街中の襲撃者
みんなで物件を見て回った後、それぞれ街を見学するために別行動をすることにした。
エイスは繁華街を歩いていた。昼食は一緒に取ったが夕食は各自別に取ることになった。最悪、取らなくとも宿屋『真珠の踊り子亭』に戻れば出してもらえるが、外で食べた方がこの町のことを理解できるだろうと考えた。
それよりも、先ほどから見張られている感じがする。が、気配で人数や、強さなどが掴めない。相当な手練れだと思われる。今まで何度もこの手の出来事はあった。
繁華街を歩く。当然、裏路地に入れば襲ってくるだろう。狙われることに思い当たる節がない。この町にはまだ来たばかりだ。金銭目的の誘拐の可能性もあるが、相手が手練れだということが気にかかる。これほどまでの使い手なら、誘拐などしなくとも雇い手はいくらでもいるだろう。
(どちらしにろ、人気が少なくなるまで襲っては来まい)
買い物はやめておく。襲われたらまき散らしそうだ。せいぜいウインドショッピングを楽しむくらいだろう。それから、食事は酒場に入ることにした。あまり一人では入らないのだが、この町にしばらく在住するなら顔を繋げておく必要があるだろう。庶民が好みそうな店に入る。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
ウエイトレスが挨拶をする。室内は木造で太い四角い柱が何本も立っている。夕方より夜に近い時間。酒場の中はそこそこに繁盛している。冒険者や町人が多い。貴族や王族はいなそうだ。
カウンターに案内される。一人でテーブルに案内されるのは暇な時間しかないだろうから仕方がない。
メニューを渡され、確認していく。
「何にいたしましょう?」
「白身魚のムニエル……この白身魚は何かな?」
「え? えぇーと……少々お待ちください。」
どうやら、何の白身魚かみんな疑問に思わないらしい。今まで質問した人間はいないからウエイトレスも知らないのだろう。とりあえず食べられればいいという考えなのだろうか。
ウエイトレスが聞きに行っている間に、ガラの悪い連中がやってきてエイスを取り囲む。大柄な男とやせ気味の男、獣人ワーモンキー、いずれも戦士風、それと魔法使いらしい男が一人の計四人だ。
「よう、姉ちゃん一人か? どうだ、俺たちと一緒に飲まないか?」
下卑た笑いで大柄な男がエイスの体に触ろうと手を伸ばす。が、片手でその手を逆手に取って、カウンターの上に抑えこむ。
その場にいた戦士風の二人が条件反射で剣を抜く。店内から悲鳴が聞こえる。だが、エイスは大男を構わず押さえつけたまま椅子に座る。
「ぐぐぐっ、は、離……せぇ。って痛っぃいぃ!!」
喋ろうとすると、少し力を入れ腕を絞る。痩せた男が剣をエイスに向けたまま話しかける。
「おい、そいつを離せ! さもなければ切る」
「切る?」
横目で痩せた男を睨み付ける。それだけで男は一歩下がってしまう。猿の獣人も近づけない。周りの客も固唾を呑んで見守っている。
「どーも、すみません。スズキのムニエ……」
状況の分からないウエイトレスさん。
「あぁ、スズキか。悪くはないか」
抑えたままエイスは考えるが、まともにこの店で動いているのはエイスだけ。その状況にさすがに悪いとエイスも思ったのだろう。大男を床に転がす。
素早く立ち上がり、威嚇するように睨み付ける。二人も剣を抜いたままだ。魔法使いは店内では魔法はご法度のため、見守るだけ。
「いや、すまない。別に悪気はなかったんだが、私に触れようとしたように感じてしまって、つい、手が出てしまったんだ。そんなに警戒するな。一緒に飲むんだったか? 侘びのついでに一杯奢ってやろう。好きなモノを選ぶといい」
「くっ!!」
それ以上、男たちは何も言えなくなる。一緒に飲めば、いい笑いもの。かといって引き下がっても笑いもの。切り付けるなど言語道断。それに、勝てるかどうかも分からない。
それに比べてエイスは自由気まま。
「それでは、改めて白身魚のムニエルと白ワインを……」
男たちが手をこまねいていると、新たにローブを着た三人組が入ってくる。
エイスは慌てて立ち上がる。
「申し訳ない。全部キャンセル。ちょっと用事を思い出した。それにお酒を誘ってくれたのに申し訳ないけど、そっちもキャンセルだ」
ローブを着た男たちは剣を抜く。エストック、別名・鎧通し。細く長い剣だ。
「貴様たちが誰だか知らんが、表に出ろ! 店の迷惑になる!」
だが、彼らは一言も発さず、エイスに向かって走り込んでくる。客の合間を縫いガラの悪い冒険者を使い、エイスの死角からエストックの先だけが、的確に狙い澄まし刺しこまれる。
ギリギリのところで避けながら出口へと向かうが、そこにはすでに一人男が立ちふさがり何やら呪文を唱えている。
「魔法使いか!?」
出口がふさがれ、咄嗟に窓を割ってエイスが外に出る。こんなことなら、初めから店になど入らなかった。人目があるところなら手を出さないと思ったが、どうやらそんな生易しい連中ではないらしい。このまま大通りで剣を抜き人目を集めるか、脇道に入って人目を避けるか、どちらが正しい選択かわからない。被害が大きいかもしれないが、大通りで闘うことにした。
彼らが出てくるところに、まずは炎の矢を射ち込む。彼らは大通りで闘わないだろうと判断していたらしい。彼らの裏を取る形になり、先制攻撃が聞いた。この間に、誰か衛兵を呼んでもらえれば助かる。
目の前で一人よろめいているのに、まったく気にも止めず、エストックを抜いている二人組は左右に分かれて、攻撃を仕掛けてくる。
(上手いな、的を絞らせない気か。訓練を受けているな)
右から来たエストックがエイスの髪の毛を掠める。数秒差で左からもエストックが襲ってくるが、エイスは手で抑える。手の平から血が噴き出すが、まるでお構いなしだ。
驚いたのは左から襲ってきた男。まさか手掴みで、剣を抑えるなどという暴挙に出るとは思ってもみなかったのだろう。右の男はすぐに退いたのに、左の男は動きが完全に止まってしまっている。そのままエイスは近距離で鳩尾に炎の矢を叩き込む。
ガックリとうなだれ、死んだのか意識が飛んだのかわからなくなる。
ローブを剥がすと……。
「ダークエルフ!?」
町人が叫び声を上げる。悪魔に魂を売ったエルフ。
エルフVSダークエルフ
冒険者たちは呆気にとられていたが、すぐに加勢に入る。ガラの悪い冒険者たちも魔法使いと思われた男と闘っている。
大通りで闘ったことが功を奏した。
だが、いったん下がったダークエルフは再び、エイスに向かっていく。油断はしていない。が、ダークエルフはエイスの死角を狙っていた。
炎の矢でやられていたダークエルフの後ろに隠れた。完全な死角。さらに味方のダークエルフごとエストックで貫く不意を突いた攻撃。
しかし、エイスの方が一枚上手だった。エストックが届くよりも先に、初めに倒れたダークエルフごと貫くように数発、容赦なく炎の矢を打ち込んでいた。正面から戦う気のないダークエルフのとる手段などすでにお見通しだったわけだ。
かりにもドラキュラの二つ名を持つ彼女だ。ただ単にフィリップ将軍に着せられた名前ではない。使えるモノならダークエルフでも使う。敵に容赦する義理は無い。
もう一人はガラの悪い冒険者に捕まっている。どうやら、そいつもダークエルフのようだ。四人がかりな上、ダメージを受けていれば捕えるのはそう難しくは無かっただろう。
「衛兵が来るまで猿轡を忘れるな! そいつは自害する可能性が高い。それと死体は触れないように。何かしら身分の分かるものを所持している可能性もある」
何故、狙われたのか理由を知る手掛かりは、このダークエルフたちしかいない。
(とはいえ、おそらくゼディスの方で何かしらあったか……女王の面会なんてすれば、影で動く奴も出てくるか)
エイスはため息を吐いた。
それとほぼ同じくらいの時間。
ドキサはシルバから『オーラ』のレクチャーを受けるため酒場で食事をとっていた。安い店でガラの悪い連中もいたが、大抵はドキサがブッ飛ばし、シルバが止めに入るのだが、最終的にはシルバがブッ飛ばしドキサが止めていた。
食事が終わり、そんな店を後にしていた。
「だいたい、あの連中がいけないんです!」
「いや、シルバは加減を知らないわよ。あれだと、骨が折れるわよ?」
「しかし、ドキサさんも初めに手を出していたではないですか!」
「それはそうなんだけど、加減の問……ん?」
裏路地から大剣・バスターソードを抱えた商人風の小太りの男が慌てて出てきた。
「どうしましたか?」
「奥に魔族が!!」
腰が抜けて、声が上ずっている。
路地裏を見ると、確かに大きな人影のようなものが見える。
「まさか、こんなところにオーガが!?」
ドキサは前に戦ったことのある化け物を思い出し直感的にそう思った。シルバが駆けだす。慌ててドキサが後を追う。
当然だが、外出中でも武器の所持はどこの国でも認められている。そのおかげで二人とも武器は持参している。
「ちょっと、なんで私たちが闘うの? 国の衛兵か自警団に連絡でもするべきじゃない?」
「人が困ってます! 助けるべきです。それにドキサさんのオーラの練習にもってこいです」
「いや、そうじゃない! こんなところに……って、やっぱりオーガか!!」
オーガの間合いに入る前にブレーキをかける。相手は斧を持っている。
「シルバは後ろを! 私はオーガと闘う!」
「後?」
「おかしいとは思わない?」
「なにがです?」
そう言って、シルバは振り返ると、今来た道から先程の商人らしき男が歩いてくる。シルバは彼が逃げるか、衛兵を呼びに行ったと思っていた。
「どうしたんです。早くこの場から離れてください!」
シルバが彼に逃げるように促すと、その男は笑い出す。ドキサが呆れる。
「シルバ……違うわよ。そいつが私たちを裏路地へ誘き出したのよ。」
「そんな、まさか!」
だが、意識して彼の魔力を視ることによって、それが黒だとわかる。急いでいたため、相手の魔力を確認することを怠っていた自分のミスを悔いる。
商人らしき男の容姿が変わっていく。人間の皮膚が割れ、毛深い体が中から出てくる。どうやら獣人らしい。
「生死は問わないから、連れて来いと言われている。」
ワーボア……イノシシの獣人だ。
「あまり変わっていませんね?」
「う、うるさい! 人が気にしていることを!」
「申し訳ありません」
「謝るな! よけい惨めだ!」
ワーボアはバスターソードを取り出す。シルバに切りかかる。小太りの割に素早い振りだ。ワーボアの力をもってすればバスターソードも軽々扱える。シルバは軽くステップして回避する。
ドキサの方もオーガと闘っているが、ゼディスがいないため派手な突撃は控えている。そのため大きなダメージを与えることが出来ない。
シルバがオーラに対するレクチャーを始める。ドキサが呆れる。
「シルバ、余裕だねぇ?」
「この程度なら、問題ないでしょう。まずは呼吸法から入ります。」
「悪いけど、アンタみたいな天才じゃないから、そんな簡単に覚えられない!?」
二人は敵の攻撃を回避しながら、敵を入れ替える。今度はドキサがワーボアを、シルバがオーガに襲い掛かる。ワーボアはドキサの一撃を大剣で受ける。力の押し合いはほぼ互角。
シルバはオーガを倒すべきか考える。ドキサの練習台にしたいので、オーラを伸ばし軽く切り付ける。が、血が噴き出したのはわずかな時間で、すぐに止血していき傷口がゆっくりと閉じていくのがわかる。シルバが考えているより回復力が高い。それでも、気にせず連続で切り口を増やしながら、レクチャーを続ける。
「大丈夫です。わたしも天才ではないようですから……」
「見ただけで、覚えられたのにかよ!?」
「私もそう思いましたが、そんな天才はゼディス様だけです」
「ん? どういうことだ!?」
「私は『それ』としらず、子供のころからオーラの修行をさせられていたのです。いえ、私だけではありません。お姉様やお兄様も……」
ワーボアの横振りの剣をドキサがしゃがんで躱す。間合いを詰めようとするが大剣の戻りが早く、逆に反撃を許してしまい、慌てて飛び退く。
シルバの方がほぼ一方的にオーガを退けている。ドキサが飛び退いたことで再び対戦相手を入れ替える。
「小さい頃から、武道一般はオーラを覚えるための修行だったのですが、そうだとは教わっていなかったのです。ですから、エデット将軍に見せられた時、今までの修行が一本の道のように繋がり、オーラの使い方がわかったのだと思います。ですから、姉も咄嗟にオーラが使えたのかと……。さすがに天才がそんなにゴロゴロしているわけではないでしょう」
「マジで? 王家はみんな天才なのかと思ってたわ。むしろゼディスの方がどこかで修行していたのかと思ってたわよ!」
「そんなわけで、今まで戦争などを経験しているドキサさんならコツを掴めれれば、オーラを習得できると思います」
「それだと、大抵の冒険者や兵士はオーラを習得できそうだけど?」
シルバはワーボアの体力を削っていき、逃げられないようにしていく。ドキサの方はやっとという感じだ。ダメージを与えているのはドキサだが、危険を回避することを先行しているため大ダメージを与えられない。おかげでオーガも回復する。
「私の考えでは、コツを知らなければ一生オーラを知ることはできません。」
「ゼディスはぁー?」
オーガの強烈な一撃で壁が崩れる。当然、大きく間合いを取っているドキサに当たることはない。余裕があるので、チラリとシルバの方を見るとワーボアを足で抑えつけていた。バスターソードは遠くに蹴り飛ばされている。
「彼は天才か、知っていたかのどちらかとしか思えません」
「じゃぁ、知ってたのか……」
「天才という選択肢は、ドキサさんの中ではないんですねぇ?」
「まぁ……ねっ!!」
呼吸を整える。身体の中に渦巻く力の流れのようなものを感じる。全体的な空気が掴める。
「そうです! その感じです! それを斧に乗せてください!」
「なんとなく力を感じるけど、どうやるかわからないわ……よっ!」
だが、どうやるかわからなくとも、どうにかなった。斧にオーラを乗せ何とかオーガを真っ二つにした。
「こりゃー、一朝一夕でどうにかなるものじゃないわ……」
オーラを乗せた一発だけで、精神的にも肉体的にも疲れ切っている。それにどうやったかも良くわからない。
「お見事です。さすがに覚えが早いです!」
「たぶん、違うと思う」
「どういうことですか……?」
「勇者の力? わからないけど……なんか、違う」
ドキサ自身良くわからないが、オーラを使えたのは自分ではない気がした。シルバの方を見ると、ワーボアは死んでいる。
「殺したの?」
「いいえ、自害しました」
「なんか……胡散臭い話になってきたわね」
「同感です。私たちのところだけではない気がします」
ドキサもその意見に頷く。他のみんなが心配になってくる。死体は放っておくか、衛兵に知らせるが悩むところだが、知らせるべきだろう。
とにかく急いで『真珠の踊り子亭』に帰ることにした。




