているので、グレン王国について勉強不足でした。全く持って情けない限りですよ」
貴族の名前を『限りですよ、○○様』と呼ぼうと思ったが誰だったか覚えていないので、あえて出さなくてもいいだろう。誰だっけかな~?
それに対してリン女王陛下が『それが何か問題でも!?』という態度を取る。
「ゼディス殿ならその程度のことどうとでもなるでしょう。それを含めても合格しているのですから、頭の回転の早さは並々ならぬものだと想像するのが当然でしょう」
さらに貴族を攻めているのだ。ゼディスのフォローが意味をなさなくなりそうだ。すでに彼は申し訳なさそうに頭を下げている。女王陛下がゼディスに少なからず好意を持っていることは、この場だけでも周知の事実になりつつある。
先程の貴族は、なんとか的を反らせたいため、リン女王陛下に提案する。
「あ、あの、女王陛下。ゼディス様とダンスをなさってはいかがでしょうか? そうです! せっかくの舞踏会ですしリン女王陛下もお楽しみになられるべきではありませんか?」
この髭オヤジなんてことを……やりたくないから貴族の令嬢にも魔力を注がなかったのに……と、歯軋りしそうになるが、にこやかに笑って見せる。胃が痛くなりそうだ。
今度はゼディスが飛んでくる矢を他の的に流す番に移行する。
「しかし、リン女王陛下もお忙しいでしょう。これだけの貴族の方々がいらっしゃるのに、私のダンスの相手までしていただいたら休む暇もなくなってしまいますよ」
これは我ながら良い受け答えだ、と自画自賛! ゼディスがキセイオンと一悶着していたり、貴族の令嬢の尻を追いかけまわしたりしている間も、ほぼ仕事といっていい貴族の相手をしているのだ。さすがに休憩したくなるだろう。その休憩を削ってまでスポーツに近いダンスをするまい……という考え。
ところが、ゼディスの考えは甘かった。スポーツは休みの日にやったりする、いわば、休憩の一環ともいえる。
「ゼディス様がエスコートしてくださるのなら、是非とも踊っていただきたいですわ」
リン女王陛下が手を差し伸べてくる。
仕方がないので、正直に話そう。と思ったが、知らぬ間に貴族たちの注目を集めていた……いや、今回の舞踏会の主役はゼディスであり、相手が女王陛下となれば注目しない方がおかしいといえよう。
やむなく、リン女王陛下の手に手を添え貴族たちが空けた道を通っていく。
その間に小声で、リン女王陛下に打ち明けておく。
「今さら申し訳ないのですが、舞踏会のダンスを踊ったことがないのです」
「まぁ、そうでしたの?」
ひょっとしたら、ここでリン女王陛下が上手く引き下がってくれるかと思った。
「でしたら、私がエスコートして差し上げますわ。それほど難しくはございませんわ。足の運びさえ慣れてしまえば……」
足の運びさえ慣れてしまえば……そこが問題のような気がするのは気のせいですか? ため息を吐きたいが女王陛下の前ではと思い『よろしくお願いします』と笑って見せる。
伊達や酔狂でダンスを見ていたわけではない。ひょっとしたら、踊らなければならないこともあるかもしれないと思い確認を怠っていない。
(1・2・3、1・2・3。1・2・3・4、1・2・3。若干、ややこしいな……まぁ、オーラを覚えるよりは楽か。それに相手に足を合わせればいいわけだし……。)
相手に足を合わせるのが難しいのだが、そこは気にしない。
となりに、キセイオンとリンリル王女がやってくる。彼らと踊るのはかなり気が引ける。とくにキセイオンはゼディスが踊れないのを知っているらしい。おそらくダンスの最中に、リンリル王女から聞き出していたのだろう。……やはり情報は重要だ。
「おや、ゼディス殿も踊られるのですか? ダンスは苦手と聞いていましたので、女王陛下に恥をかかせないためにも踊らないのかと思いましたよ」
わざとらしく声をかけてくるキセイオン。
まったくもって、その通りだ。女王陛下に恥をかかせないためにも踊りたくなかった。
「リン女王陛下と踊りたかったのですが、私から誘って良いモノか迷っていたのですよ」
もちろん、強がりである。今から踊らなくていいというなら帰りたい。名前も覚えられない貴族の話に付き合っている方が楽である。
しかも、女王陛下がダンスの輪に加わったことで、曲が一新してしまう。
(曲調が変わったんですけど~。足の運びが一気にわからん……。)
まずは、女王に促されて手を上げる。それから身体を引き寄せ真横に手を伸ばす。女王がゼディスの手を引いていくので力さえ抜いていれば、勝手に誘導されていく。ただ、足の運びは難しい。女王が押したり引いたりして、それっぽくは踊れているがそんなに上手くはいかない。
「大丈夫ですよ、ゼディス様。お上手に踊れてますわ」
気を使って女王が声をかける。まぁ、初めてにしてはそこそこ踊れているのだろう。でも、それっぽく踊れているだけだ。キセイオンなど薄ら笑いを浮かべている。なんとなく、周りの貴族にすら笑われている気がする。完全に被害妄想……だが、苦手なモノを見られているなら誰にだってそうなるはずだ……ハズだ! いや、被害妄想になる!
(魔力は普通の人には見えないんだよな……。なら、試すか)
将軍も魔力を使っていない。この会場で見える可能性があるとすればキセイオンのみ。それなら別に問題はない。右目に目に魔力を乗せる。そのままでは魔力の圧力で目が潰される。同時に目から直接魔力を出し圧力の均一化を図る。ダンスよりはるかに難しい技を使いこなす。
見るは背景……セニードランドロー。
周りで見ている観衆が驚くほど、ゼディスの動きがみるみるよくなっていく。卓越した技術で女王陛下をリードしていく。圧倒されるテクニックに他の踊り手たちも目を見張る。
女王陛下も驚きを隠せない。
「まぁ、ゼディス様!? 本当にダンスは初めてですの!?」
「もちろんですよ、女王陛下。きっとアナタの教え方が上手かったのでしょう」
リン女王は自分が踊っているのか、ゼディスに踊らされているのかわからないが、目の前の男性は一流のダンサーだった。感心すると同時に、リン女王は心も身体もゼディスに惹かれていってしまう。
(なんて、素晴らしい男性なのかしら。このお方ならリンリルを……いいえ、私を……ダメダメ、私ったらなんてはしたない考えを……)
踊りながらも、ウットリとし、淫靡な妄想状態に陥っている。
キセイオンは魔力を視ることはできなかった。だから、ゼディスが突然、ダンスが上手くなったことに驚いてしまう。先程までとは違う、ほぼ完璧な身のこなし。まるで何年も昔から厳しい練習を重ねていたような巧みな動き。
もちろんガンガル将軍も何が起こっているのかわからない。セニードランドローも残念ながら魔力を視る力はない。結局のところセニードランドローでセニードランドローを使っていることは確認できないのだ。魔力を視るということ自体、特殊な例といえる。
この会場にいる全ての人間がゼディスの急激なダンスの上達に驚いていた。全員である、ゼディス含めて……。ただ、ゼディスの場合はダンスというよりはセニードランドローの能力についてと言った方が正しい。
(動体視力を上げる能力じゃないのか!? 何だコレ!?)
想像していた『動体視力を上げる能力』とはまるで違っていた。




