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冒険譚(リンリル側)

 私ことリンリルはゼディス様のドラゴン退治のお話に興味を持ちました。


 ドラゴンという生き物を少々勘違いしていました。私に勉学を教えてくれる宮廷魔術師の一人から魔物のことを聞いたことがありましたが、王族にはあまり必要が無いということで、詳しくは教えてくれませんでした。とても大きな火を噴くトカゲだと考えればよろしいというお話でしたが、ゼディス様のお話とは大きく異なりました。

 私の中では大きいトカゲとは、体長1m前後を想定していたのですが、まさか10m以上もあるとは想像もできませんでした。しかも、火を吐くと聞いていたのに、そのドラゴンは毒を吐くというではありませんか!? ビックリすることが多すぎます。


 そんなお話を途中で分断され、少々、頭に血が登ってしまいました。

 ゼディス様の前で不満を表すような態度を取ったことに後悔しています。お願いしても先程の続きをお話してもらえるか分かりません。後悔先に立たずです。


 とりあえずは、会ってみなければわかりません。聞くだけ聞いてみましょう。そう思い長い廊下を私なりに勇ましく歩き、ゼディス様の部屋の前に来ますと、二人の衛兵が敬礼をします。

 部屋に入ろうとしたら、中から悲痛な叫び声が聞こえます。ドラゴンを倒した人とは思えないような……。中からガリガリと扉を引っ掻いているようです。


「出してくれぇ~。無理……無理だからぁっぁ……」


 何が無理なのでしょう? 衛兵を見て小首を傾げると、衛兵はわかっているのか肩をすくめてみせました。考えても仕方ないので部屋の中に入ってみると、今まさに窓に足をかけ飛び降りようとしているゼディス様を見かけました。ビックリしたのですが、私の表情はいたって冷静です。


 お父様が亡くなった時から、表情は仮面を付けたかのように変わらなくなりました。来る人来る人が嘘をまき散らし、おべっかを使い、領土やお金を巻き上げようとする態度に、心よりも先に表情が死んでしまったようでした。それ以来、人を信じることにも飽きていたのですがキセイオン・デトマスト様に会ってから心を動かされるようになりました。その、おかげかもしれません。ゼディス様のお話にも耳を傾けられるようになったのは……そして、ドラゴンのお話に興味を持てたのは……。


 このまま、ゼディス様が飛び降りるのを黙って見ているわけにはいきません。が、どうやって止めたらいいのか心得がありませんでしたので、見ればわかるようなことを言ってしまいました。


「ここは三階ですよ?」

「大丈夫、足を骨折したら踊らなくてもいいじゃないですか……え? えーっと……」


 私が部屋に入ってきたことも気づいていらっしゃらなかったようで、目を丸くしていました。ココで初めて気づいたのですが、人を驚かせることは意外と楽しいです。

 ゼディス様がまた、飛び降りないようにソファーに座ってもらおうと考えました。ドラゴンのお話の続きも聞きたいですし……。


「まずは、お座りください……違います、床にではなく、ソファーにです」


 今度は私がビックリさせられました。まさか床にお座りになるとは思いませんでした。ゼディス様は私をビックリさせるのが得意なようです。ビックリとは新鮮でなければ起きない現象なので、ゼディス様は私の知らないことを色々教えて下さる貴重な方になるはずです。

 ゼディス様はソファーに座る前に私に飲み物を進めてくださいました。


「お飲み物はどうしますか?」


 飛び降りようとしたり、床に座ったりするゼディス様を見ていたら喉が渇いていました。


「では、オレンジジュースを頂きましょうか」


 果汁の飲み物が欲しいと思ったのですが、ゼディス様は周りを確認しだしました。ひょっとしたら衛兵に頼むのを知らないのかもしれません。

 貴族の客室は衛兵に頼めば大抵の物は持ってきていただけます。食事でも本でも、王宮内で貸し出し可能なモノなら持ってきてもらえます。もちろん、自ら取りに行くことも可能ですが、貴族の方はあまり動くことはなさらないようで……。


「すみません。飲み物を聞いておいてなんですが……どこにあるんですかね~? それとも衛兵に頼むんですか?」

「……。必要なモノは衛兵に頼めば用意してくれます」

「ありがとうございます。なにぶん、お城のことは不慣れなモノでして……。そもそも、言葉遣いとかも不安なんですけどね~」

「そうですね。いささか、行儀のよい喋り方だとは言えないかもしれません」


 確かに、ゼディス様のお話し方は庶民に近い形のようです。ときたま語尾を伸ばしたり、すかしたり、聞く人が聞けば咎められるかもしれません。とくに王族や上級貴族にはそういったことにうるさい方もいます。早めに慣れて頂いた方がゼディス様の為になると思い、忠告しておくべきだと思いました。これからも、王宮にお越しになられるのでしょうから……。


 ゼディス様は内側から扉をノックしています。普通は開いているのですから、珍しい光景です。おそらくこの先、私でもあまり目にすることのない光景だと思います。オレンジジュースを頼んでいますが、少しゴタゴタしているようです。

 どうやら、お城の中は不慣れなようだとお見受けします。だからといって、窓から飛び降りようとするのはいかがなものかと思うのですが……。


 すでにガックリと憔悴しきっているゼディス様。この調子ではドラゴンのお話の続きを聞くことが危ぶまれますが、大丈夫でしょうか?


「あの、お考え中のようですが、よろしいでしょうか?」

「え、あ、はい。……一体、何の御用で会いに来られたのですか?」

「えぇーと……」


 急にドラゴンのお話を聞くことが恥ずかしくなってきました。ただそれだけの為に男性の部屋まで押しかけて、良く考えたらはしたないのではないでしょうか? 一度、私の目的は忘れてゼディス様のお話をしましょう。そうです、それがいいです。きっと何かお困りのようでしたから!


「そういえば、ゼディス様は舞踏会はお嫌いなのですか?」

「え? あぁ、嫌いというか踊ったことがないんですよ。踊り方がわからないのに、無様な恰好を晒すのもいかがなものかと思いましてね」

「でしたら、踊らなければよろしいのではないですか?」

「は?」

「舞踏会と申しましても、社交界的な意味合いの方が高いですから、特に踊らなくとも挨拶をしていれば断ることは可能だと思います。」

「なるほど! 助かります」

「大げさです」

「いや、本当に助かりました。踊るくらいならドラゴン退治に行きたいくらいですから! お城のことなど何も知らなくって、できればこれからも色々教えて頂けると助かるのですが?」


 これは……ドラゴンのお話を聞けるチャンスでは……。ま、まずは落ち着いて深呼吸。こういう時にも表情が崩れないのは助かります。相手に見透かされないということは重要ですから! 


「構いませんが、私からも条件があります」


 さて、どうしましょう。直接、お話し下さいというべきか、少し回りくどい言い方にするべきか。それ以外にもひょっとしたら……ひょっとしたらですが、面白いお話があるかもしれません。それなら、色々なお話をしてもらうように頼んだ方が……。


「お城のことを教えて頂ける条件は?」

「……。」


 いけません。少し妄想に入ってしまいました。何を頼むべきか考え過ぎです。期待値を上げ過ぎても仕方ありません。ドラゴンのお話だけで手を打つべきだと判断したとき、扉がノックされました。どうやら先程頼んだオレンジジュースが来たようです。それで一息つきましょう。お話が聞けるだろうということで、すでに私のテンションが上がり過ぎているようです。もっとも表情には出ていないでしょうが……。


「おまたせしました。オレンジジュースです。……もっとも、俺が運んできたわけでもないんですが」

「ありがとうございます」


 すでに、私の中では白熱した試合運びです。冒険者の方にお話を聞くということが、いかにハードルが高いか初めて知りました。宮廷魔術師の方には簡単に聞けるのに……。

 だいぶ、体の水分が不足していたようでオレンジジュースが非常に美味しいです。ゼディス様もどうやらオレンジジュースを飲んで、落ち着かれたようです。

 では、改めて切り出しましょう。


「お城のことを教えて差し上げる代わりの条件なんですが……先程の、お話の続きを聞かせていただけないでしょうか?」

「先程のは・な・し?」


 ゼディス様が考え込んでしまいました……。ダメだったのでしょうか? ひょっとしたら、みんなの前で披露するためのモノで個人にお話すものではなかったのかもしれません。そう考えると自分は浅はかだったような気がしてきます。城内のことなど私から聞かずとも、他の方から聞けば良い訳ですし……。

 しかし、考えていた理由は別にありました。どうやら、ドラゴンのお話だと言うことに気付かなかったようです。あれほどのお話を誇らないとは……ゼディス様の中では大したお話ではないのでしょうか?


「ひょっとして、ドラゴン退治のときの話ですか?」

「……はい」


 思いっきり頷きました。それは力の限り! 忘れられても困りますので……なにせ、その為だけにここまで来ているのですから、お話していただかなくてはなりません。大体『後から刺された! 続く』で終わらされたら、あとがきになって仕方ありません。しっかり終わらせていただかなくては夜も眠れませんわ!


「どうでしょう。先程の話だけでなく、私の冒険譚をお聞かせしましょうか? ただし、脚色して。」

「脚色して……ですか?」

「そうです。有り体に言えば嘘話です」

「なぜ嘘のお話を?」

「まぁ、理由は色々あるのですが……。まずは娯楽的に聞くのでしたら、そちらの方が面白いからです。あとは、私も全てお話しするわけにはいかないからです。秘密にしなければいけないこともあります。もし、城の外の冒険譚として聞きたいのであれば、差支えないと思います。ただ、後学的に役立てたいというのであれば、脚色しない方がよろしいでしょうね」

「そう……ですか」


 これは、困った問題が発生しました。脚色したものが面白いのでしょうか? 本当のお話だから、自分が冒険しているようでワクワクしていたような気がします。ですが、ゼディス様は脚色した方が面白いと言っておられますし……。宮廷魔術師のような『ドラゴンがトカゲの大きいヤツ』みたいな嘘が入ってきたら、みんなにお話したときに笑われてしまいます。


「とりあえずは、先ほどの話の続きをしましょう」


 ゼディス様が一つの案を出してくれます。ですがもちろん、それは一つの案でしかありません。ここは熟考するべきだと思うのですが……。


「ですが、それは脚色してですか?」

「それは、アナタが判断すればいいことです。世の中、嘘で溢れています。真実を見極めるのも王女に必要な能力の一つですよ」


 なるほど、言われてみればその通りです。全てを信じてはいけません。宮廷魔術師に教えられたドラゴンのように……。別に恨んでいるわけではありません。恨んでませんとも! そう、どんなものか聞いただけで判断しようとした私が間違いだったのです。わからなければ、聞いただけでなく、自分で『調べる』ことが必要です。本で調べたり、実際に見に行ったり……そうです! 実際に見に行けばいいじゃありませんか!


「確かにその通りですね。わかりました。では、先ほどの続きをお願いします」

「あらすじから入りましょう」


 前回までのお話は知っておりましたが、突然『後から刺された』所から始まっても、おかしなことになるでしょうから、おとなしくあらすじから聞いていきます。

 しかし、これまたどうして、あらすじだけでもワクワクしてきます。あれ? 先ほどよりお話が多少大げさになっているような……脚色部分でしょうか? それとも先程、話されなかった部分でしょうか? とにかく面白いので万事問題ありません! このお話の真偽を確かめるため、いずれ冒険に出なければなりません! 仕方ないのです、お母様!


 なんとか悪いシーフも退治され、伯爵のご子息も助かりました。ドードビオ王国に実際にいるのでしょうか? 確かめなければ……!


「何か私も出来そうな気がしてきました」

「では、続きを話しますか?」

「続き? 続くのですか?」

「私の話ですから……私が冒険者でいる間の話は、まだまだありますよ」


 まさかドラゴン退治以外にも、冒険をしているとは! さすが冒険者様です。これはオチオチ、オレンジジュースも飲んでいられません。


「それは、是非ともお願いしたいです」


 ドラゴン退治より前のゴブリン退治のお話。噂には聞いたことがあります。どうやら、ゴブリンは宮廷魔術師が言っていたのと似ているようです。たまには、彼らも本当のことを言うようですが、百聞は一見にしかず! 冒険できる日が楽しみになってきました。


 そういえば、舞踏会の準備をしないといけませんが……まぁ、何でもそつなくこなすゼディス様の事です、大丈夫でしょう。踊れなくとも、何とかなるとお考えのようですから、お召し物の準備も直前でよろしいでしょう。それよりゴブリン退治のお話を優先してもらいましょう。

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