冒険譚(ゼディス側)
監禁されてます。
「出してくれぇ~。無理……無理だからぁっぁ……」
扉にすがりつき外にいる衛兵に頼み込むが、まったく音沙汰なし。居るのか居ないのかもわからない。扉は外からカギが絞まっている。
なんちゅーか、最大のピンチじゃね 舞踏会とか勘弁してくれ~。大抵のことはやる。なんだったら、王様だってぶん殴ってやる! でも、舞踏会だけは勘弁な!
そうだ、窓から逃げよう。
「ここは三階ですよ?」
「大丈夫、足を骨折したら踊らなくてもいいじゃないですか……え?」
後ろを振り向くとリンリル王女がソファーに座っていた。扉が閉まっていく。どうやら今、来たばかりのようだ。
「えーっと……」
「まずは、お座りください……違います、床にではなく、ソファーにです」
何か怒られるのかと思って、床に正座したのだが、どうやら普通に話して良さそうだ。とりあえず、ソファーに座ろうと思ったが、何か飲み物を出すのが礼儀かと思い直し、尋ねてみる。
「お飲み物はどうしますか?」
と聞いてはみたものの、良く考えたら部屋の中がどうなっているのかも知らない。
改めて見直すと、貴族が好きなのか知らないがフリルの多い部屋だ。二部屋ある。奥は寝室、手前が客室になっている。全体的にピンクっぽい色だ。絵画も飾られているが、知らない絵だ。別に俺にも知らない絵は山ほどある。
台所らしきところは無いので、外の衛兵に頼むのだろうか、この場合? 城でのルールがさっぱりわからないぞ?
「では、オレンジジュースを頂きましょうか」
オレンジジュースです! さーどうしたものか……とりあえず、探す? てっとり早く、王女様に聞くべきか? それとも、衛兵にお願いするべきか? 正解がわからないんですが……。
「すみません。飲み物を聞いておいてなんですが……どこにあるんですかね~? それとも衛兵に頼むんですか?」
「……。必要なモノは衛兵に頼めば用意してくれます」
「ありがとうございます。なにぶん、お城のことは不慣れなモノでして……。そもそも、言葉遣いとかも不安なんですけどね~」
「そうですね。いささか、行儀のよい喋り方だとは言えないかもしれません」
きっぱり、切って捨てられてる。あれ~? 魔力で好感度上げてるはずなのに、これって好感度低くない? それとも、元の好感度はこれよりもっと低かったのか?
そんなことを考えつつ、内側から扉をノックするという変わった行為後、衛兵の返事があり注文をする。
「リンリル王女様のオレンジジュースをお願いします」
「お一つでよろしいですか?」
「はい」
「……貴殿の分は?」
「え……あぁ……そう言うことか!」
一人だけ飲み物があると様にならないから『何か頼めば』ってことらしい。気が回らないなー俺。でも、みんなもきっとこんな感じだぜ~。お城の事なんてわからねーって! マジマジ、マジだって!
「それじゃぁ……」
何があるんだ? ヤバい、何もかもわからないことだらけだ。ワインとかがいいんだろうか? それとも王女目の前にしてアルコールは不謹慎なのだろうか? コーヒーなら……コーヒーってあるのか? エール酒か……アルコールだ!
「オレンジジュースを……」
「オレンジジュース、二つでよろしいですね?」
「はい……」
なにこの敗北感? まだ、席にもついていないんですけど……すでに、城の威圧感に負けてる感じがするのは俺の気のせい?
注文したオレンジジュースが来るまでは時間があるだろうから、ソファーに座る。すでに汗だくだ……なんで、これだけで疲れてるんだ……わけがわからないよ。せめて、シルバかエイスがいれば助かるんだが……いや、ショコやドキサさんでもよろしいです。彼女たちだって城の中を行き来しているだろう。ドンドランドは俺と同じ運命しか目に浮かばない。シンシスはどうなんだろう。あいつは勇者だから、城とかいっぱい呼ばれているのだろうか?
「あの、お考え中のようですが、よろしいでしょうか?」
「え、あ、はい」
忘れていたが、なんで俺に会いに来たんだろう? 用事があるわけだ。もてなすことで手一杯で忘れていた。ってーか、それを忘れているのが一番不味いような気がするが、過ぎ去ってしまったものはしょうがない。
「一体、何の御用で会いに来られたのですか?」
「えぇーと……」
そこで初めて言い淀む。が、すぐに話題を変えられてしまう。
「そういえば、ゼディス様は舞踏会はお嫌いなのですか?」
「え? あぁ、嫌いというか踊ったことがないんですよ。踊り方がわからないのに、無様な恰好を晒すのもいかがなものかと思いましてね」
「でしたら、踊らなければよろしいのではないですか?」
「は?」
そんなのがありなのか? 裏ルール? 裏ルールですか、それは!?
「舞踏会と申しましても、社交界的な意味合いの方が高いですから、特に踊らなくとも挨拶をしていれば断ることは可能だと思います。」
要するに無下に断りさえしなければ、O.K.ってことですか!
「なるほど! 助かります」
「大げさです」
「いや、本当に助かりました。踊るくらいならドラゴン退治に行きたいくらいですから! お城のことなど何も知らなくって、できればこれからも色々教えて頂けると助かるのですが?」
そこで、リンリル王女は考え込む。
ん? 考え込む要素があったか? 「はい」の一言で終わりそうだが、ひょっとして「コイツに教えることなど何もない!」とか思われてる? そうだ! 魔力を注ぎ込めばいいんだ。
「構いませんが、私からも条件があります」
ヤバい。魔力注ぐ前に、条件出された。なんだ「婿候補を辞退しろ」とか言われるのか……なんか、最近ネガティブ思考だなー。もっとポジティブに行こうぜ! ポジティブな条件が思いつかねー。
しかし、待てど暮らせど条件を言ってこない。
「お城のことを教えて頂ける条件は?」
「……。」
どうしたものかと思っていると、衛兵が扉をノックする。
まさかもう舞踏会の時間か!? さすがに早すぎだろう。まだ夕方にもなっていないぞ。
「オレンジジュースをお持ちいたしました」
あぁ、そんなの頼んでたね~。忘れとったわ~。そんな精神状態じゃねーんだわ。普段ならもっといろんなことが冷静に対処できるのに、慣れないことがあると、こんなに一杯一杯になるんだなー俺。
「おまたせしました。オレンジジュースです。……もっとも、俺が運んできたわけでもないんですが」
「ありがとうございます」
喋ることもないので、俺もリンリル王女もストローに口を付ける。100%オレンジジュース。
少し冷静さを取り戻す。良く考えたら、踊れなくてもいいんじゃないだろうか? 所詮、冒険者。誰も期待しているわけでもあるまい。それにキセイオン・デトマストを調べるまでの時間稼ぎで、只の咬ませ犬なのだから……。ぶっちゃけ、礼儀作法とか面倒だ。ある程度、それぽけりゃーいいんじゃね? そうなると、リンリル王女から色々、教わんなくともいいぞ?
「お城のことを教えて差し上げる代わりの条件なんですが……」
いや、いましがた、教えてもらわなくともいいと思ったばかりなのになー。とりあえず聞いてみよう。安ければ、それなりに有力な情報になるかもしれないし……。
「先程の、お話の続きを聞かせていただけないでしょうか?」
「先程のは・な・し?」
どの話だか思い出せない。なんか話したっけ? オレンジジュースより前だとは思うんだが……謁見の間での出来事か? リンリル王女様とは話した覚えはないから……そこで、機を引く話となると……。
「ひょっとして、ドラゴン退治のときの話ですか?」
「……はい」
真剣な目で力強く頷く。
そんなに好評だったのか、お姫様にとっては……。だから途中で止められて、ムスツっとしてたわけね。それなら、他の話も面白いんじゃないだろうか?
「どうでしょう。先程の話だけでなく、私の冒険譚をお聞かせしましょうか? ただし、脚色して。」
「脚色して……ですか?」
「そうです。有り体に言えば嘘話です」
「なぜ嘘のお話を?」
「まぁ、理由は色々あるのですが……。まずは娯楽的に聞くのでしたら、そちらの方が面白いからです。あとは、私も全てお話しするわけにはいかないからです。秘密にしなければいけないこともあります。もし、城の外の冒険譚として聞きたいのであれば、差支えないと思います。ただ、後学的に役立てたいというのであれば、脚色しない方がよろしいでしょうね」
「そう……ですか」
そう言って考え込む。
もし、外に出て冒険できる機会があるかもしれないと、脚色無しで聞きたいと思っているのだろうが、そんな機会があるとはとても思えない。そうなると、初めから冒険譚として楽しんだ方がいいのだろう。
このままだと永遠に考えていそうだ。放っておくわけにもいかないので、こちらが主導権を握って誘導していこう。
「とりあえずは、先ほどの話の続きをしましょう」
「ですが、それは脚色してですか?」
「それは、アナタが判断すればいいことです。世の中、嘘で溢れています。真実を見極めるのも王女に必要な能力の一つですよ」
などと、すでに嘘で言いくるめていく。
嘘とは言い過ぎだが、こうでも言わなければ答えのない問題を考え続けてしまうだろう。
「確かにその通りですね。わかりました。では、先ほどの続きをお願いします」
「あらすじから入りましょう」
先ほど話したばかりで忘れているということはないだろうが、突然話しはじめるのも難しいので、順を追って話していく。そうしているうちに、だんだんと話は盛り上がってくる。脚色するつもりじゃなくても、脚色が加わってしまう。こうして、話に尾ひれがついていくんだな~と我ながら感心してしまう。他の国にこの話が伝わったとしたら、たぶんドラゴンは十匹くらい倒したことになっているだろう。
リンリル王女は無表情のまま、コクコクと頷いている。興味あるのかないのか分かり辛い。ただ、わざわざ、ここまで聞きに来ているのだから相当興味があるのだろうけれど……なぜ、無表情。
ドラゴンを退治の話が終わると、リンリル王女は無表情のまま鼻息を荒くしていた。
「何か私も出来そうな気がしてきました」
「では、続きを話しますか?」
「続き? 続くのですか?」
「私の話ですから……私が冒険者でいる間の話は、まだまだありますよ」
「それは、是非ともお願いしたいです」
『是非とも』と無表情で言われると『本当に興味あります?』と尋ねたくなる……が、これが彼女の普段の姿のだろう。
俺は、ゴブリン退治の話から始めることにした。それは想像以上に彼女に好評だった。お城の中では娯楽が少ないのだろう。俺から見ればどーでもいいような話(脚色あり)だが、彼女には手に汗握る冒険譚のようだった。
ただ、リンリル王女が話に夢中で、舞踏会の準備を何もさせてもらえなかったのが問題だった。




