ドラゴンvs神聖呪文『セインヒローナ』
葉巻ハゲ伯爵の息子がいると思われる洞窟を、ショコを先頭に進んでいく。その横をドキサが並んで歩いている。前から順にショコ、ドキサ、その後ろをドンドランド、シルバ、さらに後ろをエイスとゼディスという横二列、縦三列の隊列。
先頭のドキサが緊張しながら周りを確認していく。この洞窟の一番奥にドラゴンがいるだろうから……。
「あの葉巻ハゲの息子がココに入ったのはいいとして、ドラゴンがいると思う?」
「たぶんいますよ。ドラゴンの匂いは嗅いだことはありませんけど、巨大生物の匂いはあります。」
匂いで大きさもわかるのか、とドンドランドが感心している。ときたま通路に戦闘が遭ったことを伺わせるように、ジャイアントビートル、ジャイアントスパイダー、ジャイアントスネーク、ジャイアント……、色々な魔物の亡骸が転がっている。
エイスが時々座り込んで魔物の亡骸を確認する。
「倒してから一日は経ってない。どうやら、追いつけそだな」
「よくわかりますね? どうやってわかるんですか?」
興味本位でシルバが尋ねる。
「魔物の体温や硬直状態、血液の凝固状態などからの判断だ。別に習ったわけではないから、正しいかどうかはわからない。あくまでも戦場での経験だ」
しかも戦場では蛇の類は食料にすることが多い、という話もしていた。だが、ジャイアントスネークが置きっぱなしになっているところを見ると、目的が近いため食料とする必要が無かったか、何者かに襲われ回収できなかったかのどちらかだろうと言っていた。彼女の中では蛇は食べ物らしい……食べないから回収しないという選択肢がないのかということは、みんな黙っていた。
もちろん、ここで葉巻ハゲ伯爵の息子が襲われ倒されていたなら、遺体があるはず。最悪、食べられていたとしても、剣や鎧くらいは残っているだろうから、少なくとも、もう少し進んでいることだけは確かだ。
別れ道を確認しつつ進んでいく。デンのパーティーを探すため、というよりは財宝が無いかを確認している。ゼディスは財宝が見つかったら『帰ってもいいかなー』と思っていたが、勇者パーティーの名前に傷がつくと後々面倒か……と、仕方なく進む。
急にショコが全員に止まるように指示する。微かに震えている。
「おそらく、この先にドラゴンがいます。戦闘する音は聞こえません!」
「やられおったか……辿り着いていないか……どっちじゃろうな?」
「ここまでの道のりは確認してきた。」
エイスの言葉はこの先にデンたちがいるだろうという判断だ。そこから推測するにすでに時遅し……と思ったが、洞窟の大広間に出る手前の右側にわずかな割れ目がある。そこに人が隠れているのが確認できた。
慎重にゼディス達はそこまで移動していく。大広間にはドラゴンの呼吸音が響いている。ゆっくりとすり足で進んでいくと、向こうの人影もこちらに気づいたようで軽く手を振る。
ドキサが近づき、ボロボロのパーティーをいち早く確認し、ゼディスに治すように指示する。
「君たちは?」
赤髪の不格好な鎧を着た少年が尋ねてくる。この少年が何者か判断が付きかねた。良い鎧を着ているのだから普通に考えれば彼がデンであろうが、目つきが鋭く葉巻ハゲの息子とは思えないからだ。が、彼本人が葉巻ハゲ伯爵の息子だと名乗る。
「僕はデアントゴン伯爵の息子・デンです」
「利発そうな息子さんですね~」
ショコが誰もが思っていることを口にする。その前に『葉巻ハゲ伯爵とは似ても似つかづ』と付くが……。
ゼディスがデンのパーティーを治している。ドワーフ神官、戦士、魔法使い、それにデン。息も絶え絶えといった感じだ。
エイスが彼らにここで待つように言う。
「私たちはお前たちを救出しにきた。と同時に、個人的にドラゴンを倒しにも来ている。すまないが、しばらくここで大人しくしていてくれたまえ」
「待ってください。ドラゴンは倒せません! あれは今まで戦ってきたジャイアントビートルやジャイアントスネークなどとはレベルが違う! このまま撤退するべきです!」
デンがエルフの足を押さえる。これまではドラゴンと一戦交えようとしていたデンが、実際に戦ってみたことでその恐ろしさを身に染みて理解した。もう二度と彼はドラゴンと闘うことはできないほど、恐怖に駆られているのだ。そして、その彼の様子をシルバが察する。
「わかります。ドラゴンは人間の手に余る生物です。しかし、それでも私たちはこの試練を乗り越えなければ先へ進めないのです。」
キリッとした態度にデンのパーティーは目を奪われる。そこにいる女性たちが女神のように輝いて見えた。が、そんな幻想を打ち破るようにゼディスはしゃがみこみデンの頭を突きながら話しかける。
「まぁ、ウンなことはどうでもいいんだ。ドラゴンの財宝を頂くのが目的だから。あぁ、お前たちにはやらんぞ?俺らが倒すからな。」
ガツンっ! とドキサに頭をグーで殴られる。
「お前は小悪党か……。確かに財宝も目的の一つだけど、ドラゴンを倒すのは私たちのステップアップに必要だからよ! じゃなきゃこんな無謀なことなんて絶対お断りよ! ったく……。」
「何で殴るかなぁー」
「義父がゴルラ中隊長といったら納得するでしょ?」
「あぁ……。」
納得した。まさか本人の口から聞かされる恐ろしい真実……。なんでゴルラ中隊長の娘なんだろうと思うが今は関係ない。
「それでドラゴンと闘う前に確認したい。種類と色を教えてくれ」
ドキサとゼディスがドツキ漫才を繰り広げている間にエイスが、彼らに確認する。尋問、聴取に関してはテキパキしている。仮にも将軍だったわけだし当然……か? よく考えたら尋問って将軍の仕事ではないような……尋問官か拷問官がやればいいような……尋問は趣味か?両腕を組み、しゃがんでいるデンを見下しながら、エイスが恍惚としているように見えるのは気のせいだろう。気のせいだ。気のせいとしよう。
「はい……ノーマルドラゴンです。色はグリーン……」
デンは震えている。ドラゴンを思い出すだけでも怖いのだろう……エイスの尋問のせいではないと思いたい。
「グリーンドラゴン……ブレスは毒ですね。毒を防ぐ魔法は無いので、回避か、ゼディス様にいちいち回復していただくしかないですね~」
「そうなるか……そうなると俺は戦力外だな。毒と傷の回復にまわる。」
「戦闘はワシとドキサとシルバじゃな? 後衛はショコ、エイス、ゼディスということだな」
ドンドランドが隊列の確認を取ると全員頷く。ショコとエイスは戦闘でも戦えるが前が詰まり過ぎると、攻撃や回避するスペースが無くなりかねないので、後方支援とする。もっともドラゴン相手にスペースは関係ないだろうがゼディスの護衛もかねての考えだ。『呪壁の指輪』は当然ゼディス。回復の要を失ったら勝つことは不可能になるだろうからだ。ピンチになったらゼディスの後ろに引くよう指示しておく。
「例の強化呪文はかけてくれるんでしょ?」
ドキサが言ったのは、ダークエルフの7魔将と闘った時のゼディスの特殊神聖魔法。ショコとドンドランドも思い出す。かなり強力だった。あらゆる点が強化される。もっとも女性にしか効かないのでドンドランドは関係ないのだが……。エイスとシルバに説明する。強化する代わりに呪文が切れると反動があることと、効果の大きさのブレが大きいこと。
「その効果のブレを小さくする方法はないんですか?」
シルバが尋ねる。効果を出来るだけ高くしておきたいからだ。小さかったら目も当てられない。
「まぁ……あるにはあるが……」
「前回も言わなかったわね。そんなに勿体つけるもんなの?」
「そうではないんだが……まぁーなんだ。簡単に言うと『俺を愛しているほど効果が強い』」
「!?」「!?」「!?」「!?」
ドキサの顔が真っ赤になる。
ドンドランドが前回のことを思いだす。
「ショコは確かに強くなった……だが、そうなるとドキサが同じくらい強くなったのは……」
ドンドランドがドキサに殴られ地面にめり込む。
「わ! わすれなさいっぃ!! ってーか、そんな呪文のわけないでしょ!! 私は信じないわよ!」
「お、落ち着いてドキサちゃん。すでに味方を二人沈めてる!!」
ついでにゼディスも壁に埋めこまれていた。
自分の心をさらけ出しているようなものだとシルバも抵抗があるようだ。
「そ……そんな呪文なんですか。それは……恥ずかしいですね……」
「そう? 私はゼディスを愛している。何の問題もない」
エイスがサラリと言ってのける。ドキサもショコもシルバも地面から這い出たドンドランドも驚きを隠せない。
「何を驚いている? 彼は人間にしては優秀だ。エルフにも劣らない。精神力も知識も力も能力も……そんな男を好きにならない方が私から言わせれば不思議だが?」
「ふ……不思議だが……と言われましても……」
ゼディスが壁から頭を外す。ドンドランドが『ドワーフでもないのに、この男は丈夫だなー』っと感心する。ドワーフでもこんなに殴られたら体壊すぞ……と。
「では、女性陣に強化神聖魔法『セインヒローナ』をかけます」
「待って! まだ心の準備がっぁ」
「そ、そうです」
「まさが、そんな呪文だなんて!!」
ドキサ、ショコ、シルバが焦っている。ゼディス、ドンドランド、エイスはニヤニヤしながら見ている。絶対性格が悪い! そう思った時、セインヒローナの呪文が全員に降り注ぐ。女性陣はピンク色の光に包まれる。その光景はデンのパーティーには戦女神に見えた。美しく強さを感じられる。
「どうじゃ? 力のほどは?」
「ま……まぁまぁ、じゃない?」
「あの~、私はバッチリです」
「これは……素晴らしいです」
「これほどまでか……」
ドンドランドの問いに、ドキサとショコは、前回の感触を思い出し余裕があり気恥ずかしそうに答えるが、シルバとエイスはその余裕が無くなるほど力の凄さに驚いている。
さらにゼディスがプロテクトとリキュアを全員にかける。グリーンドラゴンがファイアーブレスは吐かないだろうが、エイスが念のため炎抵抗をかける。
開き直ったドキサを先頭に、陣形を崩さないよう軽く駆けだす。
「さて! グリーンドラゴン戦に行きますか!」
この部屋はドーム状になっているが天井は無い。洞窟というよりは山の割れ目のため、あちらことらに出入り口と空が繋がっているような空間がある。上からドラゴンは出入りしているのだろう。部屋というにはあまりにも大きすぎる。さらに財宝が山のようにあちらこちらに積み上がっている。だが、ゼディス達はそれには目もくれない。ちょっとした油断で全滅する。
グリーンドラゴンの高さは10mを超えていると思われる。侵入してきた冒険者を即時に敵とみなし、まずは試しとばかりに大きく息を吸い込み初弾のドラゴンブレスを吐く!
先頭三人は予想していたので大きく迂回する。ドキサとシルバに至っては、すでにドラゴンは攻撃範囲内。後ろ三人はゼディスが『呪壁の指輪』の大きな魔法陣の盾で防ぎ、その後ろに二人、入る。
ドラゴンはいくら洞窟が広くても、飛んで闘えるほどの場所が無いことは理解している。大きく前足の爪でシルバを狙う。ダメージ覚悟でそのまま前へ突っ込んでいく。それはドラゴンにとっては予想外で引き下がると思っていたために、爪の入りが浅くなってしまった。浅く……といっても、腕の骨に届きそうなほどの食い込みだ。
シルバはオーラで防御力を上げているのに、この一撃だ。が、リキュアのおかげで徐々に傷口はふさがっていく。そしてドラゴンの腹に魔力で長さを出し、オーラで切れ味を増したアルスの剣が炸裂する。
渾身の一撃だが、ドラゴンにとってはかすり傷程度だ。規格が違い過ぎて、長さも切れ味も中途半端になっている。ドラゴンが怒りに任せ、二撃目をシルバに浴びせようとするが、さすがに今度は大きく飛びのいた。
ドキサはシルバの逆の前足を狙っている。シルバが左に引きつけたため、右はまもりが手薄になっている。オーラを使えない分、大振りの力を込めた一撃でダメージを与える。余裕を持った一撃はドラゴンの鱗と肉を切り裂いていく。
ドンドランドは主に、ドラゴンの前を小賢しく攻撃し、すぐに引く。注意をひきつけ攻撃を受けないようにする。強化呪文がかかっていないので、手堅く安全策を取り、ドラゴンの意識をかき乱していく。
ショコは中間距離。短剣で攻撃する。もちろんタダの短剣ではドラゴンの鱗も傷つけられないが……。
「大地付加!!」
エイスがその短剣に大地の威力を纏わせ、セインヒローナで強化された肉体の力で鱗を貫通させる。ドラゴンは目の前の細かい雑魚を倒そうと躍起になっていたが、思わぬ攻撃に怒りをあらわにして、不意を突く毒のブレスを吐き出す。
これを読み違えたドンドランドが直撃してしまい、吹き飛び地面に叩きつけられる。毒のダメージもそうだがブレスは、その肺活量だけで破壊力を持っているのだ。
叩きつけられた後、毒により血を吐き出す。エイスがドンドランドを無理矢理引きずり、ゼディスの後ろまで連れてくる。逃がすまいとするドラゴンがゼディスごと噛み砕こうとするが『呪壁の指輪』でその攻撃を防ぐ。『呪壁の指輪』は左でつかい。骨の右で解毒をドンドランドにかけ、その後、傷を癒す回復を続けてをかける。
デンとBランク冒険者はその様子を見ていた。自分たちが闘った時とはまるで違う。ドラゴンと五分五分に……いや、どちらかと言えば押している。このままいけば彼らが勝つだろうと思われた。その強さは異常だと思えた。自分たちは仮にもBランクの冒険者で実力はそれなりのハズなのに、彼女たちの動きに目が付いていくのがやっとだ。とくに折れた剣で闘っている女性は別格。確実にドラゴンの鱗どころか、肉を削ぎ落していっている。
しかし彼らも理解していた。先程かけた呪文『セインヒローナ』の効果だ……。逆に言えば『セインヒローナ』が切れれば、彼らはお終いだろう……。




