油断大敵
グリーンドラゴンとの戦いは長期戦となっていた。思った以上に毒のブレスの範囲が広いために迂闊に近づけない。むしろ炎のブレスや、氷のブレスの方が、炎防御や氷防御がある分、突っ込んでいきやすい。
ドキサが『セインヒローナ』をフル活用していく。岩場の壁をピョンピョンよじ登り、ドラゴンの真上の、大きなツララ状の岩を斧で切り落とす。さすがのドラゴンもそれを食らうわけにはいかず、退避しようとするが、岩の方が早く右の翼を折られてしまう。
「グガガガガッァアア!!」
大声で叫び狂ったように爪を振るう。落ちた岩は崩れていくが、そこにシルバが回り込み、崩れた石を拳で叩き出すようにして弾丸に変えていく。
「ブレリアントバレット!!」
オーラを纏わせて打ち出された石は、ドラゴンの鱗に穴をあけていく。
ドラゴンはその石が打ち出されている方向にダメージも構わず噛みついてきた。
「ぐぅっぅううぅっぅ!!」
脇腹を食いちぎられたシルバが、すぐさまゼディスの後ろまで下がり、代りにエイスが前に出て風の精霊魔法で攻撃を開始する。その間にドキサが後ろ足に斧を突き刺す。ドンドランドも回復しており、右側から再び攻撃を開始する。
ドラゴンが一番厄介だと思っていたのはゼディスだった。彼のところに行くと、傷が癒えて再び人間が出てくる、まずはコイツからと思っても、厄介な魔法陣が爪もブレスも受け付けない。
ショコはゼディスの魔力の多さに感心していた。先程から『呪壁の指輪』と回復呪文で、猛烈に魔力を消費しているはずなのに、まだあるのかと思う。だが、ドラゴンの攻撃がゼディスに集中してきたら『呪壁の指輪』が使えなくなるのは明白だった。ゆえに、ショコの中間距離の攻撃は主にゼディスから目をそらすように動くこととなっている。
今度はドラゴンの尻尾の遠心力がかかった一撃がドキサを捕えた。吹っ飛び岩の壁が砕ける。ショコが直線状にドキサを回収しに行く。それの援護に、治ったばかりのシルバがアルスの剣を振るう。
確実にドラゴンを追い詰めていった。ドラゴンに回復手段はない。すでに翼は半分、持っていかれ体の大半から血が流れている。それに比べてゼディス達は、一撃のダメージが大きいことには変わりないが、ゼディスのところまで戻れば回復できる安心感がある。だが、疲労は回復することが出来ない。だんだんと振るっている武器が重たく感じてきている。エイスもシルバも魔法が打ち止めになっている。
ドキサが高いところから飛び降り、渾身の力でドラゴンの頭を狙う。ドラゴンが聞いたことのないような悲鳴をあげ倒れ込む……それは、彼の断末魔の叫びだった。
「やっと、倒れたか……」
エイスが座り込むと、全身に痛みが走り叫び声をあげる。それに続きドキサやシルバ、ショコも身体を抱えるようにして苦しみだす。反動が大きかったようだ。残念ながら、回復呪文は無い。ゼディスの右手同様、それがリスクなのだ。ゼディスがなにか呪文を唱えているが、それは彼女たちではなく自分に対してのようだった。ダメージも負ってないだろうに……。
「おつかれさん。個人的にはもっと早く倒して欲しかったが、覚醒してないにしてはまぁまぁか?」
「お前、ふざけんな! どんだけ痛いと思ってるんだ! 自分治すな! この痛み無くせ!」
ドキサが噛みつく。かなりの激痛が身体の中を駆けずり回っているらしい。
「さー、知らん」
「腹立つぅー。どんだけ痛いかってーと、まるで後ろから剣で刺されて、体の中をかき混ぜられているような痛みなのよ!!」
「へー。……ぇ?」
素知らぬ顔で聞き流そうとしたゼディスだが、腹からロングソードの先が出ている。さらにグルリッと捻られ、血を吐き、その場に倒れ込んでしまう。
「お前も味わった方がいい」
「ゼディス!」「ゼディス様!!」「ゼディス!」「ゼディス!」
何が起こったのか、みんな理解できなかった。そこに立っていたのはBランク冒険者のシーフだった。
ドンドランドが彼の真意を訪ねる。
「何故だ? 何故ゼディスを……」
「一番厄介だからさ。」
「なにを……言ってるんですか……」
ショコもまだ理解できない。後ろの方ではデン、神官ドワーフ、戦士が切り付けられ呻いている。
「わからないのか? 頭悪いなー。簡単だろ? この宝を全て独り占めするんだよ! ついでに竜殺しの称号もいただいておこうと思ってね。普通に戦ったらアンタらに勝てないだろ? でも、魔力もない、立つこともできないアンタらなら、殺すことなんてわけないからな。心配なのは回復されることだけだ」
「それで、闘い終わったばかりの隙が生じるときに、後ろから刺したのですか!?」
「その通りだよ。得意なんだ、シーフってやつは、忍び足がな! くっくっくっく! さて、お次は……あぁ、ドワーフのおっさんが一番まともに動けるか……」
「小僧……舐めるなよ」
「もちろん、舐めないさ。仮にもアンタらはドラゴンを倒したんだ。人質を取らないとなぁ」
ゼディスに刺さっている剣を再び深く刺す。
「ぐあっぁっ」
「コイツまだ生きてるんだぜ? 死なないように刺すことも、お手の物さ。どうする? 武器を捨てるか? コイツを見殺しにするか? 武器を捨てる方をお勧めするね~」
余裕綽々で、ダガーを取り出す。
もし武器を捨てたとしても、この男が全員、殺すことは、まず間違いがない。考えれば単純なことだ……一人の犠牲でシーフを倒せる可能性が格段に上がるのだ。一騎打ちならドンドランドが勝つ可能性は高い。それに、ゼディスとは付き合いが長いわけでもない。たまたま一緒に傭兵をしただけだ。
(そういえば、あのときワシらを逃がすために一人で足止めをしたっけなー。あのとき、ワシらは死んでいたかもしれん。それにダークエルフのときもコヤツがいなければ闘えなかったかのぉ……。情けない話だが、今回だってほとんど回復頼りだったと言ってもいい……)
気づいた時には武器を放り投げていた。自分の意志ではない。自然とそう動いていたのだ。
「くっくっく! いいねぇ! そういう偽善者ぽいバカは!!」
シーフがダガーを振り上げる。しかし、今度、油断していたのはシーフの方だった。ショコがシーフとほぼ同時にナイフを投げた。シーフは横目で確認できたため、回避を試みた。そのため、ドンドランドの心臓を目掛けて投げたダガーの軌道がズレ右肩を突き刺さる。シーフを狙ったナイフは回避された。が、十分だった。
ゼディスから離れたことによりドキサがシーフに斧を振り上げる。
「くっそ! 死にぞこないどもが!!」
腐ってもBランク冒険者、弱っているドキサに後れを取ることはない。袈裟懸けに切る……が、倒れない。シーフは驚き、一歩飛び退くが、それに合わせて血だらけのドキサが間合いを詰める。
「なんで、倒れないっぃ!!」
シーフはボロボロのドキサに何度も切り付けるが倒れず、距離を縮めてくる。
シーフが思っているよりも、ドキサはしっかりと防御と回避を行っていた。ただ、シーフがそれを見逃していた。一度、倒れていた相手だから、簡単に倒せると思い込んでしまっていた。
「待て!! そうだ!! 財宝を山分けしよう! いや、お前が7割でもいい……助けてくれ……いやだ、いやだ、死にたくないぃっぃ」
自分の攻撃が効かないと勘違いしたシーフがパニック状態になり、尻餅をつきロングソードを振りまわす。ドキサはまるで、汚泥物でも見るような目つきで、シーフの鳩尾に蹴りを入れて気絶させた。
エイスは全身の痛みを堪えて、ゼディスに駆け寄っている。ゼディスの状態は良くない。目を覚まさず、血が止まらない。Bランクの神官ドワーフがいたが、彼自身も自分の体を治せないほどなのに、ゼディスを治すことは不可能だろう。その場にある布で止血を試みる。
みんなが身体を引き摺るようにゼディスの周りにあつまる。Bランク冒険者たちを見ている余裕はなかった。
だが、Bランク冒険者たちの方から女性の声がする。
「あらあら、お困りですか?」
白い法衣に金の刺繍、青髪を三つ編みにして後ろで束ねているが、癖ッ毛なのだろう、あっちこっち跳ねている。目つきは細く笑っているように見える。二代目ゼティーナに似ているが、明らかに年齢が違う。彼女より年上で二十代半ばから後半くらいだろうか。
この場に新たな神官が現れる不自然を気にしている余裕はなかった。
「助けてください!! 彼が死にそうなんです!」
その女性神官は弾むように走ったと思うと、すでに目の前にいてゼディスの様子を見ていた。
「あら? あらあらあら?」
なかなか回復魔法をかけない。
「早く止血しないと!」
「そうですね」
シルバに急かされ女性神官はようやく回復呪文を唱える。止血が終わるとそれ以上回復呪文は唱えなかった。
「なんで……もっと回復呪文を!」
「彼の傷は他にありませんよ。そもそも、その傷も勝手に治っていったみたいですし、それに彼は寝ているだけみたいです。放っておいても死ぬことはなかったでしょう。」
「え?……だって、剣で……こう……グリグリと……」
「あらあら、そんなことをされたら、普通は大変なことになっていまいますね?ですが、ある程度、回復していましたよ?」
シルバは唖然としてしまう……何が起こっているのか、わからない。
「おそらくですが、何らかの呪文を行使していたんじゃないでしょうか? リキュアとか?」
考えられる。横でゼディスが寝息を立てている。
「う~ん、むにゃむにゃ……もう食べられないぃ……」
正直、頭を蹴飛ばしたい衝動に駆られる。だが、全員それどころではない。ゼディスが助かったことで疲れがどっと押し寄せてくる。気を失うように、バタバタと倒れ眠りについていく。
「あらあら、見張りも立てないで、こんなところで寝るのは危険ですよ?」
しかし、彼女の声を聞く者はいなかった。彼女は『仕方ない』というように、Bランク冒険者とゼディス達を一か所に集め、出来るだけ平らな場所で眠らせ、火を焚き自分が見張りをすることにした。運がいいことに、食料は近くにドラゴンが倒れているので尻尾を輪切りにして、ステーキとして食べることにした。




