葉巻ハゲ伯爵と交渉を・・・・・・
葉巻をくわえた、ハゲのおっさんの前にいる。デアントゴン伯爵だ。趣味が悪い部屋に通されている。金銀財宝で設えられた客室。
「ほうほう、君たちみたいな貧乏人がAランク冒険者だというのかね」
ドキサは思わず『こちらに、おわすお方をどなたと心得る!』とシルバのことを言いたくなるが、グッとこらえる。そんなことを言ってしまったら、冒険者の格好をしている意味がない。ショコもにこやかに笑っているが、顔が引きつっているのがわかる。ドンドランドに至っては不快感を隠していない。ただ、エイスは比較的余裕だ。いままで嫌な奴などゴマンと会っている。この程度は嫌なやつランキングでも上位に入らないらしい。
ゼディスだが……。
「あぁ、良い絵画ですね~。」
「冒険者風情が触るなよ! それがいくらするのか知っているのか!」
「そうですね……たしか、120年前のエンブラ作の警備兵……という作品ですね。大変素晴らしい。『値段なんて付けられない』というのが私の意見ですが、いかがでしょう、デアントゴン伯爵」
媚びておく。こういう輩は褒めておくに越したことはない。
「ほほぅ! さすがはAランク冒険者というだけのことはあるな。少なくとも見る眼だけはあるらしい。それに引き替え、デンに付けたBランクの冒険者は……あぁ、デンというのは私の優秀な息子だ」
自分の息子を『愚息』というのは聞いたことはあるが、まさか自分の息子を優秀というとはなかなかの強者……。なかばメンバーは呆れている。ゼディスのおべっかにも、伯爵のバカさ加減も……。
「それで、報酬金額と内容はこれでよろしいでしょうか? 他に追加事項や連絡事項はありませんか?」
事務的管理はほぼショコ任せ。普段はゼディスに甘えることが多いのだが、それ以外はかなり有能である……いや、かなり、なんてもんではない。
「もちろんあるぞ、まず、息子が怪我をしていたら、報酬金額を減らしていく。それに出来ればドラゴンを退治して来い! そうすれば、息子は竜殺しだ。箔がつく。そこまでやったのなら、全額支払おうじゃないか。」
「デアントゴン伯爵! それは依頼内容とちがうではありませんか!?」
さすがにその内容に黙っていられないのはシルバ……だけではない。
「なんだ? 不満か? なら半額だ!」
「それなら、そんな依頼を受けないだけだ! ゼディス引き上げるぞ!」
ドンドランドの堪忍袋の緒が切れた。
「待て待て……わかった! なら、ドラゴン退治は大目に見よう。しかし息子の怪我は許せん。」
「しかし、それも私たちが着く前に怪我をしている可能性もありますし、そもそもドラゴン退治に行った時点で怪我など当然のこと。もっと言わせていただけるのなら死」「もういい!!」
ショコの言葉を打ち切る。死んでいるなど考えられないと言った感じだ。むしろショコ達からすれば行った時点でで死を覚悟する相手だろうと言いたいくらいだ。
「わかった、軽傷は認めよう。軽傷なら全額払う。だが、重傷なら2割だ!」
「死んでいたらどうしますか?」
エイスが尋ねる。可能性は高い。
「一銭も出さん!!」
「なら、死体を置き去りにしてきていいと言うことですね?」
「ぐぬぬぬ……貴様ら悪魔か!」
悪魔呼ばわりするのもどうかと思う。どう考えても無償で働く冒険者はいない。
ゼディスは趣味の悪い部屋の中を歩き回って、色々な美術品を覗き込みながら、
「どうでしょう? 無償で息子さんを連れて帰ってもよろしいですよ?」
その言葉に伯爵だけでなく、仲間も全員驚く!
「なに!? なんじゃと!? 本当か!!」
「ちょ! ゼディス! なに」「お前は黙っとれ!!」
伯爵は必死の形相でドキサを黙らせる。無料でAランク冒険者を使えるならそれに越したことはない。一銭でも払いたくないと言った感じだ。よくこんな男が伯爵だなーと思うが代々受け継がれているのであろう。
「ただし、条件がいくつかありますが、よろしいですかな?」
「言え! 早く言え!!」
ドキサやショコなどに割り込まれないように、条件を待ち構える。まるで『待て』といわれたブルドックのようだ。
「一つ目は、息子さんの生死は問わない。これはすでに死んでいる場合があります。それなのに文句を言われても困リますからね。二つ目は、死体だった場合は、死体に限らず遺品の回収でも良いということ。食べられていたら、死体はありませんからこれも当然の処置。三つ目は出発に際する費用は全てそちら持ち。なにせ現在、我々は金欠でして、まずドラゴンが住む山まで行けないのでは話にならないでしょう。最後に、冒険に行く前にゼディーナ様にお会いできるように取り計らっていただきたい。アナタなら可能でしょ? 以上が条件になりますが、いかがなさいますか?」
初めて、デアントゴン伯爵が真剣に悩む。他のメンバーも考えていた。元々の目的はゼティーナに会うことだ。そのために今回の依頼を受けたところもある。だが、会うだけなら今回の依頼額をもらった方がお釣りがくる。このケチ伯爵が丸々依頼料を出さなくとも問題ないはず。しかし、行く前に会えるメリットは大きい。
「……わかった、それでいいだろう。ただし、いくらワシとはいえゼティーナ様と連絡を取るには時間がかかる。」
「構いませんが、出発の時間が遅れますよ」
「わかっておる! 明日じゃ! 明日来い!!」
伯爵はゼディス達を追い返すと、執事やメイドを呼びまくって大慌てで動き出していた。
宿屋『光の一撃亭』に帰って来ると、みんなで集まり伯爵邸での反省会。
「どういうことよ!」
回転の加わった右ストレート、俗にいうコークスクリューが鈍い音を立てて、ゼディスの鳩尾に決まる。
「ぐはぁっ!」
悶絶打って倒れる。物凄い破壊力だ。もちろん放ったのはドキサさん!
「納得いかんのぉ~? 助けることが目的でもあるまい? なら依頼者から金をもらうのは冒険者として当然のことだと思うのじゃが?」
「私もです。人助けはいいことですが、ちゃんと仕事として受けるべきだと思います。」
シルバは真面目だなーと思いながら、痛い腹を押さえている。意見が違うのがエイスだった。
「そもそも、仕事とかどうでもいいのよ。私たちの目的は伯爵の御曹司を助けることじゃない。」
「ん? どういうことですか? 助けに行くんですよねぇ?」
小首を傾げながらショコが尋ねる。
「根本的に間違ってるわ! 私たちの目的は7魔将を倒すこと……そのために7人の勇者を集める。ここまではO.K?」
「まぁ、そうだけど……資金も必要なわけじゃない? シルバの武器の補修とか、私たちの武器の新調とか……仕事を受けて置いて損はないと思うんだけど?」
「お金を心配しなくてよかったら、勇者に会う方を優先するわよね?」
「そりゃ、そうじゃ。そもそも冒険者ギルドで依頼なんぞ探さんわい」
「そう言うことですか!!」
シルバが何か気付いたようだ。
「要するに、お金はドラゴン退治で得るということですね!」
「そういうこと……」
「だから依頼を受けるんじゃろ?」
「そうじゃないんです! ドラゴンは財宝を溜め込む習性があるらしいんです。お金はドラゴンを退治できた時点で溜め込んでいた財宝を、全ていただけますから一財産稼げます。エンシェントドラゴンにもなると、国家資産を上回るらしいですよ」
ドキサが目を輝かせる。お前そんなキャラだっけ?
「そうすると、今回は伯爵の息子なんてどうでもいいじゃない!ドラゴンさえ退治しちゃえば……いえ、退治できなくても、ドラゴンの足止めさえできれば、かなりの額が見込めるわけよね~♪」
「じゃぁ、あの鼻持ちならない葉巻ハゲの依頼なんぞ、断ればよかったわい!」
「ドワーフどもは頭を使いなさい! だから、ゼディスがゼディーナに会えるよう取り付けたんでしょ! 初めから今回の依頼なんてどうでも良かったのよ。ただ伯爵の地位を利用してゼティーナに会うための口実に過ぎないってこと! おそらく伯爵の息子が助かっている可能性なんて考えてないでしょうね。ドラゴンと対峙してこれだけの時間、帰還しないなら絶望的でしょ? 条件の中に死んでいる可能性を入れるのは当然のこと。これだから、穴倉に住んでるドワーフは……」
そこで、みんな納得する。金銭的に問題ないなら勇者を探すのが優先だ。人命第一なのかと思ったが、ゼディスがそんなに人が良い訳が無かった。みんなこれで、ゆっくり寝れるというモノだ……が、あまり世界を救おうとしている勇者パーティーといった感じが無いのは気のせいだろうか?
翌朝、葉巻ハゲ伯爵に会いに行く。名前は……。
「デアントゴン伯爵ですよ。ゼディス様」
ショコがこっそり教えてくれる。必要のない名前は憶えづらい。それに引き替えショコの記憶力の良さがうらやましい……。有能なショコに魔力を注いでおいたのは正解だった。ドキサがいまいち役に立ってないのが問題だ。
ドスッ! っと鳩尾にパンチを噛まされる。
「何かわからないけど、今、失礼なことを考えてたでしょ!」
人の心読むなよ、どんな魔法使いだ……と、思いつつ葉巻ハゲ伯爵の部屋に通される。何度見ても趣味は悪い。色や家具の統一感はなく只、高いモノを並べているだけだ。一品一品は良いモノだけにもったいない。そもそも配置を変えるだけで、見え方が……。
「聞いておるのかね!?」
イライラしたように葉巻ハゲ伯爵に言われる。聞いてませんでしたとも言えず『はぁ』と言葉を濁す。何の話をしていたんだろうか、完全に聞き逃していた。
みんな、ぞろぞろと葉巻ハゲ伯爵に続いて部屋から出ていく。
「これから直接、わずかな時間ですがゼティーナ様にお会いできるらしいです。その後すぐに冒険に出て『デン』を探してくるという流れらしいです」
ショコが聞いてないことを悟ったらしく耳打ちしてくる。『デン』は伯爵の息子の名前だとも教えてくれる。すぐ会えるのは意外だった。何かしら文句つけたり、新たな条件が増えたりするのだろうと踏んでいたのだが、どうやらそこまで余裕はなかったらしい。屋敷に出ると豪勢な馬車が停まっている。これに乗っていくのか……と思ったら。
「これは、ワシ専用の馬車だ! お前たちは走って来い!」
葉巻ハゲは一人で馬車に乗り込み、パカラパカラと行ってしまった。途方に暮れるパーティー一行。そりゃー途方に暮れるわ。仕方ないので歩き出す。ドンドランドが文句を垂れる。咎めるどころか、みんな似たり寄ったりの反応だ。シルバでも『あんな失礼な人物を知りません!』と憤っていたが、エイスが『それはお姫様だと知っていたら、誰も失礼なことなんてしないでしょうよ』と言っていた。もっともな意見である。それはともかく失礼極まりない男なのは間違いないが……。
さほどの距離ではないが、歩くには歩く……伯爵の馬車が着いてから時間差は大きいだろう。大きな白い神殿の前でイライラしながら待っている葉巻ハゲ伯爵。
「何をモタモタしておった! 伯爵であるワシを待たせるとはいい度胸だな!」
もう、みんなどうでもいいので『はいはい』と返事だけして付いていく。大理石で出来ている床を歩いていく。廊下には白い柱とランタンがずらりと並び、そこを行き交う人々は神官はもとより、巡礼者や観光客らしき人も多い。他にも怪我人が運ばれて来たり、お祈りを捧げている風景なども、あちらこちらで見受けられた。
確認したいこともあるが、葉巻ハゲ伯爵に話しかけると怒られそうなので、みんな黙々と歩いている。と、人気のない廊下道の前に武器を持った神官二人が立っている。
伯爵は『デアントゴンだ、冒険者の面会に来た』とだけ告げると、二人の神官はゼディス達に武器を置いていくように言う。横を見ると武器を立てかけられるようになっている。シルバは神官と何度か交渉したが、折れていても武器を持っていると入れないらしい。仕方なくシルバは、ゼティーナに会わない選択をする。国宝の剣だから仕方ない。
シルバを置いてさらに進むと、扉の前にさらに今度はドワーフの神官……かなり厳重だ。そこで伯爵がまた、説明をする。身分証明や事情説明を再びしている。伯爵でも会うのに何重もの検問があるらしい。やっと中に入ると執務室のような部屋で部屋全体は白で絨毯は赤、窓を大きくとっていて外の光が入ってくる。ほとんどが本棚に占領された部屋で、大きい机と椅子、その前にはお客用の机とソファーがあるだけのシンプルな作りだ。
「ようこそ、おいで下さいました。私が大神官ゼティーナです」
みんながビックリする。まだ十代前半と言った感じの癖ッ毛の緑髪の少女が椅子に座っている。白いローブに金の刺繍が入っている。肌で感じられるほど魔力が強い。相当な強さがあると、みんな感じているようだった。
「強い……が、彼女じゃない」
ゼディスは呟いた。




