当て馬
鉄甲が砕け散る。
ガンガル将軍に、確実に脆くなっている部分だけを狙われた。
練習場の兵士たちが盛り上がる。ガンガル将軍が勝ったと思ったからだが、そんな単純な勝負ではない。それは、将軍がわかっていた。
「引き分けか……」
パギンッと音を立て、ガンガル将軍の持っていたロングソードも時間差で、真ん中から割れる。会場がどよめく。なぜそのような事態になったのか兵士たちには理解できない。
ゼディスはガンガルを捕えることが出来ないから、オーラを叩き込むチャンスは無かった。だが、防御する際はどうしたって接触する。防御している接触点からオーラを一気に送り込んで叩き割ったのだ。判断が遅ければ、先に鉄甲が砕かれるだけで終わっていた。
「まぁ、いいか。収穫は多かったし……」
オーラを使って引き分けるとは、正直、思っていなかった。ラー王国だけが『対7魔将用の技』を編み出していたのかと思ったら、そうではなさそうだ。ひょっとしたら、どこの国でも新しい技を開発しているのかもしれない。
将軍がゼディスに寄ってくる。
「どうやら、Aランク冒険者でもピンからキリまでいるみたいだな。まさか私と五分五分にわたり合うとは思わなかった。私たちは中隊長クラスを想定していたんだが……。なにせ国が依頼を出す冒険者だからな。しかし、それより遥か上とは認識が甘かったか?」
「まぁ、中隊長もピンからキリまでいますし……」
とくに、貴族の坊ちゃん……という言葉は飲み込んでおく。ラー王国のゴルラ中隊長とか半端なく強いし……。もっとも、あの人は大隊長になれない理由はほかにあるんだけれど……。
「ハッキリ言えば、Aランクの実技試験より、中隊長の試験の方がメインになってる」
「女王様との面会なのに?」
「実のところ冒険者の実力はさほど重視されない。こう言っては何だが、今は亡き王様は武術の方は今一つだった。ただ、そうは言っても女王様に面会するんだ、中隊長レベルは欲しい、というのも嘘ではない。どちらかと言えば強いに越したことはない。それに、面接後、気に入られれば、それなりの実力を試す依頼がまたある。ただ、中隊長は強い奴がなるとは限らない。実力がともなわないモノもいる。たいていは、貴族出だからな」
「ふーん」
中隊長になるにも、金と地位が必要とは……いや、兵を集める人望かも……。
そこに、筆記の結果を詰所の兵士が持ってきた。将軍が確認をしている。実技は問題ないだろうが、筆記は?
「ギリギリだな。とくに歴史と政治が酷い」
「面目次第もない。でも、言い訳させてもらえば、俺はここの国の出身じゃないから、仕方ないと思うわけだ!」
「それで、婿候補にくるな」
「ごもっともで……」
みんな、婿になるためには、この国の勉強をしてくるのが当然だろうな……。
「とりあえず、合格ということにしといてやるが、あまり期待しない方がいいぞ? 我が国の女王様も王女様も面食いだ」
「……それは、どういうことかな~?」
「まぁ、お前も悪くはない。ダメでもガッカリするなっという話だ」
慰めるように、ガンガル将軍が肩を叩く。話を聞くと、この国の貴族の男が一番、婿に近いらしい。超イケ面で、頭もよく実力もある。しかも、女王も王女もゾッコンらしい。さらに現在、Aランク冒険者を破って大隊副隊長。
「じゃぁーもう、そいつが、王様でいいじゃん!」
ふてくされるゼディス。
色々、揃っている貴族にやっかみ!
「ことはそう簡単に運ばないのさ。どうも、そいつが黒い噂が絶えなくってな。女王様、王女様ごとこの国を食い物にしようとしているんじゃないかという話でな」
さすがに、この話は小声になる。
どうやら『婿探し』は建前のようだ。ようするに、その貴族を調べ終わるまで、他をあてがっておいて時間稼ぎするようだ。はじめから、その辺の冒険者を王様にする気など無いわけだ。いや、よっぽどよければ違うのかもしれないが……。
その話はすぐに切り上げられる。壁に耳あり障子に目あり……注意するに越したことはない。それから中隊長を指さし、
「ところで、彼はどうかね?」
「『どうかね』とは?」
自分の話題だと気づき襟を正す中隊長。いままで冒険者を軽んじていた彼だが、ゼディスの力が将軍レベルだと思い、言葉にしっかりと耳を傾ける。育ちが良過ぎただけで、別に悪人なわけではないようだ。
「彼の実力は君から見て『どうかね』?」
「あぁ、話になりません。ぶっちゃけ、中隊長レベルにも達してないでしょう」
酷評だ。ゼディスの言葉に中隊長は歯を食いしばる。
「なら、小隊長に格下げした方がいいかね?」
「今のままならそうでしょうが、彼はガンガル将軍と違って、成長が望めます。中隊長のままでよろしいんじゃないでしょうか。ただ、軍隊の配置が問題ですね。もっと生死を分ける左右に振り分けるか、遊撃隊に配属した方が……いや、傭兵隊の一隊員とするなら、彼の実力なら一~二年程度で大隊長レベルまで上がる可能性はあるとは思いますよ。ただ、どれもこれも、命がけになりますけどね」
「彼の配置位置までわかるほどか……ところで私は成長しないか?」
「いや、将軍の話じゃないし、彼は……ほら、成長期だから?」
先ほどの酷評とは打って変わって、高評価だと中隊長は思ったが、どうやら事はそう単純ではないらしい。
「実は私もそう思ってはいるが、ちょっとお偉いさんの貴族でな……生死を分ける部隊に配置できないんだ。なにか、いい知恵はないか?」
「なんで、俺に聞くんですか!? アンタ、将軍でしょ!」
「いや、まぁ……そうなんだが……」
黒豹将軍は頭を掻く。中隊長はそこで、初めて自分が『箱入り』だったのかと理解し、直訴する。
「ガンガル将軍! よろしければ、貴族ということを考えずに配置していただきたいのですが!」
「そうは言っても、お前さん侯爵の息子なんでね。おいそれとは、危険な場所にやれないわけだ」
「ですが、それで私の実力が上がらないのであれば……」
「上がらないわけじゃない。上がり方が遅いだけだ。……まぁ、今度考えておく。まずは、このゼディスという男を女王様に面会させなけりゃならないからな」
将軍は中隊長を無理矢理、引き下がらせる。だが、彼の思惑の内なのだろう。ゼディスは『ダシ』に使われたに過ぎない。中隊長のやる気を引き出せるのを見越しての事だ。ため息を吐きたいのはゼディスの方だ……。
「もう、そろそろ女王陛下に合わせてもらってもいいですかね?」
「そうだな。俺が案内してやる」
「将軍自ら?」
「不服か?」
「暇……なんっすか?」
「バカ言え! 超忙しい!」
将軍は中隊長以下に、それぞれの持ち場に戻るよう指示を出し、ゼディスに城の中を案内する。のんびりしたものだ。本当に忙しいのか、この将軍……?
ダラダラ、中庭とかを自慢されながら歩き、話をする。
「大隊長とかって、どーやって決まるんですか?」
「昇進か、死ぬか、引退したら、そこの副隊長がなる。大隊副隊長は、中隊長の実力があるモノが入れ替わりだ。軍団長は基本、将軍、または王子がなる。将軍は大隊長で将軍以上の功績を上げたときに入れ替わり、将軍は入れ替わった時点で引退しかない。」
「それだと大隊長になるのが難しいですね?」
「まぁ、まず、入れ替わりが無いからな。それに将軍以上の功績も上げるのも難しいだろう。だが、兵士の数は有限だから、国土が広がらない限りは、新しい軍団は作らないので当然だ。要は戦争が起きれば将軍は増えるか減る可能性があるがな……」
だけど、この辺は争いが少ないらしく、まず、戦争は起きないだろうと言っていた。エルフの王国が同盟国としてある以上、他国もそうやすやすと攻め込めない。ただし、こちらから、攻め込めばエルフの王国は同盟を破棄するらしいので、こちらからも攻め込めないらしい。
「大変ですね~」
「あぁ、大変だ。とくにエルフの王国とは絶対にことを構えたくない。剣も魔法も弓も超一流だ。負ける……とは言わんが、勝てる気もせん」
「まぁ、魔族が攻め込んできたときは、同盟国だからいいじゃないですか」
「そこまで、知っているのか」
「このあたりなら、それくらい噂は聞きますよ」
ドードビオ王国よりもエールーン王国に近い場所にグレン王国は位置している。ドードビオの葉巻ハゲ伯爵が知っているくらいだ。ここで噂を聞いてもおかしくないだろう。
「確かにな……」
「それに、7魔将にも会いましたから……」
「なに!? 7魔将に会っただと!?」
「えぇ、知らせておいた方がいいと思いまして、ココに来た理由の一つですよ」
本当に知らせようと思って来ていた。ただ、誰でもいいから話せばいいというわけではない。牢屋に閉じ込められた苦い記憶もあるので、ある程度、実力を見せ、信用できる人間に話すことを心掛けた結果、今のような状況になっている。
「大勢に話すのは混乱の元にもなりますしね」
「信じられん……」
「100%、7魔将だ……とはいいませんが、ほぼ間違いないと思いますよ。とりあえず二名、会ってます。一人はダークエルフ、もう一人はアラクネでした。まぁ、信じるも信じないも、ガンガル将軍次第ですけどね」
「混乱目的で、そんなことを言うなら、十分な効果が期待できる話だからな……易々とは信じられない」
「ラー王国が襲われましたよ。いきなりそんな離れた場所を襲えることを考えたら……もっと7魔将はそこにはいませんでしたが、彼女らが用意した可能性が高いでしょう。早馬を出して確認するといいと思います。もし7魔将が本当にいるとしたら準備を怠らない方がいいでしょうからね」
「すでに、いくつかの王国が潰れている可能性がある……連絡が取れなくなっているところもあるから、わずかばかり、お前の話に真実味が増すわけだ」
ガンガル将軍の顔色が良くない。まぁ、こんな話されて血色がよかったら、どんな精神状態か知りたいところだ。
「とりあえず面接を、成功させろ。もう少しお前の話を詳しく聞きたい。面接が成功すれば城内をある程度、歩き回れる許可が出るからな」
「成功させろ……って無茶なこと言いますね~。なんか、お土産とか持ってきた方が良かったですかね?」
「多少のことは大目に見る、何とかしろ」
「どうしろとー……」
まぁ、なんとかしますけどー。と心の中で思うが、口に出さない方がいい。しかも、大目に見てもらえるのだ。ひょっとしたら、さっきの『セニードランドロー』とかいう特殊な眼で魔力が見れるかもしれないので、その申し出はありがたい。まぁ、わざわざ、面接ごときで、あんな大層な技を使うとは思えませんが……。
そんなわけで、城の中を行ったり来たりは、お決まりのようです。練習場からだと、正門から入らないので、入り組んだ道を通ることになるらしい。
作りはラー王国とは違い、全体的に四角い……バロック様式の作り、だいたいの出入り口がアーチ形になり、広さや重厚感が半端ない。色は金を主体にしているようだが、実際に金を使っているわけではなさそうだ。柱や壁の細かい装飾がドワーフ泣かせな作りをしている。
「誰が作ったん?」
「ブガイⅠ世だ。ちなみに女王様の亡き夫がブガイⅢ世。歴史に疎いと婿候補に残れんぞ?」
「どーせ、俺は時間つぶしでしょ」
「お前に限らず、例の男以外、全員そうだ」
「その貴族の名前を聞いておいても、大丈夫ですかね?」
「キセイオン。デトマスト伯爵の息子だ。キセイオン・デトマスト。事を構えるなよ。お前が出てくるとややこしくなりそうだ。あくまでも時間稼ぎでしかないんだからな。名前を教えたのは、そいつにお前が噛みつかないようにだ。忘れるな。」
どうやら、釘を刺されてしまった。でも、王女も、女王もいい女だったら、そのキセイオンに噛みつく予定! 様子見て……って感じですかね~。
色々な人物とすれ違いながら、謁見の間まで連れて来られる。その間に話しかけられることはなかった。将軍なのに? と思ったが、将軍に話かける方が普通は緊張するから、一般兵や貴族が話しかけてくることは、ほとんどないそうだ。言われてみれば、そりゃそうか。
例のごとく、謁見の間の扉の前には二人の護衛兵が立っている。ガンガル将軍が二人に「女王様へ面会可能な能力を持つ冒険者を連れてきた」と報告する。当然だが、先に連絡兵が来ているため、確認が取れているので、二人は道を開け声を張り上げ女王、および中な者たちに知らせる。
「ガンガル将軍がAランク冒険者をお連れした模様です!」
ガンガル将軍はズカズカ入って行く。両端には近衛兵が十人ずつ並んでいる。奥の席には女王と王女だろう。あとは宰相、宮廷魔術師……神官らしき人物はいない。将軍が二人立っている。ガンガル将軍入れて三人。獣人は近衛兵にいるが、他はいない。あとは全員、人間のようだ。
女王は美しく、髪は青のロングストレート、年齢は三十半ばくらい?それより若く見えるが、隣に座っている王女から考えれば、年齢はそれくらいじゃなければ合わない。姉妹と言っても十分通用するだろう。そして、王女の方は青髪のツインテールに大きい髪飾りを付けている。無表情だ……。年齢は十代半ばだろう。
ゼディスがジロジロ見ているので、宰相らしき男が咎めるように咳払いをする。
「こほん。えー。ゼディスと申すものか。あまり筆記は得意ではないようだが、実技はそれなりらしいな」
「はい」
どうやら、早速、釘を刺してきたようだ。ただの当て馬だということを……。まぁ、こっちはこっちで好きにやらせてもらうので、全く問題ない。ピエロを演じているようで、彼らにピエロになってもらおう。
ゆっくりとピンク色の魔力を伸ばしていく。




