戦績は互いに譲らず
エールーン王国
少し前までは人間が支配していたが、今では魔族の王国になっている。僅かばかりいる人間も奴隷にされている。
しかし、今、意外なことにエールーン王国は破壊され始めていた。
「あれは私の獲物だ!」
「ルリアスがそんなにご執心なら強いんだろ、ソイツ! 少しは私にも愉しませろよ!」
街中で戦闘が行われている。次から次へと民家が壊れていく。もっとも人間は住んでおらず、廃墟に魔族が住み着いているような形になっているが……。
ダークエルフの炎の矢がゴーレムのゼロフォーに直撃し爆発すると派手に吹き飛び、民家に叩きつけられ、また一件崩壊する。
だが、ゼロフォーは何事もなかったかのように立ち上がると、パンパンと埃を払う。
「そんなお遊びじゃぁ、俺の装甲の一つも壊せないぞ」
「お望みなら、全部壊してやる」
ルリアスとゼロフォーの周りから、魔族たちは出来るだけ遠くへ逃げ出しているが、それでも多数の怪我人が出ている。この地域は半壊状態だ。
ゼロフォーが腕を前に伸ばすと、横が開き小型のミサイルが現れる。それを所構わずルリアスに向かい打ち込む。
「矢の進行を妨げよ! ウインドシールド!」
風の盾はミサイルの進行すら妨げる。一発も掠ることもなく爆風も彼女の周りで円を描くように割けて通る。
徐々に二人の攻撃はヒートアップしていく。互いの遠距離攻撃は町に被害を及ぼすだけで、彼女たち自身に、これといった決定打はない。
それに、この町が無くなったところで、7魔将の誰一人困らない。会議をしたければ新しい国を一つ滅ぼせばいいだけの事だ。
しかし、炎の矢と小型ミサイルの中央に小柄なサイクロプスが割って入った。炎と爆発が周囲を吹き飛ばす。真ん中に位置取ったサイクロプス・スアックが魔法陣の盾を左右に形成して両方の攻撃を防いでいる。
「お遊びは終わりよ。うるさいのが帰ってきましたわ」
その言葉に、ルリアスもゼロフォーも攻撃を止める。
「ベグイアスか?」
「あいつか……テビンバー王国落したのか?」
ベグイアスはアラクネという種族の生まれだ。下半身が蜘蛛、上半身が女性。彼女特有の能力で魔族の兵を作りだし、ジワジワとテビンバー王国に攻め込んでいた。終わることのない魔族の攻撃にテビンバー王国もついに落ち事を悟った。
「テビンバー王国は落したみたいですね。ただし、だいぶ人間には逃げられたみたいですけれども……とりあえず二人とも会議室に来てください」
「俺らが行くような案件があるのか? そろそろ、次も攻め落とす算段か?」
「まだ、三カ国しか落してないですからね。大陸の一割にも満たない。それなのに困ったことが起きました。」
スアックが困るということ自体珍しい。ルリアスが尋ねる。
「何が起こった?」
「転移魔法陣が奪われました。ベグイアスの話では、この辺りは大丈夫そうですがラー王国行きが潰されています。他もいくつか当たってみたようですが、手遅れのようですね。テビンバー王国を攻めつつ、中央近くのラー王国を狙うよう指示していたのですが、兵だけ用意してベグイアス自身は行けなかったみたいです。おかげでラー王国を落し損ねました。」
「誰だが知らんが、メンド臭ぇーことしてくれたな。俺たちの移動手段が制限されたわけか……」
「会議の準備をします。お二人とも出席をお願いします。とくにゼロフォーとベグイアスは行動を共にして魔法陣の生み落しをお願いいたします」
「機動力ある奴が少なすぎるんだよ!」
文句を言いながら、城へと戻っていく三人。その間にもルリアスがその辺の魔族に町の修復を指示する。もちろん、魔族も不満はある。なにせ彼女たちが壊したのだから……死にたくなければ、その不満は顔に出さないことが賢明なことくらいはわかっている。
「ルリアス、アナタの方は?」
「さーな。だが、順調だろう」
ルリアスも遊んでいるわけではない。とある国に魔族を忍び込ませているが音沙汰は無い。便りが無いのは良い便り……と言うわけではない。期待していないと言った方がよい。もっといえば、どうでもいい。成功しようとしまいと……。
ゼディスは苦戦していた。いつものことだが……。
「もう少し早めにお願いします!」
「すみません……」
衛兵に怒られて凹む。
リンリルと話しこみ過ぎてしまった。いや、舞踏会なんてどうにかなると甘く見ていた。
衛兵にそろそろ『時間です』と言われ、意気揚々と行こうとしたら止められた。礼服を着ろと……。
「いや、そんなの持ってないけど?」
「なら、言ってください! 服の大きさは!?」
「知らん」
怒られるのはゼディスが全面的に悪いわけだが……。
そこから、衛兵がテキパキ動く。時間はとっくに過ぎている。まずはタキシードか燕尾服かどちらがいいか尋ねられるが、そもそも違いが判らない。
「適当に、おまかせで……」
お寿司屋さんの要領で! 頭を抱える衛兵。本来ならオーダーメイドで作りたいところだが、時間が無い……否、過ぎている。なのに、なぜ、目の前の男はのほほんとしているのだろう。適当なところから、駆り出してくる。メイドなど手が空いてるものを呼び出す。本当にこいつはAランク冒険者で女王の面会に合格したのか疑いたくなる、が、愚痴っている時間すらない。
まるで、組み立て式のオモチャのように、ゼディスに服をとっかえひっかえで合わせていく。ガキンガキンと音がしそうだ。
鏡の前に立たされて、自分の姿を見ているゼディスの感想としては。
「おぉ、どんどん変わっていくぞ」
ぶん殴りたい……その衝動を抑えつつ頑張る衛兵。
頭に櫛を入れるメイド。なんとか、それらしく整えることができた。
「あはははは、馬子にも衣装とはこのことだな!」
「お前……あなた自身が言ってどうするんですか!」
「優秀で助かった。ありがとうございます」
「いいえ、礼には及びません。仕事ですので。では、舞踏会場へご案内します」
時間は過ぎている。会場ではどうなっているのか衛兵は不安で仕方ない。自分の責任を問われる可能性も高い。しかし、まさか、何の用意もしていないのに王女とずっと話しているとは露程も思わないのが普通じゃないだろうか?
会場の扉前に着くと、仲間の衛兵が小声で怒鳴り付ける。
「何をしていた! 女王陛下が先程からお待ちだぞ」
自分のせいではないが、謝らざるを得ないとと思った時、ゼディスが前に出る。
「まぁ、俺のせいなんで彼は悪くないですよ。ところで会場に入って大丈夫?」
扉の衛兵は今回の主役にそう言われては、それ以上責めることはできない。が、納得いかないのは服を用意していた衛兵の方なのだが……。
会場でゼディスの名前が呼ばれる。拍手が起こる。
扉の前でゼディスが
「マジで? この雰囲気の中いくの?」
「マジです。サッサと行ってください」
厄介者を追い出すように服を着せた衛兵が後ろから押す。
扉の中に入ると、ここは階段の上部の踊り場のようだ。横に女王陛下がいる。否応なしに注目が集まる。女王にエスコートされ階段を下りる。階段の両端には百人近いオーケストラの演奏隊がおり、中央はダンス広場のようになっている。会場にいるのは貴族王族ばかりなのだろう。数百人いるように思える。そして、その人たちを収容しても悠々スペースがある。
拍手の中、色々な人間が小声で喋っているようだが内容まではわからないが、ポジティブに取れないような状況がここにはある。なにせ遅刻してきて、全員待てせているわけだし……。
だが、女王陛下はポジティブに受け取れている。凄いなーこの人……。
「みなさん、ゼディス様を歓迎してますよ」
どうみても、先ほど会った宮廷魔術師などは歓迎ムードではない。
王族や上級貴族の主要メンバーに女王はゼディスを紹介していく。竜殺しとして、しかも大げさに。ゼディスがリンリル王女に脚色したよりも、さらに大きく誇張している。ある程度、主要人物との挨拶が終わると、ゼディスに楽しむように言うと女王は自分の定位置へと戻る。
「愉しむ……って、どうやって?」
立食パーティーのようだ。中央ではすでに何組かが踊っている。とりあえず、飯を食う以外の選択肢が出てこない。ダンスとかない。
貴族のお嬢様方もいる。そっちを楽しむ方法もあるなーと思ったが、魔力を伸ばしたが慌てて戻す。
(魔力で覆っていない?)
女王と王女は魔力で囲んでいたのを思い出した。それなのに貴族の令嬢にはそれがない。それにひょっとしたら、キセイオンは魔力を視ることが出来るかもしれない。そう思うと下手な動きが取れない。
(こんなに美人が多いのに手を出していない……だと)
そんなにしょっちゅう手を出しているのはゼディスだけだという考えはない。彼の中では『女が居たらまず魔力』が座右の銘だ。そんな彼からすればキセイオンの行動は不可解にも思える。全員が全員、女を見たら魔力を注ぐとは限らないのだが、その辺は失念している。
魔力を送りたいが、キセイオンにはバレたくない。相手が何者だかわからなければ、迂闊に使うことはできない。
(まずはキセイオンを探してみるか……。あれ? さっき女王になんとか伯爵を紹介してもらったような……。)
相変わらず、他人(女性以外)に興味を持たないゼディスの能力のせいで、どこで会ったか、とんとわからない。あいさつ程度はしたはずだが……でも、キセイオンはまだ来ていなかったはずだ。そんなイケメンで怪しい奴なら、さすがのゼディスも覚えている。
そのとき、黄色い歓声が上がる。それだけでキセイオンが会場入りしたことがわかる。
(なるほど……そもそも、魔力で覆う必要すらないのか。)
納得する。
ゼディスは、キセイオンがこちらに向かっていることは、見ずともわかった。相手を知らないで競争しようという人間はいないだろう。
「こんにちは、ゼディスさん」
金髪で少し癖のある髪を方まで伸ばしている。目つきは鋭く瞳はグリーン。年齢は二十歳前後だろうか? 白のタキシードを着こなしている。途中で白ワインを貰い受けたのだろう。軽くゼディスに向かって掲げてみせる。
まーーぁ、様になっている!
「よく、俺がゼディスだとわかったな」
「えぇ、自慢じゃありませんがこの会場にいる人間は大抵覚えています。オーケストラ隊含めて、ね。それに、貴族のご令嬢たちに聞けばすぐに教えて頂けるんですよ」
ワイングラスを左手でボウル部分をもち、左足を前に斜めに、頭だけをまっすぐに構えている。ゼディスから遠くも近くもない一定距離。
「まさか僕以外に女王陛下たちに取り入ることが出来る者が現れるとは正直思いませんでした。どうでしょう? 大人しく引き下がっていただけませんか?」
「それで、俺にどんなメリットがあるんだ?」
「もちろんメリットがありますよ。お仲間がいますよね~。六人……私の屋敷にお招きしようと思ってます。ただ、無事に帰れるかどうかはゼディスさんの答え次第……と言うことになりますが?」
「なるほどな、誘拐か……」
「人聞きの悪い言い方ですね。ただ、お招きしているだけですよ」
「ウチの奴らは貴族のお招きを無下に断る馬鹿ばかりだ、残念だが宿屋で大人しく待っているんじゃないかな? むしろ、迎えに行った自分の配下の心配をした方がいいと思うぞ?」
「ほぉぅ。そいつは楽しみだ。どちらの配下が敗北しているか」
キセイオンは無防備に後ろを向き、貴族の令嬢を引き連れてその場を去っていった。この場で切り付けられないと思ったのだろう。初めは注意していた。話し合いが出来るかどうか判断するまではロングソードが避けられる範囲以上は踏み込まなかった。それに左利きなのだろう、剣を携えていなくとも構える感じに自然となっている。それに比べてゼディスの前から去る時は堂に入ったものとなっていた。
ゼディスは、イヤな可能性を思いついてしまった。彼の持つ自信過剰な態度。自分自身もそうだが部下に対してもかなりの信頼を持っている。それは人間では手に負えないという現れ……。
「7魔将も遊んでないか……」
それにしても、本当に仲間が攫われていたらどうしようかとも考えていた。あんだけキセイオンが自信たっぷりだと少し不安にならなくもない。




