二代目ゼティーナは力を受け継いでいない
葉巻ハゲ伯爵を含め、みんなにソファーを進める少女、二代目ゼティーナ。凄い魔力と慈悲深い心の持ち主。だが、ゼディスは思った……彼女は、初代ゼティーナの力を受け継いでいない。
「私にどのようなご用件でしょうか?」
「じつは……」
と言い出したショコをゼディスが制止する。小首をかしげるが、ゼディスが話すのだろうと言葉を切り、後を任せる。
「大したことではないんです。初代ゼティーナ様が眠られているのは、この神殿ではありませんね? 本当の場所はどこか教えて頂けませんか?」
「……。それは、答えられません」
その回答に一番びっくりしたのは葉巻ハゲ伯爵ことデアントゴン伯爵だった。
「な! なんですと! 初代ゼティーナ様はこの神殿に祀られておるのではないのですか!?」
「それにもお答えすることはできません。あなたはなぜそのようなことをお聞きになるのですか?」
若いゼティーナは真意を確かめるようにゼディスを見つめる。
「7魔将と闘おうと思いましてね。ゼティーナ様のお力をお借りしようと思いましたが……」
「あいにく私は忙しいので、アナタたちと行動を共にすることはできません。ですが、7魔将と闘うというのであれば、我々は惜しみなく力をお貸ししましょう」
「まままままっ、待ってくださいぃい!! 7魔将なんて昔の話じゃないですかっぁ!!」
葉巻ハゲ伯爵が慌てふためく。そういえば、この辺はまだ魔族の脅威にさらされていないのであろう。だが、伯爵の慌てふためきようからすれば魔族がエールーン王国を滅ぼしたことくらいは知っていそうだ。仮にも伯爵だから、その程度の情報はそろそろ入っていてもおかしくないかもしれない。
そんな、葉巻ハゲ伯爵の言葉は聞き入れられず、ゼティーナは話を進めていく。
「そのことにつきましてはわかりましたが、初代ゼティーナ様の祀られている場所を探している理由とは噛み合いません」
当然だが、葉巻ハゲ伯爵がいるのに『アナタは初代の力を受け継いでいない』なんてことを言えるわけもない。言葉は慎重に選ぶ。
「探しているんですよ。7魔将と闘うために、初代が使っていた武器などを……」
「なるほど。たしかに、この神殿には初代ゼティーナ様が使っていた武防具は祀られていません。出来れば私自ら、アナタたちとともに7魔将と闘いたいのですが……」
二代目ゼティーナがソワソワしだす。心なしか息が荒くなっているような気がする。が、ゼディス以外の人間はそれに気が付かない。二代目ゼティーナさえも……。もしこの場にシルバがいれば、何かしら言っていたかもしれない。ゼディスの魔力がゼティーナを包んでいることを……。
すでに、二代目はゼディスに好意を持ち始めている。だが、人生経験も少ない彼女は自分の感情がなんなのかすら理解できていない。
「そうですね……。7魔将と闘うというのであれば、こちらも何かしらの……」
「まっ! 待ってください! ゼティーナ様! 今回は息子の救出の依頼での話です。そんないるか、いないかわからない7魔将のために、こんな冒険者などに援助など入りません!」
とうとう、葉巻ハゲ伯爵が、葉巻を落しながら猛然と抗議し始めた。彼もこの神殿に多額の寄付をしているであろうから、当然の意見ともいえる。なにせ、自分の金が、この冒険者に使われたら依頼金の意味がない。もっとも、一銭も依頼金は出さないのだが……。
たしかにゼティーナの個人資産ではないので、勝手に使うことは問題があると彼女も思い直す。この神殿を支えるのも彼女の役目だから、冒険に同行もできない。
「デアントゴン伯爵の言うこともごもっともです。でしたら、私の私物の一つをアナタたちに貸し出しましょう。『呪壁の指輪』です」
「ゼ、ゼティーナ様! そいつは国宝級の指輪ですよ!? それをこんなどこの馬の骨ともわからない奴らに貸し出すなどと……」
「先程も言いましたが、これは私の私物です。それにあくまでも貸し出すだけ……今回のデアントゴン伯爵のご依頼が終わりましたら返していただく予定です」
ゼディスに渡そうとするが、その手前のドキサが受け取る。気を利かせてだ。ゼディスはまだ手袋を買っていない。何か理由を付けて、なかなか買っていなかった。そのため右手がふさがっている状況なのだ。ゼティーナは不満そうだが、顔には出さない。そして指輪の説明を始める。
「その指輪は……」
「知っています。『呪壁の指輪』。魔法陣の盾を作り出す指輪ですね。しかもその強度は注ぎ込んだ魔力に比例して大きく硬く強くなり、魔法すら防げるという代物」
「良くご存知ですね!」
ゼティーナは素直に感心していた。が、葉巻が無いので、只のハゲ伯爵が納得いかなそうな顔で訴えてくる。
「ゼティーナ様! こやつの目的が初めから『呪壁の指輪』だったのかもしれませんぞ!」
「ならばなぜ、私が彼らにこれを貸し出すとわかったのか説明していただきたいですね。デアントゴン伯爵」
伯爵がゼディスに敵意をむき出しにしていることに、ゼティーナは段々と苛立ちを隠せなくなってきている。普段、温厚なのだろう。ハゲ伯爵の顔が青ざめていく。ここまで威圧的に出られ、自分の地位も危ないと思ったのかもしれない。
仲裁に入るようにゼディスが諭す。
「ゼティーナ様。彼もこの国や神殿のこと、ひいてはアナタのことを思って言ったことでしょう。あまり責めるのは酷というモノではないでしょうか?」
いけしゃあいけしあしゃあと言ってのける。そこにエイスが、さらにハゲ伯爵を追い詰める。
「たしかに、国宝級の指輪かもしれないが、これはアナタの息子を助ける確率を上げるものだ。それなのに『貸し出さない方がよい』と思うのは、いかがなモノか? むしろ、アナタが『彼らに貸し与えてくれ』と頼むべきなのではないか?」
「ぐぬぬぬ……し、しかし……お前らが持って逃げるかもしれんだろ。だいたい、その指輪だけで今回の報酬なんぞ手に入れなくともお釣りがくるわい!」
もっともな意見に聞こえるが、そうとも言えないとドキサが、やや行儀の悪い座り方でハゲ伯爵にツッコむ。
「そんなことしたらAランク冒険者剥奪、冒険者ギルドからの締め出し、全王国指名手配、賞金首。さらに売りさばくこと自体が難しいのにメリットが少なすぎると思わない? Aランクで仕事を受ける方が儲かるわ。そもそも、Bランクな時点で冒険者ギルドに認められて、Aランクは国にも信用されてるってことなのよ?」
さすがにぐうの音も出ない。
シルバは武器を置いていかなかったため、細い廊下に入る手前で椅子に座って待っていた。本来は待機用の椅子など無いのだが、神官が親切に椅子を持ってきてくれたのだ。もちろん神官と言えど美少女には弱い。二人の神官はシルバの姿を見ているだけで鼻の下が伸びきっている。ときたまシルバか神官たちを見るとシャキッとする。二人は小声で「まるでお姫様みたいだ」と話している……いや、お姫様なのだが知る由もない。彼らの妄想の中ではシルバと恋人になって、あれやこれをしようと考えているようだった。
ゼティーナに会うのに武器の携帯を許されていない。となれば全員が全員、武器を置いていく。武器を置いていくより、ゼティーナに会わない人間はシルバが初めてだった。だから、待機用の椅子は無いのは当然といえた。
「わざわざ、私の為にありがとうございます。」
「いいえ、当然のことをしたまでです。他に何か必要なものがあれば、お申し付けください。」
右の神官がにこやかに言うと、左の神官はお前だけ喋ってズルいというように肘で突く。シルバほど美しい女性と話す機会などないので緊張して、会話ができないのだ。気のきいた台詞など出てくるはずもない。が、なんとか話そうと左の神官が試みる。
「あの~、こう言っては何ですが、武器を置いていくだけでゼティーナ様にお会いできるのに、そうなさらないということは、よほど大切な剣なのですか?」
右の神官が「たしかに!」と頷く。
シルバは少しだけ考える。彼らに、この剣のことを詳しく話すわけにはいかない。話したところでどこまで信じるかわからないが……。
「そうですね。私にとっては、仲間の次に大切なモノです。私の命よりも……ですから、手放すことはできません。それなのに私は、この剣を……」
そう言って引き抜く。神殿内で抜刀は禁じられているので、当然、神官たちは大慌てで止めるが、その剣は真ん中からポッキリと折れて無くなっている。折れている場合は抜刀とはならないが、あまり好ましいことではない。すぐに、また鞘に戻す。要するに自分の失態を彼らに見せただけだ。
「私は……私の命より重い剣を魔族に折られてしまいました。」
椅子に座ったままシルバはグッタリとうなだれる。その姿に神官たちは、なんとか励ましたい思ってしまう。だからといって彼女を喜ばすために、この通路を通すわけにもいかない。そもそも、そんなことをしたらこの美しい女性を見ることが出来なくなってしまう。いや、任務だから絶対に通さない。
(そう、見たいからではない、これは任務だ! あくまで任務として、彼女を見張らなければならない。別に……その、唇とか、うなじとか、胸とか腰つきとか、太ももとか、足首とかが見たいからではない!断じて違う! 任務では仕方ないのだ!)
うなだれているシルバの姿に淫らな妄想が膨らんでくる。自分が今、弱っている彼女に優しく接すれば自分に靡いてきて、あわよくば、あれやこれが可能になるのではないかと……。
そこに、新しい葉巻を咥えたデアントゴン伯爵(神官たちも葉巻ハゲ伯爵と呼んでいるのだが)と、冒険者たちが戻ってくる。
「待たせたな、シルバ。どうした? 落ち込んでるのか? お前らしくもない」
頭を撫でるゼディス。神官たちは突然、現れたいけ好かない冒険者の男を睨み付ける。まるで横取りされたかのように……。もともと、ゼディスの仲間なのに……。
「いいえ、少し神官様たちに不出来な私の話を聞いてもらっていたのです。」
「いや、お前はよくやってる」
「私も頑張ってますよ! ゼディス様! 褒めて褒めて!」
ワードックが冒険者(男)にすり寄っていく。それもかなり美人だ……。いや、珍しいエルフや、かわいらしいドワーフもいる。入る時は気付かなかったが、美人や可愛い娘ばかり連れている男に嫌悪感を覚えていく……逆恨みというか、僻み満載である。ドンドランドのことは目に入っていない。都合の悪い事には目を瞑る。ワイのワイのと去っていくハーレムパーティー(葉巻ハゲ伯爵とドンドランドは見えていない……いや、見ない)の後姿を見てため息を吐く。
「どう見たって、俺の方がいい男だろう?」
「まったくだな! あんな、見た目も頭も悪そうな男がモテるわけがない。きっとなんか魔法か薬を使って、女心を弄んでいる外道に違いない」
もちろん、100%僻みなのだが、彼らが言う通り魔法の効果だと本気で思っていなかった。なぜなら、ゼディスは見た目は少なくとも普通以上……カッコイイといって差し支えなのだから、神官たちも心の深いところではモテて当然と思っていた。
ゼディスたちが冒険の準備をし、出発しようとしていた頃、意外と言っては失礼だが、林の中で伯爵の息子こと『デン』は生きていた。ほっそりした体に似つかわしくない重い鎧と重い盾。細かい細工がされている豪華な剣。赤色の髪は短く切りそろえられ、意外にも目つきは鋭い。不格好ではあるが、どこかのお坊ちゃんとは感じられない。どうやら父親には似なかったらしい。
「なにしてる! 右に2、左に1だ!!」
彼はBランク冒険者に指示を出す。イラついているのか声は少し甲高い。
「わかってるよ。坊ちゃん、焦るんじゃねぇ!」
「ジャイアントビートルをそんな簡単に倒せると思うんじゃないぞ」
シーフの人間の男と、ドワーフの神官の男が右に回る。ちなみにシーフは扉や罠などを開けたり外したりする盗賊のような軽業師のことだ。あくまでも冒険者なので、人から金品を巻き上げることはしない……それは犯罪で冒険者ギルドから追放される。
ジャイアントビートルが正面から襲ってくる。要は巨大なカブトムシ……と言って舐めると即死する。体長2m、人間より大きく重たい。しかも羽の固い部分は生半可な刃物では貫通できない。実際にシーフが放った弓矢が当たっているがガンガン跳ね返される。だからといって、無傷というわけでもないが……相当強い。
先頭をデン、シーフ、ドワーフがいて、その後ろに顎鬚を生やした四~五十歳の中年の魔法使いがいる。その男が呪文を唱える、狙った獲物を外さないマジックミサイルだ! 数本の魔法の矢が左のジャイアントビートルを貫くがそれでも倒れない。生命力も高い。魔法使いは呪文を唱えたことで隙ができていて、角の一撃をもろに受け後ろの木に叩きつけられる。が、すぐさま呪文をとなえる。同時にジャイアントビートルが角を振り上げる。相打ちになりそうなところを、デンが剣の一撃で気を反らせることに成功し、二度目のマジックミサイルがジャイアントビートルの体を貫く。それでもジャイアントビートルは、角を咄嗟に横に振り、剣で切り付けたデンの体を吹き飛ばす。
「くっそっ! どんな生命力だよ!」
「愚痴ってないで、手と足を動かせ! 死ぬぞ!」
「わかってる!」
すぐにもう一撃の角が襲ってくるが、盾で受け止める。シーフとドワーフは確実に防御力の低い関節を狙って攻撃していく。しかし、正確に狙おうとすると、どうしても防御がおざなりになりがちなので、細かいダメージを食らっていく。
それでも、ドワーフが隙を見つけては、コンスタントに回復魔法をかけていくために致命傷に至ることはない。
結局は、撃って守って回復の繰り返しで何とか、ジャイアントビートルが動かなくなることが確認できた。
「ただのカブトムシでこれか……」
もちろん、只のカブトムシなんかではない。立派な魔物だ。だが、そんなことを言っているわけではない。
「やっとわかってきたのかよ、坊ちゃん。ドラゴンはこれの比じゃねーんだよ。」
ここ数日、ドラゴンを探して森や林、洞窟などを探していたが、そのたびに色々な自然系モンスターに襲われていた。どれも魔力を帯びており、大きさ、攻撃力、防御力、生命力が極端に高いのである。
Bランク冒険者たちは、ドラゴン退治で雇われたが、そんなことが、可能だとは思っていなかった。Bランク冒険者は間違いなく優秀だ。要するに、坊ちゃんにどれだけ無謀かをわからせるのが目的だった。
「もう少しだけ……。それで、何も見つからないようだったら、帰ろう」
「そう言う問題じゃ……」「いいじゃろう」
探すことが問題じゃなく、ドラゴンの強さが問題だ、と言おうとしたがドワーフがシーフの言葉を止めた。どっちにしろ、ドラゴンがすぐにに見つかるわけがないのだ。それで諦めてもらえるなら話が早いと思ったのだろう。
だが、結果は裏目に出た。巨大な洞窟を見つけてしまったのだ。




